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薬院法律事務所

刑事弁護

判例評釈 大阪高裁令和元年8月8日(清水庸平 法務省刑事局付検事 警察公論2020年3月号)


2020年02月13日読書メモ

迷惑行為防止条例の解釈について未公刊判例(無罪)の解説をしています。1秒抱き上げたのが「卑わいな言動」にあたるかということで、地裁判決がニュースにもなっていた事案です。
高裁で無罪が維持されたのですが、被告人の内心を考慮すべきでないとしている点がポイントです。参考になります。

 

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大阪高等裁判所

平成31年(う)第238号

令和01年08月08日

事実および理由
判決要旨
1 控訴趣意中、事実誤認の主張について
(1) 事案の概要
ア 公訴事実
本件公訴事実の要旨は、「被告人は、常習として、平成30年4月4日午後5時12分頃、マンション(被告人、A及びAの母親の居住していたマンション、以下「本件マンション」という。)前付近路上において、当時8歳のAに対し、その背後からいきなり腹部付近に両手を回して抱き上げるなどし、もって人を著しく羞恥させ、かつ、人に不安を覚えさせるような方法で、公共の場所において、衣服等の上から人の身体に触れた」というものである。
イ 原審の経過
原審において、被告人は、本件公訴事実記載の行為をAに対して行ったことはないし、仮に行ったことが認められるとしても大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(以下「本条例」という。)6条1項1号規定の行為には該当しないと主張して、事件性や構成要件該当性を争った。
これに対して、検察官は、本件マンションの出入口付近を撮影した防犯カメラの映像やAの証言等によって、被告人が本件公訴事実記載の行為を行ったことが認定でき、社会通念上、当該行為は、女児が著しい性的羞恥心を感じ、かつ、身体に対する危険を覚えるとともに、心理的圧迫を感じる方法であるといえるから、本条例6条1項1号規定の行為に該当するなどと主張した。
ウ 原判決の要旨
原判決は、防犯カメラの映像から、公訴事実記載の路上に設置された金網状のフェンスの下端に乗ったAに対し、その背後から、被告人がAの腹部付近に両手を回してわずかに抱き上げ、約1秒後に地面に下ろし、その身体を前に押すようにした行為(以下「本件行為」という。)が認められるとした上で、要旨、以下の理由から、社会通念上、本件行為が人に性的な恥じらいを与えたり心理的圧迫を与えたりする程度が著しいと認めることは困難で、本条例6条1項1号には該当しないとして、常習性についての判断を省略し、被告人に対して無罪の言渡しをした。
(ア) 被告人が本件行為に及んだ意図は明らかではないが、Aと遊ぶつもりで持ち上げたという可能性を否定することができない。
(イ) 本件行為は、わずか1秒間の行為であって、執拗に身体を触ろうとするものではなく、その触れた部位に照らしても、相手に性的羞恥心や不安感を与える程度は小さい。
(ウ) 本件行為は、行為そのものが当然に性的意味を持つとはいい難く、被告人が特段の性的意図を有していなかったという可能性を否定できない。
(エ) Aは、本件行為に対して嫌だと思ったものの、十数秒後には被告人のそばで遊び始めており、被告人を嫌悪したり、再被害を警戒したりする様子はなかった。

当裁判所の判断
(2) 当裁判所の判断
ア 原判決の本件行為に対する評価部分の説示は、被告人の主観的意図やAの内心など、重視すべきでない事情に重きを置いている点で適切さを欠くとはいえるものの、その触れた部位や態様等に照らして、性的羞恥心や不安感を与える程度が小さいとみたことは、経験則等に照らして不合理ではなく、本件行為が本条例6条1項1号に規定する行為に該当しないとした結論に誤りはない。
原判決が指摘する防犯カメラの映像には、本件行為の状況が映り込んでいるが、その映像からみる限り、本件行為は、Aが、公道に面したフェンス(金網状のもの)のコンクリート様台座付近に両足をかけ、手で金網をつかんで伝い歩きをしているのを、その背後に立った被告人がAの腹部付近を両手で持ってフェンスから引き離し、路上に下ろし、背部に片手を添えて押すようにするというもので、その過程でことさらに身体を密着させる、衣服の下に手を差し入れる等は確認できない。Aは、原審公判において、従前に被告人から受けた行為について証言しているが、本件行為については何らの説明もしておらず、他に本件行為の目撃者等がいた事情もないから、本件行為は、防犯カメラの映像によって認めるほかない。
本件行為の内容を社会通念に照らして観察すると、Aのフェンスの伝い歩きを止めさせて、路上に下ろす行為とみるのが素直な解釈である。Aがフェンスを伝い歩く必要は特に見当たらないから、遊びのためとみられるところ、フェンスの台座は低いもので、伝い歩きに大きな危険が伴うとまではいえないにせよ、公道に面したフェンスが遊具等でないことも確かで、これを止めさせることが不当とはいえない。無論、そうした遊びを止めさせるにしても、声をかけるなどのより穏当な方法もあり、これに比べ、有形力を用いてフェンスから引き離すという行為は、そのやり方いかんによっては子供を驚かす可能性があるが、本件行為は、直下の地面に下ろしているだけであるから、不安を覚えさせる行為に当たるとまではいえない。本件行為は、ごく短時間の行為で、胸部や臀部、股間など性的な意味づけが明白な部位への接触は認められず、ことさらに身体を密着させたり、衣服の下に手を差し入れたりした行為も確認できないから、客観的にみて性的な恥じらいを与える行為と評価することもできない。
以上からすれば、本件行為は、外形的には、子供が遊ぶべきではない場所で遊んでいるのを止めている行為とみるのが自然であるから、社会通念に照らして、人を著しく羞恥させたり、不安を覚えさせたりする行為と評価できない。したがって、本件行為は、本条例6条1項1号に規定する行為に該当するといえない。
イ これに対して、所論は、本件では、Aが、母親がいない状況で名前も知らない被告人から繰り返し身体接触を図られ、被告人を嫌悪していたとの事情があり、こうした状況を加味して本件行為を評価すれば、人を著しく羞恥させ、あるいは人に不安を覚えさせるような方法による身体接触に当たると認められると主張する。
しかしながら、本件行為が本条例6条1項1号に規定する行為に該当するか否かを判断するに当たって、所論が指摘する本件行為以前の事情を加味してその社会的な意味合いを評価することは相当でない。すなわち、本条例の立法目的が「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し、もって府民及び滞在者の平穏な生活を保持することを目的とする」(第1条)とされていることや、本条例6条1項1号が公共の場所における行為のみを規制対象にしていることに照らすと、本条例6条1項1号の主たる保護法益は、府民及び滞在者の生活の平穏と解され、この趣旨に照らすと、その違反行為に該当するか否かは、もっぱら行為自体やそれを取り巻く客観的、外形的な事情によって判断すべきである。したがって、行為の評価には、その行為者や対象者の性別、年齢などの外観から判別可能な属性、行為が行われた時間や場所などの外形から判断できる事情を考慮すべきではあるものの、行為者と対象者のそれまでの関係や、行為者の目的のような外部からうかがい知ることのできない事情を入れることは相当ではない。本件行為以前の事柄は、その行為を取り巻く外形的な事情を超えるものであるから、これを加味して評価すべきであるとの所論は、採用できない。
同様に、所論は、従前の経緯からすると、被告人が性的意図に基づいて本件行為を行ったと認められる旨も主張するが、そうした主観面は、犯情評価においてはともかく、本条例違反の構成要件該当性を判断するに際しては、考慮できないものであるから、この所論は失当である。
次に、所論は、被告人は、その必要性も緊急性もないのに、突然、Aの背後から手を回し、足先が被告人の膝付近にくる高さまで抱き上げているから、本件行為は、当時8歳のAにとっては不安を覚えさせるものであるとも主張する。しかし、既に学齢に達している女児が、低い台座から下ろされただけで、足先が宙に浮いたのもわずか1秒程度で、その引き離しの態様は乱暴といえるようなものではないから、これを社会通念上、不安を覚えさせる方法とみることは困難であり、同主張も採用できない。
ウ その他に所論は、原判決が、本件行為についての被告人の意図がAと遊ぶつもりであった可能性があると述べた点や、Aが被告人を嫌悪したり、警戒したりした様子がないと述べた点の不当性についてもるる主張するが、上述のとおり、そもそも本件行為が本条例6条1項1号に規定する行為に該当するかの判断に際しては、被告人の意図やAの感情を考慮できず、それらがいずれであろうと、同行為に該当するとはいえない以上、所論の指摘する原判決の判断部分の当否が事実認定を左右することはない。
結局、本件行為が本条例6条1項1号に規定する行為に該当しないとした原判決の認定は、その理由づけの中に被告人の意図やAの感情を考慮したとみえる部分があり、その点は相当とはいえないものの、結論自体に誤りがあるとは認められない。
論旨は理由がない。
2 控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について、当裁判所の判断
検察官は、原審裁判所が、本条例6条1項1号規定の行為につき、行為者の性的意図を必要とし、かつ、行為に性的意味が必要であると解釈した上、本件行為にはこれらがないとしているところ、そのような解釈は誤りである旨主張する。しかしながら、既述のように、本件行為は本条例6条1項1号に規定する行為に該当しないのであるから、いずれにせよ、これを適用しなかった原判決の法令適用は正当である。

第1刑事部