文献紹介 城祐一郎「賃金不払いをめぐる諸問題」(企業法務、刑事弁護)
2018年07月20日労働事件(企業法務)
警察公論2018年6月号「賃金不払いをめぐる諸問題」元最高検察庁検事 城祐一郎
賃金不払いによる刑罰の適用に当たっての捜査上の留意事項
「この種事件の捜査において,もっとも留意しておかなければならないのは,使用者である被疑者又はその経営にかかる財産状態の把握である。・・・賃金不払いはそれが労働基準法違反であれ,最低賃金法違反であれ,いずれも賃金支払い義務があることを認識し,その支払いが可能であるにもかかわらず支払いをしなかった場合に初めてそれら法規違反が成立する。会社の業績が悪く、給料の支払いをしたくてもできなかったような場合などにおいて、法が不可能を強制して刑罰をもって臨むということなどなし得ないことは当然だからである。それゆえ、従業員の給与の支払いすらしようとしない使用者であれば、会社の財産の隠匿を図ることも十分予想できることから、当該財産の隠匿のおそれには十分留意する必要がある。」
ということで、銀行からの現金引き出しの調査や、関係者の取調べ、捜索、架空債務を設定しての現金流出や架空出資などに注意することが記載されています。ちなみに、使用者概念は労基法10条によるので、実質的経営者であれば使用者として責任を問えることが記載されています。良く考えると、この条文は、ペーパーカンパニーを運営する実質的経営者に対して、賃金請求をする根拠に使えるのでは?とも思いました。
この支払い能力が問題になることは知らなかったのですが,菅野和夫『労働法第11版補正版』451頁では「(労基の監督について)使用者が真に支払い不能になったときは実効性を期待出来ない。そのような場合には、労基法違反の刑事責任を追及することも困難になる。」とあるのでこのことかもしれません。確かに故意犯なのでそうでしょう。これは、労基法の解釈の二元説(民事法上の解釈は柔軟に、刑事法上の解釈は厳格に)と親和的な話と思います。なお、厚労省のコンメンタールでは「構成要件等については、各本条参照」とあるだけです(『平成22年版労働基準法 下』1052頁)。