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薬院法律事務所

犯罪被害者

口外禁止条項付の示談書を、警察や弁護士に見せて良いかという相談(犯罪被害者)


2025年02月09日窃盗(犯罪被害者)

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は20代女性です。従業員10名程度の小さな会社に、昨年事務員として入社しました。一人暮らしをしています。先日、会社での飲み会の帰り道、社長と二人きりのときにいきなりビルの隙間に連れ込まれてキスをされ、胸を揉まれました。まさか、20歳以上年上で、既婚者の男性からこのようなことがされるとは全く思っておらず、咄嗟のことで抵抗できなかったのですが、そのままホテル街に引きずっていこうとされるところで必死に抵抗して逃げました。自宅に帰っても動悸が収まらず、シャワーを浴びてどうすれば良いのか震えていたのですが、社長からメッセージアプリで連絡がきて「ごめんなさい」「悪気はなかった」とだけ書いてあり、怖くて電源を切って、会社を休みました。すると、被害の翌日に、弁護士から速達郵便で自宅に手紙がきました。社長の代理人ということで、示談したいのですぐに連絡をして欲しいという内容でした。

どうしようか迷っていたのですが、手紙が届いた3日後、弁護士がいきなり自宅まで訪ねてきました。弁護士からは「少しだけ話をさせてくれ」といわれたので、インターホン越しに話をしました。弁護士は「社長は100万円払うといっているから、なかったことにしてそのまま退職してください。」といわれ、私は社長も弁護士も怖く、もう縁を切りたいという思いの一心で、ドアポスト越しに差し入れられた「示談書」というものにその場でサインをして、そのまま「帰って下さい」といいました。その後、口座に給料と100万円が振り込まれていたのですが、しばらく経ってからどうしても赦せないという思いが出て、警察に届け出たいと思いました。しかし、冷静になって「示談書」を見ると、「社長が、従業員(私)に対して交際を持ちかけたことを謝罪する」とか「本件については、本件の存在及び本示談の事実を第三者に対して一切口外しないことを相互に約束する。違反した場合は、違約金として相手方に金300万円を支払うものとする。」と書いており、警察や弁護士さんに見せて良いものかわかりません。見せて相談しても良いでしょうか。

 

A、見せて良いです。口外禁止条項がついているからといって、守秘義務を負う弁護士や警察への相談まで規制できるものではないです。そこまで規制するとなれば、公序良俗違反で無効でしょう(民法90条)。

 

【解説】

以下の回答は、あくまでも架空の事例に基づく一般的な法律上の解説であり、実際の事件については早めに弁護士などの専門家へご相談されることを強くおすすめします。なお、本回答では2023年(令和5年)6月の法改正によって新設・改正された刑法規定(いわゆる「不同意性交罪」「不同意わいせつ罪」等)を念頭に、2024年時点での法律を前提として解説しています。


1. まず結論:警察や弁護士への相談は可能

  1. たとえ「口外禁止条項」があっても、警察への被害届・告訴や弁護士への相談を妨げることはできません。
    犯罪行為(本件では「不同意わいせつ罪」が該当しうる行為)に関して示談書で「警察への通報や相談を一切禁止する」ような文言があったとしても、これは一般に公序良俗(民法90条)に反し無効と解される可能性が高いです。
  2. 「示談書」を含む資料は、警察や弁護士に見せても差し支えありません。
    犯罪に該当する可能性がある事案を捜査するうえで示談の経緯は重要な参考資料となり得ます。また、弁護士には守秘義務がありますので、安心して相談できる相手です。
  3. 新法(2023年改正刑法)では「不同意わいせつ罪」が適用される可能性
    旧「強制わいせつ罪」(刑法176条)は、2023年の刑法改正によって「不同意わいせつ罪」に名称が変更されました(従前と同様に、行為態様や法定刑に大きく変動があるわけではありませんが、“不同意”という被害者の意思をより重視する規定になっています)。相談者の受けた行為は、相手(社長)が被害者の意思に反して性的な行為(キスや胸を触るなど)を行ったことから、まさに「不同意わいせつ罪」(旧強制わいせつ罪)に該当する可能性が高いといえます。

2. 「不同意わいせつ罪」に関するポイント

2-1. 行為の該当性

  • 不同意わいせつ罪(旧:強制わいせつ罪)
    刑法上は「相手方の同意を得ずに、わいせつな行為をすること」が主要な構成要件です(2023年改正以降は「相手が意思を形成・表明・実行できない状態である、または同意していないと明確に認識しながらわいせつ行為をすること」等が要件)。ビルの隙間に連れ込まれ、無理やり胸を揉まれるなど、被害者の意思に反して行われた性的接触は典型的な「不同意わいせつ」に当たる可能性があります。
  • 暴行・脅迫要件の緩和(“不同意”概念の導入)
    従来(強制わいせつ罪)では「暴行または脅迫によって被害者を抗拒不能にさせること」が要件とされる解釈が強調されてきましたが、改正後は「被害者の自由な意思決定・拒否が困難な状況」「明確な拒否が示されているにもかかわらず行う行為」等を広くカバーする趣旨となっています。相談事例のように、上司である社長の立場を背景に不意を突かれ、恐怖や混乱で抵抗できなかった状況も、「不同意」とみなされる可能性が極めて高いでしょう。

2-2. 親告罪か否か

  • 2023年改正前後で、不同意わいせつ罪(旧強制わいせつ罪)は「非親告罪」(被害者の告訴がなくても起訴可能)という取扱いです。
    そのため、示談があっても警察・検察が独自に捜査・起訴を進めることはありえます。被害者として告訴(刑事告訴状を提出)をする場合は、自ら意思をもって手続きを進めることができますので、一度、警察や弁護士へ相談するのが望ましいでしょう。

2-3. 時効(公訴時効)

  • 不同意わいせつ罪の法定刑は「6月以上10年以下の懲役」です(旧強制わいせつ罪と同じ)。したがって、刑事手続における公訴時効は10年となります(刑事訴訟法250条1項4号:法定刑の上限が10年以上のときは公訴時効10年)。
  • 事件直後であればもちろん公訴時効にかかる心配はありません。できるだけ早く相談すれば、その分だけ証拠保全や捜査もスムーズに行われやすいです。

3. 示談書の効力・問題点

3-1. 秘密保持条項や違約金300万円条項の有効性

  • 示談書に「本件について一切口外しない」「違反した場合は違約金300万円を支払う」という文言がある場合でも、犯罪被害の申告(警察への被害届・告訴)を一切封じる趣旨の条項は、公序良俗に反して無効となる可能性が高いです。
  • 特に、会社の社長という強い立場を利用して被害者を圧迫し、短時間でサインを強制した形跡があるとすれば、「強要」に近い状況下で結ばれた示談は、民法上の**「公序良俗違反」「強迫・脅迫による意思表示の取り消し」**等が認められる余地があります。

3-2. 「退職すること」を条件とした示談の問題性

  • 被害者が会社を辞めざるを得ない状況を一方的に押し付けられ、その代わりに100万円を支払って口止めを図るというのは、労働法上のセクハラ・パワハラ、さらには不当解雇に類似する問題を含んでいます。
  • こうした「退職を余儀なくさせる」示談条件自体が、労働者保護の趣旨に照らして非常に不当かつ違法性が強いと考えられ、後からでも争う余地は充分にあります。

3-3. 示談金の取扱い

  • 一度受領した示談金を「返還」しなければ告訴できないというわけではありません。示談書が無効・取り消し等の主張ができる場合、相手から「返還しろ」と言われても認められない可能性も十分あります(事案次第では「示談成立そのものが無効」と判断される余地あり)。
  • 刑事告訴や被害届を出したからといって、直ちに示談書の違約金条項が発動し、被害者が300万円を支払わねばならない、という話にはなりません(上述の通り、こうした条項自体が公序良俗に反する無効条項と考えられやすい)。

4. 今後の具体的な対応策

  1. 警察へ被害を相談・届出する
    • 現状で「怖くて警察に行けない」と感じる場合でも、一度は最寄りの警察署や性犯罪・DVなどを専門に扱う窓口に相談するのが望ましいです。事情を話すなかで、示談書の存在も含めて捜査に必要な情報を提供できます。
    • 警察への相談時に示談書を提出すれば、どのような経緯で示談がなされたのかも含めて捜査対象になるでしょう。
  2. 弁護士に直接相談する
    • 性犯罪やセクハラ・パワハラ、労働法に詳しい弁護士に「示談書」や「会社の対応」の一切を提示して相談すべきです。弁護士には守秘義務がありますので、安心して詳細を話せます。
    • 弁護士を代理人に立てることで、会社側や社長側の代理人弁護士とも、適切に交渉・対応できます。示談書の無効・取消し、追加の慰謝料請求、労働紛争としての救済など、複数の手段を検討できるでしょう。
  3. 労働問題としての救済(労働局・労働組合など)
    • セクシャルハラスメントは、「男女雇用機会均等法」に基づく会社の防止措置義務違反に該当する可能性があります。労働局には「総合労働相談コーナー」や「紛争調整委員会」が設置されており、無料で相談できます。
    • 個人でも加入できる合同労組(ユニオン)やNPO法人などに相談すれば、会社との交渉をサポートしてもらえる場合もあります。

5. まとめ

  • 「不同意わいせつ罪」(旧:強制わいせつ罪) の被害にあった可能性が高い事例です。上司・社長による性的行為は、被害者が抵抗できない状況を作り出すパワハラ要素も含み、非常に悪質といえます。
  • 示談書に「口外禁止」「違約金300万円」等が書かれていても、警察や弁護士に相談する行為を強制的に封じることはできません。むしろ、公序良俗に反し無効となるおそれが大いにあります。
  • 相談者が「警察に被害を届けたい」「もう一度しっかり争いたい」と思うのであれば、早急に弁護士や警察に相談することを強くおすすめします。示談書の内容や受領した示談金の扱いについては、法律専門家と協議のうえで方針を決めるとよいでしょう。

繰り返しになりますが、実際に行動を起こす前に弁護士へ直接相談し、示談書の有効性や労働問題としての対処法、そして警察対応などを幅広く確認されることをお勧めいたします。法律の改正で「不同意わいせつ罪」と名が変わっても、基本的には被害者の権利は以前よりもむしろ保護が手厚くなっていますので、どうか萎縮せず、一歩踏み出してみてください。

 

民法

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_1-Ch_5-Se_1

(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

 

【参考文献】

 

佐藤陽一『実践講座 民事控訴審-元高裁判事による実務のマイルストーン』(日本加除出版,2023年4月)215頁

【(4)口外禁止条項
また、最近の和解においては、しばしば口外禁止条項を求められる場面が見受けられます。当事者間での合意がある限り問題は少ないように思いますが、無条件の口外禁止条項といえども、全面的な禁止をすることはできず、証人の証言拒絶事由に当然に該当することにはならないでしょうから、当事者に過剰な期待や委縮の効果をもたらすようなことにならないよう席上での注意確認をしておきたいものです。同様に、その不履行の場合のペナルティを定めることもあります。この点も上記と同様に当事者間の合意の問題でしょうが、立証責任の負担や賠償額の定め方によっては公序良俗違反の疑いを抱かれるような極端な条項となることのないように、裁判所としては後見的立場でチェックをする必要があるでしょう。】

https://www.kajo.co.jp/c/book/06/0605/40942000001

 

井上正仁監修『裁判例コンメンタール刑事訴訟法 第2巻〔§189~§270〕』(立花書房,2017年6月)270頁

【(4) 告訴権の放棄
告訴権放棄の可否については争いがあるが(団藤・綱要358、高田・刑327等は告訴取消と同様の方式による放棄を認める。)、判例は告訴権の放棄を認めていない(最決昭37• 6 • 26裁集143• 205、大判昭9• 6 • 29刑集13• 904、大判昭4 • 12 • 16刑集8 • 662、東京高判昭37• 1 • 31判夕128• 63、名古屋高判昭28• 10 • 7高刑集6 • 11 • 1503、東京高判昭25• 3 • 25特報16• 46)。したがって、告訴権者が犯人との和解等によって事前に告訴権を放棄する旨の約束をしていたとしても、その約束に反してなされた告訴の効力に影響はない(前掲大判昭4 • 12 • 16刑集8 • 662)。
告訴前に示談が成立しただけではもちろんのこと(前掲大判昭9 • 6 • 29刑集13• 904)、示談成立に伴い、告訴権不行使の意思表示をしたとしても、被害者は告訴権を失うものではない(高松高判昭27• 4 • 24高刑集5• 8 • 1193)。】(慎田寿彦)

https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3381

刑事事件における口外禁止条項と、違反の場合の効力(刑事弁護、犯罪被害者)

不同意わいせつ罪と、痴漢(迷惑行為防止条例違反)との分水嶺(痴漢、刑事弁護)