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薬院法律事務所

刑事弁護

弁護士増員論と地方零細街弁の生きる道


2023年07月30日刑事弁護

私は、いつも、社会が弁護士に求めるものは何か、そして私は弁護士として何ができるかを考えているのですが…先日、弁護士増員論についての議論を見て考えたことがありますので、メモとしてホームページに残します。

 

地方の零細街弁事務所では、弁護士減員論が強く、都市部の大規模街弁事務所では弁護士増員論が強いという傾向があると思うのですが…その背景にある事情はこんなものではないか、ということです。

 

地方の零細街弁事務所の場合、かつては、弁護士が少なく、通信技術も発達していないので、この地域で弁護士に頼むならこの人しかいない、という状況がありました。法律援助制度も未発達でしたので、弁護士は地域の信頼を得るために、困っている人の事件は断らず、「赤ひげ」のように金持ちからは多くのお金をもらい、中間層からは標準料金、貧しい人からは報酬を減額、あるいは取らないといった形で経営していました。富裕層の30万円と貧しい人の30万円は意味が全然違うので、これはこれでバランスが取れていました。

 

しかし、司法改革により広告が解禁され、新人弁護士が増員され、通信技術が発達したことにより状況が変わりました。

 

都市部の街弁事務所としては、広告を出して全国から富裕層、中間層、そして依頼者の資力に関わらず確実な回収が見込める交通事故等の依頼を吸い上げることが可能になりました。さらに、大規模化された事務所の広告、知的資産の積み重ね、大規模化自体による信用の向上で、担当者が新人弁護士でも受任につなげることができるようになりました。その結果、都市部の大規模街弁事務所は拡大を続けています。

 

この流れは顧客から見たら当たり前のことです。顧客としては少しでも自分にとって有利な解決を望んでいるのですから、「専門」や「大手」に頼めば有利な解決ができるんじゃないか、なんでも引き受けている弁護士は専門としていえる技量がないんじゃないか、貧しい人たちの依頼にも熱心に取り組んでいるということは、お金を出している人たちが割を食ってるんじゃないか、等を考えて、広告費を出していることを考慮しても、リスク回避のために都心部の大手に頼むというのは当然の心理です。実際、技術を磨かない街弁も多くいました。零細街弁事務所の経営者としては、大規模事務所の新人弁護士に頼むより、もっと適切な仕事をする真面目な弁護士はたくさんいるのに…という思いもありますが、「依頼者は、目の前の弁護士が信頼できる『先生』か、『詐欺師』かわからないのだから、広報せずに信頼してもらおうというのが間違い」なので、仕方ないことです。

 

一方、地方の零細事務所は、貧困層の依頼(法テラスでしか頼めない)のみ地元に残されることになり、それをいくらこなしても「あそこはお金がなくても頼める」ということで知られるだけになり、昔のように信頼が積み重なることで単価の高い事件が来るということが少なくなってきました。じわじわとゆでガエル状態になっているということです。最初は技術もなく、営業(広報)もできない人が淘汰されるだけでしたが、今はそれができている人も淘汰されつつある状況です。

 

そして、地方の零細事務所の弁護士が法テラスで受任するということは、目の前の依頼者の助けにはなりますが、実は都市部の大規模街弁事務所がもたらす弊害を緩和して、現在の制度が破綻するのを先延ばししているだけではないかと思います。このままでは、早晩、零細事務所が耐え切れなくなって消滅するだけでしょう。

 

そういう中で零細事務所の弁護士がどうすべきか、ですが、まず専門分野を打ち出して、ホームページやセミナー、SNSで積極的に広報していくことだと思います。この弁護士ならこの分野に強い、と。私の場合、他の弁護士から紹介される刑事事件の分野がメインの収入源になっています(本当は企業間民事訴訟も大好きなのですが…)。それがあると、他の弁護士からも、経営者や士業からも紹介が来るようになります。

 

紹介案件であれば、専門分野以外も受けていっていいでしょう。一般の顧客で、専門分野外なのにホームページなどをみて地方街弁にくるのは、都心部の大規模事務所で断られた筋の悪い依頼者になってきていると感じています。その上で、法テラスでの受任はしない、あるいは「専門分野を磨く投資」と割り切って分野を絞ることだと思っています。旧来のように何でも受任する、では結局手が回らず破綻すると考えています。

 

なお、私自身は、現在の一人事務所体制を気に入っています。すべて自分で対応することで、私の考える「あるべき仕事」ができるからです。そういう体制でなければ応えられないニーズがあることも確信しています。もっとも、私も弁護士13年目になりますので、人を増やして若手の行動力や知見を活かしていくべき時期が近づいてきていると思っています。

 

※ちなみに、こう考えると、弁護士減員論は市民の利益に逆行するので不可能ですし、弁護士増員論も実は弁護士の共倒れを招くと思っています。貧困層を地方零細弁護士が身を削って引き受けているからこそ、大規模街弁事務所のビジネスモデルが成り立っています。法テラスをすべての街弁が拒絶したら、弁護士に特権を与える理由がなくなり、結果として大規模街弁事務所の存在価値もなくなる。
解決としては、法テラスを零細街弁事務所が拒否していくことで(専門分野の研鑽のためであれば分割払いで受ける方法もある)、法テラスが単価を上げなければ成り立たない、という状況に追い込むことではないかと思っています。

なお、大規模街弁事務所の経営者は、これまでの弁護士によって築き上げられた社会的信用や、社会制度、現在の零細事務所の自己犠牲によりビジネスモデルが成り立っていることはわかっているでしょうが、認めないだろうなあとも考えています。大多数の街弁が法テラスをボイコットしない限り、この構造は崩れないからです。業務効率化、固定コスト減や、手抜きで法テラスの低価格路線で生存できるような態勢を取ろうとする事務所もありますし、弁護士の労働時間を増やすことで法テラスの低価格に耐えようとする事務所もあるでしょう。零細事務所が潰れた後は寡占化による価格支配という方法もありますし、勝ち逃げという方法もあります。