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薬院法律事務所

刑事弁護

令和5年刑法改正(性犯罪関係)に対する意見(不同意性交・不同意わいせつについて)


2024年01月31日読書メモ

浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)

https://www.fujisan.co.jp/product/2424/b/list/

不同意性交・不同意わいせつについて、法制審議会や国会答弁も引用して解説した論文が公刊されました。裁判官の判断の基本となりますので、刑事弁護人、被害者代理人のいずれの立場でも必携の文献でしょう。今後の議論は、まずはここから始まることになると考えられます。

 

ある程度解説が出そろったので、今回の改正に対する私の考えを記載します。刑事裁判実務に携わる一個人として、私の見解を残しておくことが将来誰かの助けになるかもしれない、と思うからです。

 

まず、私は、今回の改正について、非常に良いことであったと高く評価しています。特に、不同意性交・不同意わいせつの当罰性のコアが「同意しない意思(拒絶の意思)を形成、表明、全うできないことを利用しての性行為であること(不同意わいせつ・不同意性交の本質的な要素が、自由な意思決定が困難な状態でなされたわいせつな行為であること)」だと明示したということが重要です。表面的な「同意」の有無でも、「不同意」の有無でもなく、本人の真意を抑圧する状況があったか、それを作ったり、利用したか、が処罰のポイントであるということを明示したことには重要な意味があります。

 

端的にいえば「断れない関係性を作ったり、利用して性行為をしたか」です。口頭の「同意」や「不同意」があったか否かという表面的な問題ではないです。口頭で「同意」していようが、あるいはむしろ「積極的に望んだ」ようにみえようが、自由な意思決定が困難な状態であれば不同意わいせつ・不同意性交罪は成立します。

いわゆる「性的同意」と「不同意わいせつ・性交」の関係について

このことは、裁判実務や学説では既にほぼ共通理解になっていましたが(後述の「高松高裁判決昭和四七年九月二九日高刑集二五巻四号四二五頁」はこの実質を明快に判示した先駆的な先例です。表面上は「女性から、口頭で、明示的に望んだ」事例で強姦罪の成立を認めています。)、捜査実務、特に警察の窓口では十分に理解されていなかったようです。なお、一部のマスコミ報道では性犯罪の処罰規定の発想が大転換したかのように語られることがありますが、不正確です。正確には既存の法律の内容を「明確化」して解釈のブレを防ぐとともに、一般の人に分かりやすくしたというものです。

 

※改正法が、「処罰範囲を拡大したものではないこと」は法務省の解説でも明言されています

https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html

【Q3  「暴行」・「脅迫」、「心神喪失」・「抗拒不能」といった要件を改めることで、これまで処罰できなかった行為が処罰できるようになるのですか。

A3 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に関する「暴行」・「脅迫」、「心神喪失」・「抗拒不能」要件の改正は、改正前の強制わいせつ罪・強制性交等罪や準強制わいせつ罪・準強制性交等罪が本来予定していた処罰範囲を拡大して、改正前のそれらの罪では処罰できなかった行為を新たに処罰対象に含めるものではありませんが、改正前のそれらの罪と比較して、より明確で、判断にばらつきが生じない規定となったため、改正前のそれらの罪によっても本来処罰されるべき行為がより的確に処罰されるようになり、その意味で、性犯罪に対する処罰が強化されると考えられます。】

 

私は、この改正が、未だに一部の人に根強く残る、「明示の拒絶がなければ、相手に性的行為をして構わないんだ。」という発想を払拭していくきっかけになることを願っています。何故ならば、現代の日本では、「同意しない意思(拒絶の意思)を形成、表明、全う」できない状況にある人が多く、現状で、「明示の拒絶」を処罰要件とすると、「拒絶できない人(特に若年女性と若年男性)」を集中的に狙う人が跋扈するからです。

 

性被害を減らすためには「嫌なものに対して、嫌と感じること、嫌といえること。」が大事です。しかし、現在の日本では「周囲の和を乱さないように」「真面目に生きるように」「親の考えたレールを進むように」といった「教育」を受けている人が多く(自由にして良いと口では言いながら、実は親の望む選択肢から外れたら「態度」で冷遇するというパターンもあります)、「拒絶の意思の形成、意思の表明」が苦手な人が数多くいます。「拒絶」にも訓練が必要なのです。サイコパスはその脆弱性につけ込んできます。これは、性被害に限らず、様々なハラスメント被害にも共通することで、ブラック企業問題にも共通する傾向です。根本的にはこのような教育の改善も必要になってくるでしょう。

 

なので、私は今回の改正を高く評価しているのですが、課題はあります。特に、処罰範囲に不十分な点があります。改正の方向性は「悪いやつ(特に悪い男)」を漏らさず処罰するということだと思われますが、独身詐欺(独身偽装)が処罰対象に入っていないことは大問題でしょう。ここは明らかにおかしいと考えています。既婚者と性交をしたら、相手方は「不貞行為の加害者」とされてしまうわけで、他の不同意わいせつ・不同意性交に比べて当罰性が低いとはいえません。性交には同意したのだから心理的苦痛は低いのだという発想かもしれませんが、現代の日本において、不貞相手、とされる苦痛はそんな軽視されるべきものではないと思っています。特に、若い女性が、何年間も特定の男性と付き合っていていずれ結婚するものと考えていたら既婚者だった、といった場合(女性の場合は妊娠することもあります)の衝撃の大きさを考えると、これをあえて処罰範囲から除くことには強い疑問があります。民事の貞操侵害での慰謝料額も低く、逆に不貞行為の相手方として損害賠償請求のリスクを負う問題もあります。さらに、独身詐欺をする人は明らかに「故意」があり、「相手の拒絶の意思を察することができなかったから(あるいは勘違いして)、不同意性交をしてしまった」ということはありえないわけです。独身詐欺を不同意性交の範囲にいれるのは、法律婚の尊重にもつながるわけですし、独身男女が安心して結婚相手を探せるようになるのですから、少子化対策という観点からも、3年後の見直しでは必ず含まれなければいけないと思っています(人生に対する詐欺というべき極めて悪質な行為です)。

※関連記事

令和5年の刑法改正(性犯罪関係)に関する文献一覧

「強いられた同意」という考え方について

裁判例紹介 高松高裁判決昭和四七年九月二九日高刑集二五巻四号四二五頁(不同意性交・不同意わいせつ)

野尻千晶「実務刑事判例評釈[Case342]東京高判令和5.3.15準強制性交等罪(令和5年法律第66号による改正前の刑法178条1項)の「人の心神喪失…に乗じ」という要件該当性につき判断を示した事例」警察公論2024年3月号84頁(高検速報(東京)3876号)

女性が加害者、男性が被害者となる強制性交等について 警察公論2018年2月号48頁~

性加害をする人の心理についての仮説(不同意性交・不同意わいせつ・独身偽装)

※刑法
(不同意わいせつ)

第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。

一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕がくさせること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
(不同意性交等)
第百七十七条 前条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛こう門性交、口腔くう性交又は膣ちつ若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、五年以上の有期拘禁刑に処する。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、性交等をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。