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薬院法律事務所

刑事弁護

大樂倫大「特殊詐欺の現金回収役事案一否認事件の捜査・被疑者の取調べ」捜査研究2022年12月号(866号)34頁


2024年02月01日読書メモ

特殊詐欺の受け子などをさせられている若年者に対する取り調べについて、その手法を説明したものです。どうやって黙秘する被疑者を「自白」させられるか、エピソードも含めて解説してあり参考になります。弁護人が黙秘を勧める弁護戦術を取ることに強い疑問を持たれているようで、そこも検察官の本音として興味深かったです。

 

【筆者が検察官として捜査・公判の実務を通じて日々感じ続けているのは、捜査段階で黙秘する被疑者の多さである。その背景には、取調べに応じて話すことのリスクを重視し、供述するメリットがなければ原則黙秘させるという、弁護人戦略があると思われる。このリスクやメリットというのは、事実認定や量刑という裁判の結果のみに着目した観点からと感じられるが、取調べには、これらを超えた意義があるはずである。
すなわち、取調べは、犯人の更生を促す場でもあるはずである。逮捕・勾留の約20日間のように一人の人間(取調官)と連日膝をつき合わせて対話をして自分自身を見つめ直す機会というのはそうはないはずである。こうした取調べでの対話を通じて、犯人は、様々な視点から事件を見直すよう求められ、自分の将来を考えさせられ、自分の内面と向き合う勇気を持つよう後押しされ、更生を促され、そうして自身の内省が進んでいく。自白(真実の告白)の証拠としての価値はいうまでもないが、自己に不利益な事実を自ら語ること自体が犯人にとって更生に踏み出すための大きな一歩になるものである。こうした取調べの重要性は、昔も今も変わらないはずであって、今もまさに、全国で一人ひとりの警察官・検察官がこうした思いで取調べに臨んでいると思う。
我が国において、特殊詐欺の撲滅という目的へ向けて様々な取組がなされている中、この取調べの場もこの目的を達成するための一手段になると信じている。】

 

一弁護士としてこの点について見解を述べますと。私も、特殊詐欺の受け子などについては、「黙秘」を勧めています。ただこれは、検察官のいうように、「事実認定や量刑という裁判の結果のみに着目した観点」ではないです。私は、受け子などの闇バイトをさせられている若年者は、反社会的勢力の「被害者」と考えているからです。現在の検察実務・刑事裁判実務の、初犯でも原則実刑という厳罰主義に反対しています。「刑務所帰りの人材」を多数供給しているだけで、むしろ反社会的勢力を助長しているとすら考えています。そのような刑事裁判実務を前提とすると、弁護人としては、「黙秘」で起訴を免れる、量刑を安くするという弁護活動をせざるを得ません(正直に話した受け子は厳しく処罰され、黙秘した上位者は嫌疑不十分不起訴で処罰を逃れます)。

 

このエピソードも興味深かったです。検察官は手柄話にしていますが、私からいえば、こういったことで感激して自白してしまうという被疑者の深い悲しみ、不遇な境遇を感じます。

 

【筆者がAに真実を話してもらえるのではないかと考えたのは、今回紹介している事件よりも以前に担当した別の特殊詐欺事件で被疑者が突然自供を始めたという経験が影響したようにも思う。それは筆者が、ある地検で担当した若年の受け子の事案であった。黙秘を続ける被疑者の取調べに臨んだ際、当日が被疑者の誕生日であることに気付き、その目の前でバースデーソングを歌ったのだ。今思えば少し恥ずかしいのだが、筆者としては、誰しも生まれた日を祝い祝われるのが当然だし、年若い被疑者は通常なら自己の誕生日を家族や周囲の者等に祝ってもらっていたであろうと考え、せめて歌だけでもとの思いで、軽い気持ちで、筆者と立会事務官の2名だけで歌を歌うことにしたのだ。当の被疑者も、取調室という鬼気迫る空間で、まさか検事らが自分のために誕生日を祝ってくれるなどとは予想だにしていなかったようである。歌っている筆者を見つめる視線からも動揺している様子が見て取れた。すると、思いもよらずして、その翌日、警察から「被疑者がどうしても検事に会いに来てくれと言っている」と連絡があった。私と立会が署に着くと、その被疑者は事実を語り出したのだ。これまでに誕生日を祝われたことがなく、被疑者自身も忘れていたほどだったので、筆者から指摘されたことに驚き嬉しかったらしいのだ。筆者は、当該被疑者から言われるまで、誕生日を祝うことが特別との意識もなかったため、その反応自体に逆に驚いたが、他方で、改めて被疑者ないし取調べ相手も「一人間」であるとの当然の理を再認識することとなった。
話を戻すが、取調べにおける相手方の心理について、警察官らに教えてもらった「相手方の懐に入る」という方法で、Aの取調べに臨もうと考えた。】