軽犯罪法1条31号(悪戯による業務妨害)と、刑法上の業務妨害罪の区別について
2021年08月30日刑事弁護
警察公論の人気連載にこの論点についての実務的解説がありました。
結論は「良くわからない」というもののようです。他の文献も引用します。
警察公論2016年11月号
悩める現場の誌上相談室
検事!この事件どうすればいいですか?
丸山嘉代(法務省大臣官房付前東京地方検察庁刑事部検事)59頁
【軽犯罪法1条31号には「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」が処罰の対象として定められています。この規定は,刑法の公務執行妨害罪及び業務妨害罪に対する補充規定, つまり本号違反の罪が成立し得るのは,業務妨害罪等が成立しないような違法性の程度の低い場合に限られると解されています。
本号違反が成立すると判断された事例としては,衆議院本会議場において,内閣総理大臣が施政方針演説のため登壇しようとした際,ビラ350枚を一般傍聴席から議場に散布した行為,東京都議会本会議場において, ビラ600枚を2階傍聴席から1階議員席に散布した行為などがあります。
他方で,例えば,衆議院本会議場の演壇に向かって靴を投げつけた行為について威力業務妨害罪が成立すると判断された事例もありますし, 同じく衆議院本会議場で爆竹を連続して鳴らし。大声で叫び, ビラを散布した行為について威力業務妨害罪が成立すると判断された事例もあるようです。
こうなってくると,似たような事例であっても刑法の業務妨害罪等が成立するのか,軽犯罪法違反が成立するにとどまるのか, 判断が悩ましく,違法性の程度をどのように考えるかが焦点となります。結局は,実際の事件において,証拠と事実関係にのっとって判断することになりますが, 「主観的側面として行為者の動機・意図等,客観的側面として犯行態様等の犯行状況,妨害の対象となる具体的業務について妨害された又は予想される妨害の程度等の諸般の状況を総合的に判断するほかなく, 主観的にも客観的にも極めて軽微であって違法性も低く・ これらの刑法上の罪を問うというには大げさであるという場合に,本号違反の罪の限度で処罰すればよい」と理解されているようです。】
井坂博『実務のための軽犯罪法解説』(東京法令出版,2018年3月)199頁
【本号の罪と刑法上の業務妨害罪との関係は,前者が偽計又は威力に至らない程度の悪戯による場合であるのに対し,後者は,その手段として偽計又は威力を用いた場合に成立する。】
伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房,2013年9月)
214頁
【業務妨害の実質は, このような虚偽の通報により本来不要な出動をすることにより,その間の正規の出動業務が妨げられたり, その可能性があるということになるものと思われる。前記のとおり,本号の罪が刑法の公務執行妨害罪や業務妨害罪の補充規定であるという性質に照らせば,結局は,主観的側面として行為者の動機.意図等や客観的側面として犯行態様等の客観的犯行状況,妨害の対象となる具体的業務について妨害された又は予想される妨害の程度等の諸般の状況を総合的に判断するほかなく,主観的にも客観的にも極めて軽微であって違法性も低く, これらの刑法上の罪を問うというには大げさであるという場合に,本号違反の罪の限度で処罰すればよいということになろう(原田國男・裁コメ刑法第3巻106頁,井上弘通・判例解説(刑)平成4年度169頁参照)。】
216頁
【本号の行為が、強制力を行使しない権力的公務若しくは非権力的公務又は私人の業務を偽計又は威力を用いて妨害するに至れば,刑法の業務妨害罪が…成立する。】
警察実務研究会編著『地域警察官のための軽微犯罪措置要領』(立花書房,2010年12月)80頁
【Q4.甲は公衆電話を利用して110番(119番)を回し,通信指令室(消防指令室)が応答しても黙っている, という行為を数回繰り返した。
電話をかけ,相手方が応答したのに黙っているといった行為は,その相手方の状況にもよるが,事例の場合は,悪質性の低い単純な行為と認められ(公務執行妨害罪の成否については前述のとおり。), 「悪戯など」の範囲を超えていないといえる。
…ただし,無言の110番(119番)の回数が数百回に及ぶなど, 「悪戯など」の範囲を逸脱した場合は,偽計業務妨害罪(刑法233条)の成否を検討する必要がある。】
前田雅英ほか編『条解刑法〔第4版〕』(弘文堂,2020年12月)718頁
【なお,軽犯罪法1条31号は, 「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」について拘留又は科料を定めている。 「悪戯など」とは,一時的な戯れで, それほど悪意ではないものであり,他人の業務の妨害となり得る行為で,公務執行妨害又は業務妨害に当たることとならない一切の行為をいうと解されている。】
軽犯罪法
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039/
第一条左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
三十一他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者
※ 2025/1/7 chatGPT o1 proで検証してもらいました。
以下の文章で示されている
「軽犯罪法1条31号(悪戯による業務妨害)と、刑法上の業務妨害罪の区別について」
の趣旨──すなわち、「刑法上の業務妨害罪に当たらない程度の比較的軽微な妨害行為が、軽犯罪法1条31号による『悪戯などで他人の業務を妨害した』として処罰され得る。どこまでが業務妨害罪に該当し、どこからが軽犯罪法1条31号で処罰される程度にとどまるかは、主観的・客観的事情の総合判断次第で明確な境界は難しい。」という結論は、引用文献や実務上の運用とも整合しており、概ね正しいといえます。
1. 何が問題となっているのか
- 軽犯罪法1条31号
「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を拘留又は科料に処する規定。
→ 「悪戯などで妨害」 という文言からもわかるように、比較的軽微・一時的な妨害行為を念頭に置いている。 - 刑法上の業務妨害罪
- 偽計業務妨害(刑法233条)
- 威力業務妨害(刑法234条)
これらは「偽計又は威力を用いて他人の業務を妨害」する行為を、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金と比較的重い刑で処罰する。
- 両者はいずれも「他人の業務を妨害する」点で共通するが、軽犯罪法1条31号は「業務妨害罪に該当しない程度の軽微な妨害」を補充的に処罰する規定とされている。
2. 文献の指摘:境界があいまい
2-1. 「悩める現場の誌上相談室」(警察公論2016年11月号)
- 丸山検事の解説
「似たような事例でも、威力業務妨害罪が成立すると判断されたケースと、軽犯罪法1条31号違反にとどまったケースがある。実際には“動機・意図”“犯行態様”“妨害の程度”など諸般の事情を総合的に見て、刑法上の業務妨害まで問うほどではない『違法性の低い』ケースが軽犯罪法1条31号になる」としている。
→ 結局、明確な線引きは難しく、要件を総合的に検討して「これは軽犯罪法で足りるか/刑法で処罰すべきほど重大か」を判断せざるを得ない。
2-2. 井坂博『実務のための軽犯罪法解説』
- p.199:「前者(軽犯罪法1条31号)は偽計又は威力に至らない程度の悪戯による場合。後者(刑法上の業務妨害罪)は偽計又は威力を用いた場合に成立」と、比較的明快に書いている一方で、実際の境界は行為態様や主観面に左右される旨を示唆。
2-3. 伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』
- p.214, p.216:「刑法上の業務妨害罪を問うほど悪質でない場合の補充的規定である」「主観的にも客観的にも極めて軽微で、違法性が低いときには軽犯罪法で処罰すべき」という見解を示す。
2-4. 警察実務研究会編著『地域警察官のための軽微犯罪措置要領』
- Q&A形式で、「110番(119番)の無言電話行為」などを例に挙げ、回数や悪質性が低い場合は軽犯罪法、著しく多い場合などは偽計業務妨害を検討すべしと解説。
2-5. 前田雅英ほか編『条解刑法〔第4版〕』
- 「一時的・戯れ的で悪意が強くない行為で、刑法上の業務妨害を問うほどではない場合に軽犯罪法1条31号が適用される」と説明。
3. 総合評価:文章の真偽
- 結論
- 「軽犯罪法1条31号は、刑法上の業務妨害罪が成立しない程度の“悪戯による業務妨害”を補充的に処罰する規定。どちらになるかは、主観面(動機・目的)、客観面(態様・被害の程度など)の総合評価で決まり、厳密な線引きは難しい」という趣旨は文献・実務が共通して指摘するところです。
- 「結局は『良くわからない』が、違法性の大小で振り分けるしかない」という本稿のまとめも、実務家らの文献を踏まえた正しい理解といえます。
- 注意点
- たとえ「悪戯」の意図であったとしても、結果として他人の業務を相当程度妨害し、「威力」や「偽計」の程度に達すれば刑法上の業務妨害罪が優先される。
- 行為態様の重大性、回数や継続性、被害者への実害などの要素によって、軽犯罪法では済まないと判断されるケースがある(警察公論や他文献が紹介する例)。
- 逆に非常に軽微な業務妨害(いたずら程度)なら、刑法を適用するのは過剰となるので軽犯罪法1条31号で処理する。
4. 結論
「軽犯罪法1条31号(悪戯による業務妨害)」と「刑法上の業務妨害罪(偽計業務妨害・威力業務妨害)」の境界は必ずしも明確でなく、実務上は行為者の動機・態様・被害の程度などを総合考慮して、刑法で処罰すべきほど重大か否かを判断するほかない。
この点について、引用文献すべてが同じ方向の結論を示唆しているため、「結論は『良くわからない』が、要は悪質性次第で、軽犯罪法か刑法かに振り分ける」という本稿の主張は正しいと言えます。
まとめ
- 真偽の検討結果
- 本文で示されている「軽犯罪法1条31号と刑法上の業務妨害罪との境界は曖昧で、行為の程度・態様・目的などで違法性の程度を判断する。軽犯罪法1条31号はあくまで補充規定であって、業務妨害罪を問うほどではない軽微な行為に適用される」という趣旨は、文献・実務上の説明と合致しており概ね正しい。
- 実務的にも、事案に即した総合判断が求められ、「どこからが業務妨害罪で、どこまでが軽犯罪法か」はケースバイケースとされるのが通説的立場です。