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薬院法律事務所

企業法務

普通解雇について、後から解雇理由を追加することは可能かという相談(企業法務、労働事件)


2024年09月10日労働事件

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、従業員が規律をあまりにも守らないので、就業規則の服務規律違反だということで解雇しました。その従業員が不当解雇だということで訴えてきたので改めて調べてみたところ、書類を偽造して売上金を横領していたことがわかりました。解雇理由として、横領行為を追加することは可能でしょうか。

A、可能と考えられます。ただし、解雇理由の追加を制限する裁判例も存在します。

 

【解説】

 

普通解雇であれば、解雇時までに存在した事情のすべてを解雇の有効性判断の考慮材料とすることが出来ます。もともと解雇権濫用法理というのが、本来自由である解雇を権利濫用として制限するものですので、権利濫用といえるかどうか、一切の事情を考慮するということです。一方、懲戒解雇の場合は懲戒理由として挙げられた事実、それに類する事実以外を考慮することは出来ません。

但し、解雇理由証明書を出している場合、そこに記載されていない解雇事由については、解雇時に認識しているものは重要なものではないとされます。今回の場合、認識していなかった事実なわけですから、解雇理由として追加することに問題はないでしょう。もっとも、解雇理由証明書に記載されていない解雇理由については主張を制限する学説、裁判例も見られますので、注意が必要です。

 

【参考裁判例】

 

最判平成8年9月26日 山口観光事件

https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/06857.html

 

広島高判令和2年2月26日(反対する立場の判例評釈として、中町誠(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1579号142-145頁)

【(イ)a 他方で、前記10のとおり、控訴人は、被控訴人が〈1〉ai等に対して返金すべき4500円、〈2〉aj等に対して返金すべき8100円、〈3〉ak等に対して返金すべき8100円、〈4〉al等に対して返金すべき1万0800円、〈5〉G等に対して返金すべき2万1600円、〈6〉I等に対して返金すべき2万1600円、〈7〉K等に対して返金すべき現金のうち1650円(以上合計7万6350円)について、着服し、ai、aj、ak等、al等、G等、Iの各名義の領収証を偽造して、事務局に提出したものと認められる。
b この点について、控訴人は、本件雇止めに係る退職理由証明書には上記事実の記載がないから、この事実を雇止めの事由として主張することは許されない旨主張するところ、前記10(3)アのとおり、被控訴人は、本件雇止めの時点において、上記事情を認識していなかったことから、本件雇止めをするに際してこれを考慮しておらず、控訴人に交付した「任用期間満了による退職理由証明書」と題する文書(甲1)においても上記事情を記載していない。
ところで、労働基準法22条1項は、労働者が、退職の場合において、使用者に対し、退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求することができる旨定めており、また、これを受けて平成15年厚労省告示2条(平成24年厚生労働省告示551号により一部改正)は、3回以上更新し、又は雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者に係る有期労働契約を使用者が更新しないこととしようとする場合において、使用者は、労働者が更新しないこととする理由について証明書を請求したときは、遅滞なくこれを交付しなければならないと定めている。労働基準法22条1項が解雇理由証明書の請求について規定したのは、解雇が労働者に大きな不利益を与えるものであることに鑑み、解雇理由を明示することによって不当解雇を抑制するとともに、労働者に当該解雇の効力を争うか否かの判断の便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、解雇理由証明書に記載のなかった事由を使用者において解雇理由として主張することは、原則として許されないというべきである。そして、この理は、平成15年厚労省告示が定める有期労働契約を更新しない場合の更新しない事由についても同様である。もっとも、本来、雇止めが社会通念上相当かどうかについては、当初の有期労働契約締結時から雇止めの時までの全期間における事情を総合的に勘案してされるべきものであるから、更新しない理由に係る証明書に記載されていない事情を使用者が雇止めの理由として主張しても、上記の立法趣旨に反しないと認められる特段の事情があれば、当該主張は認められるというべきである。
c これを本件雇止め以降の本件労働契約の各更新期についてみると、まず、平成27年3月末日の更新期においては、前記ア~オで説示したとおり、被控訴人が本件雇止めの際に控訴人に対して示したその理由は、いずれも、本件労働契約の更新につき法19条柱書き所定の要件の有無の判断において、本件雇止めの有効性を基礎付ける事情としてはさして有力なものということはできず、本件労働契約の更新の申込みを拒絶するにつき客観的に合理的な理由を基礎付ける事情といえないことは明らかである。これに対し、上記現金の着服及び領収証の偽造の事情は、それ以外の事情と異なり、上記の合理的理由といえるかが問題となり得る事情であって、このような事情を雇止めの事由として追加することを認めると、不当な雇止めを抑制し、労働者に当該雇止めの効力を争うか否かの判断の便宜を与えるという上記の立法趣旨に反することになるというべきであるから、本件雇止めとの関係では、前記特段の事情は認められない。
したがって、控訴人による前記現金の着服及び領収証の偽造の事実を、本件雇止めの合理的理由等を基礎付ける事情として考慮することはできない。これに反する被控訴人の主張は採用しない。
d 次に、平成28年3月末日の更新期においては、前記10(1)の認定事実ウ~カ、ク、ケ及びサ及び弁論の全趣旨を総合すると、既に、控訴人による前記現金の着服及び領収証の偽造の事実が発覚しており、被控訴人はこれを控訴人に告げていたものと認められるから、同更新期において、被控訴人が本件労働契約の更新を拒絶することに客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるか(法19条柱書き参照)の判断において、上記現金の着服及び領収証の偽造の事実を考慮することができる。そして、当該事実は、前記私学適性検査の評定が低かったこと、担当する授業を実施せず自習とすることを繰り返したこと、野球部員の指導において不適切又は不十分な対応をしたこと、生徒に体罰を加えたこと、推薦による本件高校への受験勧誘において不適切な対応をしたことが、いずれも、本件労働契約の更新申込みを拒絶する合理的理由等の存在を基礎付ける事情としてさして有力なものということができないのとは異なり、金銭の着服、領収証の偽造のそれぞれが犯罪を構成するものであり、1件ごとの着服金額はそれほど大きなものではないとはいえ、件数も多く、常習的との非難も免れず、控訴人らクラス担任による返金事務が円滑に行えず困難を伴うことを考慮しても、控訴人の教員としての適格性に疑問を生じさせる重大な行為といわざるを得ず、それのみをもって、上記合理的理由等の存在を基礎付ける事情であるというべきである。
(2) 小括
したがって、被控訴人が本件労働契約の更新の申込みを拒絶することは、平成27年3月末の更新期においては、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないが、平成28年3月末の更新期においては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。】

 

【参考文献】

 

佐々木宗啓ほか編著『類型別労働関係訴訟の実務〔改訂版〕Ⅱ』(青林書院,2021年6月)393-394頁

【Q16 普通解雇の意思表示後に発覚した事情を解雇理由とすることはできるか。
普通解雇は解雇権の行使であり,使用者の主張する解雇の理由が権利濫用の評価障害事実であることからすれば,解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事由であれば,解雇の有効性を根拠づける事実として主張することができるとするのが論理的な帰結である 。 したがって,懲戒解雇とは異なり,解雇時に,使用者が認識していなかった事由でも,解雇時に客観的に存在している事由であれば,解雇の有効性を根拠づける 事由として主張しても,失当とはならない。
しかし,使用者が,解雇時までに客観的に存在していた事由を五月雨式に主張することを許すと,次々と新しい争点が発生することになり,著しい訴訟遅延を招く 。 したがって,解雇権濫用の評価障害事実は,適時に主張させるとともに,立証方法についても,適時に提出させることが重要である】