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薬院法律事務所

一般民事

不貞行為の「宥恕」と有責配偶者性について


2021年09月02日読書メモ

良くある相談で、「不貞行為が発覚したが、その後の夫婦関係が冷え込んでしまって耐えられない。しかし、どの弁護士に聞いても『有責配偶者だから相手方配偶者が同意しないと難しい』と言われる。いつになったら離婚できるのか」といったものがあります。
まあ、私も良くわからないのですが、こういった説明をしています。
「一般論として、宥恕された、と言えればもはや有責配偶者ではないといえる。また、長期間経過していれば「婚姻破綻と因果関係がない」といえる。しかし、どの程度の期間が必要かといったことは一概にはいえない。チャレンジしてみるしかない」
以下、参考になりそうな文献や裁判例を上げてみます。
秋武憲一・岡健太郎『離婚調停・離婚訴訟【三訂版】』(青林書院,2019年11月)114頁
【配偶者の一方が他方の不貞行為を知りながら, これを宥恕(ゆうじょ。許すこと) している場合には, 「不貞行為」にはならないと考えられる。】
【4) 実務的には,宥恕は,婚姻が決定的に破綻する相当以前に不貞行為がある場合において,その不貞行為が婚姻破綻の一因として主張されたときに. その反論として主張されるということが多いようである。このような場合には, 他の原因も離婚原因として主張されていることも多く、宥恕されたとする不貞行為と破綻との因果関係も必ずしも明らかであるとはいえないことが少なくないから. あえて宥恕を問題とする必要がないように思われる】
調停委員研修委員会編『調停委員必携(家事)5訂版』(日本調停協会連合会,2009年4月)113頁
【(3) 民法770条2項との関係
被告に不貞行為があったとしても,時に民法770条2項が適用されて不貞行為を請求原因とする原告の離婚請求が認められないことがある。
例えば,原告が有責配偶者である場合とか不貞行為と婚姻破綻との間に因果関係がない場合,更には不貞行為があっても婚姻破綻に至っていない場合ないし破綻していても復原する可能性がある場合若しくは原告が被告を宥恕した場合等である。宥恕について, 旧民法は宥恕は宥恕者の離婚請求権を当然に消滅させたが,現民法においては裁判所が婚姻継続を相当と認めて離婚請求を棄却する事情を認定する一つの資料に過ぎない。また,仮に今後異性関係を断絶することを誓った誓約書を相手方配偶者が受領したとしても, そのこと自体からは宥恕したとは直ちには認められない場合が多い。】
阿部徹ほか編著『離婚の裁判例-生活紛争裁判例シリーズ』(有斐閣,1994年12月)39頁
【夫婦の一方の不貞を他方が許せば、その不貞は婚姻破綻の原因とはならないことになるが、「宥恕」の有無の判定は慎重になされている。不貞の事実を知った後夫婦生活を継続しただけでは、許したとはいえないし、夫の不貞行為に妻が抗議したり、阻止・妨害しなかったにしても、また、夫の愛人の子を妻が養子にしたにしても、夫の不貞行為を許したとはいえない。さらに、夫が他の女性と交渉があったことの非を認めて、今後このような関係を断絶することを誓う旨の誓約書を差し入れたことがあっても、これは夫が謝罪したにすぎず、妻がこれを受領しても、夫の不貞行為を全面的に許したものとは認められない】
冨永忠祐編『離婚事件処理マニュアル』(新日本法規出版,2008年8月)17頁
【いったん、配偶者の不貞行為を宥恕した場合は、宥恕した不貞行為を理由として、有責配偶者からの請求と主張することは許されないとした裁判例があります(東京高判平4 ・12・24判時1446・65)。。配偶者の不貞行為後に妊娠し、子を産んで数年経過した場合は、不貞行為を宥恕したと考えられます。】
73頁
【また、もうひとつ問題となるのは、不貞行為はあったが、それは婚姻関係に影響していない、またはその行為はすでに宥恕されているという反論です。この点、実際に不貞行為を気に留めなかった、または宥恕したにもかかわらず、他の理由で仲が悪くなった後に、以前の不貞行為を持ち出しても因果関係は認められないことは明らかです。あくまでも婚姻関係破綻の原因となった不貞行為が問題となるに過ぎないのです。
もっとも、不貞行為について宥恕しようとしたが、やはりよく考えると宥恕仕切れなかったという例もあります。その場合には、当該不貞行為が原因で婚姻関係が破綻したということになるでしょう。】
東京高判平4 ・12・24判時1446・65
【2 以上認定の事実関係によれば、控訴人と被控訴人との間の婚姻関係は既に破綻し、控訴人の離婚意思は固く、被控訴人は離婚には応じないものの、これまでの態度を改め、自分の方から関係改善への努力をするような兆しも見られないことに照らすと、回復の見込みはないものというべきである。
 ところで、旧民法八一四条二項、八一三条二号は、妻に不貞行為があつた場合において、夫がこれを宥恕したときは離婚の請求を許さない旨を定めていたが、これは宥恕があつた以上、再びその非行に対する非難をむし返し、有責性を主張することを許さないとする趣旨に解される。この理は、現民法の下において、不貞行為を犯した配偶者から離婚請求があつた場合についても妥当するものというべきであり、相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。本件において、既に認定したところによれば、被控訴人は、控訴人の丙川との不貞行為について宥恕し、その後四、五か月間は通常の夫婦関係をもつたのであるから、その後夫婦関係が破綻するに至つたとき、一旦宥恕した過去の不貞行為を理由として、有責配偶者からの離婚請求と主張することは許されず、裁判所もこれを理由として、本訴請求を有責配偶者からの離婚請求とすることは許されないというべきである。
 そして、前記認定の事実関係によると、控訴人と被控訴人との婚姻関係は、既に回復し難いほどに破綻したものというべきであるから、民法七七〇条一項五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものというべきであり、右破綻について控訴人に専ら又は主として責任があるとはいえないから、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。】