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薬院法律事務所

企業法務

うつ病で休職中の従業員に退職勧奨をすることができるかという相談


2024年09月12日労働事件

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は会社経営者です。うつ病に罹患した従業員がしばしば休職を繰り返すので、この度退職勧奨をして合意退職してもらいたいと考えています。問題はないでしょうか。

A、法律上、退職勧奨自体は不可能ではないですが、症状を悪化させる危険性がありますので、専門医に相談した上での対応が必要です。また、後日になって自主退職の意思表示が無効とされるリスクや、退職勧奨が不法行為とされるリスクもあります。

 

【解説】

 

退職勧奨については法律上の定めがありません。解雇が困難ということがあり、実務では多用されているものの、「社会通念上不相当」とされる場合には不法行為とされることがあります。また、違法な退職勧奨に基づく退職届も、強迫や錯誤といった理由で無効となることがあります。そのため、退職勧奨については十分な準備が必要です。村田浩一編著『退職勧奨・希望退職募集・PIPの話法と書式』(青林書院,2022年6月)という書籍が具体的な手順について詳解しています。

 

【参考判例】

 

最判平成24年4月27日

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82225

【このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては,精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから,使用者である上告人としては,その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上,精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば,上告人の就業規則には,必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。),その診断結果等に応じて,必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の経過を見るなどの対応
を採るべきであり,このような対応を採ることなく,被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは,精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。
そうすると,以上のような事情の下においては,被上告人の上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず,上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は,就業規則所定の懲戒事由を欠き,無効であるというべきである。】

 

【参考文献】

 

菅野和夫・山川隆一『労働法〔第13版〕』(弘文堂,2024年4月)711頁

【使用者による退職勧奨・退職誘導行為が適法か違法(不法行為)かについては、2011 年の東京地裁判決において、労働者が自発的な退職意思を形成するために社会通念上相当と認められる程度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的威追を加えたりその名誉感情を不当に害する言辞を用いたりする退職勧奨は不法行為18) 19)となる、との一般的判断基準が立てられ、これが以後の裁判例において用いられている。】

 

岩野高明「うつ病等に罹患し、頻繁に欠勤している従業員に対して退職勧奨をすることは可能か」ロア・ユナイテッド法律事務所編『メンタルヘルスの法律実務 企業対応の実務』(青林書院,2014年4月)339頁

【この考え方からすれば,精神疾患を理由に退職勧奨をする場合でも,休職制度を利用するか,これを利用せずに退職するかを従業員に選択させることが,使用者として尽くすべき最低限の措置だと考えられる。休職制度を告知せずに退職勧奨をした場合には,退職後に従業員が,意思表示の瑕疵を主張したり,自由な意思ではなかったと主張したりして,退職の効力を争ってくることが多分に想定される。このほか,少なくとも会社は,制度利用に関する期待権侵害等の不法行為責任を追及されることがあり得る。精神疾患を抱えている以上,就業規則に休職の手続が明記されていることをもって,従業員の自己責任を主張することは困難であろう。
なお,精神疾患に罹患している従業員に対し,執拗に退職勧奨を繰り返したり,侮辱的な言辞を用いて勧奨したりした場合には,疾患の増悪を理由に別途損害賠償を求められることも想定されるので注意が必要である。】

 

岡芹健夫「Q8 メンタルヘルスの不調者への退職勧奨の是非」『職場のメンタルヘルス対策の実務必携Q&A-適正手続とトラブル防止の労務マニュアル』(民事法研究会,2021年11月)82頁

【3 メンタルヘルスの不調者には特に慎重な配慮が必要いうまでもなく、退職勧奨はそれを受ける労働者に対して、その実績・適性に消極的評価を行い、その属している会社・職場といった組織より退くことをすすめることですから、一般に、労働者に対して大きな精神的抑圧を伴うところです。そして、メンタルヘルスの不調者は、それでなくとも、心身の調子を崩して歯車がかみ合わなくなっている状態にあります(だからこそ、たとえば、本章Q2のとおり、安易に「がんばれ」などと励ますのはかえって逆効果とされているのです)。ですから、このようなメンタルヘルスの不調者に退職勧奨を行うこと自体、その不調をさらに悪化させてしまう(最悪の場合、自殺などの事態が生じる)おそれが大といわねばなりません。
そのため、仮に退職勧奨を行うとしても、その方法、態様には細心の注意が必要です(1 で述べたような例は論外として、一般に問題ないような方法でも十分に危険です)。方策の一つとしては、専門医(それが産業医であればさらによいでしょう)の意見も聞きつつ、ことを進めるのがよいでしょう。】