【告知】季刊刑事弁護121号に「警察の報道発表回避(実名報道回避)のための弁護活動」が掲載されます
2025年01月07日刑事弁護
季刊刑事弁護121号(2025/1/20発売)に、私が執筆した、警察の報道発表回避に関する論考が掲載されることになりました。
弁護士の皆様、刑事事件の被疑者・ご家族の皆様の参考になれば幸いです。 投稿論文 警察の報道発表回避(実名報道回避)のための弁護活動●鐘ケ江啓司
【参考文献】
鈴木邦芳「第十章警察広報のあり方」『実例に学ぶ 警察幹部の生き方-思い切り力を伸ばすために-』(啓正社,2002年12月)152-190頁
警察実務研究会「地域警察官のための失敗事例に学ぶ初動措置 第7回 マスコミ関係者に対する対応の失敗」(警察公論2011年8月号)60-64頁
大阪地判平24・4・11(警察公論2013年8月号付録『平成25年版警察実務重要裁判例』58-60頁)
KOSUZO「(警部)報道発表への適切な対応」『KOSUZO管理論文2016』(UM株式会社,2016年2月)115-118頁
KOSUZO「(警視)報道対応の在り方」『KOSUZO管理論文2016』(UM株式会社,2016年2月)157-159頁
重松弘教(警察庁長官官房総務課広報室長)「「広報」を広報する」(警察公論2016年9月号)4-9頁
Top「(警視)警察官が被疑者となる事案発生時の措置」Top2017年5月号付録『新・警察マネージメント2017』(教育システム,2017年4月)169-171頁
Top「(警視)報道対策の在り方」Top2017年5月号付録『新・警察マネージメント2017』(教育システム,2017年4月)172-174頁
Top「(警部)積極的な広報を展開するための具体的方策」Top2017年5月号付録『新・警察マネージメント2017』(教育システム,2017年4月)139-141頁
江口有隣(警察庁長官官房総務課広報室長)「広報対応は国民とのコミュニケーション」(Top2017年11月号)42-44頁
KOSUZO「(警視)報道対応の在り方」『KOSUZO管理論文2018』(UM株式会社,2018年2月)162-165頁
Top「当直責任者として、適正な報道対応について述べなさい。」(Top2019年2月号)113-116頁
Top「(警部)報道機関からの問い合わせに対する対応」Top2019年5月号付録『新・警察マネージメント2019』(教育システム,2019年4月)135-137頁
Top「(警視)少年の逮捕事案に関する広報の在り方」Top2019年5月号付録『新・警察マネージメント2019』(教育システム,2019年4月)169-172頁
KOSUZO「(警視)広報実施上の留意事項」『KOSUZO管理論文2018』(UM株式会社,2019年4月)147-149頁
福岡県警察本部「福岡県警察広報活動実施要綱の制定について(通達)」(福岡県警察本部,2020年12月18日)
福岡県警察本部広報課長「所属で実施する施策等に関する報道連絡票の発出要領について(通達)」(福岡県警察本部,2020年12月18日)
蔵原智行(警察庁長官官房総務課広報室長)「警察の広報対応」(Top2021年9月号)42-45頁
KOSUZO「(警視)警察広報の在り方と実施要領等」『KOSUZO管理論文&面接試験対策2022』(UM株式会社,2022年1月)158-161頁
KOSUZO「(警部)当直責任者としての報道対応の在り方」『KOSUZO管理論文&面接試験対策2022』(UM株式会社,2022年1月)123-125頁
Top「問10 連続わいせつ目的住居侵入事件の現行犯逮捕時における報道発表」Top2022年5月号付録『新・警察マネージメント2022』(教育システム,2022年4月)171-174頁
Top「報道対策」(Top AICHI 2022年8月号)30-32頁
Top「当直時の適正な報道対応」(Top2022年10月号)111-114頁
KOSUZO「(警視)報道機関を介する広報の在り方」『KOSUZO管理論文&面接試験対策2023』(UM株式会社,2023年1月)164-166頁
Top「(警部)積極的な広報を展開するための具体的方策」Top2023年5月号付録『新・警察マネージメント2023』(教育システム,2023年4月)138-140頁
Top「(警視)報道対策の在り方」Top2023年5月号付録『新・警察マネージメント2023』(教育システム,2023年4月)169-171頁
Top「当直責任者としての適切な報道連絡」(Top2023年12月号)113-116頁
警視庁総務部『令和6年5月8日 副署長・次長会議 広報課長指示事項』(警視庁,2024年5月)
https://www.fujisan.co.jp/product/1281687648/next/
以下では、本稿「警察の報道発表回避(実名報道回避)のための弁護活動」(弁護士・鐘ケ江啓司、2025/1/20公表)を概観し、その内容・方法・課題などを論評します。筆者が警察の内部文献・現場運用を丹念に調べ、刑事弁護の一環として「報道発表」を回避(あるいは少なくとも匿名化を働きかける)ための実践例を提示している点は、非常に興味深い試みといえます。以下に、本稿の概要と、それに対する評価・検討を示します。
1. 本稿の趣旨・概要
- 問題意識
- 刑事事件において、被疑者や家族は「報道されることで会社を失う」「ネットに情報が残り続ける」など、刑罰それ自体以上の不利益を被るケースが少なくありません。
- 特に、痴漢や盗撮・薬物事案などで「初犯」「比較的軽微な事案」として処分自体は軽く済む可能性がある場合でも、報道されることで社会的信用を大きく失う問題が深刻化している。
- 警察の報道発表(事件広報)について
- 報道発表の決定は全国一律ではなく、警察内部で「公益性」「プライバシー侵害」「捜査上の支障」などを総合的に判断し、個別事案ごとに決められている。
- 筆者は、警察庁・各都道府県警の内部向け文献や昇任試験対策雑誌等を収集し、「どのような基準で報道発表の可否・実名の有無などを判断しているか」について分析。
- その結果、「逮捕の場合は原則実名」「在宅事件は匿名も多い」「事件の社会的影響・捜査との関係などを踏まえ、報道範囲を細かく検討している」などの運用状況がある程度推察される。
- 報道発表回避のための弁護活動
- 第1に、「逮捕の回避」が重要。逮捕されると警察発表のリスクが飛躍的に高まり、実際に報道もなされやすい。
- 第2に、「発表をしない・実名は避ける」といった要望を、捜査機関に対して意見書・陳情書の形で提出する。
- 筆者は、プライバシー・名誉毀損の可能性や被疑者の社会的立場、被害者への配慮など多角的な観点を示し、警察に「報道発表によるメリットより不利益が大きい」ことを説得する弁護活動を行うとしている。
- 実務的有用性
- 著者自身、こういった意見書提出や警察への働きかけを行い、一定の確率で「報道発表回避」に至った事例があったと述べる。
- ただし、刑事訴訟法や捜査実務上の慣行を踏まえ、弁護戦略(黙秘や取調べ不応諾など)が逮捕リスクを高めることにも留意しなければならず、総合的な方針立案が必要だとする。
2. 評価と意義
(1) 新たな観点を示す実務的意義
本稿が扱う「報道発表回避」というテーマは、刑事弁護においても最近特に要望が高まっているにもかかわらず、体系的な手法・知見が共有されにくかった分野です。一般的に「警察発表=どうしようもない」と考えられがちななか、本稿は警察内部の資料や運用を調査し、「逮捕の有無」「公益性」「プライバシー侵害の危険」など具体的な判断要素を分析している点が非常に有用です。
- とりわけ、報道発表の可否に関する警察庁の方針や、都道府県警がどのように個別判断しているかを整理しようと試みた点は貴重な研究と言えます。
(2) 弁護活動の具体例提示
筆者の経験則として、「逮捕回避→警察への意見書提出→回避できた事例」が複数あるという事実は、刑事弁護の実務家にとって大きな示唆があります。報道発表はあくまで行政上の判断であり、捜査機関も「公益性・プライバシー・捜査上の支障」を天秤に掛けて最終的に決定している。
- その判断に対して弁護士が「事案の軽微さや被疑者の社会復帰への影響」を具体的に訴えかけることは、全く無駄ではない。
- むしろ、一定の根拠や警察の基準に沿った主張を行うことで、「必ずしも報道発表せずとも公益は満たされる」と判断してもらえる余地がある。
(3) 刑事政策・人権保障との関係
本稿は、警察による犯罪広報は「社会に対する注意喚起・再犯防止・安心感付与」などの公益的機能もある一方で、被疑者や家族のプライバシー、人権侵害という重大な不利益が生じ得ることを強調しています。近年のネット拡散・永続的なアーカイブ化という状況下では、刑罰以上の深刻なダメージをもたらすケースが少なくありません。
- こうしたバランスをどのように取るかは、警察内部でも一律基準がなく「個別判断」が基本。
- 弁護士が積極的に働きかけることで、より適正な判断を引き出す可能性を示唆する点は、本稿の社会的意義といえます。
3. 検討・課題
(1) 「報道発表」を巡る法的根拠の整理
本稿の最大の特徴は、警察実務の内在的基準(広報課の方針や昇任試験テキストなど)に着目していることですが、一方で、これらはあくまで警察内部の運用レベルのルールです。法的には「犯罪捜査規範25条(新聞発表等)」や判例上の名誉毀損・プライバシー侵害理論などの射程があり、「警察が報道発表することの根拠・限界はどこにあるのか」をもう少し掘り下げてもよかったかもしれません。
- とはいえ、筆者も警察による公表行為が名誉毀損・プライバシー侵害の不法行為となりうる可能性を指摘しており、「裁判上の争点になればどうなるか」を示唆しています。今後は、裁判例の蓄積などによるさらなる理論整理が期待されます。
(2) 法律的視点と捜査手続との兼ね合い
本稿では、黙秘権・弁護人立会などを弁護方針として強く主張した場合、逮捕リスクが上がり「かえって報道発表されやすい」という実務上のジレンマにも言及しています。
- ただし、これは憲法上保障された黙秘権を遠慮する実務があってよいのか、という反論も可能であり、本稿でも「極めて不当な判決事例がある」と触れている。
- こうした刑事手続全体の基本的人権の問題と、実務対応としての「逮捕回避戦略」をどこまで両立させるかは、今後さらに深い検討を要するテーマでしょう。
(3) どこまで汎用性があるか
筆者が示す「報道回避のための弁護活動」は、あくまで個別事案に左右され、確実性があるわけではありません。警察内部にも、たとえば重大・凶悪事件の場合は積極的発表が強く望まれますし、社会的耳目を集めると見込まれる事件(公務員や有名人の犯罪、再犯性が高い事案など)は発表不可避のケースが多いでしょう。
- 本稿は「軽微な事案(盗撮・薬物初犯など)で特に有用」と位置づけていますが、読者としてはどのようなケースで有効なのか・限界事例は何かを知りたいところです。
- しかし、筆者も「最終的には警察の判断」「弁護士の働きかけがどこまで影響するかは推測」と認めており、過度な期待は禁物としつつも「やってみる価値はある」という現実的姿勢をとっています。
4. 総合的評価
- 本稿の貢献
- 「報道発表回避」を軸にした弁護活動を、警察内部文献の収集や実践例を交えて整理している点は、刑事弁護実務の新しいアプローチと言える。
- 内部運用の多様性や個別判断の余地を可視化し、「被疑者の名誉やプライバシーを守るために弁護士ができることがある」という視点を提示している点は評価が高い。
- 今後の展開
- 今後、実務家が同様の活動を行い、統計的にどの程度「報道回避に成功したか」や、警察がどのような文言や根拠で回避を決定したかなど、さらなる事例集積が望まれる。
- また、「黙秘権などの行使」と「報道回避の両立」の問題や、「警察公表の法的根拠・人権保障とのバランス」などについても、より深い理論的検討が期待される。
総じて、本論文は実務家向けに“報道発表”というマスコミ報道に直結する手続に関心を喚起し、その回避・抑制のための具体的な手段を示している点で大変興味深い内容です。警察組織の内部基準の一端を示しつつ、刑事弁護人が依頼者の意向を叶えるために果たし得る役割を具体的に紹介した意義は大きいでしょう。他方、回避の可能性や限界をどこまで検討するか、刑事手続上の人権保障との衝突をどう調整するかなど、発展可能な論点も多く残っています。そうした意味で本稿は、新たな弁護活動領域を深める上で一読の価値がある論考と言えます。