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薬院法律事務所

一般民事

交通事故における後遺障害逸失利益の中間控除利息の基準時問題


2021年08月10日交通事故

令和2年4月施行の債権法改正により、法定利率は3%になりました。そのため、後遺障害逸失利益の中間利息控除も3%となり、過去より賠償額が増えることになります。

しかし、それ以前は5%なわけです。なので、いつを起算日にするかにより、大きな違いが生じます。ここで、事故時説と、症状固定時説があります。いくつか関連する文献を引用します。

東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『これだけは押さえておきたい!債権法改正の重要ポイント』(ぎょうせい,2018年6月)118頁

【(3) 中間利息控除
ア ルールの変更
現行法では,中間利息の控除について明文はなく,判例により5%の固定利率による中間利息の控除をすべきであるとされておりました。これに対して改正法では, 417条の2が新設されております。
この規定は改正法の722条1項で不法行為に準用されていますので,不法行為に基づく損害賠償債務にも適用されます。417条の2では, 「その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」により中間利息控除をすることとなっています。こちらの中間利息控除に用いる利率は,損害賠償債務が発生した時点で固定されるというわけです。
イ損害賠償請求権発生時の解釈論(特に人身損害について)
ここではもう既に大きな解釈論があり,損害賠償請求権が発生する時とはいつなのかという問題になります。特に人身損害について既にいわれております。例えば,後遣障害による逸失利益ですが,損害賠償請求権が発生するのが不法行為時だというところを重視するのでしたら不法行為時でしょうし,後遣障害というのはあくまで症状固定によって明らかになると考えれば症状固定時でしょうし,他方,学者の先生によっては症状固定という概念はあくまで逸失利益を算定するためのテクニックにすぎないというようなこともおっしゃっており, ここについてはまだ結論が出ていないというのが正直なところだと思います。
将来の介護費用に至りますと,更によく分からなくなってまいります。原則論としては損害賠償請求権が発生する時を基準にする不法行為時になるでしょうし,実際に費用が発生した時に損害賠償請求権が発生すると考えれば将来費用が発生する各時点になるでしょう。ただ,それでは一括でもらうことができないので中間利息控除の話になるということであり, その場合には事実審口頭弁論終結時を基準にするなど, いくつか既に説がいわれているところです。ここについてはまだおそらく確定した見解というものはなく, この先いくつかの見解が示されるのではないかと思っております。
ウ 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求
中間利息控除に関して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を例として挙げますと,要は,遅延損害金に用いる法定利率と中間利息控除に用いる法定利率の時点が異なるという話です。遅延損害金に用いる法定利率は履行の請求を受けた時,中間利息控除に用いる法定利率は損害賠償請求権発生時になります。損害賠償請求権の発生時について,不法行為時とした場合にはやはりずれてしまいますし,症状固定時とした場合もずれてしまいますので,注意が必要です。】

日弁連交通事故相談センター編『交通事故損害額算定基準26訂版』(日弁連交通事故相談センター,2018年2月)459頁
3 中間利息の控除
これまで明文の規定がなかった中間利息の控除について、将来において取得すべき利益(例えば、後遺症逸失利益)、及び将来において負担すべき費用(例えば、将来介護費)についての損害賠償額を定める場合に、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償請求権が生じた時点における法定利率により行うとする規定が新設された(改正民法417条の2)。同規定は不法行為による損害賠償の場合にも準用される (改正民法722条1項)。
この規定により、改正民法施行後は年3%より開始する変動制の法定利率に従って中間利息控除が行われることとなるため、基礎収入や逸失利益発生期間などが同じであっても算定され損害額が現在(年5%での控除) よりも高額になる。なお、今回の改正は中間利息控除の基準時に関しては何も定めていないため、 この点についての議論(いわゆる固定時説、事故時説等の対立)が残ることなった。

平成30年度赤い本(下巻)88頁
イ 用いる法定利率の基準時
改正民法では法定利率が変動することとなるため, 中間利息控除にあたり控除すべき利息の利率をどの時点の法定利率によるものとするかが問題となる。この点について改正民法では「その損害賠償の請求権が生じた時点」の法定利率を用
いるものとしている。不法行為の場合,損害賠償請求権は一般に不法行為時に発生し直ちに遅滞に陥ると考えられており,交通事故の場合は用いる法定利率の基準時を事故時とするのが一般的な解釈であろう。
なお,改正民法417条の2第2項では将来の積極損害の損害賠償額算定にあたり中間利息控除を行う場合も同様の規律(=損害賠償請求権発生時の法定利率)によることとされている。

塩崎勤ほか編『専門訴訟講座1 交通事故訴訟〔第2版〕』(民事法研究会,2020年3月)435頁
民法の改正(平成29年法律44号)により、損害賠償額算定にあたっての中間利息控除について規定がおかれた(改正民法417条の2, 722条1項)。その場合の控除利率は「損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」 とすべきものとされた。 「損害賠償の請求権が生じた時点」 とは、通説的見解によれば、不法行為時(事故発生時) ということになり、 また、法定利率については、変動制が採用されたものの、改正民法施行時点ではとりあえず年3%とされているから (同法404条2項)、改正民法施行後に発生した事故事案では、年3%で中間利息控除を行うことになる。
後遺症事案では、 これまでの実務においては、不法行為時(事故発生時)ではなく症状固定時を中間利息控除の基準点とする算定方法が優勢だったが、改正民法施行後も同じ損害算定方法でよいのか疑問が生ずる。
症状固定時が「損害賠償の請求権が生じた時点」だとする考え方もあり得るが、 これまでの損害発生時点に関する不法行為理論を否定することになるから、 このような解釈が採用される可能性は少ないであろう。問題は、不法行為時(事故発生時)の法定利率によって中間利息控除を行うのに、利息計算は症状固定時から行う方式でよいのかという疑問が生ずる点である。 もちろん改正民法では、中間利息控除の基準点について何ら規定をしていないのだから、 これまで優勢と思われた症状固定時を中間利息控除の基準点とする算定方法が否定されるわけではない。しかし、中間利息控除を年3%とすることにより、賠償額の大幅増額が生ずることになるため、 この点に配慮して、後遺症事案においても事故発生時を基準時とする (損害額を減少させる効果がある)裁判例が増加する可能性もあると思われる。裁判例の動向に注意をする必要があるだろう。

大島眞一『交通事故事件の実務-裁判官の視点-』(新日本法規出版,2020年2月)79頁
【力 中間利息控除の基準時
後遣障害逸失利益の算定においてどの時点を基準として中間利息を控除するかについて、最高裁判例はまだなく、①事故時、②症状固定時と裁判例は分かれている。
(中略)
遅延損害金が事故時から発生することを考えると、理論的には事故時に現価評価するのが正当なようにも思われる。 もっとも、債務の履行遅滞を理由とする遅延損害金の発生の問題と利殖可能性を理由とする中間利息控除の問題とは別の問題と考えられること、逸失利益が具体的に発生するのは症状固定時であること、事故時説を徹底するのであれば、治療費、交通費、休業損害等についても、事故日から支払日までの中間利息を控除して、事故時に現価評価すべきことになるが、そのような運用はされていないことなどを考慮し、症状固定時を基準とする裁判例が多数である。ただし、事故日から症状固定日までの期間が10年以上あるなど長期間となっている場合には、後遣障害に対する遅延損害金だけでかなりの金額になり、被害者に不当な利益を与えることになるので、衡平の理念に照らし、事故時を基準とする裁判例も少なくない】