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薬院法律事務所

刑事弁護

不同意性交・不同意わいせつ罪の「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」とはどういったものか


2024年08月15日読書メモ

令和5年刑法改正により、強制わいせつは「不同意わいせつ」と名称が変更され、条文が次のとおり改正されました。

(不同意わいせつ)

第176条
次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。

 

この「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」について、色々と文献を読んでも判断が難しく、おそらく警察の現場でも混乱が生じているのではないかと思っています。そこで、本記事を作成しました。

 

まず、立案担当者らによる解説では、次のとおり説明されています。

 

①浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)1頁~

8頁
【(3) 「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の意義
「同意しない意思を形成し、表明し店しくは全うすることが困難な状態」のうち、
〇 「同意しない意思を形成……することが困難な状態」とは、わいせつな行為をするかどうかの判断・選択をする契機や能力が不足し、わいせつな行為をしない、したくないという発想をすること自体が困難(注 8)な状態を
〇 「同意しない意思を……表明……することが困難な状態」とは、わいせつな行為をしない、したくないという意思を形成すること自体は(注 9)できたものの、それを外部に表すことが困難な状態を
O 「同意しない意思を……全うすることが困難な状態」とは、わいせつな行為をしない、したくないという意思を形成したものの、あるいは、その意思を表明したものの、その意思のとおりになるのが困難な(注10)状態を
それぞれ意味するものである。
いずれの場合についても、「著しく困難」である必要はなく、「困難」の程度は問わない。】

 

では、わりと緩く「困難」を捉えているように思えます。

 

②城祐一郎「性犯罪規定の大転換~令和5年における刑法および刑事訴訟法の改正の解説~(前)」捜査研究2023年9月号(876号)2頁~

12頁

【カ このように、意思を形成、表明、全うする段階ごとに「困難さが生じたかを問題にすること、これによって、被害者の明示的な拒絶や抵抗が認定できない場合であっても、意思に反する性行為であれば処罰できることが明確にされています。」37) と説明されている。したがって、「被害者側に、抵抗する義務はもとより、拒絶する義務を課すことにはならないのは、当然の理論的な帰結」38)ということになる。したがって、ここでいう「困難」という文言の解釈においても、「それをすることが難しいことを意味しているものとして用いています。したがって、『困難』について、その程度を問うような」ものではなく、「同意しない意思を全うすることが難しいかどうかを原因行為・事由と合わせて考えていくということになる」39) ものである。

9) 第13回議事録5~6頁(浅沼幹事発言)】

 

を見ると、浅沼雄介検事の趣旨としてはそのとおりのようです。

 

一方、

③樋口亮介「不同意性交等・わいせつ罪-新176・177条1項の解釈・運用」法律時報2023年10月号(1195号)70頁~

70頁

【176条・177条1項は列挙事由と困難性要件の双方を要件とする。列挙事由は異なる局面を捕捉しており、困難性要件の当てはめも列挙事由ごとに相違する。】

 

と解説されているところです。

 

④橋爪隆「性犯罪に対する処罰規定の改正等について(1)」警察学論集77巻8号1頁~

4号については
13頁で
【4号の類型として、自由な意思決定が困難な状態に陥っていたといえるか否かによって、処罰の可否を決する必要がある】
6号については
14頁で
【すなわち被害者が予想外の事態に直面したことから、自由な意思決定の余地を失った状態を捕捉しようとするものである。】
8号については
19頁で
【一定の不利益を憂慮していても、それが被害者の自由な意思決定の可能性を失わせる程度のものでなければ、「困難な状態」に陥っていたとはいえず、本罪の成立は認められない】
21頁で
【また、不利益の憂慮の類型(8号)については、既に述べたように、被害者なりに性的行為に応じることの利害得失を判断した上で性的行為に応じたと評価できるか、それとも、客観的にはともかく、被害者の主観面においては性的行為に応ずることが唯一の選択であったといえるかが、「困難な状態」の判断において決定的に重要であろう。】

といったところで、「自由な意思決定の余地を失った状態」というある程度の高いレベルを求めているように読めます。

 

 

私は、橋爪隆教授の解釈が正当だろうと考えています。

 

「困難の程度は問わない」という立案担当者らの解説を字義とおり捉えると、「嫌というのは気が引けたから(難しかったから)嫌といわなかった」というレベルでも「困難」と判断されることがありえ、不同意わいせつ・不同意性交罪が客観的には成立することになります。後は、故意の問題となりますが…おそらく、行為者が客観的な事情を把握していれば足りるということになるので(発達障害等で「拒絶の態度」が理解できなかったという場合などが故意がないとされる?)、後から、第三者目線で見たら嫌がっていたでしょう、という内容でも不同意わいせつ・不同意性交等罪が成立するという帰結になりえると思うからです。仮に、このレベルで不同意わいせつ・不同意性交の成立を認めるとすれば、交際している男女、あるいは結婚している男女の双方が「不同意性交・不同意わいせつの加害者でもあり、被害者でもある。」といったことになりかねません。交際期間中、常に交際相手の片方のみが「優位」にあるとは限りません。処罰範囲を拡張したものではないという法務省の公式説明もあることです、「困難な状態」については「自由な意思決定の可能性を失わせる程度」のものであることを要件にすべきと考えます。