判例紹介 風俗店での盗撮行為に対して店から迷惑料を請求された事例
2018年10月25日盗撮問題
風俗店で盗撮した者に対して、店が迷惑料として100万円の示談書を作成させた上で、20万円を支払わせ、裁判で残りの80万円を請求した事案です。
結論は、迷惑料について金額の掲示がなく損害賠償の予約はないこと、示談書は強迫によるもので無効として、逆に支払い済みの20万円を返金させられることになりました。
平成29年2月28日/東京地方裁判所/民事第15部/判決/平成27年(ワ)36880号
判例ID 29045560
第2 事案の概要
本訴事件は、性風俗店を経営する原告が、被告に対し、被告が後記本件撮影行為を行ったため、原告被告間で迷惑料100万円の支払を合意したとして(後記本件合意)、後記本件合意に基づく残元金80万円及びこれに対する弁済期翌日である平成27年7月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案であり、被告は後記本件合意の強迫に基づく取消し(民法96条1項)及び公序良俗違反による無効を主張している。
反訴事件は、被告が、上記のとおり後記本件合意が取消し又は公序良俗違反により無効であると主張して、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、既払金20万円及びこれに対する当該支払日の翌日である同月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による民法704条前段の法定利息の支払を求める事案である。
(略)
第3 当裁判所の判断
1 本件示談書作成前後の事実経過
(1) 被告が本件示談書を作成した事実は当事者間に争いがないところ、前記第2の1の前提となる事実、証拠(甲1ないし3の1、10、19、乙3、原告代表者本人、被告本人。但し、以下の各認定に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
ア 本件サービスを被告が受けた当時、本件店舗の入り口には「盗撮、盗聴一切禁止です。→発見時迷惑料が発生します。」との記載した掲示はあったが、迷惑料が100万円である等の具体的な金額に関する記載はなく、本件店舗店員から口頭で説明を受けたこともなかった。
イ 被告は、店員に対し携帯電話、時計等所持品を預けたが、本件サービス時、ジャケットに入っていた携帯電話を利用して本件撮影行為を行った。
ウ 平成27年7月9日午後10時半ころ、被告が本件サービスを受けた後、被告は本件店舗受付付近で原告代表者から呼び止められた。その後、原告代表者が金属探知機による確認等を行ったことにより、被告の携帯電話の所持が発覚した。
エ 上記発覚後、被告は、原告代表者の指示に従い、本件店舗内の受付背後のトイレ・洗面所裏側にあるスペースに行った(以下「本件スペース」という。)。
本件スペースは、角の二方を壁に仕切られ、一方はトイレ・洗面所に面し、一方には事務机がおかれていた。被告は本件スペースのおおよそ中心の丸椅子に座り、原告代表者と事務机を挟んで向かい合っていた。本件スペースからの出入りには、上記トイレ・洗面所と事務机の間を通ることを要し、また、本件スペースからは本件店舗受付を通らないと店舗の外に出られなかった。
オ 被告は、本件スペースにおいて、原告代表者に対し何度も謝罪したが、原告代表者からは「謝られても話が進まない。金で解決するしかない。」などといわれ、少なくとも約20分ほど、原告代表者が用意していた示談書のひな形(迷惑料として規定通り100万円の支払う旨を内容とするもの)を示されながら、執拗に迷惑金として100万円の支払を要求された。被告は原告代表者に対し、「100万円は高くないですか。」などと述べて抵抗したが、原告代表者が払わないなら家に帰さないなどと述べ、また、携帯電話等の所持品を返してもらっていなかったため、やむなく示談書を作成することとした。
カ 原告代表者は、被告に対し、当初、少なくとも20万円を即時に支払うことを求めたが、即時には支払えない旨被告が申し述べたため、被告が本件撮影行為を行った携帯電話を原告が預かることとして、以下の内容の本件示談書(甲1)の甲・乙の氏名以外の部分をパソコンで作成し、被告に署名指印させた。
「乙(Y)は甲(X1合同会社)に対し、乙が甲の店舗内において甲の従業員の接客中に不正行為を行ったことを認め、謝罪する。
乙は甲に対し、慰謝料、迷惑料として規定通り金100万円を、内金20万円を平成27年7月10日15時を期限、残金80万円を平成27年7月20日15時を期限として、2分割して、支払う。乙は、甲と、いかなる理由があろうと、今後一切、接触してはならない。」
キ 本件示談書作成の際、原告代表者は、被告に対し、原告名義の通帳の表紙をコピーした紙に、「私 Yは平成27年7月9日B店内において不成(ママ)したことをみとめ金100万円を上記こうざに支払うことをやくそくします。7月9日 Y」と記載させ、指印をさせた。
ク 同月9日午後11時30分ころ、被告は原告代表者に上記携帯電話を預けて、帰宅を許された。
同月10日昼ころ、被告は本件店舗を訪れて20万円を支払った際に、原告代表者から上記携帯電話を返された。
(略)
2 強迫行為による取消し(第2の2(2))について
上記1(2)の認定事実によれば、原告代表者は、本件店舗閉店後である午後11時30分ころまで、容易に外に出られない本件スペースに被告を留まらせ、携帯電話等の所持品を原告が預かった状況下で、本件撮影行為に関して執拗に100万円の賠償を求め、20万円の即時支払を求めたり、本件示談書のほかに上記1(1)キのとおり支払を約させるなどもし、このままでは帰宅することもできないと恐怖の念を被告に感じさせて本件示談書を作成させたものと認められるから、原告の行為は、民法96条1項の「強迫」に当たるというべきである。
そして、被告が、原告に対し、平成27年12月3日の本件第3回口頭弁論期日において、本件合意を強迫により取り消す旨の意思表示をしたことは記録上顕著であるから、被告の主張は理由がある。
3 不当利得の成否(第2の2(4))について
上記2のとおり、本件合意は民法96条1項により取消しがされたものである(なお、上記1(1)の認定事実のとおり、迷惑料の具体的な金額の定めが本件サービス前に示されていたものとは認められないから、損害賠償の予定について原告被告間に意思表示の合致があったものということもできない。)。
したがって、被告が原告に対し平成27年7月10日に支払った20万円は、法律上の原因のない給付であり、原告が不当に利得したものといえる(民法704条)。
そして、上記2のとおり認められる原告代表者の行為態様によれば、原告は上記20万円の利得につき、支払日翌日から悪意の受益者に当たる。