福岡県弁護士会新人ゼミ講師レジュメ「法律相談対応」
2023年07月30日弁護士業・雑感
私は福岡県弁護士会の委嘱を受けて、新人弁護士を対象にゼミをしています。
私が後輩にどういう指導をしているのか、レジュメを一部修正して公開します。
令和5年度新人ゼミレジュメ(第2回)
テーマ「法律相談対応」
2023年7月28日
鐘ケ江啓司
第1 新人ゼミの意義について
私は、新人ゼミの意義は、中堅弁護士のノウハウや経験を新人に伝え、交流を深めることで、新人が挫折しないように支えることだと考えています。より具体的に述べますと、こういうことになります。
良く、弁護士は経験年数が大事といわれますが、それは…
①法制度に対する知識が蓄積される、だけではなく、
②言語化されていない対人対応のスキル(お客さんや、交渉相手のどこが押すポイントかを態度などから読み取り、働きかける能力)、
③十分に法制度化されていない業界の慣習に対する知識の習得(慣習を理解していないと制度の活用に難がでるだけでなく、「仲間」として信頼されない=相手に信用されないので相手を動かせない)、
④頼りあえる人間関係(相手の人格に対する信頼に基づく互恵的関係)の構築、ができていくからだと思います。
逆にいえば、これらは年数だけ経過しても身につくものではありません。これらの積み重ねが、実際に面談したお客さんに評価されることにつながります(ホームページなどでの集客については別論です)。
そして、①は属人性がないですが、②は属人性が高く、かつ、どのような人を相手として選択するかにより身につけるべきものは変わってきます。③は属人性が低く、どの分野を主力分野として選択するかにより変わります。④は属人性が高く、生き方そのものが問われる、のだと理解しています。
一方、弁護士の能力としてはこれに限ったものではなく、⑤営業力(潜在顧客の望むものを読み取り、それがあることを示す能力)、⑥純粋な体力、⑦事務処理能力があります。特に、⑥は新人が一番強い部分です。
新人ゼミの意義は、これらの能力を伸ばしていくためにどうすべきか、ということについて、中堅弁護士がそれぞれの考え方を説明することだと思っています。わたしの考えとしては…
第一に、「取り返しのつかない失敗をしないこと」を意識した上で、
①勉強すること、調査すること、よりよい仕事を追求すること、
②お客さんや相手方、他の弁護士の話を受容的に良く聞くこと、いろいろな本(漫画や映画がお勧めだけど、自分が心地よいのが一番)を読み感情の機微に触れること、
③自分の活動分野の業界内の人間と交流していくこと、真摯に対応していると色々な人が色々と教えてくれます(裁判官、検察官、警察官に教えてもらえることもある)、
④は、信頼できる人間と積極的につながり、信頼できない人間とは距離を置いていくこと。信頼できるかできないかについては、周囲の人を見て判断するという方法もありますが、付き合ってみて「嫌な感じ」を受ける人からは速やかに離れることが大事です。
⑤については、様々な人と会うこと、それぞれの営業スタイルを見て自分が真似できそうなことを取り入れること、トライアンドエラーを繰り返すこと、
⑥については、栄養のある食事、十分な睡眠、運動、が大事です。
⑦については、事務処理と一言でいってもそれぞれ得意・不得意があります。例えば、大量の証拠から関係ありそうな情報を集めてまとめるのが得意とか、細かい数字を分析するのが得意だとか、仕事を通じて得意分野を発見し、その能力を磨いていくことが大事です。
成功者の話の真似で行ける場合もあるけど、それは似たタイプであることと、過去と今で業界の構造が変わっていないことが必要です。自分がどういう弁護士になりたいか、そのためにどうすべきかの答えは自分で見つけないといけません。それでは、各論に入っていきます。
第2 法律相談の事前準備
1 相談事項の事前確認
天神弁護士センター、市役所相談、法テラス相談を問わず、事前に電話をしたら相談類型を教えてくれます。市役所は当日に相談を受付けるので、お昼休み直前くらいに問い合わせると良いです。
2 法律相談チェックシートの持参
法律相談については、様々な書籍が発売されています。法律相談では定型的に聴き取るべき事項がありますので、そういった相談表を活用すると聴き漏らしがなく聴き取れます。いくつか参考書籍を挙げます。
※印があるのはダウンロードサービス付
(全般)
※弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所/編著『リーガルクリニック・ハンドブック第2版―法律相談効率化のための論点チェック―』(ぎょうせい,2016年)
(個別分野)
※久保田有子『ヒアリングシートを活用した離婚相談聴取事項のチェックポイント』(新日本法規出版,2021年)
※濱口博史『ヒアリングシートを活用した遺産分割相談聴取事項のチェックポイント』(新日本法規出版,2021年)
※伊藤大祐ほか編著『ヒアリングシートを活用した遺言書作成聴取事項のチェックポイント』(新日本法規出版,2018年)
大阪弁護士会中小企業支援センター編『ヒアリングシートを使った中小企業の法律相談マニュアル─信頼につながる基礎知識とヒアリングのノウハウ』(民事法研究会,2017年)
3 相談場所への事前到着
相談場所には10分前には着いておいた方が良いです。
遅刻予防にもなりますし、既に相談者が待っている場合もあります。
前倒しで相談を開始すると、それだけで満足度が上昇します。
第3 法律相談時の心構え
1 礼儀正しい態度
相談者は、弁護士がどういう人かを観察しています。
立って相談者を迎える、笑顔で挨拶をする、相談票の住所が遠隔地であれば来訪を労う、基本的なことですが第一印象が大事です。同じアドバイスでも、誰に言われるかによって受け止められ方は全く異なります。
相談者は、無料相談であっても、わざわざ自宅から出かけて相談場所まで出向いています。その気持ちを汲んで何かは持ち帰ってもらうようにしましょう。
2 はじめに何を述べるか
色々なスタイルがありますが、私は挨拶をして着席をしたら、ざっくばらんに「今日は、どういったことでご相談に来られたのですか。」とか、「今日は、どういったことがお困りなのですか。」と聴くようにしています。
「何から話せばいいのか・・・」という人もいますが、その場合は「急がずゆっくりお話ください。」とリラックスしてもらいます。一方で、30分の間に色々と聞こうと、書面の準備をしている人もいるので、その人に対しては、「では読ませて頂きますね。」と書面に目を落とします。大量の場合は「この時間では全部は読めませんので、どれをまず見れば良いでしょうか。」というやり方もあります。
重要なことは、相談をこちらのペースで進めることです。矢継ぎ早に質問を投げかけてきて、答えられないと不機嫌になって見せて回答を引き出そうとする人もいますが、不満そうにされてもペースを乱さないことです。
相談票を見て利益相反がわかったら、相談を受けられない旨を速やかに相談者に告げてください。それ以上の理由は不要です。
3 何を聴くべきか
一通り話をしてもらい、事案の内容が分かれば、先ほど紹介した相談表やヒアリングシートを使って聴取すべき事項をまず聴きます。その上で、回答をしますが、断定をしないことが大事です。
「お話だけでの判断になりますが」とか、「証拠をすべて見ているわけではないので分かりませんが」とか、そういった枕詞を述べた上で、自身の見解を述べます。わからないものは、「わからない」と答えましょう。
反対の人もいますが、手元のスマートフォンで調べるというのも私はありだと思っています。その時は「少し確認します。」といったことを言うといいでしょう。
4 相談の締め方
相談も後半に来ると、受任が適当な事案か否かは見えてきます。受任が適当な事案と考えた場合は、事務所への来所予約を入れましょう。
受任が不適当な事案(費用倒れ、勝訴見込みが薄い)といった場合も、丁寧な応対が必要です。「私も残念だが力になれない」といった表現を使い、調停や労働局のあっせん手続等次の一手について説明するといいでしょう。
5 困難な相談者の対応
法律相談を何度かしていると、対応が困難な相談者がいます。ぱっと挙げるとこういった人がいます。
1 被害者意識が強い人(自己中心的な価値観を持ち、他責性が強い人)
2 妄想にとらわれている人
3 弁護士を自分の盾として利用しようとする人
4 弁護士を利用して他人を陥れようとする人
それぞれの相談者の望むことは、実現困難なことが多いです。具体的対応については、ゼミでもお話しますが、一番良くない対応は「説教する。」です。弁護士として助力できないことは当然ありますが、1と2は相談者が苦しんでいることは事実ですし、3と4はそもそも縁を持つべき人ではないです。恨みを持たれて懲戒請求をされることがあります。弁護士の法律相談の対応が不適切であったということで懲戒処分がなされた事例もあります。
6 法律相談能力の向上について
法律相談で相談者に満足してもらえるかどうかは、回答の内容よりも、回答者の対応による面が大きいと考えています。同じ「できない」という回答でも、弁護士が簡単に「出来ませんね」と言うのと、悩んだ末に「これは出来ないと思います」ということでは、後者の方が当然満足度は高いです。法律相談はカウンセリングと違い、相談者にとって不本意なことも述べなければなりません。そのための能力を向上させることは大事です。
法律相談の技術について、参考になる文献をいくつか挙げます。特に最初の2冊がお勧めです。
司法研修所編『8訂 民事弁護の手引き(増訂版)』(日弁連,2019年12月)2~20頁
岡田裕子『難しい依頼者と出会った法律家に-パーソナリティー障害への理解と支援-』(日本加除出版,2018年2月)
土井浩之・大久保さやか編著『法律家必携!イライラ多めの依頼者・相談者とのコミュニケーション術』(遠見書房,2021年7月)
笹瀬健児編著『依頼者の心と向き合う!事件類型別エピソードでつかむリーガルカウンセリングの手法』(第一法規,2021年1月)
7 法律相談から「受任できない」という悩みについて
「受任ができない」にはいくつか理由があると思っています。
① 実は、そもそも受任したくない(満足いく解決をする自信がない、仕事を増やしたくない)のでその意識が拒絶の態度を示している
② 【相談中に】お客さんの問題解決より、お客さんからどれだけお金を引き出せるかに意識がいっていて、そこを見抜かれる(費用の話をちゃんとしないとか、お客さんの質問に真正面から回答しないなど)
③ 相談の応答に対する質が低い。弁護士のリスク回避のためのネガティブな回答に終始する。
④ 相談の際の服装、態度が「あなたを尊重していない」というメッセージを出している
⑤ そもそも相談者が、弁護士に費用を払うだけの価値を感じていない(受任に慎重になるべき相談者)
新人の場合は、①と③が多いだろうと思っています。で、①はある程度それで良いところもあり、得意な人に紹介する方が良かったりします。
第4 法律相談後の確認
法律相談の内容については手控えを残しておきましょう。
後日、アドバイスの内容が問題になった時に役立つこともあります。