セクシュル・ハラスメント被害と改正刑法176条1項8号(「ひととき融資」含む)
2024年02月16日労働事件(企業法務)
最近の警察は、性被害についてはかなり配慮がされるようになっています。
そのため、かつては「セクシャル・ハラスメント」として民事事件のみでの問題とされていた行為が、刑事事件となる事例も増えてきているでしょう。以下の記述は、多くの警察官が購読している「警察公論」という雑誌からの引用です。改正刑法176条1項8号は「債権者と債務者」の関係も含みますので、いわゆる「ひととき融資」についても適用されうると思います。
島本元気「「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」の概要(その1)」警察公論2024年1月号
【同項8号(経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること)の「経済的……関係」は、金銭や物などの財産に関わる人的関係を意味し、例えば、債権者と債務者、雇用主と従業員などの契約によって生じる関係、取引関係にある企業の職員同士の関係などが広く含まれる。
また、同号の「社会的関係」は、家庭・会社・学校などの社会生活における人的関係を意味し、例えば、祖父母と孫、おじ・おばとおい・めい、兄弟姉妹などの家族関係のほか、上司と部下、先輩と後輩、教師と学生、コーチと教え子、介護施設職員と入通所者といった関係が広く含まれる。
「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益」とは、行為者との性的行為に応じなければ、行為者の経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力によって被害者自らやその親族等が受ける不利益を意味し、例えば、
○ 従業員である被害者が、その仕事の有無や内容等に影響を及ぼし得る地位にある会社の社長による性的行為に応じなければ、当該社長の地位に基づく影響力ゆえに、仕事を得られなかったり、希望しない仕事をさせられたりする
○ 被害者が、自身の所属する部活の部長を務める先輩による性的行為に応じなければ、当該先輩の地位に基づく影響力ゆえに、部活に参加することができず、試合にも出られなくなるといったことがこれに該当し得る。
同号の「憂慮」とは、被害者が前記のような不利益が及ぶことを不安に思うことを意味する。
その上で、
○ 「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」は、行為者自身が、被害者に対し、性的行為の手段として、行為者自身の言動によってそのような不安を抱かせる行為を
○ 「それを憂慮していること」は、被害者が、第三者によってなされた言動や、行為者によって性的行為の手段としてではなくなされた言動により、そのような不安を抱いている場合を
それぞれ想定したものである。】
※刑法
(不同意わいせつ)
第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。
一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕がくさせること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
(不同意性交等)
第百七十七条 前条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛こう門性交、口腔くう性交又は膣ちつ若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、五年以上の有期拘禁刑に処する。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、性交等をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
※2025/1/19 chatGPT o1 proで検証してもらいました。
以下では,日本の犯罪捜査実務・法律学(刑法改正の趣旨含む)・心理学の三つの視点から,ご提示いただいた文章(以下「本文」)が論じる内容がどの程度正確か,妥当かを検証します。
1. 日本の犯罪捜査実務の観点
1-1. セクシュアル・ハラスメントから刑事事件への移行
- 本文は「セクハラとして民事問題のみで扱われていた行為が,近年は刑事事件化される可能性が高まっている」と述べています。
- 現場感覚としても,改正刑法が「同意しない意思を形成・表明・全うできない状態」の具体例を列挙したことで,警察が「これは刑法上の不同意わいせつ・不同意性交等に該当するのではないか」と判断するケースが増えつつあるといえます。
- 以前は「暴行・脅迫」「心神喪失・抗拒不能」といった要件をどう評価するかが曖昧で,“セクハラ”に留まるか“準強制わいせつ・準強制性交”等で立件するか迷う事例がありました。しかし,改正法で要件が具体化され,警察も告訴・相談を受けて捜査に着手しやすくなっています。
1-2. 刑法176条1項8号の解釈(捜査上の観点)
- 改正刑法176条1項8号「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」について,本文では
- 「雇用主と従業員」「先輩と後輩」「教師と学生」「コーチと教え子」に加えて,「債権者と債務者」の関係も含まれる
- つまり,債務者が金銭を借りており,返済を滞らせた・あるいは借り入れを迫っている中で債権者側から「性的行為に応じないと返済条件を悪化させる」などの圧力が加えられる場合
- そこに「断れない心理的圧迫」が認められれば,“同意しない意思”の形成や表明を実質的に困難にしている
- これを捜査実務では不同意わいせつ・不同意性交の可能性として扱い得る,と主張しています。
- 実際に「ひととき融資(性的行為を担保に金を貸す・返済条件の交換に性行為を要求する等)」が行われ,それが明確に被害者の拒絶困難を生んでいるならば,改正法の趣旨からいって捜査対象になるのは十分ありえます。
- もっとも,捜査段階では「本当に被害者が経済的に追いつめられ,自由な意思決定ができなかったのか」「双方のやり取りの客観証拠(メールや録音)はどうか」などを厳密に検証します。この点も含めて本文の趣旨「こうした事例も改正法で刑事事件化がありうる」は捜査実務と矛盾しません。
1-3. セクハラ行為の刑事上の取り扱い
- 会社内のセクハラ(上司が部下に性行為を強要等)の場合,これまでは民事・労働法的な処分や慰謝料問題で片づきがちでした。しかし,改正176条1項8号で「社会的または経済的地位に基づく影響力により同意を困難にする」形が明確に列挙されたことで,警察が「十分に強制性があった」と判断すれば捜査を開始しやすい状況になっています。
2. 法律学(刑法改正の趣旨等)の観点
2-1. 改正刑法176条1項8号の基本解釈
- 改正法では,「同意しない意思を形成・表明・全うできない状態にさせる手段・事由」として8種類を例示しました。その8号が「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって被害者に不利益を憂慮させる」ものです。
- 法務省や法制審議会の資料でも,「会社社長と従業員」「教師と生徒」「コーチと選手」等が典型例として挙げられています(社会的な関係性)。また,経済的関係としては「債権者と債務者」「取引先と下請業者」「賃貸人と賃借人」などが広く該当します。
- したがって,本文が示す「ひととき融資(貸金業者・ヤミ金が性的行為を要求する形)」「債権者と債務者」という例が挙げられているのは,改正法の文言や趣旨に照らしてもおおむね適切といえます。
2-2. 条文適用の要件
- ただし,条文上は単に「債権者と債務者の関係」だから処罰されるわけではなく,被害者が「経済的不利益を現実に憂慮しており,拒絶困難な状況になっている」ことが要件となります。
- たとえば「少し金利を優遇してほしいから一度ぐらい抱かれてもいい」などが単なる“合意”として扱われるのか,それとも「断れば返済条件が厳しくなり破滅する恐れがあるため拒めない」として“不同意”と扱われるのかは,結局は具体的状況を捜査・裁判で審査することになります。
- 本文が「いわゆる『ひととき融資』についても成立しうる」と言及しているのは,法的には可能性を否定しない正確な理解といえます。
2-3. セクハラ・パワハラとの関連
- 刑法の性犯罪規定は「わいせつ行為(性交を含む)のために被害者の自由な意思決定を奪う」ことに当たれば適用される。労働法上のセクハラが「違法ではあるが刑事処罰ではない」問題になりやすかったのは,従来の強制わいせつ・強制性交等での“暴行・脅迫”要件などが厳しく解されることが多かったからです。
- 改正法後は**「職場の上司の立場を悪用し,断ればクビや配置転換の不利益があると相手を憂慮させて同意を得ているように見える性行為」は刑法176条1項8号の成立可能性が高まった**と理解できます。これが本文での「セクハラが刑事事件になる場合が増える」の根拠と言えます。
3. 心理学(被害者・加害者心理)の観点
3-1. 被害者の心理
- 本文が述べるように,「上司と部下」「債権者と債務者」といった経済的・社会的地位の非対称が存在すると,被害者が実際には拒絶したいのに“拒めない”“訴えにくい”心理が大いに働きます。こうした被害者心理は数多くの調査・研究で実証されており,改正法はそれを踏まえて条文化したものと考えられます。
- したがって本文が「セクハラが表面的には合意に見えても,被害者が経済的不利益を恐れて断れない場合がある」と指摘するのは,被害者心理学的にも妥当です。
3-2. 加害者の心理(地位・権力の利用)
- 「ひととき融資」に代表されるように,相手の弱みや不利益(借金・雇用・取引など)を喰いものにして性行為を引き出そうとする心理は「権力や優位性を利用する型の性加害」としてよく知られます。
- 犯罪心理学的には,こうした加害者は「相手が苦痛を受けようが自分の要求を優先する」思考を持ちやすく,とりわけ相手が文句を言えない立場だと確信すると執拗に強要する事例がみられます。本文が提示するケースや条文解釈は,そうした実態と合致します。
3-3. セクシュアル・ハラスメントの内面化
- 多くの被害者は,「自分が悪かったのでは」「立場的に仕方ない」と内面化しがちで,相談が遅れたり訴えを取り下げてしまうこともある。改正法は**「加害者からの明示の脅迫・暴行がなくても,被害者が強い不利益を恐れて拒絶できない状態なら刑事罰対象」**と明文化したため,被害者が内部化しがちな“自責感”を超えて,捜査機関が事件化をしやすくなる側面があります。本文の指摘は,その心理面との繋がりを裏付けています。
4. 総合評価:本文の真偽
- 「セクシュアル・ハラスメントが刑事事件化され得る」
- 新しい刑法改正の理解として正しい。会社の上司が部下に対して「経済的又は社会的関係上の地位による不利益」をちらつかせて性行為を迫った場合,同意があっても形式的であり“不同意”状態と認定し得るという指摘は妥当です。
- 「債権者・債務者関係(ひととき融資)も該当し得る」
- 改正法176条1項8号の文言は「経済的な関係」を包含し,これを根拠に**「借り手が返済に追われ,断れない状況」で性行為に応じた場合,強要と評価され得る**という主張は法的に十分根拠があります。
- ただし捜査・立件では,「本当に拒絶できない状態だったか」「単なる合意か」を事実面で厳密に検証することになる点には留意が必要。
- 全体の整合性
- 警察公論の記述は現場向け解説として信頼性が高く,本文の引用も改正法の条文趣旨と一致。
- 「セクハラ→不同意わいせつ・不同意性交等としての刑事処罰」への変化が「今後さらに進む」とする指摘も捜査・裁判実務的に矛盾しない。
- 心理学的見地でも,被害者が拒絶しづらい環境を作る行為こそが処罰対象というのは,改正法の本質であり,被害者心理にも合致しています。
以上より,本文の主張は,日本の犯罪捜査実務・法律学上の解釈・被害者心理学の知見と大きく整合し,十分に“真”として評価できるといえます。
結論
- 日本の犯罪捜査実務上は,改正刑法176条1項8号によって,いわゆるセクハラ行為や「ひととき融資」での性的強要も,拒絶困難な状態を作り出したとして立件可能性が高まっている。その説明は妥当。
- **法律学(刑法改正の趣旨)**から見ても,「経済的関係」「社会的関係」を用いた性的強要を“不同意わいせつ・性交等罪”として処罰対象に含むのは正しい解釈であり,債権者・債務者関係の利用も想定されている。
- **心理学(被害者心理)**の面でも,経済的地位や社会的地位の優位を背景にした強要は被害者が「自分が悪かったのかも」と内面化しやすく,刑事事件化しづらい面が大きかった。しかし改正法によって捜査機関が事件として扱う可能性が増した,という主張も合理的である。
よって,本文の内容は捜査実務・法解釈・心理学の各面からみて大筋で正確かつ妥当と評価できます。