自転車を「無断で借りた」ことが窃盗罪になるか、不可罰の使用窃盗になるかという相談(刑事弁護、窃盗)
2024年09月08日窃盗(万引き)
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、アパートの駐輪場にある、鍵のかかっていない自転車を使って出かけたところ、職務質問を受けて他人の自転車だとバレました。犯罪になりますか。
A、窃盗罪が成立すると考えられますが、不可罰な使用窃盗として処罰されないこともありえます。
【解説】
窃盗罪が成立するためには、判例上、不法領得の意思(不正領得の意思)が必要とされています。不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用若しくは処分する意思です(大判大5.1.17録22・1)。遺失物等横領罪についても、同様に不法領得の意思が必要です。
不法領得の意思は、①権利者を排除して自己の所有物として利用・処分する意思と,②経済的用法に従って利用・処分する意思とに分けられ、①は、使用窃盗を不可罰にする機能を有し、②は、窃盗罪と段棄・隠匿罪とを区別する機能を有します(法務総合研究所編『研修教材 刑法各論(その1)-個人的法益を害する罪- 三訂版』(法務総合研究所,2018年3月))172頁。
そして、最高裁判例により、自動車の場合は、短時間の利用でも不法領得の意思が認められ、「窃盗罪」または「遺失物等横領罪」が成立するものとされています。
※最高二小決昭和55年10月30日最高裁判所刑事判例集34巻5号357頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50215
【なお、原判決及びその是認する第一審判決によれば、被告人は、深夜、広島市内の給油所の駐車場から、他人所有の普通乗用自動車(時価約二五〇万円相当)を、数時間にわたつて完全に自己の支配下に置く意図のもとに、所有者に無断で乗り出し、その後四時間余りの間、同市内を乗り廻していたというのであるから、たとえ、使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであつたとしても、被告人には右自動車に対する不正領得の意思があつたというべきである(最高裁昭和四二年(あ)第二四七八号同四三年九月一七日第三小法廷決定・裁判集一六八号六九一頁参照)。】
もっとも、自転車については、短時間の使用の場合には「不法領得の意思」が否定されて不可罰とされることがあり(京都地判昭51.12.17判夕354号339頁)、警察実務においても「窃盗罪」又は「遺失物等横領罪」とされないこともあります。自転車の価格(高価品か)ということもあるでしょう。いずれにしても、具体的な事案を踏まえての判断になり、「返還意思」があるかといったことなど複数の要素が考慮されますので、前科がつくことを避けたいという場合は、弁護士に依頼して示談交渉と併せて法律論についてもカバーする必要があるでしょう。
【参考文献】
増井清彦『新版・窃盗犯罪の捜査実務101問〔法令編〕(補訂)』(立花書房,2004年5月)80-81頁
【第40問 自転車の一時無断使用には不法領得の意思が認められるか。
無断使用の不可罰の要件としては、①返還の意思をもってする極めて短時間の使用で、②財物が所持者の下に容易に、かつ安全確実に戻される保証があり、③使用により物の損耗がほとんどなく、④権利者も通常使用を認容する程度で、⑤それが公序良俗に反しないこと等が要求されよう。】
佐々木正輝編著『Q&A実例窃盗・強盗・恐喝犯罪の捜査実務』(立花書房,2007年1月)22-23頁
【友人の自転車を一時無断使用する行為については、いわゆる使用窃盗であり、原則として、権利者を排除する意思が認められず、不法領得の意思に欠けるのて、窃盗罪は成立しないことになる。
しかしながら、自転車の一時使用といっても、(ア)行為者の友人や親戚など親密な関係にあるのか、全く行きずりの他人てあるのか、(イ)一時使用後、元の場所に返還しておいたのか、他の場所に放置したのか、(ウ)ほんの2、3分の使用か、それとも、数日ないし数か月にも及ぶ使用てあるのかなどといった様々な場合が想定され、そのすべてを一律に同じ結論、すなわち窃盗罪が成立しないとすることはできない。
要するに、権利者を排除する意思があったか否かについては、具体的な事情に照らして判断する必要があり、上記(ア)ないし(ウ)などの各事情をも考慮すべきである。】
近時の検察官の文献を見ると、この「使用窃盗」にあたるか否かを厳しく判断する立場の検察官もいますので、十分な弁護活動が必要になります。
木村昇一「検察官から見た警察捜査のポイント : 窃盗事件を中心として(第6講)窃盗罪における不法領得の意思について : 乗り物の使用窃盗事案」(警察公論2014年8月号)10-19頁
13頁
【それでは, どのような場合に「権利者排除意思」が認められ, あるいは否定されると考えたらよいのでしょうか。この区別の眼目については,橋爪隆教授の「窃盗罪における不法領得の意思について」(法学教室428号74頁以下)が参考になるので,紹介します。】
14頁
【このような理解からは, 自転車の一時使用についても,不法領得の意思が否定されて不可罰とされる場合は,深夜など被害者が自転車を利用することがほとんど考えられない時間帯において, 自転車を(汚損・損壊の危険がないような)通常の態様で短時間利用し,直ちに返還する意思で自転車を持ち去った場合に限られることになる。」との見解を示しています。】
15頁
【犯人が乗り物を無断で乗り出し,返還意思があったと述べている事案(特に自転車の場合)については,橋爪教授の前記論考を十分に念頭に置いて捜査に臨んでいただきたいと思います。】
城祐一郎『取調べハンドブック』(立花書房,2019年2月)88-89頁
【この判決の判断が不当であることは明らかであるものの,このような裁判例も存することに照らせば,自転車を乗り回している最中に被告人を自転車窃盗で検挙した場合には,①無断で持ち出した場所及びその時間帯,②無断で持ち出した後逮捕されるまでの間自転車を乗り回していた時間(期間)及びその距離,③無断で持ち出した動機(使用目的),④乗り捨ての意思(①~③によって被疑者に乗り捨ての意思があったか否かを判断できると思われる。),などについて被疑者を取り調べて明らかにしておく必要があると心しておくべきであろう。】
※刑法
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045#Mp-Pa_2-Ch_36
(窃盗)
第二百三十五条他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(遺失物等横領)
第二百五十四条遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。