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薬院法律事務所

刑事弁護

自動車運転死傷行為等処罰法第2条第1号および第3条第1項に関する危険運転致死傷罪の違い(ChatGPT4.5作成)


2025年04月10日刑事弁護

危険運転致死傷罪(アルコール・薬物影響)の法構造と実務上の論点

法文の構造と立法経緯

平成25年法律第86号「自動車運転死傷行為等処罰法」(以下「本法」)の制定により、従前刑法に規定されていた危険運転致死傷罪等が独立法に移管され、新たな処罰類型も加えられました。本法制定の背景には、飲酒や病気による重大事故が相次ぎ、従前の危険運転致死傷罪(刑法208条の2)の適用範囲では不十分との批判が高まったことがあります。例えば、平成23~24年に栃木県鹿沼市でのてんかん発作による児童6名死亡事故、愛知県名古屋市での無免許・酒気帯び運転によるひき逃げ死亡事故、京都府亀岡市での無免許運転・居眠りによる児童集団死傷事故などが発生しました。これらはいずれも悪質かつ危険な運転による重大事故であったにもかかわらず、当時の危険運転致死傷罪が適用されず過失運転致死傷罪の適用にとどまったため、危険運転致死傷罪の適用拡大等を求める世論が高まったのです。この立法経緯から、本法第2条・第3条において飲酒・薬物の影響下での危険運転致死傷罪が再編・拡充されています。

本法第2条は「危険運転致死傷罪」を規定し、特に第1号でアルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為を処罰対象としています。一方、本法第3条第1項は新設の類型で、アルコールまたは薬物の影響により走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、その影響により正常な運転が困難な状態に陥って人を死傷させた行為を処罰するものです。すなわち、第3条第1項はいわば「準危険運転致死傷罪」にあたり、飲酒・薬物の影響で徐々に状態が悪化して重大事故に至ったケースをカバーする趣旨があります。

法定刑について、第2条の危険運転致死傷罪(第1号の場合)は人を負傷させた場合で15年以下の懲役、人を死亡させた場合で1年以上の有期懲役と重く規定されています。これに対し第3条第1項の罪は、人を負傷させた場合で12年以下の懲役、人を死亡させた場合で15年以下の懲役と、第2条よりは軽い法定刑が定められています。これは、第3条第1項の行為態様が抽象的危険段階での故意に止まる分、第2条より当罰性が低いとの立法判断によります。

「正常な運転が困難な状態」の意義と判断基準

「正常な運転が困難な状態」とは、アルコール又は薬物の影響により道路交通の状況等に応じた適切な運転操作を行うことが困難な心身の状態を指すものと解されています。最高裁判所も、刑法208条の2第1項前段(現行法第2条第1号に相当)について「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に該当するか否かは、事故態様、飲酒量・酩酊状況、運転状況、事故後の言動、飲酒検知結果等を総合考慮して判断すべきであるとしています。例えば「危険を的確に把握し対処できない状態」に陥っていたかが重要な判断基準となり、具体的にはハンドルやブレーキ操作がまともにできない、足元がおぼつかない、まっすぐ歩けない、ろれつが回らない等の著しい酩酊症状が一つの目安とされています (運転者の酩酊具合 | 弁護士法人村上・新村法律事務所)。

実務上は、呼気中アルコール濃度や血中アルコール濃度が重視されます。道路交通法上、呼気0.15mg/L(血中0.3mg/mL)以上で「酒気帯び運転」とされますが、正常な運転困難状態に該当するにはこれを大きく上回る濃度であることが多く、加えて明確な運転支障の客観的兆候を要します (運転者の酩酊具合 | 弁護士法人村上・新村法律事務所) (運転者の酩酊具合 | 弁護士法人村上・新村法律事務所)。実際の判例でも、呼気アルコール濃度0.4~0.7mg/L程度の高濃度で蛇行運転や居眠り運転を引き起こした事例が危険運転致傷罪(旧法208条の2)に認定されています。例えば、被告人が飲酒量約1.2リットル(焼酎)の影響で本来左折すべき交差点を直進するなど正常な判断ができないまま歩行者に衝突し、呼気0.45mg/L(事故2時間後の測定値で当時推定約0.64mg/L)だった事例があります。また、足元がふらつき周囲から運転を止めるよう忠告されていたにもかかわらず運転を強行し、前車に追突後もアクセルを踏み続け多重衝突を起こしたケースでは、呼気0.45mg/Lの酩酊状態が認定されています。このように、著しい酩酊に基づく明白な運転不能状況が立証されれば、「正常な運転が困難な状態」と評価されます。

もっとも、この状態の認定には運転者の主観面も関わります。後述するように、第2条第1号の危険運転致死傷罪が成立するためには、運転者自身がその時点で正常な運転が困難な状態にあることを認識していること(少なくともその基礎となる心身不調を自覚していること)が必要と解されています。最高裁平成23年10月31日決定も、運転者に「危険を的確に把握して対処できない状態」に陥っている自覚(認識)が必要であると判示しました。ただし、この認識は「自分は正常な運転ができないほど酔っている」との抽象的判断まで要するものではなく、例えばハンドル操作がうまくいかない、足がもつれる等の具体的状況を認識していれば足りるとされています。したがって、運転中に度重なる居眠りや蛇行運転を自覚しつつ走行を継続していたような場合には、自ら正常運転困難状態を認識していたと評価され、第2条第1号の適用が検討されることになります。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」の意義と判断基準

第3条第1項で用いられる「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、上記の「困難な状態」より一段階低い危険段階を示す概念です。すなわち自動車の運転に必要な注意力・判断能力・操作能力が相当程度減退している状態、あるいはそのような状態に陥る具体的なおそれが認められる状態を指します。アルコールの影響の場合でいえば、道路交通法上の酒気帯び運転に該当する程度(呼気0.15mg/L以上)のアルコールを身体に保有していれば通常はこの状態に当たると解されます。典型的には「かなり酔っているが、まだ何とか運転操作自体は可能」くらいの段階がこれに該当します。もっとも、本罪の趣旨に鑑みれば、アルコール耐性の個人差なども考慮されます。例えばアルコールの影響を受けやすい者であれば、たとえ数値上は酒気帯び運転罪に満たない濃度しか保有していなくとも、実際に注意力等が相当程度減退し運転に危険を及ぼす具体的状況に至っていれば、「支障が生じるおそれがある状態」に該当し得ると解されています。条解でも、「酒気帯び運転罪に該当しない程度でも、必要な注意力等が相当程度減退した状態になれば本状態に該当し得る」と説明されています。

判断基準としては、「おそれがある状態」であること自体は比較的客観的に認定されます。具体的には、運転前後の飲酒量や酩酊度合い、呼気・血中アルコール濃度、運転挙動(多少の蛇行、不注意運転の有無)などから総合評価されます。道路交通法の酒気帯び運転基準に達していれば原則該当し、達していない場合でも明らかな飲酒の影響が見られれば該当しうるという幅のある概念です。他方で、「正常な運転が困難な状態」と異なり、この段階では運転者がまだ完全な運転不能には陥っていないため、運転そのものは継続できている状況です。したがって外見上は事故前に特段の異常挙動が見られない場合もあります。この点、第3条第1項は後述のように結果的に「困難な状態」に陥ることを要件としていますので、たとえ運転開始時点での挙動に大きな乱れがなくとも、一定のアルコール影響下にある以上は「支障おそれ状態」に該当する可能性があります。その上で、実際に運転中に酩酊が深まり重大事故に至れば本罪の成立が検討されるわけです。

第2条第1号と第3条第1項の差異(主観的要件・因果関係・法定刑など)

上述のとおり、第2条第1号(以下「2条1号」)と第3条第1項(以下「3条1項」)はいずれも飲酒・薬物影響による危険運転致死傷を処罰する規定ですが、その構造には重要な違いがあります。

1. 主観的要件(故意・認識)の違い: まず大きな違いは、運転者の認識要件です。2条1号の危険運転致死傷罪では、構成要件として運転時に自己が「正常な運転が困難な状態」にあることの認識が要求されます。すなわち、自分が極めて酔って正常に運転できない状態であることを分かった上で運転に及ぶという故意が必要です(少なくともその状態で運転している可能性を認容していたことが必要と解されます)。これに対し3条1項では、「困難な状態」の認識までは要求されません。運転者に必要とされるのは、走行中自己が「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあることの認識です。言い換えれば、「多少酔っている(運転に支障が出る恐れはある)けれども、まだ運転できる」と思いつつ運転を開始した場合にも、3条1項の故意要件は充足され得ます。一方で、その運転中に酩酊が進んで自ら認識できないほどの「困難な状態」に陥ってしまったとしても、困難状態自体の認識は不要であり、それを要件から外したのが3条1項の特徴です。

この違いにより、3条1項は2条1号の補充的規定として機能します。すなわち、アルコール等の影響による危険運転で人を死傷させたケースでも、運転者が自らの泥酔状態を認識していなかった場合や、その認識の立証が困難な場合には2条1号の適用ができません。そのような場合でも逃さず処罰できるよう、「支障おそれ状態」の認識で足りる3条1項を適用するという構造になっています。例えば、運転開始時点ではさほど酔いが回っておらず正常運転困難とはいえない状態であったが、走行するうちに急速に酔いが回って仮眠状態(運転困難状態)に陥り事故を起こしたケースでは、当人は仮眠に陥った時点で自ら運転不能に陥ったことを認識できません。このような場合、結果的には酷似した態様の死亡事故であっても2条1号は成立せず、代わりに3条1項の成立が検討されます。実際、運転中にアルコールの薬理効果で意識を喪失し事故に至った例などは、まさに運転者に困難状態の認識がない典型例として3条1項で処理され得ます。

2. 構成要件の構造(結果要因と因果関係)の違い: 次に、条文の構造上、3条1項には「よって、その影響により正常な運転が困難な状態に陥り…人を死傷させた」という結果要因が明示されています。つまり、(a)アルコール等の影響で支障おそれ状態で運転する行為と、(b)その結果アルコール等の影響で運転困難状態に陥ること、この両者が死傷結果とそれぞれ因果関係を持つ必要があります 。したがって立証上は、まず事故時に至るまで運転者がアルコール等の影響下にあった(支障おそれ状態であった)こと、そしてその影響で最終的に運転困難状態に陥ったため制御不能となって事故が発生したことの両方を証明する必要があります。具体的には、飲酒運転が原因で判断・操作能力が低下し事故を招いたという一連の流れを立証することになります。これに対し2条1号は、「正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる」という行為自体が結果との因果関係を包含しており、条文上明示的に二段階の結果要因を要求していません。運転開始時または走行中すでに運転困難な状態に陥っていた者がそのまま事故を起こした場合、当然にその困難状態と事故結果との因果関係は推認されるため、2条1号では因果関係立証のハードルは相対的に低いと言えます。ただし2条1号の場合も、アルコール影響下の状態と事故結果との間に相当因果関係が必要である点は変わりません。極端な例として、飲酒影響でフラフラの状態で運転していたが、事故原因が全く無関係な外的要因(例:被害者側の飛び出しのみ)であった場合などは因果関係が否定される可能性があります。

3. 法定刑の違い: 前述のように法定刑にも差があります。2条1号は死亡結果の場合**「1年以上の有期懲役」と下限を定め無期懲役も排除していない(有期の上限は刑法により基本的に20年ですが併合罪等で30年まで可能)一方、3条1項は死亡でも15年以下の懲役と上限が明示され下限規定もありません。負傷事故の場合でも2条1号は15年以下に対し3条1項は12年以下と低く設定されています。この差は、前述のとおり運転者の主観的悪質性・危険認識の程度**に差異があることに対応しています。すなわち、明知の泥酔運転で人を死傷させた2条1号犯の方が、酩酊進行を予見し得なかった3条1項犯よりも非難可能性が高いため、刑の重さにも差を設けたものです。

4. その他の相違点: 適用場面にも差があります。2条1号はアルコールまたは薬物による明らかな酩酊・薬物影響運転全般をカバーしますが、3条1項は**「走行中に」酩酊が進行するケース**に限られます。運転開始時点ですでに完全に泥酔状態であった場合は2条1号の範疇となり、3条1項は本来想定されません(立法的には運転開始時点で既に困難状態ならそれは従前からある危険運転致死傷罪で処断可能という整理です)。逆に、飲酒量が少なくまったく酔いが回っていない状態で事故を起こした場合は、そもそも危険運転致死傷罪の枠組みに入らず過失運転致死傷等で扱われます。3条1項はあくまで「酔いが回って事故を起こしたが本人の主観は泥酔状態の自覚なし」という中間的状況を対象としており、構造上2条1号と過失犯の中間に位置づけられるものといえます。

両条文の適用に関する実務上の論点

危険運転致死傷罪(アルコール・薬物影響類型)の適用には、実務上いくつかの課題や論点があります。

1. 証拠収集と立証の課題: 飲酒・薬物の影響の程度や運転者の認識を立証するには、客観的証拠と状況証拠の双方が重要です。客観的証拠としては、事故後の呼気アルコール濃度測定値や採血結果がありますが、事故との時間差に留意が必要です。事故直後に測定できない場合、一定時間経過後の測定値から事故時のアルコール濃度を推定する鑑定が行われることがあります。実際、前述の事例でも事故2時間後の呼気0.45mg/Lという値から事故当時は約0.64mg/Lであったと推定したケースが報告されています。このような鑑定結果は、酩酊度合いの裏付けとして重要な役割を果たします。一方、運転者の主観的認識を直接示す証拠は存在しないため、状況証拠の積み重ねにより推認していく必要があります。例えば、事故前の飲酒量や酒席での様子、周囲が制止したにもかかわらず運転を開始した事実、運転中の不審な挙動(蛇行運転や信号無視、居眠りの兆候など)、事故直後の言動(呂律が回らない、警察官に支えられないと歩けない状況等)は、運転者が相当の酩酊状態にあり、それを認識し得たことを示唆するものです。とりわけ2条1号の適用を目指す場合、「正常な運転が困難な状態」であることの認識を推認させる事情として、他者から「運転は無理だ」と止められていた事実や、運転者自身が「少し酔っているが大丈夫」などと言及していた事実があれば有力です。加えて、事故態様そのもの(明らかな前方不注視や無反応のまま衝突している等)も、酩酊により正常な認知・操作ができなかったことを物語る重要な情況証拠となります。

2. 検察実務における起訴・適用方針: 検察官は、悪質な飲酒運転致死傷事案ではまず2条1号の適用を検討しますが、立証の見通しによっては予備的訴因として3条1項を併用起訴することがあります ([PDF] 自動車運転による死傷事犯に係る 罰則に関する検討会 (第3回))。特に、被疑者が「酔っていた記憶がない」「事故の瞬間は意識がなかった」などと供述している場合、2条1号の主観的要件の立証が難航する可能性があります。そのようなケースで2条1号のみを訴追すると、最悪の場合無罪となりかねないため、まず主位的に2条1号を主張しつつ、仮に認定されなくても3条1項(または過失致死傷)での有罪が可能となるよう構成する戦略が採られます ([PDF] 自動車運転による死傷事犯に係る 罰則に関する検討会 (第3回))。裁判例でも、訴因上は2条1号で起訴されたが公判で認定できず、結果的に3条1項の構成要件に該当するとして有罪認定がなされた事案が報告されています ([PDF] 自動車運転による死傷事犯に係る 罰則に関する検討会 (第3回))。このように3条1項は2条1号のバックアップ規定として機能するため、検察実務では両条文の使い分け・併用が戦略的に行われています。

3. 鑑定や専門家証言の活用: アルコールや薬物の影響を裏付けるため、法医学や薬学の専門家による鑑定・証言が活用されます。アルコールについては前述の血中濃度の逆算鑑定が典型ですが、薬物影響事案では薬物の種類と人体への影響について専門的知見が必要です。例えば睡眠導入剤や覚醒剤の影響下運転について、その薬理作用から注意力低下や眠気誘発の程度を証明する鑑定が行われることがあります。これら鑑定結果は、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」や「困難な状態」の客観的裏付けとして重視されます。一方で、鑑定には誤差や仮定が伴うため、弁護側が鑑定方法・結果の信用性を争う場面も見られます。特に血中アルコール濃度の推定では、個人の代謝速度や飲酒状況の不確実性から推定値の幅に議論が生じることがあります。このため、裁判所としても鑑定結果と他の証拠との整合性を慎重に吟味し、総合評価で酩酊程度を認定する運用が定着しています。

4. その他の実務上の問題: 飲酒運転事故では、加害者が事故後に現場から逃走したり追加飲酒したりしてアルコール影響の発覚を免れようとする事例もあります。これに対して本法第4条で「アルコール等影響発覚免脱罪」が新設され、事故後の飲酒等を処罰する規定が設けられています。第4条は結果的に事故を起こしてしまった後の行為を対象とする別罪ですが、飲酒運転事犯特有の実務上の問題として関連します。また、重度の病気(てんかん等)による事故については本法3条第2項で処罰類型が定められています。こちらはアルコール等と構造は類似していますが、疾病による意識障害等の場合には運転者の故意(認識)が問題とならないケースも多く、立証上は専門医の診断や過去の発作歴等が重視される点で異なります。飲酒・薬物影響と疾病影響の類型双方に共通する論点として、「運転前に危険性を認識しつつ運転行為に及んだ」という因果の起点(原因において自由な行為の理論的枠組み)が問題になります。実務上は、この因果の起点での故意(飲酒や持病の影響下で運転を開始した点の故意)さえ立証できれば、あとの心神喪失的状態は本人の自由な意思によらず生じたものであっても処罰が可能という構成をとっており、3条1項・2項はいわば「原因において自由な行為」の法定類型化と位置付けられます。

他罪との罪数関係(道交法違反・過失致死傷との関係)

危険運転致死傷罪が成立する場合、道路交通法上の飲酒運転罪や刑法(本法)上の過失致死傷罪との関係は基本的に**観念的競合(一事不再理的な包含関係)**の処理となります。

まず、危険運転致死傷罪(2条1号または3条1項)が成立する事案では、同一の行為について過失運転致死傷罪(本法5条)は成立しません。過失運転致死傷罪は危険運転致死傷罪の包括的下位に位置づけられるためで、危険運転致死傷罪の成立する場合は過失犯で処理するよりも法定刑の重い危険運転致死傷罪によって処断されます。判例・実務上も、予備的訴因などで過失致死傷が検討されるケースを除き、危険運転致死傷罪で有罪となった場合に改めて過失致死傷罪で処罰されることはありません。

次に、道路交通法の酒気帯び運転罪・酒酔い運転罪との関係です。危険運転致死傷罪(アルコール・薬物影響類型)は、飲酒運転自体の違法かつ危険な性質を既に包含しています。そのため、人身事故に至ったケースで危険運転致死傷罪が成立するときは、通常、同一事実に対して酒気帯び運転罪(道交法117条の2第1号)や酒酔い運転罪(同法117条の2の2第1号)は牽連犯的に包摂され科刑上一罪として扱われます。学説上も「本罪(危険運転致死傷罪)が成立する場合には、道交法の酒気帯び・酒酔い運転罪は成立しない」と解されています。ただし、事故時点では危険運転致死傷罪を問えず酒気帯び運転罪のみ成立するような場合(例えば軽微な物損のみで人身事故にならなかった場合)は当然に酒気帯び運転罪で処断されますし、事故態様が危険運転致死傷罪の要件を満たさない場合には酒気帯び運転罪+過失致死傷罪の併科といった処理もあり得ます。要は、人身結果まで含めて危険運転致死傷罪で評価し尽くせる場合には、重い危険運転致死傷罪に一本化されるというのが罪数処理の原則です。

なお関連する論点として、本法4条のアルコール等影響発覚免脱罪と道交法違反との関係があります。例えば事故後に現場から立ち去った行為は道交法のひき逃げ(救護義務違反等)に該当し得ますが、同時に発覚免脱目的で逃走したと評価されれば本法4条の罪にも該当します。この場合、救護義務違反(不作為犯)と発覚免脱行為(作為犯)は評価の基準が異なるため観念的競合とはならず、牽連犯・併合罪の関係として双方成立しうると解されます。本問のテーマからは外れますが、事故後行為についてはこのような罪数処理も念頭に置く必要があります。

判例に見る適用基準・判断枠組み

危険運転致死傷罪(飲酒運転類型)の適用基準について、最高裁判例および下級審判例からいくつかの指針が示されています。

最高裁平成23年10月31日決定(最三小決、刑集65巻7号1138頁)は、旧刑法208条の2第1項前段(現行法2条1号)における「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の解釈について重要な判断を示しました。同決定はまず、「正常な運転が困難な状態」とはアルコールの影響で道路交通の状況に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態であると示し、その認定に際しては先述のとおり諸事情を総合考慮すべきとしました。また、運転者にその状態の認識(酩酊状態で危険を的確に認識できない状態に陥っているとの自覚)が必要であることを明言しています。もっとも、認識要件については抽象的に「正常な運転が困難」と自覚するまでを要せず、ハンドル操作やブレーキ操作が思うようにできない等の具体的事実の認識で足りるとも判示し、主観面のハードルを必要以上に高めない解釈を示しました。この最高裁決定以降、下級審でも、運転者が事故直前に居眠りや蛇行運転を自覚していたか、他者から制止を受けていたか、といった点が認識要件の判断材料として重視されています。

他方、本法3条第1項に関する最高裁判例は令和5年現在まだ公表されていません。もっとも、3条1項の趣旨・適用場面については前述の立法資料や学説の中で一定の枠組みが示されています。すなわち「運転者がアルコール等の影響下にあることを認識しつつ運転を開始し、結果的にその影響で運転不能に陥って事故を起こした場合」に適用される条文であるという点です (保坂和人「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律について」警察学論集67巻3号(2014年3月号)43-66頁)。この枠組みを裏付けるように、実務上も2条1号の訴因が認められない場合の代替適用として3条1項が用いられており ([PDF] 自動車運転による死傷事犯に係る 罰則に関する検討会 (第3回))、裁判例上も「泥酔の明確な自覚はなかったが酔いの影響で事故を起こした」という事案で3条1項の適用が認められた例があります(たとえば、夜間に酒気帯び状態で運転を続けていた被告人が途中から記憶を欠するほど酩酊し対向車と衝突、人に重傷を負わせた事案で3条1項の危険運転致傷罪が成立 (保坂和人「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律について」警察学論集67巻3号(2014年3月号)43-66頁)。このように3条1項については、立法趣旨・条文構造から導かれる**「抽象的危険の認識+具体的危険の発現」という二段階構成**がそのまま適用基準となっているといえます。

下級審判例では、飲酒運転事故について2条1号が認定された事例・否定された事例双方があります。認定された事例として典型的なのは、前述したように高濃度アルコールかつ明白な運転支障があったケースです。例えば「被告人は泥酔状態で夜間の直線道路を走行中、脇見や居眠りの可能性が高い状況で対向車線にはみ出し衝突した。呼気検出値は基準値を遥かに超えており、自車を進路に沿って走行させることが困難な状態と認定された」といった事案では危険運転致死傷罪の成立が認められています ([PDF] 07-根津氏 判例_a_4.indd)(最高裁平成18年3月14日決定も、泥酔運転による事故について2条1号の成立を是認した原判断を支持しています)。一方、否定例としては「飲酒はしていたが事故態様から見てアルコールの影響が直接の原因とは言えず、運転困難状態とまではいえない」と判断されたケースがあり、その場合は過失致死傷罪で処理されています。例えば、飲酒量自体は基準を超えていたものの事故原因が相手車両の信号無視であったような場合、危険運転致死傷罪の成立は否定されています(このような場合でも道交法違反としての酒気帯び運転罪自体は成立し処罰されます)。

総じて、危険運転致死傷罪(アルコール・薬物影響類型)の適用にあたっては、運転者の状態の程度(支障おそれ or 困難)とそれに関する認識の有無事故との因果関係というポイントを軸に判断枠組みが形成されています。最高裁判例・有力学説によってその判断基準が示されており、実務家は個別事案の事実関係をこれら基準に照らして精査することが求められます。今後、3条1項の適用事例の蓄積や最高裁の判断が示されれば、より一層明確な運用基準が確立されるものと考えられます。現時点では、立法趣旨と既存の判例理論を踏まえつつ、証拠上立証可能な構成要件事実を丁寧に積み上げて適用の可否を判断する実務対応が肝要と言えましょう。

参考文献:保坂和人「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律について」警察学論集67巻3号(2014年3月号)43-66頁) 、髙井良浩「自動車運転死傷行為処罰法について」刑事法ジャーナル41号、前田雅英ほか編『条解刑法〔第4版補訂版〕』ほか。