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薬院法律事務所

刑事弁護

在宅事件における、警察の報道発表回避(実名報道回避)のための弁護活動


2022年02月10日読書メモ

刑事事件においては、「報道リスク」が問題になります。刑事事件の被疑者になった方は「報道されないか」「実名報道を差し止められないか」「実名報道を回避できないか」といったご相談をされることが多いです。特に、今はインターネット上に情報がいつまでも残ることがあり、深刻な悩みとなっています。いったん拡散してしまった情報をネット上から完全に消し去ることは不可能ですので「そもそも報道させない」ということが大事になります。しかしながら、通常の刑事弁護活動とは異なるため、弁護士のサイトをみても漠然としたことしか書かれていないことが多いです。おそらく、刑事弁護人向けの文献にも記載がありません。

私は、いままで、警察の報道発表(実名報道)についていくつか記事を書いてきました。その内容と経験を踏まえて、実名報道回避のために有効と考えられる弁護活動を簡潔に書きます。なお、記載内容は私が文献から推察したものもありますので、内容の正確性を保証するものではないです。但し、インターネット上で見かける、根拠が不明な記事よりは信憑性があると思います。

 

第一に、逮捕を回避することです。逮捕された場合、原則として実名で報道発表が行われます。逮捕回避のための弁護活動については下記記事をご覧下さい。出頭拒否、取調拒否は逮捕の危険性を高めますので、この戦略を取るのは十分な検討が必要です。在宅事件は、原則送検後に匿名で発表します。

一般論としては、逮捕事件は被疑者、被害者、関係者は実名報道を原則とし、ストーカーやDV案件、振り込め詐欺の被害者等は匿名発表のようです。軽微事案では、広報文を出さずに報道機関への警戒電話に口頭で対応という処理もあるようですが、公務員や著名人は広報文を出すようです(Top 2019年5月号別冊 新・警察マネージメント管理論文対策集2019)

逮捕回避のための弁護活動とはどういうものか(意見書サンプルあり) | 薬院法律事務所 (yakuin-lawoffice.com)

 

第二に、警察の報道発表の考え方を踏まえて意見書や資料を提出することです。警察の基本的考え方は、1、国民の理解と協力の促進、2、国民に注意を喚起し警鐘を鳴らす、3、国民に対する説明責任を果たす、4、国民に安心感を与える、という4つの公益が、関係者のプライバシーの侵害や捜査上の支障などの不利益が生じるおそれを上回ると判断した場合に報道発表を行うというものです(警察庁長官官房総務課広報室長江口有隣「広報対応は国民とのコミュニケーション」(Top2017年11月号)、重松弘教(警察庁長官官房総務課広報室長)「「広報」を広報する」警察公論2016年9月号等)。関係者のプライバシーの侵害や捜査上の支障などの不利益については、さらに6つの要素に分かれます。捜査との関係、公判との関係、被疑者との関係、被害者との関係、社会との関係、公表事項の真実性、です(Top「連続わいせつ目的住居侵入事件の現行犯逮捕時における報道発表」(Top 2022年5月号付録 新・警察マネージメント管理論文対策集2022))。

 

重要なことは、警察では広報責任者が一本化されておらず、各警察署や警察本部の係が担当しているということです。警察本部の課であれば課の次席、警察署であれば副署長が広報責任者、警察署においては夜間・休日に発生した事案の広報対応は当直責任者です。個別判断なので、最初から結果を決めつけないことです。さらに、報道発表される場合でも、実名にするか匿名にするか、写真を提供するか、余罪も発表するか、住所をどこまで述べるか、といった論点もあります。一般的に思われているより、警察はかなり繊細に発表の可否や発表事項を検討しています。そこを弁護士がどれだけ意識しているか、が重要だと思います。単に「被疑者の名誉のため報道しないことを求める」という意見書を出しても効果は薄いでしょう。

第三に、警察の報道発表が名誉毀損になる場合を理解しておくことです。警察の報道発表についても、名誉毀損が成立することは当然あります。

堀内尚『Q&A 実例警察官の職務執行〔補訂〕』(立花書房,2008年5月)102頁

【特に、被疑者を実名にするか否かについては、その公表時点における一般社会通念に照らし判断せざるを得ないが、現在のところ、犯罪報道は、本人に対する強制捜査、特に逮捕後は本人の実名を挙げて報道するのが通例であるといえよう。逮捕されていない場合に実名を公表することが許容されるか否かは、個別具体的事案に即して一層慎重に判断されなければならないが、被疑事実の内容、事件の重大性、被疑者の社会的地位、被害者側の心情、社会一般の市民レベルの意識、感情等を総合的に勘案し、実名による公表が直ちに違法とはならない場合もあると考えられる。】

なお、警察発表については通常の名誉毀損とは違った考慮が必要とするという見解もあります。

佃克彦『名誉毀損の法律実務』(弘文堂,2017年6月)517頁

【確かに、一般市民に与える免責の余地と、公務員による公表行為に与える免責の余地とが同等でよいのかは熟考を要するところである。
たとえば捜査当局が被疑者逮捕の事実を記者発表する場合、当局は「容疑者」呼称を用いるなど言葉遣いに配慮はするであろうが、その公表行為は要するに“犯人を捕まえました” というデモンストレーションである。とすると、それが冤罪であった場合の弊害や匿名報道の必要性の観点からすれば、かかる記者発表をどれほど保護する必要があるのか大いに疑問である。市民による表現の自由の行使の場合には誤報にもある程度寛容でなければならないが、捜査当局による記者発表の場合、誤報をしたら容疑者とされた者に対し権力機関が取り返しのつかないダメージを与えるものである以上、誤報に対して寛容ではいられない。
とすると、捜査機関による記者発表の場合、真実性・真実相当性の法理のような定義的な衡量ではなく、公表内容の真実性・公表の必要性・公表方法の相当性等を総合衡量して免責の可否を個別に厳格に検討するのがよいのではないかと私は思う。】

 

あくまで私の推測なのですが、「こういった報道回避のための活動をしたことにより、報道を回避できたのではないか。」といった事案は複数ありました。刑事事件の被疑者や被疑者のご家族となって苦しまれている皆様、刑事弁護活動に取り組まれる弁護士の皆様のお役に立てば幸いです。

 

※参考文献

警察大学校特別捜査幹部研修所編著「新版 捜査学ー捜査指揮総論ー」(立花書房,1992年12月)

警察実務研究会「地域警察官のための失敗事例に学ぶ初動措置 第7回 マスコミ関係者に対する対応の失敗」(警察公論2011年8月号)

重松弘教(警察庁長官官房総務課広報室長)「「広報」を広報する」警察公論2016年9月号

KOSUZO「(警部)報道発表への適切な対応」(KOSUZO管理論文2016)

KOSUZO「(警視)報道対応の在り方」(KOSUZO管理論文2016)

江口有隣「広報対応は国民とのコミュニケーション」(Top2017年11月号)

KOSUZO「(警視)報道対応の在り方」(KOSUZO管理論文2018)

KOSUZO「(警視)広報実施上の留意事項」(KOSUZO管理論文2018)

Top「当直責任者として、適正な報道対応について述べなさい。」(Top 2019年2月号)

  1. Top「(警視)少年の逮捕事案に関する広報の在り方」(Top 2019年5月号付録 新・警察マネージメント管理論文対策集2019)

蔵原智之(警察庁長官官房総務課広報室長)「警察における広報対応」(Top 2021年9月号)

KOSUZO「(警視)警察広報の在り方と実施要領等」(KOSUZO管理論文&面接試験対策2022)

Top「(警視)連続わいせつ目的住居侵入事件の現行犯逮捕時における報道発表」(Top 2022年5月号付録 新・警察マネージメント管理論文対策集2022)

Top「当直時の適正な報道対応」(Top2022年10月号)

 

※関連記事

刑事事件における実名報道の基準

警察の事件事故報道基準

逮捕された場合の実名報道回避は可能か?

警察の事件事故報道基準(2)

 

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