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薬院法律事務所

刑事弁護

盗撮事件(迷惑行為防止条例違反)と示談の意義


2021年08月07日読書メモ

インターネットをみると、「盗撮事件は示談すれば不起訴になる」とか、「示談しなければ起訴される」といったことを書いている記事が多くあります。そこで「示談が得意」などと派手に宣伝している弁護士事務所も見られるところです。これは、私も、傾向としては否定しません。しかし、不正確な説明だと思っています。

 

1.最高検察庁公判部長による、迷惑行為防止条例違反における重要な情状についての説明

迷惑行為防止条例違反(卑わいな言動)の情状については、吉田誠治(最高検察庁公判部長)氏が次のとおり解説しています。被害者の年齢や性別を重要な情状とすることには疑問がありますが、後述するように、迷惑行為防止条例の保護法益が社会的法益であることを考えると、これも重要なのでしょう。

吉田誠治『新版第2版 記載例中心 事件送致の手引』(東京法令出版,2022年5月)841頁

【本条例違反の情状としては,被害者の年齢・性別,卑わいな言動の内容,その際の周囲の状況,被害者に与えた差恥心の程度,精神的な被害の大きさ,被害者の被害感情及び処罰意思等が重要な情状となるが, そのほかに,被疑者の性癖, 同種前科・前歴の有無常習性再犯のおそれ,慰謝の措置が講じられているか否かなどが情状として考盧される。なお,慰謝の措置に関連し,示談未成立の事案の中には, まれではあるが,被害者が法外の慰謝料を要求して示談が成立しない場合もあるので,示談未成立の理由も考盧する必要がある。】

ここでは、被害者が法外な慰謝料を要求して示談が不成立となる場合もあるので、示談未成立の理由も考慮すると明確に書かれています。示談成立の有無が決め手ではないことがわかります。

また、記載はないですが、盗撮については動画データをインターネットに拡散しているか否かも重要な情状だと思います。

2.私自身の取扱経験

さらに、私自身の取扱い経験からしても、必ずしもこうなるとはいえません。

公共の場所でのスカート内の盗撮をした事案で、示談をして「処罰を望まない」という示談書を交わしても起訴された事例があります。前科はないですが、常習性が顕著な事例でした。

一方、示談をしていなくても、被害弁償として適切な金額を支払った事案では、不起訴になった経験が複数あります。被害者側で取り組んだ事件でもそういう経験があります。その他、依頼者からの伝聞ですが、示談も被害弁償もしていなくても、被害者の意向で不起訴になった事案もあります。

 

3.保護法益との関係

そもそも、迷惑行為防止条例違反は親告罪ではないです。そして、卑わい行為の禁止は公共の場所の平穏が基本的な保護法益とされており、示談したからといってこの保護法益は一切回復しません。そう考えると、示談したからといって不起訴になるのはおかしな話です。

※坂田正史「迷惑防止条例の罰則に関する問題について」(判例タイムズ1433号21頁,2017年4月)

卑わい行為の禁止については,基本的には,公共の場所等で卑わい行為が行われない状態が守られ,そのような場所等の平穏が保持されることを目的とする定めと解すべきであり,そうすると,主たる保護法益は県民生活の平穏(公共の場所が、それ自体卑わいな言動が行われない健全な状態に保たれ,それによって確保される県民生活の平穏) という社会的法益であり, また,個人の意思及び行動の自由,個人の生活の平穏といった個人的法益も保護されている(個人的法益も本罪の保護法益である) と解すべきではないだろうか。

 

4.「示談すると不起訴になりやすい」本当の理由

示談したことで不起訴になる傾向があるというのは、むしろ、検察官が盗撮をされた被害者の意向を起訴、不起訴の判断にあたって重視していることの表れではないかと考えています。検察官が「示談をしても起訴する」と明言していた事案で、被害者の強い意向を踏まえて不起訴になったことがあります。

【解決事例】盗撮の余罪が多数ある事件で不起訴を獲得

すなわち、「示談」そのものではなく、「被害者の意向」が重要な考慮要素になっているということです。私自身の取扱い経験でも、民事上の示談は成立したものの、処罰を望まないという文言を入れることは同意頂けなかった事案で、検察官から起訴するといわれたことがあります(その件は、各種の弁護活動の結果、起訴猶予になりました)。まさしく、示談そのものより被害者の意向を重視しているということでしょう。

とはいえ、上述のように、示談書を交わして「処罰を望まない」となっても、起訴されることは当然にあります。「被害者の意向」は起訴・不起訴を決める絶対的なものではありません。

5.私の弁護方針

そもそも、被害者が赦すかどうかは被害者自身が主体的に決めるものです。弁護人としては、相場を踏まえた賠償額の提示と、被疑者の状態や意向の伝達、それに正確な制度の説明などをするべきであって、それ以上に「説得」や「示談書」を交わすことにこだわる必要はないと思っています。示談書を交わしたからといってもやはり処罰したいという気持ちになることもありますし、逆に示談していなくても、時が経って処罰を望まないという気持ちになることもあります。迷惑行為防止条例違反についていえば、示談書はあくまで民事上の賠償請求権を清算するに過ぎず、被害者に被疑者の処罰を阻止させる義務を負わせるものではないです。

さらにいえば、現在の運用として、検察官は弁護人が示談書を交わしても、被害者本人に必ず真意かどうかを確認しています。私が被害者代理人として行動した事例でも、私の確認に加えて本人の確認もされていました。つまり、示談書を交わしたからといって、それで最終的な「処罰意思がない」と確定するわけではないのです。示談書を交わす時点での処罰意思がない、というだけです。もちろん、それはそれで意味がありますが、絶対的なものではないです。

また、別の観点からいえば、盗撮事件というのはだいたい余罪が多数あるわけです。被害者の特定が困難ということで立件されないことが多いだけで、たまたま発覚した件について「示談」したからといって、罪が赦されるというものではないでしょう。被疑者においては、処罰されるのは仕方のないことだ、という覚悟がまず必要だと思います。

そういったことから、私は、示談交渉をしますが、示談書を交わすことには必ずしも拘りません。被害者と適切に交渉をした上で、あとは起訴猶予の考慮要素をしっかりと踏まえ、検察官と処分について協議する、そういう弁護活動をすべきと考えています。

不起訴(起訴猶予)の考慮要素

 

なお、じゃあ私の場合は示談が成立することが少ないのか、というとそうではないと思います。私は示談には固執しないですが、被害者ご自身が区切りをつけて前に進むという意味で示談書を交わそうと考えられることはあります。それは、もちろん私にとっても、被疑者や被疑者の親族にとってもありがたいことです。しかし、それは結果的にというだけのことです。示談自体を目的にしてしまうとズレてしまうと思います。