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薬院法律事務所

企業法務

配置転換で通勤時間が増加した場合、残業代を請求できないかという相談(企業法務、労働事件)


2024年09月09日労働事件

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は正社員です。これまで職場は徒歩で通える距離にあったのですが、配置転換で電車で1時間かかる職場に勤務するように指示されました。実質的には労働時間が長くなっていると思うのですが、残業代を請求できないでしょうか。

A、配置転換が権利濫用で無効といえないのであれば、通勤時間は労働時間にあたらないので残業代請求はできません。

 

【解説】

 

通勤時間は、現在は原則として「労働時間」にあたらないものとされています。そのため、ご質問の事例では残業代請求はできないということになります。もっとも、就業規則や雇用契約で配置転換が予定されていなかった場合などには、配置転換そのものの有効性を争うことができる場合がありますので、まずは弁護士の面談相談を受けるべきでしょう。

 

【参考裁判例】

 

最高裁昭和61年7月14日判決

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62925

【三 思うに、上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行つており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかつたという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
本件についてこれをみるに、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要があつたのであるから、主任待遇で営業に従事していた被上告人を選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。そして、前記の被上告人の家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。したがつて、原審の認定した前記事実関係の下においては、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。】

 

静岡地浜松支判平成26年12月12日労働経済判例速報2235号15頁〔28231383〕

【(2) 原告が被る不利益の程度等
ア 原告は、本件配転命令により通勤時間が延伸した結果、家族と過ごす時間が大幅に短くなり、生活上の著しい不利益を被った旨主張するところ、本件配転命令により、原告が通勤のため60分から90分程度の時間を要することとなったことは上記認定のとおりである。しかしながら、本件配転命令がされた当時、原告の妻は専業主婦であり、上記のとおり原告の通勤時間が延伸したとしても、当時小学6年生の長女及び小学3年生の長男の養育が困難となるような客観的事情は見当たらない。このことは、原告が静岡店において残業や中勤を命じられる可能性があることを考慮しても異ならない。
上記認定事実によれば、原告が家族と共に過ごす時間を何より重視していること、本件配転命令による通勤時間の延伸によりその時間が減少して苦痛を感じていることは認められるものの、長時間通勤を回避したいというのは、年齢、性別、配偶者や子の有無等に関わらず、多くの労働者に共通する希望である。配転命令の有効性を判断するに当たって考慮すべき労働者の不利益の程度は、当該労働者の置かれた客観的状況に基づいて判断すべきものであり、上記のような原告の主観的事情に基づいて判断すべきものではない。
以上によれば、本件配転命令により原告が受ける不利益は、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められない。】

 

【参考文献】

 

日本労働弁護団編『働く人のための労働時間マニュアルVer.2』(日本労働弁護団,2015年11月)92頁

【(4) 通勤時間
通勤時間は原則として労働時間には当たらない。会社の寮から各工事現場までの往復時間は、通勤時間の延長ないし拘束時間中の自由時間と言うべきもので、原則として賃金を発生させる労働時間とは当たらないとするもの(高栄建設事件・東京地判平10.11.16労判758号)、会社事務所と現場の往復時間につき、使用者の指示によるものでなく、移動者が任意に行っていたもので労働時間にあたらないとしたもの(阿由葉工務店事件・東京地判平14.11. 15労判836号)、自宅と訪問先との移動時間は、通勤時間であるとしたもの(日本インシュアランスサービス(休日労働手当•第1) 事件・東京地判平2 1. 2. 16労判983号)などがある。】

 

旬報法律事務所編『改訂版 未払い残業代 法律実務マニュアル』(学陽書房,2022年7月)32-33頁

【⑤ 移動時間
(i)通勤時間
通勤時間は、労務を提供するという労働者の債務を履行するための準備行為に過ぎないため、労働時間とは認められません(高栄建設事件・東京地判平成10 • 11 • 16 労判758 号63 頁など)。
また、事業所が広大でその入り口から業務に従事すべきとされる作業場所の距離が離れているなど、所定労働時間前後の事業所内での移動時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができず、労働時間には当たらないとした判例があります(三菱重工長崎造船事件•最判平成12 • 3 • 9労判778 号8頁)。
通勤時間に該当するとなると労働時間とは認められないので、注意が必要です。

(ii)その他の移動時間
他方、いったん出勤したといえれば、その後の移動時間は指揮命令下にあるといえ、労働時間となります。裁判例では、事務所への出勤後に現場へ移動することが使用者の指示によるものとして、その移動時間を労働時間と認めた総設事件(東京地判平成20 • 2 • 22 労判966号51 頁)があります。
また、過労自死による損害賠償請求の事案ですが、上司とともに移動する時間を労働時間と認めた池一菜果園ほか事件(高知地判令和2 • 2 • 28 労判1225 号25 頁)があります。
また、物の運搬そのものが目的であったり、物品の管理や監視が必要であるなど、移動自体に業務性がある場合は、移動時間も労働時間となります(白石67 頁)。裁判例としては、ロア・アドバタイジング事件(東京地判平成24・7・27 労判1059 号26 頁)があります。

なお、移動時間については、労働基準法研究会第二部会が次のような提言をしています(昭和59 (1 984) 年8月28 日)。
1 始業前、終業後の移動時間は、
ァ:作業場所が通勤距離内にある場合は、労働時間として取り扱わない
イ:作業場所が通勤距離を著しく超えた場所にある場合は、通勤時間を差し引いた残りの時間を労働時間として取り扱う。
2 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う。】