クレプトマニア(窃盗症)と捜査実務
2024年01月18日読書メモ
近時、万引きを繰り返す人が「クレプトマニア」であるとして弁護人から責任能力低減の主張をすることが増えています。そして、その主張を取り入れた裁判例も複数存在するところです。一方で、警察・検察実務においてはこの主張をなかなか認めない傾向があります。そのため、捜査段階で、「クレプトマニア」であることを否定する方向での証拠収集がなされがちです。これらについて捜査機関向けの文献に記載がありましたので、いくつか紹介したいと思います。事件を受任した場合は、これらの文献に加えて弁護人向けの文献も参照しながら、依頼者にとって最も適切な対応を検討しています。
①「クレプトマニアと責任能力の関係が問題となった事例」
前東京地方検察庁検事大川晋嗣
捜査研究2013年5月号(746号)58頁
【本件は, 窃盗の累犯前科を有する被告人について,弁護人から. クレブトマニア(窃盗癖)との診断を根拠に,被告人(以下「A女」という。)の責任能力を争う旨主張された事案である。
近時,新聞等でクレプトマニアが取り上げられ, クレプトマニアを精神病として扱った上で,患者に必要なのは刑罰ではなく治療であるという考え方が示されている。クレプトマニアという聞き慣れない言葉もさることながら今後,窃盗を繰り返す常習者について,弁護人から同様の主張がなされることが増加する可能性があるため,本件がその参考になればと思い,紹介させていただくことにした。】
②高嶋智光「責任能力と精神鑑定」
高嶋智光編集代表『新時代における刑事実務』(立花書房,2017年1月)81頁
【サ クレプトマニア
クレプトマニア(kleptomania) とは,病的窃盗,窃盗症などと訳され,財産的動機ではなく単に「盗みをしたい」との衝動から反復して窃盗行為に及ぶ症状を指すようである50)。最も単純な形では,「被告人はクレプトマニアであり行動制御能力がないので(窃盗についての)責任能力は否定されるべき」といった主張がなされる。しかし,仮に上記衝動により万引き行為に及んだのだとしても,①認知→②判断→③行動(62頁)の観点から分析すると,ほぼ全てのケースで,当人は万引きしようと判断して万引きしており,万引きはしないと判断したのに意に反して勝手に手足が動いたという主張をするわけではない。したがって,行動制御能力を先に述べた意味に理解すれば(64頁),行動制御能力ではなく善悪判断能力(判断能力)が問題となるにすぎないことになる。】
③城祐一郎『取調べハンドブック』(立花書房,2019年2月)91頁
【万引き・クレプトマニア事案の取調べ上の留意事項
万引きとクレプトマニアに係る取調べにおいて留意すべき事項は何か。
(略)
このように判決において, クレプトマニアであることをもって心神耗弱と認定したり,量刑を引き下げたりするということがなされるのであるから,取調べに当たっては,被疑者が,真実, クレプトマニアと診断される捕状をもっているのか,万引きに及ぶ理由や動機は何か。単に金を払うのが惜しくて万引きをしたのではないか,以前にクレプトマニアの治療を受けたことがあるかなど, クレプトマニアの認定に影響を与え得る間接事実については,丹念に聞いておく必要がある。】
④地域・刑事実務研究会編『供述調書作成実務必携〔第2版〕』(立花書房,2021年2月)
【この窃盗症という病名は,いわば広義の窃盗症であり,いわゆる責任能力に影響を及ぼしうる,狭義の窃盗症である『病的窃盗」と呼ばれるものとは限らない。
つまり,窃盗症の診断書があるから,直ちに責任能力に問題があるわけではないということを理解しなければならない。
これは,窃盗症との診断を受けていても,それが『病的窃盗」に必ずしも該当するわけではなく,また,病的窃盗に該当すると判断された場合であっても,直ちに責任能力が否定される訳ではないということである。←ここを理解してほしい。】(以下は省略しますが、具体的な供述調書例が掲載されています。)
⑤木村昇一「窃盗事件(万引き) を犯した被告人のクレプトマニア主張についての考察」
警察学論集74巻3号(2021年3月号)21頁
【目次
はじめに
総論
クレプトマニア主張に対する裁判所の判断
クレプトマニアの治療と刑罰の関係
捜査のポイント
おわりに】
⑥木村昇一「検察官から見た警察捜査のポイント~窃盗事件を中心として~
第⑭講(完)窃盗事件(万引き)につき執行猶予期間中に同種再犯を犯した被告人のクレブトマニア主張についての考察」
警察公論2021年4月号19頁
【盗犯捜査に携わっている警察官は, これまで, クレプトマニアという言葉を耳にしたことがあると思います。
本講では,窃盗事件(万引き)につき執行猶予期間中に同種再犯を犯した被告人の公判において,弁護人は,クレプトマニアについてどのような主張をし,裁判所はどのような判断をしているのかなどについて紹介します。】
⑦吉田誠治『新版第2版 記載例中心 事件送致の手引』(東京法令出版,2022年5月)583頁
【イ「クレプトマニア(窃盗症)」は, …執行猶予中の者が再度万引きを行って起訴された場合などに,弁護人が,再度の執行猶予(刑法25条2項) を狙って, クレプトマニアに罹患しているとして治療のための社会内処遇を求めてくることが多い(実刑判決となったものとして,東京高判平30.11.2高等裁判所刑事裁判速報集平成30年250頁再度の執行猶予が認められたものとして,東京高判平25.7.17東京高裁刑事判決時報64-1~12-152などがある。)。
ウそこで, クレプトマニア主張(又は摂食障害の主張)が予想される事案については…(略)】(以下は省略しますが、捜査のポイントが簡潔に書いてあります。)
⑦駒井彩「実務刑事判例評釈(case 327)東京高判令4.6.7 窃盗症に罹患していることそれ自体が責任能力や量刑の判断を左右するものとはいい難いと判示した事例」
警察公論2022年11月号84頁
【本件は、同種前科で執行猶予中であった被告人が、ショッピングセンターにおいて化粧品1個を万引きしたとされる事案において、「窃盗症は、その診断基準に該当する者をそう診断するにすぎず、窃盗症の影響により、あるいは窃盗症が原因となって窃盗に及ぶといった関係にはなく、窃盗症に罹患していることそれ自体が責任能力や量刑の判断を左右するものとはいい難い」旨判示された事例である。】
⑧責任能力をめぐる捜査上の諸問題(1)
横田 正久 警察学論集 / 警察大学校 編 76 (6), 97-130, 2023-06
⑨責任能力をめぐる捜査上の諸問題(2)
横田 正久 警察学論集 / 警察大学校 編 76 (7), 90-142, 2023-07
⑩責任能力をめぐる捜査上の諸問題(3)
横田 正久 警察学論集 / 警察大学校 編 76 (9), 77-110, 2023-09
特に、「責任能力をめぐる捜査上の諸問題(3)」において、クレプトマニアを含めた責任能力が問題となる事案についての捜査のポイントが詳細に記載されています。
なお、クレプトマニアの女性については、摂食障害を併発しているパターンが多く、その対応については下記漫画が参考になります。
Shrink~精神科医ヨワイ~ 3
https://www.s-manga.net/items/contents.html?isbn=978-4-08-891688-0