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薬院法律事務所

刑事弁護

顔貌鑑定に関する一般論[無罪獲得事例から]


2019年11月17日読書メモ

弁護士向け。
控訴趣意書から顔画像鑑定一般論です。信用性が問題になる事案で参考にされてください。

なお、これは原資料が1枚の写真の場合ですので、映像から複数の画像を抽出して比較している場合は、さらに別途の議論が必要になることもあります。

【顔貌鑑定の正式な手順とその証拠評価

1 顔貌鑑定の手順

A鑑定及びB鑑定の信用性を判断するためには,まずもって「顔貌鑑定(顔画像鑑定)」についての正確な理解が必要である。
以下詳述するが,重要な点は,顔画像は様々な条件により容易に変化するものであり,撮影角度の影響も強く受けるものであること,鑑定にあたっては統計データを参照することが必須であるということである。

(1) 顔貌鑑定の基本的手法

顔貌鑑定には,3つの検査手法が存在する。用語は論文によって多少違うこともあるが,形態学的識別法,人類学的計測法,スーパーインポーズ法である。三次元顔画像識別法はスーパーインポーズ法の一種である。
本件でなされたのは三次元顔画像識別法であるが,三次元顔画像識別法といっても,重ね合わせが可能というだけであり,実際には形態学的識別法と併用されている。
今泉和彦氏の「顔画像鑑定に関連する各種とりくみについて-3次元顔画像の活用,顔の加齢処理,他-」(犯罪学雑誌83号3巻,2017年6月)では以下のとおり説明されている。
【顔画像鑑定は,顔の輪郭や眼鼻, 口などの顔の各パーツの形状の類似や相違を,形質人類学領域で培われてきた知見に基づいて記述することで行われる。わかりやすく言うならば,顔のどの部分がどのように類似・相違しているかを,正しい解剖学用語を用いて適切に説明するということである。その際の判断基準として, 当研究室に継続的に蓄積されている顔の輪郭や顔の各パーツの形に関する統計データが参照される。】(44頁)。
【実際の検査では,専用のソフトウェア(図2)を用いて現場の顔画像に3次元顔画像を重ね合わせる等の作業をしながら同一人か否かを調べていく。ここで, 同一人であればピタリと重なるはずだとの指摘を受けることもあるが,現場写真にはいわゆる遠近感ととして表現される形状変化や,撮影レンズ自体のゆがみによる変形等の諸問題があり,また,そもそも顔の表面は柔らかく,表情や重力による変形が常に起きていることを考えれば,寸分なく一致するかどうかは同一人とみなすための必要条件ではない。3次元顔画像鑑定においても,顔写真同士の異同識別で行ってきたと同様輪郭や各パーツの類似性・相違性に関する記述を丁寧に進めていくことが主だった作業となる。3次元顔画像を扱うことの最大の利点は,現場写真の顔と,重ね合わせ作業により同等の角度に調整した対照顔画像とを並べての比較が可能となる,というところにある。】(45頁)。
このとおり,3次元顔画像識別法の基本は形態学的識別法と画像重ね合わせの併用である。
なお,この論文に記載されているとおり,現場写真にはいわゆる遠近感として表現される形状変化や,撮影レンズ自体のゆがみによる変形等の諸問題があり,また,そもそも顔の表面は柔らかく,表情や重力による変形が常に起きている。この点は,顔貌鑑定の信用性を判断するにあたって重要な視点である。

(2) 撮影条件を明確にする必要があること

顔画像は,前述した形状変化やレンズのゆがみによる変形等に諸問題に加えて,撮影角度によっても大きな影響を受ける。そのため,撮影条件を明確にする必要がある。
福岡県警科捜研所属の橋本慎太郎・戸山恭平・棚田徳彦「撮影条件による顔画像鑑定への影響について-速度違反自動取締装置で撮影された顔画像-」(日本法科学技術学会誌第14巻,2009年10月)では以下のとおり説明されている。
【近年,金融機関コンビニエンスストアなどに設置された防犯ビデオ及び防犯カメラなどで撮影された犯人の顔画像,速度違反自動取締装置で撮影された運転手の顔画像などの鑑定嘱託が増加している。これらの顔画像鑑定においては,撮影角度,画質などの撮影条件が鑑定結果に影響を及ぼしている.今回,本県に設置された速度違反自動取締装置で撮影された顔画像の撮影投射角度が仰角7°であること及びカメラと運転手の間にフロントガラスが存在することを考慮し, これらの条件下で撮影された顔画像について,実際の鑑定実務においていかなる影響があるかについての検討を行った。】(29頁)。
【条件A:水平(偏角0°:通常の鑑定で対照資料となる被疑者顔画像を想定)
条件B:カメラと被写体の間にフロントガラスが存在しない状態で傭角7°
条件C:カメラと被写体の間にフロントガラスが存在する状態で偏角7°
(速度違反自動取締装置で撮影された顔画像を想定)】(29頁)。
【条件Cの顔画像は,条件Aの顔画像に比べ,撮影角度の影響の場合と同様に眼及び眉の走向がやや上向きを呈し,口裂線はやや下方凸湾型を呈した.条件Cの顔画像は,形態学的顔指数が条件Aの顔画像に比較して1.8~3.2小さくなった.また,その他の相貌学的上顔指数,鼻指数など一部の指数についても,若干の差異が認められた。】(29頁)。
このように,顔画像はわずか7°の差であっても形態学的に変化が生じることから,撮影条件を明確にした上で検査する必要がある。

(3) 統計データを参照する必要性があること

さらに,顔貌鑑定において重要なことは,統計的データを参照することである。似ているというだけでなく,出現頻度を確認しなければ,同一性の推認はできないからである。
この点については,小川義則・谷口慶・今泉和彦・宮坂祥夫「三次元顔画像からの人類学的計測法の検討」(法科学技術21巻1号,2016年)では以下のとおり説明されている。
【顔画像の鑑定では,形態学的検査,計測学的検査,スーパーインポーズ法などの検査が実施される,形態学的検査では,画像に撮影されている顔の輪郭や構成部位(眉,眼,鼻,口および耳など)を鑑定人が観察し,明確な基準により形状を分類して比較を行う・・・(中略)・・・スーパーインポーズ法では,画像を重ね合わせた上での構成部位各部の配置状況や輪郭形状の合致度の評価などが行われる。これらは,鑑定資料の状況に応じて,使い分け,ないし組み合わされ,比較する顔の類似性や相違性についての総合的な判定が行われるが,いずれの方法を用いる場合でも,顔の形態学的特徴に関する統計データ(集団における各部の形状の出現頻度データや指数値の平均値や分布状況を示す基本統計量など)を参照し,精緻な評価を行うことが重要となる。】(96頁)。
少し古い論文となるが,宮坂祥夫「警察における顔画像鑑定の現状」(日本法科学技術学会誌10巻,2005年10月)においても,以下のとおり出現頻度を考慮する必要性が述べられている。
【1.形態学的検査
顔型および顔の構成要素(眉・眼・外鼻。口唇・耳介等)について,形態を所定の規準に従い分類し,顔画像相互の形状比較を行うものである, この場合,鑑定人は,形態所見の単なる類似性だけを捉えるのではなく,各形態の出現頻度を考盧する必要がある。
一般に,顔貌形態の類似所見が, 出現頻度の高い形態型である場合には, 同一人と推定することに矛盾を生じない所見として捉え,一方, 出現頻度の低い形態型の場合には,双方の人物に共通する有意な特異形態として捉え, 同一人であることを積極的に言及し得る所見と評価する。】(4頁)

前述した、今泉和彦氏の「顔画像鑑定に関連する各種とりくみについて-3次元顔画像の活用,顔の加齢処理,他-」にも【その際の判断基準として, 当研究室に継続的に蓄積されている顔の輪郭や顔の各パーツの形に関する統計データが参照される。】と記載されている(44頁)。
すなわち,顔貌鑑定をするにあたっては,形態学的所見を単に比較するだけでなく,その出現頻度を考慮することが必須なのである。

2 顔貌鑑定の信用性について

このように,顔の類似点・相違点を適切に解剖学的用語で説明し,撮影条件を明確にして,統計データを参照しながら鑑定がなされたとしても,その信用性については慎重に判断されなければならない。
司法研修所編『科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方』(法曹会,2013年)の抜粋記事では以下のとおり信用性を慎重に判断すべきことが強調されている。
【第2類型は,指紋,足跡,筆跡,毛髪など客観的な資料の形態面について原資料と対照資料とを照合し,その形態面での特徴を比較し異同識別を行う類型で「照合型」ともいうべき類型のものである。現物そのものを様々な方法で観察することが基本であり,その原理は明らかであるが,具体的な識別方法や技法の信頼性は慎重に検討する必要がある場合がある。
これらのものは,形態を照合して比較するという検査,判定の性格から,検定者,検定方法が適切であれば,一定の合理的な検査結果が得られるものと考えてよいであろう。形態面での比較であるから,非専門家であっても,その点の信頼性について評価,検討することは可能である。
ただ,何をもって特徴的とするか,形態面での特徴が一致しているといえるかという判断は,人の主観的側面が入ることも否めず, また,特徴が一致していることがどの程度の識別力を有するかの評価が,実質的に経験的判断に委ねられるものもあり,指紋を除くと,資料の性格上,必ずしも識別力が高くない場合もある。そのようなこともあり, 「同一である」といった識別力の評価については,慎重な姿勢が求められる。
近時,刑事裁判に登場する機会が増えた防犯カメラの映像を基にした顔画像識別鑑定も, この分類に入るであろう。専門家の行った顔画像識別鑑定ではあるが,その鑑定の信頼性について,慎重な態度を示した下級審裁判例もある*18。上記と同様の問題意識と考えられる。*18京都地判平成23年5月18日判例秘書登載。】。
捜査実務においても,顔貌鑑定の信用性は慎重に判断すべきと考えられており,例えば中川深雪編『Q&A実例検証・実況見分・鑑定の実際』(立花書房,2014年2月)の抜粋記事では,
【証明力であるが,顔画像鑑定は,人の顔貌が表情や時の経過により異なってくる点で,指紋のような決定的な識別はできないという限界があり,また,画像の鮮明さ等の鑑定資料の状態も正確性に影響するため,鑑定結果も断定的なものではなく,「同一人と考えられる」,「おそらく同一人と考えられる」,「同一人と考えて矛盾がない」,「別人と考えられる」などといった推定的なものになる。したがって,例えば,鑑定結果が,犯人の顔画像と被告人の顔画像は「同一人と考えられる」というものであったとしても,この鑑定書のみをもって被告人を犯人と認定することはできず,他の証拠と併せて被告人の犯人性を立証することになる。その場合の証明力の程度は,画像の鮮明さや重ね合わせの合致の程度により異なるものであり,犯人の顔画像と被告人の顔画像とが視覚的に似て見えても,例えば,防犯カメラが魚眼レンズである場合にはゆがみが生じているので,同じ条件で撮影された被告人の顔画像と比較していなければ正確性が劣ることになるし,不鮮明な画像を補間処理している場合にも,当該処理は画像が鮮明化したわけではなく,画素数が低い等問題のある画像の輪郭線をなめらかに補間しただけであるから,やはり正確性の点で問題が残っていることに留意すべきである。】としている。
また,画像を鮮明化した上での鑑定については,守下実(東京地裁部統括判事)「防犯カメラ画像が証拠となる犯罪事実の認定について」(警察学論集71巻4号,2018年)において以下のとおり慎重な判断をする例が多いとされている。
【画像が不鮮明なケースでは,それを鮮明化するなどした上で,人物異同識別のための画像鑑定が行われることが多い。その信用性(証明力)については,高いと評価された事例もあるが19),指紋鑑定などと異なり,現段階でその手法が確立しているとは言い難く,その判断には鑑定人の主観が大きな影響を与えることから,慎重な判断をする例が多い20)】(31頁)。

3 まとめ

3次元顔画像識別法による顔貌鑑定は,形態学的識別法と画像の重ね合わせの併用である。識別にあたっては,撮影角度の影響を分析した上で,統計データを参照して行われる必要がある。
そして,正確な手順に沿って顔貌鑑定がなされたとしても,顔画像が様々な条件により変化するものであること,鑑定人の主観的判断にならざるを得ないことから,その信用性は慎重に判断される必要がある。】