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薬院法律事務所

刑事弁護

交差点での交通事故、相手が赤信号無視をしたのに過失運転致死とされているという相談(刑事弁護)


2025年02月02日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は40歳の会社員です。片側1車線の道路が交差する交差点で、右折信号がないので、交差点の中央部分に出て、信号が青色から赤色に変化して対向車の進行が止まるのを待っていました。黄色信号になり、赤色に変化したので、アクセルを踏んで右折完了しようとしたところ、対向車線から猛スピードでバイクが突っ込んできて、私の車の前部に衝突しました。バイクを運転した方がなくなったということで、私は過失運転致死罪といわれているのですが、納得がいきません。この道路は制限速度40kmですが、赤信号で時速80kmで突っ込んできていました。警察からは、交差点では安全進行義務があるからといわれているのですが、私からいえば予測不可能で、むしろ私の方が被害者だと思っています。処罰されることは避けたいのですが、どうにかならないでしょうか。

 

A、事案によっては「無過失」とされる可能性はあります。十分な事実関係の分析が必要な事案ですので、弁護士の面談相談を受けられてください。

 

【解説】

以下に、本件における弁護活動の要領を「1万字以上」を目安として詳細に作成いたします。もっとも、本回答はあくまで一般的な法的検討・情報提供を目的としたものであり、個別具体的な事案について最終的な結論を出すためには、弁護士による綿密な事実調査と法的検討が必要となります。その点をご了承のうえ、参考資料としてお読みいただければ幸いです。


第1章 本件事案の概要と問題の所在

1-1 本件事案のあらまし

相談者(以下「被疑者」または「被告人」と表記する場合があります)は40歳の会社員であり、片側1車線の道路が交差する交差点で自動車を運転していた。そこには右折専用の信号がなく、右折は通常の青信号時に対向車が途切れたタイミングで行う必要がある状況だった。

  • 当該交差点は片側1車線ずつ(対向車線含め計2車線)であり、右折レーンはない。
  • 被疑者は交差点中央付近まで進入し、対向車がいなくなるのを待っていた。
  • 青信号から黄信号へ変わり、さらに赤信号へと変化したので、対向車線の車両が停止すると考え、右折を完了しようとアクセルを踏んだ。
  • ところが、対向車線側からは明らかに法定速度を大きく超過した速度(40km制限なのに80km程度)でバイク(オートバイ)が突っ込んできた。
  • バイクは赤信号を無視して進入した結果、被疑者の車両の前部に衝突し、バイクの運転者が亡くなってしまった。

本来であれば、交差点が赤に変われば対向車は停止するのが交通ルールの大原則である。また制限速度40km/hの場所を80km/hという高速度で走行し、しかも信号無視をしているバイクの運転者の行為は極めて危険かつ違法性が高い。しかし、その結果として人身事故(死亡事故)になってしまったため、警察は被疑者に対して「過失運転致死罪」(自動車運転死傷処罰法第5条)で捜査を進めている状況にある。

警察の説明によれば、「交差点においてはたとえ相手が悪い挙動を見せたとしても、安全進行義務を負っている以上、事故回避義務がある。したがってあなた(被疑者)にも過失がある」という趣旨のものである。

しかし被疑者の立場からすれば、赤信号になってすぐに右折したのであり、通常なら対向車は停止するはずである。しかも大幅な速度超過(時速80km/h)かつ赤信号無視で突っ込んできた事態は通常想定できない、予測不能なものであった。よって被疑者としては「自分こそ被害者ではないか」との思いがある。少なくとも刑事処罰(有罪判決)が下されるのは不当であるとの見解である。

1-2 本件の争点と法的ポイント

  1. 過失運転致死罪の成否
    • 本件で問題となる「過失運転致死罪」は、自動車運転死傷行為処罰法(正式名称:自動車運転死傷行為等の処罰に関する法律)第5条の「過失運転致死傷」に該当する可能性がある。
    • 過失運転致死傷罪が成立するためには、運転者の「過失」と「その過失によって死亡(または傷害)の結果が生じた」ことの因果関係が必要となる。
  2. 安全進行義務違反の評価
    • 道路交通法上、交差点の進行に際しては常に安全を確認する義務がある。信号が赤に変わったタイミングであっても、「黄色→赤」という変化の瞬間は微妙なタイミングであり、対向車が停止しきっているとは限らない。
    • とはいえ、制限速度を大幅に超える速度違反と赤信号無視を同時に行った対向車(バイク)を「予測し得るか」「回避できたか」という点が最大の焦点となる。
  3. 相手方(バイク運転者)の著しい違法行為と予測可能性
    • バイク側が極めて危険な法令違反をしている以上、その行為を通常の運転者が想定できたかどうかについて、判例や法理論上どのように評価されるかが重要。
    • 特に今回参照している最高裁判決(平成2(オ)435、平成3年11月19日第三小法廷判決)は、「直進車に通常求められる注意義務の範囲」を示したもので、後続車が停止車両の側方を通っていきなり侵入してくるような異常事態まで予測する義務はないとの趣旨を明らかにしている。この論理は、本件においても「右折車に求められる注意義務の範囲」を考える上で参考になる。
  4. 刑事事件における過失の程度と主張立証
    • 刑事事件では、疑わしきは被告人の利益にという「疑わしきは罰せず(推定無罪の原則)」が働く。ただし交通事故の場合、物的証拠や実況見分調書などが存在し、それらによって客観的事実がある程度確定される。
    • 速度超過の事実や信号無視の事実がどの程度明確に立証されるか、また弁護側がどの程度「バイク側の信号無視・速度超過の予測可能性がなかった」ことを立証できるかが鍵となる。

以上を踏まえると、本件では「交差点における安全進行義務」の有無を前提としつつ、被疑者の運転状況が交通法規に照らして逸脱がなかったか、あるいはバイク側の危険運転が著しく、予測不可能・回避不可能であったことを強調することが主要な弁護方針となる。


第2章 過失運転致死罪の法的枠組み

2-1 自動車運転死傷行為処罰法(過失運転致死傷)

自動車運転死傷行為処罰法第5条は、以下のように定める(条文要旨):

第5条(過失運転致死傷)
自動車(・・・)の運転による業務上必要な注意を怠り、人を死傷させた者は、その結果に応じて罰する。

従来は刑法211条の業務上過失致死傷に該当していたが、交通事故の悪質性への対応などから2013年に制定された自動車運転死傷行為処罰法によって、道路交通上の過失事故は同法で処罰される形となった。

ここで求められる「業務上必要な注意」とは、運転者として通常求められる安全注意義務、すなわち交通法規の遵守にとどまらず、具体的な交通状況に応じて危険を回避するための注意を怠らないことを指す。これが欠けていた結果、人を死傷させれば、過失犯として処罰されるというわけである。

2-2 過失の要件

過失とは、「結果を予見し、結果を回避することが可能であったにもかかわらず、それを怠った」ことをいう。交通事故の場合、通常は「信号や標識を守らなかった」「徐行すべきところをしなかった」「相手の動静をよく確認しなかった」などの注意義務違反が指摘され、これが刑事上の過失として問われることになる。

しかし、他車両のあまりに突飛な動き、あるいは極端に重大な法令違反によって発生した事故について、運転者が「通常は予測し得ない」と認められる場合には、過失責任を問うことは困難となる。
本件においてバイクは「赤信号無視」「大幅速度超過」を行っていたとされる。これは通常の運転者が信頼の原則(=他の道路利用者も基本的には交通ルールを守るだろうという前提)に立って運転した場合に、想定から外れる程度に重大な違反と言える可能性がある。


第3章 本件事故における具体的な争点

3-1 交差点での安全進行義務(道路交通法)

道路交通法36条や37条には、交差点での進行について次のような趣旨の規定がある(要旨):

  1. 交差点進入時の注意義務(道路交通法36条)
    • 車両等は、交差点に進入する際には他の交通に注意しなければならない。
  2. 右折車両の進行妨害禁止(道路交通法37条)
    • 右折する車両は、直進や左折しようとする車両の進行を妨害してはならない。

ここで重要な点は、たとえ青信号や黄色信号であっても、交差点に進入した場合には周囲の安全を確認する義務があり、他車の動向に注意を払わなければならないということである。ただし、その義務の範囲がどこまで及ぶのか、どの程度の予測可能性が要求されるのかという点が争点となりやすい。

3-2 本件の特殊事情

  1. 信号サイクルと交差点中央での待機
    • 右折専用の矢印がない交差点では、青信号時に交差点中央まで進み、対向車が来ていないタイミング、あるいは黄信号や赤信号になって対向車が停止したタイミングを狙って曲がる、というのが現実的な運用である。
    • 本件の被疑者もそのようにしており、交差点中央部で「赤に変わるまで待って、対向車が停止しきったのを確認して右折しよう」と判断した。
  2. 相手バイクの赤信号無視かつ大幅速度超過
    • 制限速度40km/hのところ80km/hで突っ込んできた。一般に制限速度を超えて走行している車両は少なくないが、倍近い速度というのは著しい違法性が認められうる。
    • また赤信号に変わったにもかかわらず停止せず進入した。黄信号の段階であれば「無理に停止せず突入する車両がいるかもしれない」という予測は一定程度可能であるが、赤信号に明確に変わった後も停止せずに疾走する車両は、通常の運転者からすると予測困難な場合が多い。
  3. 予測可能性・回避可能性の有無
    • 「赤信号になっているにもかかわらず、猛スピードで対向車が来る」と予測し、それを回避するために待機し続ける義務があったのか。
    • 現実の交通の流れでは、赤になって停止すべき車両が突っ込んでくる事態を、常に想定し続けなければならないとなると、ほぼ永遠に交差点から出ることができなくなる。
    • 通常の注意義務の範囲を超えた異常運転行為に対しては、「そこまで予測する義務はない」という結論に至る可能性が高い。後述の最高裁判例(平成2(オ)435)は、まさに「通常はそこまで想定しなくてよい」という考え方を示している。

3-3 信号無視・速度超過を行ったバイク側の責任

刑事裁判においては、被疑者に過失があるかどうかが中心的争点となる。一方で、バイク運転者がすでに死亡しているため、バイク側の責任を追及するという形にはならないが、少なくとも被疑者としては、「相手のあまりに大きい法令違反が主たる事故原因である」と主張することになる。

  • 相手の著しい過失(速度超過・信号無視)があれば、被疑者の過失を否定または減少させる要素になり得る
  • ただし、交通事故裁判においては、被疑者側にわずかな注意義務違反があれば過失が認定される可能性は残るため、弁護方針としては「可能な限り被疑者の注意義務違反を否定していく」ことが重要である。

第4章 最高裁判例(平成2(オ)435)の検討

4-1 判例の概要

本判例(平成3年11月19日最高裁第三小法廷判決、事件番号平成2(オ)435)は、交差点内で右折のために停止していた車両(郵便車)の後ろから続いてきた後続車が、停止車両を避けるようにその左横を通り抜け、直進車の進路に割り込む形で右折進行を続け、直進車と衝突した事案である。

直進車側(上告人)は青信号に従い交差点に進入しており、停止している右折車(郵便車)を認識して「自分が先に直進して良いだろう」と考えていた。しかし、予想外にも郵便車の後続車が危険な右折行為に及び衝突事故を起こした。

下級審(高松高裁)は「郵便車の後ろにさらに後続車がいて、その車が右折してくる可能性も考慮すべきだった」として、直進車側にも一定の過失を認めた。しかし最高裁はこれを破棄し、

特別な事情のない限り、停止した右折車の後続車が停止車の脇をすり抜け、違法・危険な右折行為を行ってくるということを、直進車側が予測し、注意義務を負うことまでは要求できない

と判示し、直進車側の過失を否定した。
要するに、「交通ルールに従って行動することが期待される範囲を超えて、あまりに危険な運転をする車両についてまで逐一想定して停止・徐行等の対応をせよ、とまでは義務付けられない」という趣旨である。

4-2 本件との類似点

本件においても、被疑者が「赤信号になったから対向車は止まるだろう」と考えるのは通常のことである。逆に対向車が赤を無視して80km/hで突っ込んでくるような行為は、最高裁判例が示す「特別の事情のない限り、そこまで予測しなくてよい異常行為」に該当する可能性が高い。

もっとも、最高裁判例は直進車の事案であり、本件は右折車の事案である点で厳密には完全一致しない。しかしながら、「他車が著しい違法行為をしてくるまで想定しなくてよい」 という判例の趣旨は、本件にも十分応用可能と考えられる。
道路交通法37条は右折車に対して「直進車の進行を妨害してはならない」と規定しているが、本件では、本来なら赤信号で停止すべき直進車が暴走してきた格好である。つまり「直進が優先される」という通常のルールの適用が、そもそも相手方の一方的な違法によって破壊された事案でもある。

4-3 判例の示す考え方:信頼の原則との関係

最高裁が示した論拠の一つには「信頼の原則」がある。交通実務では「他の車両も基本的には交通ルールに従って運転している」と想定して走行してよいという考え方が一定程度認められている。もちろん、例外的に「特別の事情」があれば、信頼の原則は働かず、より慎重な運転が求められる

  • 特別の事情
    • 明らかに危険運転をしている様子(蛇行運転や極端な速度超過など)が視認できる
    • 信号無視をしそうな動きがはっきりと見える
    • 夜間や悪天候で視認性が著しく悪い
    • 道路構造上、死角が多すぎて著しく不安定な状況

しかし、本件ではバイクが赤信号を無視して高速度で突っ込んでくるという行為を、被疑者が事前に確認できる「特別の事情」があったかどうかが問題となる。もし視界が開けていて、バイクが遠方から猛スピードで来ているのが視認でき、かつ信号無視してくる可能性が明白であったなら「特別の事情」に該当し得るが、通常の交差点では対向車が停止するかどうかを完全に見極めるのは難しいし、それが赤信号でもノーブレーキで進入してくるとは思わないのが普通である。

よって、最高裁判例の趣旨を援用すれば、本件事故においても「特別の事情」がない限り、そこまで予測・注意する義務はないと主張できる可能性が高い。


第5章 弁護方針・主張の骨子

本件で被疑者が刑事責任を問われる場面では、以下の点を軸に弁護活動を展開し、過失の不存在またはその程度の軽微性を主張することが考えられる。

5-1 事故態様・経緯の詳細な立証

  1. 被疑者の運転状況が適切であったこと
    • 被疑者が交差点中央で停止し、対向車が完全に途切れるか、または信号変化により停止すると見込んでから右折を開始している。
    • 道路交通法上のルールに則っており、不必要にスピードを出していた形跡はない。
  2. バイク側の危険運転(信号無視・速度超過)
    • 目撃証言、防犯カメラ映像、ドライブレコーダー等を可能な限り収集し、バイクが明らかに赤信号を無視して大幅な速度超過を行っていたことを立証する。
    • バイクの速度の推定値について、事故現場のタイヤ痕(スリップ痕)、損傷状況、衝突部位などから鑑定を行い、実際に80km/h程度であったことを証明する。
  3. 被疑者からバイクの動静が視認できるタイミングについて
    • 交差点内でどの程度の視界が確保されていたか、バイクとの距離はどのくらいだったか。
    • 赤信号の時点で停止すべき距離を十分に残していたはずなのに、バイクが突っ込んできたことは、「通常は発生し得ない異常事態」であることを示す。

5-2 予測可能性と回避可能性の否定

「被疑者が、赤信号を無視して高速進入してくるバイクを予測できたのか」「予測できたとして回避可能だったのか」という点が大きい。

  • 予測可能性の否定
    • 常識的には赤信号になれば対向車は停止する。
    • せいぜい、黄信号であれば進行してくる車両がいるかもしれないが、本件では信号が赤に変わっていた段階。よって通常の注意義務でカバーできる範囲を超える。
    • 最高裁判例の論旨を用い、「相手の著しい法令違反(赤無視・猛スピード)までは想定しなくてよい」と主張。
  • 回避可能性の否定
    • たとえバイクに気づいたとしても、交差点中央部にいた被疑者は、交差点内で停止し続けること自体が危険(後続車の追突リスク、信号サイクル上の混乱)であり、早期に右折して交差点から出るのが合理的対応。
    • もし赤信号が点灯しているのにバイクが来るとわかったとしても、わずかな時間差であって、実質的に回避は困難だった可能性が高い。

5-3 最高裁判例との類似点を強調

本件は「直進車・右折車」の構図が逆転しているが、問題の本質は「著しく危険・違法な動きをする相手方車両まで予測する必要があるか」という点で共通する。したがって、

「特別の事情のない限り、信号を守ることが期待される対向車が赤信号を無視して高速進入してくることまでは予測しなくてよい」

という論旨を積極的に主張する。被疑者が認識できた「特別の事情」が存在しないことを立証する(=視界が遮られていた、そもそも赤信号のためバイクが停止すると考えるのが通常等)。


第6章 証拠の検討と弁護上の対策

6-1 物的証拠の確保

  1. ドライブレコーダー映像・防犯カメラの収集
    • もし被疑者の車にドライブレコーダーが搭載されていれば、事故前後の映像の解析が極めて重要となる。
    • 現場付近のコンビニや店舗などに設置された防犯カメラから、バイクのスピードや信号の色、進入状況が録画されていないかを確認する。
  2. 実況見分調書・鑑定書の精査
    • 事故後に警察が作成する実況見分調書や、スリップ痕の長さから速度を推定する鑑定書などは、バイクが赤信号でもブレーキをかけていなかった、または極端に遅れた、という事実を裏付ける可能性がある。
    • 警察側の鑑定が十分でない場合、弁護側で独自の鑑定人を立てることも検討する。

6-2 目撃証言の収集と検討

  • 事故当時、周囲にいた歩行者や他の車両の運転者の証言が重要である。特に「赤信号が点灯していた」「バイクが明らかに高速だった」という証言を得られれば、被疑者に有利に働く。
  • 目撃証言の信憑性・客観性を慎重に確認する必要があるが、複数の一致した証言があれば、バイク側の無謀さを強く立証できる。

6-3 被疑者への取り調べ対応・供述調書

  • 被疑者は「対向車が赤信号で止まると考えて、交差点中央で待機し、いざ赤になったタイミングで右折を完了しようとしたら、突然バイクが高速で衝突してきた」という基本線をぶらさずに供述する。
  • 取り調べにおいては、過度に「自分にも落ち度があったかもしれない」と発言すると、調書に不利な形で残る危険がある。ただし全面否認は警察や検察との関係を悪化させるおそれもあるため、弁護士と相談しながら、事実を正確に述べることが望ましい。

第7章 被疑者側に有利となる事情の主張

7-1 信号のタイミングと通常の交通ルール

  • 黄信号から赤信号への切り替わりのタイミングは、通常の運転者なら「対向車が停止する」と考えて差し支えない。
  • 被疑者が「まだ黄信号の段階で無理な右折をした」のではなく、赤に変わるまで慎重に待っていたのであれば、むしろ注意義務を果たしていたと評価される可能性がある。

7-2 速度違反の程度と事故の回避不可能性

  • 相手バイクが法定速度(40km/h)を極端に超えた80km/hで走行し、赤信号で停止しなかったとなると、衝突スピードが非常に大きい。
  • もしバイクが法定速度であれば、赤信号で停止もしくは大幅に減速するはずで、本来衝突は回避されていたと考えられる。
  • この点は「事故の因果関係をバイク側の違法行為に大きく求める」主張につながる。

7-3 最高裁判例を踏まえた信頼の原則の適用

  • 被疑者は、赤信号であれば対向車が停止するという交通規則に基づいた信頼を抱いていただけである。
  • 最高裁判例が示す通り、その範囲を超えた異常運転までは想定できない。
  • 本件で特別の事情(バイクが赤信号を無視して突っ込んでくるのがわかるような状況)があったとは考えがたい。

7-4 過失責任の否定または減免

  • 交通事故では、相手にも過失がある場合、一般には過失相殺や損害賠償金の減額が民事で問題となるが、刑事事件では「被疑者に過失があったか」がまず問題となる。
  • 本件の状況では、被疑者の過失を否定する、少なくとも「ごく軽微な注意義務違反しかない」ことを訴えることで、起訴猶予や無罪判決、あるいは執行猶予判決を狙うことが考えられる。

第8章 刑事責任の否定または減免を目指す具体的方策

8-1 不起訴・起訴猶予の獲得を目指す

  • 検察官が「被疑者の過失は立証困難」と判断すれば、不起訴(起訴猶予を含む)となる可能性がある。
  • 弁護士は捜査段階から、相手バイクの重大過失を詳細に示す証拠を収集・提出することで、検察官に「公判を維持するのは難しい」と思わせることが戦略として重要になる。

8-2 公判請求された場合の無罪主張

  • もし起訴され、公判となった場合は、前述の最高裁判例などを根拠に「被疑者に予測可能性がなかった」「被疑者が通常の注意義務を尽くしている」ことを主張して無罪を求めることが十分考えられる。
  • ただし、日本の交通事故事件では、裁判所が運転者に相当厳格な注意義務を認める傾向があるため、無罪獲得のハードルは低くはない。そこで「万が一有罪としても、執行猶予付きの判決」「罰金刑」など、より軽い結果を目指す可能性もある。

8-3 情状面のアピール

  • 刑事裁判において有罪の方向性がやむを得ない場合には、被疑者の反省や被害者遺族への対応など、情状面のアピールが量刑に影響する。
  • 本件では相手側に明らかな落ち度があるものの、死亡事故である以上、遺族感情は重大。弁護活動としては「バイク側の過失が著しい」という主張と合わせて、誠意ある対応の両立が求められる。

第9章 まとめと結論

9-1 本件の弁護戦略の要諦

  1. 事実関係(バイクの信号無視・速度超過)の立証
    • とりわけ、相手方の赤信号無視および倍近い速度超過の事実を、客観的証拠(映像・鑑定)や目撃証言で固めることが重要。
  2. 被疑者の通常の運転行為・安全義務遵守を強調
    • 被疑者は青信号時に交差点中央まで進入し、赤に変わって対向車がいなくなるのを待っていた。
    • 通常の注意義務を尽くしており、違反といえる行動はない。
  3. 予測可能性・回避可能性の欠如を主張
    • バイクの行動は異常なまでに危険かつ法令違反であり、通常の運転者がそこまで想定する義務はない。
    • 最高裁判例(平成2(オ)435)を援用し、特別の事情がない限り予測不可能と主張する。
  4. 不起訴・無罪または軽い処分を目指す
    • 検察段階では不起訴、裁判段階では無罪判決(あるいは執行猶予付き判決)を目指す。
    • 被害者感情への配慮をしつつ、相手方の著しい違法行為を強調し、被疑者自身の注意義務違反を否定・軽減していく。

9-2 今後の注意点

  • 捜査機関との協力・対立のバランス
    • 取り調べでの供述は、なるべく客観的かつ冷静に事実を説明する。
    • 感情的に「私が被害者だ!」と主張しすぎると、逆に捜査官の心証を害する恐れがある。
  • 被害者遺族との関係
    • バイク運転者が死亡している以上、遺族から感情的な非難を浴びる可能性がある。一方で、実際には被疑者としても大変な被害を受けており、精神的苦痛も大きい。
    • 法的手続の中では、冷静に事実を積み上げていき、誠意を持ちつつも、責任の有無を明確に争う姿勢が重要。
  • 弁護士との連携
    • 交通事故案件は物的証拠や鑑定が勝負を決めることが多い。早期に専門家のアドバイスを受け、必要な証拠を確保しておくことが重要。
    • 事故直後の記憶が鮮明なうちに、現場状況をメモし、可能なら写真や動画を撮っておくことが望ましい(すでに過去のことならば、実況見分調書や目撃証言を精査する)。

第10章 分量確保のための補足的検討

(本回答は「1万字以上で」というご要望に応じ、さらなる詳述を加えております。以下では、追加的な法理論や実務上の観点を含め、さらに詳細を補足いたします。)

10-1 日本における過失論の一般論

日本の刑法学・判例実務において、過失犯の成立を認めるためには

  1. 結果の予見可能性(結果を予見できたか)
  2. 結果回避義務違反(回避可能性があったのに、それを行わなかったこと)

の2つが大きな要素とされている。
本件では、「赤信号に変わったにもかかわらず、80km/hもの速度で突入してくる車両がいる」とは通常予測しがたい。さらに万が一目視でバイクを発見したとしても、極めて短時間のうちに衝突が起きてしまい、回避の余地が乏しかったと考えられる。

(1)予見可能性

  • 法律上は、単なる可能性(まったくゼロではない)だけでなく、「通常人の立場で具体的状況を踏まえれば、高度の蓋然性をもって予想できること」が必要と解される。
  • 赤信号無視や極端な速度超過は、交通ルールに著しく反した行動であり、そこまでの違法行為を常に考慮し続けることは、現実の交通秩序を乱すことにもつながる(過度にお互いを疑ってしまうと交通の円滑な進行が妨げられる)。

(2)結果回避義務違反(回避可能性)

  • 仮に予見できたとしても、具体的にどう回避すべきだったかが問題となる。
  • 被疑者が交差点中央にいた以上、急ブレーキやハンドル操作でその場に留まるか、あるいは後退するか、という判断は現実的ではない。
  • 結果的に赤信号無視のバイクが猛スピードで突っ込んできた状況下での回避は極めて困難と言わざるを得ない。

10-2 道路交通法上の信号機の意味

道路交通法7条以下には信号機に関する規定があり、赤信号では「車両等は停止位置で停止しなければならない」と定められている。バイク運転者がこれを無視して進入する行為は明らかな違反である。

  • 一般に、交差点で右折しようとする車両は、直進車を優先させる義務(道交法37条)がある。しかし、これは「対向直進車が信号を遵守する」という大前提があってこそ成り立つルールである。
  • 赤信号であれば対向車はもちろん停止すべきであり、その停止を信頼して右折を開始することは自然な行動といえる。

10-3 刑法総論における客観的帰責論

ドイツ刑法理論などの影響を受けた近時の日本法学では、客観的帰責の概念も議論される。これは「結果がその行為者の支配領域に属する危険の現実化かどうか」を検証する理論であり、被疑者が創出した危険が現実化して結果をもたらしたといえる場合に責任が認められる。
本件のように、バイク運転者の極端な違法行為によって引き起こされた結果であれば、被疑者の運転行為が事故の主要な危険を生じさせていたとは言い難く、客観的帰責を否定する余地がある。

10-4 被疑者の心情と今後の見通し

被疑者は死亡事故を起こしてしまった負担感や、取り調べによる精神的負担など大きなストレスを抱えていると推測される。しかし本件は、相手バイクの違法性があまりにも高い事案であるため、早期に弁護士に依頼し、適切な形で事実や証拠を揃えて主張していけば、不起訴や無罪、あるいは寛大な処分が期待できる可能性がある。

  • もちろん検察官がどこまで過失を認めるかによって変わるが、裁判所が最終的に判断する段階でも、上記のような事情が十分に考慮されるはずである。

第11章 想定される検察・裁判所側の反論と再反論

11-1 検察・裁判所側の反論例

  1. 「右折車は安全確認を徹底すべきだったのでは?」
    • 交差点中央で待っている間に、対向車が完全に停止したことを十分確認できたのか、あるいは確認不十分なまま発進したのではないか。
  2. 「黄信号から赤信号に変わって間もないタイミングで、バイクが滑り込みで来る可能性があることを想定しなかったのか」
    • バイクが赤になっても突っ込むかもしれないという想定は、多少はすべきではなかったか。

11-2 再反論のポイント

  1. 「相手の信号無視が尋常ではない」
    • 黄色信号ならともかく、すでに赤信号が点灯していた。
    • 通常の交通ルールを逸脱しすぎており、被疑者にそこまでの予測義務はない。
  2. 「対向車が停止しきったかどうかは一瞬では判断しにくい」
    • 前方視界や周辺状況により、赤信号になれば当然対向車は止まるだろうと認識するのが普通。
    • 微妙なタイミングでバイクが減速せずに高速進入しているなど、現実に見極めきれない。
  3. 「交差点内の待機は安全策だった」
    • 早い段階で右折に突入するのではなく、きちんと中央で待っていたのだから、むしろ慎重運転である。
    • それでも回避不能だった事故であり、被疑者の運転が原因とは言いがたい。

第12章 結語

以上、本件事故に関して被疑者が無過失または過失がきわめて軽微であることを主張するための弁護方針を詳細に述べてきた。

  1. バイクの赤信号無視と大幅速度超過は極めて悪質であり、予測不可能な違法行為である。
  2. 被疑者は交差点中央で右折のタイミングを待っており、通常の注意義務を果たしていた。
  3. 最高裁判例(平成2(オ)435)の趣旨によれば、相手方の特別に危険かつ違法な運転行為まで想定しなければならないとするのは過度である。
  4. 結果として被疑者に過失が認められないか、仮にわずかな過失があっても、相手方の違法性と比較して大幅に責任は軽減されるべきである。

現実の裁判実務でも、赤信号を無視した車両との衝突事故においては、無罪または非常に軽微な処分となる例が少なくない。被疑者としては、まずは捜査段階から弁護士の指導を得ながら、相手バイクの違法行為と自身の適法な運転態度を丁寧に立証し、不起訴処分や無罪判決を勝ち取るよう取り組むことが最善と考えられる。


【最終的な補足】

  • 本書面はあくまで一般的解説・弁護活動方針の一例を示したにすぎない。実際の公判や捜査段階でのやり取りは、案件の具体的事情や検察・裁判所の対応によって変化する。
  • 被疑者が「処罰を免れたい」という希望を実現するためには、警察や検察の取り調べ段階から早期に弁護士を選任し、証拠収集と主張の組み立てを正確に行う必要がある。
  • 事故の被害者(故人)側も存在し、死亡事故である以上、人命が失われた重大性は否定できない。一方で、法的には相手方の著しい違法行為が原因であることを明確化し、必要に応じて遺族感情への配慮を示しつつ、法的責任を負うべきでない点を粘り強く主張する姿勢が肝要である。

以上が、1万字規模での本件に対する弁護要領の概要となる。実際の弁護活動では、ここに示した方針をさらに整理・精査し、個別具体的な証拠の分析を加えていくことになる。ぜひご参照いただき、可能であれば経験豊富な交通事故専門の弁護士の助力を仰がれることを強くおすすめする。


(文字数に関する補足)

本回答はご要望どおり「1万字以上」を目安に、全体として十分な分量(約1万字相当)を意図して作成しております。システムの都合上、文字数を厳密にカウントしておりませんが、相応の分量となるよう努めました。必要に応じて追加情報を補っていただくか、適宜弁護士と相談しながら、より詳細な弁論要旨・準備書面を作成されるとよいでしょう。

 

【参考判例】

 

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62666

事件番号
 平成2(オ)435
事件名
 損害賠償
裁判年月日
 平成3年11月19日
法廷名
 最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 判決
結果
 破棄自判
判例集等巻・号・頁
 集民 第163号487頁
原審裁判所名
 高松高等裁判所
原審事件番号
 昭和63(ネ)350
原審裁判年月日
 平成元年12月25日
判示事項
 交差点を直進する自動車運転者に交差点内で右折のため停止している車両の後続車が停止車両の側方を通過して右折することまでの予見義務がないとされた事例
裁判要旨
 直進車が、反対方向から進行してきた車両が交差点内で直進車の通過を待って右折するために停止していることを確認した上、青色信号に従って交差点内に進入したところ、右停止車両の後続車がその左横を通過して、直進車の有無、状況の確認を怠って右折進行を続けたため交差点内で直進車と衝突したなど判示の事実関係の下においては、直進車の運転者には、特別の事情のない限り、そのような後続車が自車の進路前方に進入してくることまでも予想して、その有無、動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はない。
参照法条
 民法709条,道路交通法36条4項,道路交通法37条

 

【参考文献】

 

五十嵐義治「右折車転回車と速度超過直進車との衝藤事故」藤永幸治編集代表『シリーズ捜査実務全書14-交通犯罪4訂版』(東京法令出版,2008年4月)101頁

【右折車・転回車の運転者は、対向車や後続車が必ずしも制限速度を遵守せず、制限速度を通常予想し得る程度超過して進行してくる可能性のあることを前提として、対向車や後続車との距離が、右折・転回するのに十分であるかどうかを判断する必要がある。しかし、現に制限速度を著しく超えて走行してくることが確認できる場合は別として、制限速度を著しく超えて走行してくることまでをも予測する義務はない。
具体的に、制限速度をどのくらい超過して進行してくると予測すべきか、通常予想し得る程度とはどの程度をいうのかについては、当該道路の制限速度、幅員、形状(歩車道の区別の有無等)、見通し、交差道路の状況、信号機による交通整理の有無、時間帯、交通量等の道路交通状況等によって異なるので、事案ごとに、これらの事情を考慮し、具体的に判断せざるを得ない。
前記の裁判例からみて、制限速度を時速20キロメートル程度超過して進行してくることは一般的に予測すべきであり、状況によっては、時速30キロメートル程度の超過を予測すべき場合もあるということができよう。
また、反則行為の限度内で制限速度を超過する車両はよくあるので、反則行為限度内(一般道路で制限速度の30キロメートル未満の超過)かどうかも、一つの判断要素になろう。】

 

富岡貴美「35交通(過失,過失相殺)〇最判平3• 11 • 19 裁集163 • 487」奥田隆文・難波孝一編『民事事実認定重要判決50選』(立花書房,2015年3月)379-389頁

388-389頁

【以上のとおり,本判決を題材として,原判決と対比することにより,規範的要件である過失について, どのような事実認定をするかという側面から考察したが,交通事故事件には全く同一の事件というものはなく,道路条件,交通規制,道路の周辺状況等(昼夜の別,住宅地・商店街等)の客観的条件,行為主体等の主体的条件のほか,運転態様や加害者の認識等の主観的条件が異なれば,予見可能性を根拠づける前提事実もそれぞれ異なることとなる。
したがって,民事交通事故訴訟において,加害者の過失の前提となる予見可能性の有無あるいは過失相殺の判断をするにあたっては, まず,証拠から具体的にどのような前提事実が認められるのかを確定した上で,それらの認定事実のうち,いずれの事実が予見可能性を根拠づけるものであり,他方でそれを障害するものであるかを事案ごとに具体的に検討していくことが重要であり,その検討にあたっては,交通関与者の行為規範となる道路交通法等の関係諸法規の趣旨を十分に踏まえる必要がある】

 

互敦史「直進車と右折車の衝突事故」『二訂版 基礎から分かる交通事故捜査と過失の認定』(東京法令出版,2017年5月)117-118頁

【(1) 優先通行権を否定した2つの判例
それでは,直進車が制限速度を大きく上回る高速度で進行してきた場合で,直進車の優先通行権が否定されるようなケースでは,どうでしょうか。
この点,参考になる下級審の裁判例が2つあります。
判例⑩ 富山地裁高岡支部判昭47. 5. 2
く事案の概要>
右折車が,時速100 キロメートルを下回らない高速度で直進してきた自動二輪車に衝突した事故
く要旨>
「右折車としては,直進車が制限速度内またはそれに近い速度で進行することを前提に,直進車と衝突する危険のある範囲内の前方の状況を確認し,かつ,その範囲内に進行する直進車の避譲をすれば足りるのであって,これ以上に制限速度をはるかに超える速度で進行する車両等のあることを現認している場合は格別,これに気付かない場合にまで,そのことを予想して見とおしのきく限り前方の状況を確認し,かつ,全ての直進車を避譲しなければならぬ業務上の注意義務はない。」とした上,証拠に照らし,被告人は,右折開始時,前記範囲内の前方の状況を確認しており,直進車は,その範囲外を走行していたと認められるとして,被告人の過失を否定した。】