弁護士に依頼した場合、逮捕が回避できるかという相談(意見書サンプルあり)
2023年08月10日違法薬物問題
【相談】
Q、私は、痴漢行為をしたと疑われて、現在取調べを受けています。どうしても警察は私が犯人だと疑っているようで、今後、逮捕されるのではないかと心配しています。弁護士さんに依頼したら逮捕を回避できるのでしょうか。
A、弁護士がどういった弁護活動をするかはその弁護士次第ですので、弁護士に依頼したからといってただちに逮捕が回避できるわけではありません。とはいえ、逮捕回避について意見書を提出することで逮捕のリスクを減らすことができると考えられます。
【解説】
以前、私は、こういう記事を書きました。
ただここでは逮捕回避の可能性を高める方法について記載していなかったので、少し補足いたします。逮捕回避は報道発表回避のためにも重要です(逮捕案件は原則実名報道発表)。
上記記事にあるように、通常逮捕については「逮捕の理由」、すなわち刑事訴訟法199条1項にいわゆる被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由に加えて、「逮捕の必要性」も要件とされています。「逮捕の必要性」とは、被疑者につき逃亡するおそれ又は罪証を隠滅するおそれのいずれかの事由があり、かつ逮捕を不要とする特段の事情が存在しないことをいうと解されています。これらは裁判官が、個別具体的に、どういう犯罪か、どういう証拠を警察が収集しているかといったことを確認した上で判断します。そのため、弁護士としてはそこを推測した上で逮捕状請求が認められるか検討します。
そのためには、犯罪の成否、犯罪を立証するために考えられる証拠の内容、嫌疑の程度、捜査機関がその証拠を取得しているか否か、証拠を隠滅または偽造することで犯罪をごまかせる現実的可能性はあるか、逃亡するだけのメリットがあるか等々を検討して意見書といった形で起こし、本人の誓約書や身元引受書なども出して、逮捕状請求が認められないこと、仮に逮捕しても勾留が認められない案件であることを積極的に示します。この時には警察官、検察官向けの捜査要領を記載した本が非常に参考になります。
と書いても抽象的でわかりにくいと思いますので、サンプルを作成してみました。
なお、弁護士によっては逮捕リスクがある事件でも弁護人選任届を出して「取調べ要請には応じるように」といったアドバイスをするだけで逮捕回避のために特段の対応をしないこともあるようです。しかし、そういった対応では突然の逮捕を招くことがあります。単に弁護人がついているというだけで逮捕を回避できるものではないです。
【意見書サンプル】
(想定事例)
「会社経営者が、深夜に、路上で女性に抱き着いたという嫌疑がかけられている場合(否認)」
「取り調べには応じているが、スマートフォンの任意提出を拒否している」
1 逮捕・勾留について
(1) 刑事訴訟法199条及び刑事訴訟規則143条の3の規定
刑事訴訟法
【第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
② 裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。】
刑事訴訟規則
【第143条の3 逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。】
このとおり、通常逮捕にあたっては、逮捕の理由(被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由)及び逮捕の必要性(逃亡するおそれ、又は罪証を隠滅するおそれ等)が必要です(杉山徳明ほか編著『令状請求ハンドブック〔第2版〕』(立花書房,2021年9月)、髙森高徳著・澁谷博之補訂『Q&A実例逮捕・勾留の実際〔第2版補訂〕』(立花書房,2022年5月))。
(2) 逮捕の理由
本件で、被疑者は、〇月×日、午前2時ころ、・・・路上において、暗闇で、女性(氏名が不明のため「Vさん」とします)に抱き着いたという○○県迷惑行為防止条例違反の嫌疑がかけられています。
しかし、被疑者は一貫して本件犯行を否認しているところ、被疑者が警察から聞いた話では、被疑者が事件の起こる前に犯行現場付近のコンビニにいたこと(これは被疑者も認めています)、Vさんが、警察官に対して、被疑者を犯人と述べたということが、被疑者の嫌疑の根拠となっているようです。
しかし、現場は都心部に近く人通りも多いのですから、被疑者が付近にいたことが被疑者の犯人性を基礎づけるとはいえません。また、午前2時という遅い時間で、街頭の灯りも弱いのに(弁〇号証「写真撮影報告書」)、Vさんが犯人の特徴を正確に認識、記憶、保持できていたのかは十分検討されなければいけないことです。警察実務においても、目撃供述、特に犯人識別供述にはしばしば誤りが生じやすいことがたびたび注意喚起されています(髙森高徳『Q&A実例捜査における事実認定の実際〔第2版〕』(立花書房,2014年4月)10~21頁、水野谷幸夫・城祐一郎『Q&A実例取調の実際』(立花書房,2011年3月)84~91頁、須賀正行「元検察官のキャンパスノートNo77 被疑者の特定(被疑者の犯人性)」捜査研究2017年1月号(793号)114頁、警察公論2020年10月号200~202頁等々)。
本件において、いかなる面割捜査がなされたかは弁護人の立場からは不明ですが、誤認逮捕を起こした場合は、被疑者に深刻な人権侵害をもたらすのですから、客観的な証拠を十分吟味して、慎重に在宅捜査を進めてください。
弁護人としては、本件で、被疑者の嫌疑があるとしても、「具体的な証拠に基づいた客観的、合理的な根拠のある犯罪の嫌疑」(杉山徳明ほか編著『令状請求ハンドブック〔第2版〕』(立花書房,2021年9月)9頁)、ないし「逮捕状の請求のなされた当時すでに収集されていた捜査資料に基づき、合理的な判断過程により、被疑者が当該犯罪を犯したことを相当程度高度に是認し得る嫌疑がある」とは認められない状況と考えています(髙森高徳著・澁谷博之補訂『Q&A実例逮捕・勾留の実際〔第2版補訂〕』(立花書房,2022年5月)10頁)。
(3) 逮捕の必要性
ア、本件で想定される証拠
本件において、想定される証拠としては、①現場及び現場付近の防犯カメラ映像(犯人の逃走方向にある店舗内カメラ等も含む)、②被害者であるAさんの目撃証言、③被疑者のスマートフォンに記録された位置情報の履歴、④被疑者の衣服、⑤(事案によっては)被害者の衣服に付着しているDNA資料、⑥付近において同種案件が発生していればその証拠、⑦被疑者の供述(法務省刑事局法令研究会編著『証拠収集の実際-全訂 証拠の集め方・考え方-』(東京法令出版,1997年11月)128頁~、捜査書類実務研究会編箸『刑法犯・罪名別 一件書類早見ノート〔改訂版〕』(警察時報社,2017年2月)80頁(以下略))、といったものが考えられます。
イ、罪証隠滅のおそれがないこと
そして、①~⑥についてはすでに捜査機関において収集されているはずであり、被疑者が隠滅できる余地はありません。⑦はそもそも証拠隠滅の対象にはなりません。さらに、被疑者がアリバイ等の証拠を偽造して、真実犯罪をしたのに罪を逃れるというのも不可能です。すでに、位置情報については提供しており、供述調書も作成されているからです。
そして、前述のとおり、被疑者は、事件当時、現場付近のコンビニにいたことは認めており(それも、当初は否定していたのが、防犯カメラなどの証拠を突き付けられて認めたという事案ではなく、自ら認めています)、捜査官の求めに応じて位置情報の履歴は見せ、衣服の提出もしています。ただ、スマートフォンの任意提出、パスワードの開示は拒絶しているだけです。警察は、スマートフォンの任意提出、パスワードの開示をしないことをもって、被疑者に証拠隠滅の意思が推認されると考えられるかもしれませんが、その推認は、被疑者に黙秘権が認められていることから許される推認ではないです(黙秘がただちに罪証隠滅のおそれといえないことにつき、髙森高徳著・澁谷博之補訂『Q&A実例逮捕・勾留の実際〔第2版補訂〕』(立花書房,2022年5月)156頁)。そして、そもそも、スマートフォンは被疑者本人のみならず家族や友人、仕事先などのプライバシーが含まれているのですから、拒絶するというのは不自然な行動ではなく、証拠隠滅の意図が推認されるというのは飛躍があります(被疑者の業務内容にとって「秘密を守ること」が極めて重要なことは後述します)。被疑者は取り調べにも素直に応じて供述しているのであり、証拠隠滅の意図は見受けられません。
ウ、逃亡のおそれがないこと
被疑者は現在40歳で、前科前歴はなく、会社経営者であり、家族もいます。仮に有罪となっても罰金刑が想定される事案で、あえて仕事も家族を捨てて逃亡するおそれはありません。被疑者の妻も身元引受書を提出しています。
さらに、被疑者は会社経営者であり、被疑者が逮捕された場合には、会社の経営がストップすることになり、従業員〇名に対しても多大な影響を及ぼすことも考慮されるべきです。被疑者の会社は…被疑者自身が商談に出向かざるを得ないものであり…被疑者が留置されたままでは運営することができません。
この状況下で、被疑者が逮捕された場合には、被疑者が経営する会社が立ちゆかなくなることは容易に想定される上、逮捕案件は原則として報道発表の対象になることから、会社運営に対しても重大な風評被害が生じることになります。
逮捕の必要性はありません。
(4) 結論
本件では、逮捕の理由、逮捕の必要性は認められません。仮に、捜査機関におかれまして異なる見解であったとしても、犯罪捜査規範118条を踏まえて、本件での逮捕権行使については慎重にご検討頂きますようにお願いします(刑事法令研究会編『全訂版 逐条解説犯罪捜査規範』(東京法令出版、2013年7月)187頁~)。