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薬院法律事務所

刑事弁護

盗撮行為で被害者がPTSDとなった場合、盗撮犯は傷害罪の責任を負うか


2021年08月10日読書メモ

PTSDについては、刑法上の「傷害」にあたることが一般的に認められています。

※参考判例
最判平成24年7月24日刑集第66巻8号709頁

判示事項
不法に被害者を監禁し,その結果,被害者に外傷後ストレス障害(PTSD)を発症させた場合について,監禁致傷罪の成立が認められた事例

裁判要旨
不法に被害者を監禁し,その結果,被害者が,医学的な診断基準において求められている特徴的な精神症状が継続して発現していることなどから外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したと認められる場合,同障害の惹起は刑法にいう傷害に当たり,監禁致傷罪が成立する。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82462

 

では、盗撮行為で被害者がPTSDになった場合、加害者は傷害罪の責任を負うことになるでしょうか。この点に触れた裁判例や文献はありませんが、私は、盗撮行為の内容次第だと思います。

傷害罪の成立には2パターンあり、暴行(人の身体に対する不法な有形力の行使)の結果傷害を負うものと、暴行ではなく傷害を与えるものがあります。後者の典型例は毒物を飲ませるような場合です。

PTSDは傷害のひとつにあたりますが、これが暴行により発生した場合には当然傷害罪が成立します。しかし、盗撮行為は暴行ではないです。有形力の行使(身体への接触を伴う物理力を行使する行為)ではないからです。そうすると、盗撮行為が傷害(PTSD)を発症させるほどの危険性を持つ行為であるか(実行行為といえるか)がまず問題になります。それだけの危険性を持つ行為でなければ、そもそも傷害罪の構成要件にあたらないからです。例えば、コンビニの店長が万引き犯人をみつけて、「こらっ」と怒鳴ったとします。それで万引き犯人が恐怖心を持ちPTSDになったとしても、店長が怒鳴ったことは傷害罪にあたりません。正当行為として刑法上正当化されるという側面もありますが、通常その行為によりPTSDが発生する危険性がないからです。

※裁判所職員総合研修所監修『刑法総論講義案(四訂版)』(司法協会,2016年6月)62頁

【行為が特定の構成要件に真に該当していると認められるためには,その行為が各榊成要件要素を形式的に満たしているというだけでは足りず, さらに,その行為が当該構成要件の予定している実質を備えたものでなければならない。前述のとおり,すべての構成要件はそれぞれ何らかの法益の保護を目的としているから, ここにいう構成要件の実質とは,すなわち,保護法益を侵害することの現実的な危険性を有していることにほかならない。このようにして,法益侵害の現実的危険という実質を有し,特定の構成要件に形式的にも実質的にも該当すると認められる行為を,実行行為という。】

 

そこで、例えば公共の場所でスカート内を盗撮したといった行為の場合、現状ではPTSDを発症させるほどの危険性はないとされるでしょう(社会的意識や医学的知見の変化によりこういった認定は変わることがあります)。したがって、実行行為性が否定されます。しかしながら、例えば部屋の中に侵入して各所に盗撮カメラを仕掛けて長期間監視していた、といった場合であれば、PTSDを発症させるほどの危険性があるとされるでしょう。あとは、その上で実際に盗撮行為と因果関係があるといえるのか、その発症の可能性について犯人に認識があったのか、といったことになります。

なお、最高裁判例としては、自宅から隣家の被害者に向けて連日連夜ラジオの音声等を大音量で鳴らし続け被害者に慢性頭痛症等を生じさせた行為が傷害罪の実行行為に当たるとされた事例があります。

※参考判例
最判平成17年3月29日 刑集第59巻2号54頁

判示事項
自宅から隣家の被害者に向けて連日連夜ラジオの音声等を大音量で鳴らし続け被害者に慢性頭痛症等を生じさせた行為が傷害罪の実行行為に当たるとされた事例

裁判要旨
自宅から隣家の被害者に向けて,精神的ストレスによる障害を生じさせるかもしれないことを認識しながら,連日連夜,ラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして,被害者に精神的ストレスを与え,慢性頭痛症等を生じさせた行為(判文参照)は,傷害罪の実行行為に当たる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50079