不同意性交等罪、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが【困難な状態】とは何か
2024年08月15日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、福岡市に住む30代の独身男性です。マッチングアプリで知り合った女性と食事をしました。お酒も入って良い雰囲気になってきたと思ったので、二軒目に行き、帰り際にキスをしました。もちろんいきなりキスをしたということはないのですが、相手を見つめて、相手も見つめ返してきたので、ゆっくりと動いて軽く唇にキスをしただけです。当時は相手は嫌がっている雰囲気はなく、酔っ払ってふらついているといったこともなく、「またね」と話をして帰りました。しかし、翌日LINEをしたらブロックされていました。不同意わいせつ罪として警察が来ないか心配です。
A、相手方が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態(自由な意思決定の可能性を失わせる程度)」とはいえないので、不同意わいせつ罪は成立しないと考えられます。とはいえ、性犯罪として立件される危険性は存在しますので、弁護士の面談相談を受けておくべきでしょう。
【解説】
令和5年刑法改正により、強制わいせつは「不同意わいせつ」と名称が変更され、条文が次のとおり改正されました。
※刑法
(不同意わいせつ)
第176条
次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
(以下略)
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
ご相談の事例だと、【三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。】という要件と、【同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態】が問題になります。しかし、【「アルコール」又は「薬物」の種類や摂取量は問わない】とされていますので(後掲①の70頁)、ご質問のような事例では、【同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態】の要件だけが問題になります。
ただ、実はこの「困難な状態」については見解が一致していません。そこで、この要件をどう考えるかが処罰のポイントになります。
私は、「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」のものであることが要件になると考えます。
文献①と②の立案担当者の表現は一番広い解釈を示しています。しかし、「困難の程度は問わない」という立案担当者らの解説を字義どおり捉えると、「嫌というのは気が引けたから(難しかったから)嫌といわなかった」というレベルでも「困難」と判断されることがありえ、不同意わいせつ・不同意性交罪が客観的には成立することになります。後は、故意の問題となりますが…おそらく、行為者が客観的な事情を把握していれば足りるということになるので(発達障害等で「拒絶の態度」が理解できなかったという場合などが故意がないとされる?)、後から、第三者目線で見たら嫌がっていたでしょう、という内容でも不同意わいせつ・不同意性交等罪が成立するという帰結になりえると思うからです。
仮に、このレベルで不同意わいせつ・不同意性交の成立を認めるとすれば、交際している男女、あるいは結婚している男女の双方が「不同意性交・不同意わいせつの加害者でもあり、被害者でもある。」といったことになりかねません。交際期間中、常に交際相手の片方のみが「優位」にあるとは限りません。処罰範囲を拡張したものではないという法務省の公式説明もあることですし、「困難な状態」については文献④にあるように「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」のものであることが要件になると考えます。
ただ、仮に警察に性犯罪として立件された場合に備えて、弁護士に面談相談をした上で状況を整理し、反論できるように整えておくことは大事だと思います。
【参考文献】
①浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)1頁~
8頁
【(3) 「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の意義
「同意しない意思を形成し、表明し店しくは全うすることが困難な状態」のうち、
〇 「同意しない意思を形成……することが困難な状態」とは、わいせつな行為をするかどうかの判断・選択をする契機や能力が不足し、わいせつな行為をしない、したくないという発想をすること自体が困難(注 8)な状態を
〇 「同意しない意思を……表明……することが困難な状態」とは、わいせつな行為をしない、したくないという意思を形成すること自体は(注 9)できたものの、それを外部に表すことが困難な状態を
O 「同意しない意思を……全うすることが困難な状態」とは、わいせつな行為をしない、したくないという意思を形成したものの、あるいは、その意思を表明したものの、その意思のとおりになるのが困難な(注10)状態を
それぞれ意味するものである。
いずれの場合についても、「著しく困難」である必要はなく、「困難」の程度は問わない。】
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000021780-i32473105
②城祐一郎「性犯罪規定の大転換~令和5年における刑法および刑事訴訟法の改正の解説~(前)」捜査研究2023年9月号(876号)2頁~
12頁
【カ このように、意思を形成、表明、全うする段階ごとに「困難さが生じたかを問題にすること、これによって、被害者の明示的な拒絶や抵抗が認定できない場合であっても、意思に反する性行為であれば処罰できることが明確にされています。」37) と説明されている。したがって、「被害者側に、抵抗する義務はもとより、拒絶する義務を課すことにはならないのは、当然の理論的な帰結」38)ということになる。したがって、ここでいう「困難」という文言の解釈においても、「それをすることが難しいことを意味しているものとして用いています。したがって、『困難』について、その程度を問うような」ものではなく、「同意しない意思を全うすることが難しいかどうかを原因行為・事由と合わせて考えていくということになる」39) ものである。
9) 第13回議事録5~6頁(浅沼幹事発言)】
https://www.tokyo-horei.co.jp/magazine/sousakenkyu/202309/
③樋口亮介「不同意性交等・わいせつ罪-新176・177条1項の解釈・運用」法律時報2023年10月号(1195号)70頁~
70頁
【176条・177条1項は列挙事由と困難性要件の双方を要件とする。列挙事由は異なる局面を捕捉しており、困難性要件の当てはめも列挙事由ごとに相違する。】
https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/9121.html
④橋爪隆「性犯罪に対する処罰規定の改正等について(1)」警察学論集77巻8号1頁~
4号については
13頁で
【4号の類型として、自由な意思決定が困難な状態に陥っていたといえるか否かによって、処罰の可否を決する必要がある】
6号については
14頁で
【すなわち被害者が予想外の事態に直面したことから、自由な意思決定の余地を失った状態を捕捉しようとするものである。】
8号については
19頁で
【一定の不利益を憂慮していても、それが被害者の自由な意思決定の可能性を失わせる程度のものでなければ、「困難な状態」に陥っていたとはいえず、本罪の成立は認められない】
21頁で
【また、不利益の憂慮の類型(8号)については、既に述べたように、被害者なりに性的行為に応じることの利害得失を判断した上で性的行為に応じたと評価できるか、それとも、客観的にはともかく、被害者の主観面においては性的行為に応ずることが唯一の選択であったといえるかが、「困難な状態」の判断において決定的に重要であろう。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3928
※2025/1/4 chatGPT o1 proに真偽を判断してもらいました。
以下の結論を先に述べますと、引用の文章(以下「本文」といいます)は、
- 立法担当者見解(「困難の程度は問わない」「拒絶が難しい程度でも該当しうる」等)
- 著者(本文執筆者)による見解(「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」と解すべき)
という二つの解釈があることを紹介し、そのうえで著者自身は「自由な意思決定ができないほどであること」を要件とする解釈に立つべきだ、と主張しているものです。
- ポイントとしては、令和5年改正刑法が定める「同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態(以下、『困難な状態』と略)」の法解釈については、現時点で**「一つに定まった確立解釈があるわけではない」**ということ。実際、法務省や立法担当者の説明(法曹時報・捜査研究等での解説)では「困難の程度は問わない」という趣旨の説明がなされていますが、一方で学説や実務家の中には「それではあまりにも広すぎる」として、本文のように「自由な意思決定が失われる程度」を必要とする説もあり、今後の運用次第では争点になりうるというのが実情です。
1. 本文の主張と真偽に関する概略
(1) 本文における「困難な状態」解釈
本文では、令和5年改正刑法(「不同意わいせつ罪」「不同意性交等罪」)において問題となる「困難な状態」について、
- 立法担当者・一部文献の解説:
「困難の程度は問わない」「わずかに『断りにくい・抵抗しにくい』程度であっても成立しうる」とも読める(=かなり広範に適用されるおそれがある)。 - 著者自身の見解:
これを字義通りに拡大解釈すると、交際中のごく普通の性的関係まで犯罪になりかねないので、実際の運用では「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」と読むべきだ。
という構成になっています。
(2) 「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」というのは公式見解か?
- 本文が紹介している**「立法担当者の公式解説」**(法曹時報・捜査研究・警察学論集など)を読むと、「困難の程度を問わない」という点は強調されている一方、「実際にどの程度なら処罰対象になるのか」については、けっして明確な線引きが示されているわけではありません。
- したがって、「自由な意思決定ができなくなるほど」でなければ処罰しない、というルールが法務省から公式に示されているわけではないのが現状です。
- 本文の主張は、そのような法務省公式見解を直接引用しているのではなく、複数の文献を踏まえて著者が提唱している解釈といえます。
(3) 「本文の内容自体が誤りか」というと
- 本文は、「立法担当者は広い解釈を示している」「しかし、それを字義通りにとると処罰範囲が際限なく広がるおそれがあるので、『自由な意思決定が失われる』レベルを要すると解すべきではないか」と述べています。
- これは、**改正刑法の立法経緯や立法担当者の解説、学説状況などを踏まえた“1つの有力な見解”**としてまとめられており、「まったくのデマ」「間違い」だと言い切れるものではありません。
- むしろ、改正後の条文が抽象的かつ広義な文言になったことで、こうした解釈上の不安や議論があるのは事実です。そこを踏まえ、著者が「このように制限的に考えるべきだ」と主張している内容は、十分に“ありうる解釈”に属します。
2. なぜ「困難な状態」の解釈に幅があるのか
(1) 「困難な状態」要件は、旧来の「暴行・脅迫」要件を拡張するもの
- 旧法の強制わいせつ・強姦罪では「暴行・脅迫」を手段とするか、それと同視できる程度の抗拒不能状態が必要でした。
- 今回の改正で「同意がないまま行われる性行為」であれば処罰され得る余地が拡大し、“暴行・脅迫”とまでは言えなくても、被害者が拒絶しづらい状態を利用した性的行為” も処罰対象に含まれることになりました。
(2) 条文文言は抽象的だが、実務上は細かい事実認定が必要
- 条文では「困難の程度」について上限・下限を明確に定めていません。
- しかし、実際に起訴・有罪判決を得るには、被害者がどのような状態に陥っていたのか(酩酊の度合い、精神障害の有無、行為者が被害者に与えた心理的圧迫の程度など)を、個別具体的に立証する必要があり、むやみやたらに“何でも”成立するわけではありません。
- そのため「程度は問わない(幅広い事例を捕捉しうる)」「しかし、その事例ごとに本当に拒否・抵抗が困難だったのか厳密に吟味される」という二面性があります。
3. 総合評価
- 本文の骨子は、改正法の解釈論として十分にありうる意見
- 立法担当者の説明を「極端に広く」読んだ場合の危惧、ならびに「とはいえ、実務でそこまで広がるのはおかしいのではないか」という問題意識は、実際の改正刑法に関する学説・実務家の議論でよく見られるものです。
- したがって本文は、「改正法の運用において懸念される点を指摘し、自分なりの解釈基準を示した」ものであり、それ自体に荒唐無稽な誤りはありません。
- 「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」を要すると明言しているのは著者の私見
- 立法担当者が「“著しく”困難でなければならない」とまでは言っていないのは事実なので、そこを「そんなにゆるくないはずだ」という方向で再解釈するのは、著者の立場に基づく提案です。
- つまり「本文 = 立法担当者の公式見解」というわけではなく、「本文 = 一種の制限的解釈論の提案」です。
- 現状では実務運用・判例の集積が不足している
- 令和5年改正は施行されたばかりであり、実際に「困難な状態」の該当性が争点となった具体的判例がどのように形成されるか、これから先が勝負です。
- 今後の裁判例によって、本文のような「ある程度厳格にみる」方向がとられるのか、あるいは立法担当者のとおり「困難の程度は問わない」という幅広い運用が本当に行われるのかが、徐々に明らかになるでしょう。
4. 結論
- 本文が述べている事柄は、現行法(令和5年改正刑法)の要件解釈をめぐる代表的な論点の一つであり、虚偽やデマではありません。
- ただし、本文の中心的な主張(「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」という解釈基準)は、あくまでも**本文執筆者の“制限的解釈”**であり、法務省・立法担当者が公式に示している見解とは必ずしも一致しない部分があります。
- 実際のところ、立法過程で「困難の程度は問わない」という説明がなされているため、**「少しでも断りにくい状況ならすべて該当する」というような極端な運用がありうるのでは?」**という懸念は確かに存在します。その一方で、実務では個別の立証・事実認定が必要であり、無制限に拡大されるわけでもないと考えられています。
- よって、「本文は事実をねじ曲げているわけではなく、改正法のあり方に対する一つの(比較的“狭め”の)解釈論を提示している」と評価できます。
総じて、本件の文章は「まったくの誤り・虚偽」ではなく、性犯罪規定の改正に伴う解釈上の議論と、その著者なりの見解が示されているものである、と考えるのが妥当です。