load

薬院法律事務所

一般民事

不貞行為の相手方の職場に対して、給料の仮差押ができるか


2023年02月08日読書メモ

配偶者が不倫をしたという事案で、不倫相手の職場に対して給与の仮差押をすることで、損害賠償請求権の保全をするととともに、事実上職場に不倫の事実を知らせようというニーズはあります。しかし、一般的にこういった仮差押のハードルは高いと思った方が良いでしょう(職場に知らせることが主目的の場合、弁護士倫理上の問題もあります)。特に、相手が不倫の事実を否定している場合、既婚者であることを知らなかったという弁解をしている場合は難しいです。参考になる文献を引用します。

関述之『民事保全手続』(きんざい,2018年9月)

140頁

【6給与債権・退職金債権を目的物とする場合の保全の必要性
給与及び退職金債権を目的物とする仮差押えの場合には,債務名義を得るまでに債務者が退職するおそれがあるとの点についても比較的高度の疎明が必要である(瀬木275頁)。なぜなら,債務者が債務名義を得るまでに退職しないのであれば(例えば, 第三債務者が従業員の定年まで安定した給与の支払が見込まれる企業等であれば, 中途退職の可能性はより少ないであろう。),債務名義を得てから給与債権・退職金債権に対して本執行すれば足りるし, この場合の第三債務者は債務者の勤務先であり,債務者の勤務先における信用失墜という大きな打撃が容易に予想されるからである。
特に,不貞行為の慰謝料請求権を請求債権とする給与債権・退職金債権の仮差押えの事案では,仮差押命令には請求債権を特定するために不法行為の具体的内容が記載され, これが第三債務者, すなわち債務者の勤務先に送達されるため(法50V→民執145m),債務者の打撃に対する配慮の要請はさらに高くなり, その結果,請求債権20及び保全の必要性の疎明の程度もさらに高度なものが求められるであろう21。】

★須藤典明・深見敏正編著『最新裁判実務大系第3巻 民事保全』(青林書院,2016年3月)

「(被保全権利)離婚に伴う財産分与請求権及び慰謝料請求権による仮差押え」
日野直子

126頁

【Aは,不倫相手のCに対しても慰謝料500万円を請求したいと考えており. C名義の預金債権を仮に差し押さえる場合, どのような問題があるか。】

131頁

【理論上は通常の仮差押えと異なるところはない(注9)。債務者にとって影響の少ないものから選択するべきであり,特に不動産等がある場合には給与・退職金等の仮差押えの必要性については,実際に退職の可能性が高い場合などに限るべきであり,慎重な判断を要しよう。】

【(注9) 実際上はやや緩やかに運用されているという指摘(瀬木比呂志「保全処分」野田愛子=安部嘉人監修『人事訴訟法概説:制度の趣旨と通用の実情〔改訂版〕」(日本加除出版,2007) 292頁) もあるが,現在の実務は,必ずしも緩やかというわけではない。ちなみに西口元「人事訴訟を本案とする民事保全(附帯処分を含む。)」野田愛子=梶村太市総編集/梶村太市=棚村政行編『新家族法実務大系(5)調停・審判・訴訟』(新日本法規出版,2008) 397頁は「夫婦共同財産の性質を有する不動産等については,保全の必要性の判断を緩やかにしてもよいと思われる。しかし,給料や退職金については,債務者に対する影響が大きいので,保全の必要性について慎重に検討を加えるべきである。」としている。】

菅野博之・田代雅彦編『裁判実務シリーズ3 民事保全の実務』(商事法務,2012年10月)

「抵当権付不動産の仮差押え」

井出正弘

49頁

【上記lの記載例の事案においては、①債務者が甲野太郎との間の情交関係を持った事実及び②債務者が甲野太郎が既婚者であることを認識していた事実又は認識しなかったことにつき過失があることの疎明が重要である。仮差押命令申立事件においては、債務者審尋が行われないことが通常であるため、疎明手段が限られることが多い。債務者が自認しているか、夫(甲野太郎)の協力を得ることができない場合には、債権者又は第三者の陳述書等が疎明資料として提出されるケースが多いと思われるが、裁判所としては、客観的な裏付けの有無を吟味するなどして、陳述書等の信用性を慎重に検討する必要がある。】

萩尾保繁・佐々木繁美編『民事保全法の実務の現状100(別冊判例タイムズ1078号)』(判例タイムズ社,2002年2月)

「債権仮差押え手続の流れ」

古川謙一

58頁

【債権仮差押えにおいては、第三債務者に命令が送達されることによって、債務者の経済的信用が著しく害されるおそれがある。また、給料や運転資金の支払を受けられなくなることによって、債務者が多大な損害を被るおそれがある。例えば、連帯保証債務履行請求権や不貞行為を原因とする慰謝料請求権を被保全権利として、給料仮差押えを申し立てる場合、債権者の権利保全も重要ではあるが、債務者が多大な損害を被るおそれがあることも考慮すべきである。したがって、債権仮差押えにおける保全の必要性の審査は、不動産仮差押えに比して、慎重に行われる。具体的には、債務者の資産状況を把握するため、債権者にとっても容易に調査できる債務者の住所地又は本店所在地の不動産登記簿謄本の提出を求めることがしばしば行われる。この結果、債務者が担保余力のある不動産を有している場合には、そもそも保全の必要性がないと判断されるか、あるいは、債務者に多大な損害を生じるおそれのある債権仮差押えにおいて、保全の必要性が消極に判断されることになるかと思われる。】

塚原朋一・羽成守編『現代裁判法大系⑭〔民事保全〕』(新日本法規出版,1999年3月)

「保全命令の担保決定基準」

絹川泰毅

303頁

【また、債務者の給料債権等を仮差押えする場合については、そもそも債務者の退職する可能性が全く見込まれず、かつ、定年までに相当期間残されており、そもそも保全の必要性に欠けるのではないかと思われる事案も散見されるため、裁判所としては、まずもって、この点について慎重に審査することが必要となるが、仮に発令が認められる場合においても、債務者が勤務している会社内における信用(面子)を失う蓋然性が高く、保全命令を受けた事実がリストラの口実として利用されるおそれも多分にあることから、この場合にも担保額は高めに決定されるべきである。】