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薬院法律事務所

刑事弁護

令和5年刑法改正(性犯罪関係)に対する意見(不同意性交・不同意わいせつについて)


2024年01月31日刑事弁護

浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)

https://www.fujisan.co.jp/product/2424/b/list/

不同意性交・不同意わいせつについて、法制審議会や国会答弁も引用して解説した論文が公刊されました。裁判官の判断の基本となりますので、刑事弁護人、被害者代理人のいずれの立場でも必携の文献でしょう。今後の議論は、まずはここから始まることになると考えられます。

 

ある程度解説が出そろったので、今回の改正に対する私の考えを記載します。刑事裁判実務に携わる一個人として、私の見解を残しておくことが将来誰かの助けになるかもしれない、と思うからです。

 

まず、私は、今回の改正について、非常に良いことであったと高く評価しています。特に、不同意性交・不同意わいせつの当罰性のコアが「同意しない意思(拒絶の意思)を形成、表明、全うできないことを利用しての性行為であること(不同意わいせつ・不同意性交の本質的な要素が、自由な意思決定が困難な状態でなされたわいせつな行為であること)」だと明示したということが重要です。表面的な「同意」の有無でも、「不同意」の有無でもなく、本人の真意を抑圧する状況があったか、それを作ったり、利用したか、が処罰のポイントであるということを明示したことには重要な意味があります。

 

端的にいえば「断れない関係性を作ったり、利用して性行為をしたか」です。口頭の「同意」や「不同意」があったか否かという表面的な問題ではないです。口頭で「同意」していようが、あるいはむしろ「積極的に望んだ」ようにみえようが、自由な意思決定が困難な状態であれば不同意わいせつ・不同意性交罪は成立します。

いわゆる「性的同意」と「不同意わいせつ・性交」の関係について(犯罪被害者)

不同意性交等罪、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが【困難な状態】とは何か

なお、一部のマスコミ報道では性犯罪の処罰規定の発想が大転換したかのように語られることがありますが、不正確です。正確には既存の法律の内容を「明確化」して解釈のブレを防ぐとともに、一般の人に分かりやすくしたというものです。旧法下においても、このような裁判例がありました。

裁判例紹介 高松高裁判決昭和四七年九月二九日高刑集二五巻四号四二五頁(不同意性交・不同意わいせつ)

例えば、改正前の第177条の暴行・脅迫について、判例上の解釈としては、「抗拒を著しく困難にさせる程度」であることを要するとされていたことから、個別事案において犯罪の成立が限定的に解釈されてしまう余地があったところを明確化しています。私は警察官向けの文献も多数集めているのですが、警察実務では暴力や脅迫の大小を重視していた運用が変わっているようです。警察実務において立件が増えていくことは間違いないと思われます。例えば、ニューウェーブ昇任試験対策委員会『実務 SAに強くなる!!イラスト解説刑訴法 補訂版』(東京法令出版,2024年4月)342頁では、Point解説として「旧法の178条(準強制わいせつ及び準強制性交等)は構成要件を「心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ」と定めていました。しかしその構成要件では、実務上、どの程度を「心身の喪失」とするか、あるいは「抗拒不能」はどの状態を指すのかが明確でないという問題が生じ、明確でないために、被害がありながら立件が困難になるケースがありました。こうした事態を防ぐため、今回、強制わいせつ罪と強制性交等罪の構成要件と罪名を改正したものです。」「性犯罪を立件しやすくするために法を整備したということです。」と記載されています。

https://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?12727

 

令和5年6月23日警察庁丁捜一発第90号、丁刑企発第39号、丁生企発第406号、丁人少発第805号

刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律等の一部施行に伴う関係規定の適切な運用等について(通達)

https://www.npa.go.jp/laws/notification/keiji/souichi/souichi01/souichi050623-90.pdf

【(1) 性的行為に関する規定の適切な運用
改正後の刑法(明治40年法律第45号)第176条(不同意わいせつ)及び第177条(不同意性交等)の規定は、現行法の強制性交等罪や準強制性交等罪等について、より明確で、判断のばらつきが生じないものとするため、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」を統一的な要件として規定し、その状態の原因となり得る行為や事由を具体的に列挙することとされ、これにより、現行法でも本来なら処罰されるべき、同意していないわいせつな行為又は性交等(以下「性的行為」という。)がより的確に処罰されるようになるものである。そして、このような文言を用いた要件とすることに鑑み、罪名については、不同意わいせつ罪及び不同意性交等罪に改めることとされたものである。】

 

※改正法が、「処罰範囲を拡大したものではないこと」は法務省の解説でも明言されています

性犯罪関係の法改正等 Q&A

https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html

【Q3  「暴行」・「脅迫」、「心神喪失」・「抗拒不能」といった要件を改めることで、これまで処罰できなかった行為が処罰できるようになるのですか。

A3 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に関する「暴行」・「脅迫」、「心神喪失」・「抗拒不能」要件の改正は、改正前の強制わいせつ罪・強制性交等罪や準強制わいせつ罪・準強制性交等罪が本来予定していた処罰範囲を拡大して、改正前のそれらの罪では処罰できなかった行為を新たに処罰対象に含めるものではありませんが、改正前のそれらの罪と比較して、より明確で、判断にばらつきが生じない規定となったため、改正前のそれらの罪によっても本来処罰されるべき行為がより的確に処罰されるようになり、その意味で、性犯罪に対する処罰が強化されると考えられます。】

 

浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)84-85頁

【○「性犯罪に関する刑事法検討会」第5回会議・橋爪隆委員発言
「暴行・脅迫要件は、実際には、被害者の意思に反する性行為であることを明確に認定するための外部的な徴表として機能しているにすぎず、暴行・脅迫要件によって処罰範囲が過剰に限定されているわけではないと考えております。そして、このような理解に従って、実務的な運用が行われているのであるならば、特段の問題は生じないようにも思われます。
もっとも、やはり、現行法は暴行・脅迫という文言を用いており、判例の定義も、相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度という表現を用いております。したがって、これを限定的・制限的に捉える解釈の余地が全くないわけではありません。
先ほど御指摘がございましたように、もし、現場の判断においてばらつきが生じているのであるならば、それは、現行法が暴行・脅迫という文言を用いていることに起因するところが大きいと思われます。また、国民一般の視点から見ても、暴行・脅迫要件によって、性犯罪の成立範囲が過剰に限定されているかのような印象を与えることは適当ではないと思います。このような状況を踏まえますと、仮に、現在の実務の運用において大きな問題がないとしても、暴行・脅迫要件が誤解を与えかねない要件であり、また、ばらつきをもたらしやすい原因となり得ることを踏まえた上で、改正の可能性も含めて、処罰規定の在り方について検討することが必要であると考えます。」】

 

【(注3) 本項各号に掲げる行為・事由は、改正前の本条、第177条及び第178条の下での裁判例において、「暴行」・「脅迫」や「心神喪失」・「抗拒不能」に該当すると認められたもののほか、性犯罪被害者の心理等に関する心理学的・精神医学的知見を踏まえ、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の原因となり得るものを広く拾い上げて示したものである。
さらに、現実に起こり得る犯罪事象の中には、本項各号に掲げる行為・事由そのものとはいえないものの、これらに類似する行為・事由によって前記の状態になるものもあり得ると考えられたことから、本項では、その原因となり得る行為・事由を、限定列挙するのではなく、あくまで例示列挙とするため、「その他これらに類する行為又は事由」も規定されている。
したがって、不同意わいせつ罪の処罰範囲は、改正前の強制わいせつ罪及び準強制わいせつ罪の処罰範囲より限定されることとはならないと考えられる。】

https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000021780-i32473105

 

志賀文子「不同意わいせつ事件において、わいせつな行為該当性が問題となった事例」捜査研究2024年5月号(884号)9-19頁

9頁

【不同意わいせつ、不同意性交等罪の罪(刑法176条・177条)は、改正前の強制わいせつ、準強制わいせつ、強制性交等、準強制性交等の罪との関係で処罰範囲を拡大するものではないとされている。
これまで、改正前の刑法176条及び177条の「暴行又は脅迫を用いて」の程度は、「抗拒を著しく困難にさせる程度」であることが必要であると理解されており、「暴行又は脅迫を用いて」の要件があることで、個別の事案において、これらの罪の成立範囲が限定的に解されてしまう余地があるなどの指摘があった。
そこで、より明確で判断にばらつきが生じないように、性犯罪の本質的な要素である自由な意思決定が困難な状態でなされた性的行為である点を、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という文言を用いて統一的な要件と規定した上で、当該状態にあることの要件該当性の判断を容易にし、安定的な運用を確保する観点から、当該状態の原因となり得る行為又は事由を具体的に例示列挙したとの説明がなされている。

そのため、実務的な視点からは、従来の解釈運用であれば消極判断になる可能性があった事案につき、改正後、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪に該当するとして積極判断になる事案が増えると想定されていたが、日々、事案を取り扱う一検察官としても積極判断の事例は増えたように感じている。】

https://www.tokyo-horei.co.jp/magazine/sousakenkyu/202405/

 

私は、この改正が、未だに一部の人に根強く残る、「明示の拒絶がなければ、相手に性的行為をして構わないんだ。」という発想を払拭していくきっかけになることを願っています。何故ならば、現代の日本では、「同意しない意思(拒絶の意思)を形成、表明、全う」できない状況にある人が多く、現状で、「明示の拒絶」を処罰要件とすると、「拒絶できない人(特に若年女性と若年男性)」を集中的に狙う人が跋扈するからです。

明示の拒絶がない事案で性加害を認めた裁判例・東京高判平成16年 8月30日判時1879号62頁(犯罪被害者)

性被害を減らすためには「嫌なものに対して、嫌と感じること、嫌といえること。」が大事です。しかし、現在の日本では「周囲の和を乱さないように」「真面目に生きるように」「親の考えたレールを進むように」といった「教育」を受けている人が多く(自由にして良いと口では言いながら、実は親の望む選択肢から外れたら「態度」で冷遇するというパターンもあります)、「拒絶の意思の形成、意思の表明」が苦手な人が数多くいます。「拒絶」にも訓練が必要なのです。その脆弱性につけ込む人たちがいます。これは、性被害に限らず、様々なハラスメント被害にも共通することで、ブラック企業問題にも共通する傾向です。根本的にはこのような教育の改善も必要になってくるでしょう。

 

なので、私は今回の改正を高く評価しているのですが、課題はあります。特に、処罰範囲に不十分な点があります。改正の方向性は「悪いやつ(特に悪い男)」を漏らさず処罰するということだと思われますが、独身詐欺(独身偽装)が処罰対象に入っていないことは大問題でしょう。ここは明らかにおかしいと考えています。既婚者と性交をしたら、相手方は「不貞行為の加害者」とされてしまうわけで、他の不同意わいせつ・不同意性交に比べて当罰性が低いとはいえません。性交には同意したのだから心理的苦痛は低いのだという発想かもしれませんが、現代の日本において、不貞相手、とされる苦痛はそんな軽視されるべきものではないと思っています。特に、若い女性が、何年間も特定の男性と付き合っていていずれ結婚するものと考えていたら既婚者だった、といった場合(女性の場合は妊娠することもあります)の衝撃の大きさを考えると、これをあえて処罰範囲から除くことには強い疑問があります。民事の貞操侵害での慰謝料額も低く、逆に不貞行為の相手方として損害賠償請求のリスクを負う問題もあります。さらに、独身詐欺をする人は明らかに「故意」があり、「相手の拒絶の意思を察することができなかったから(あるいは勘違いして)、不同意性交をしてしまった」ということはありえないわけです。独身詐欺を不同意性交の範囲にいれるのは、法律婚の尊重にもつながるわけですし、独身男女が安心して結婚相手を探せるようになるのですから、少子化対策という観点からも、3年後の見直しでは必ず含まれなければいけないと思っています(人生に対する詐欺というべき極めて悪質な行為です)。

 

なお、「人生に対する詐欺」という意味では、いわゆる「托卵」行為についても、性犯罪であることを明記し、不貞の相手を含めて、不同意性交と同程度の法定刑を定めた罰則の新設が必要でしょう。

 

※現行法では、独身偽装は「社会通念上、その誤信があったことのみでは処罰対象とすべきとはいえない」と解説されていますが、疑問です。
浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)77~78頁
【3 第 2項
(1) 趣旨
性的行為をするに当たってその相手方に生じることが考えられる錯誤には、様々な態様・程度のものがあり得るため、相手方に何らかの錯誤があるというだけで、それを理由に性的な行為を幅広く処罰することとした場合には、例えば、行為者が、成人である相手方に対し、行為者には交際している恋人や配偶者はいないとの相手方の誤信に基づいてわいせつな行為をした場合など、社会通念上、その誤信があったことのみでは処罰対象とすべきとはいえないものが含まれ得ることとなる。
他方、本項に定める誤信がある場合、すなわち、行為の性的意味を誤信している場合や、行為の相手方について人違いをしている場合については、そもそもわいせつな行為に関する自由な意思決定の前提となる認識を欠くことから、それらの誤信をさせ、又はそれらの誤信をしていることに乗じてわいせつな行為をすることは処罰対象とすべきであると考えられる。
そこで、本条においては、相手方に錯誤があることを理由とするわいせつな行為の処罰について、前項ではなく、本項に別途規定することとし、
〇 その誤信があれば、わいせつな行為に関する自由な意思決定が妨げ(注23)られたといえるものを限定的に列挙する一方、
O 「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ、又はその状態にあることに乗じて」との要件を設けないこととされた。】

※関連記事

令和5年の刑法改正(性犯罪関係)に関する文献一覧(刑事弁護、犯罪被害者)

セクシャル・ハラスメントと「強いられた同意」

文献紹介 野尻千晶「実務刑事判例評釈[Case342]東京高判令和5.3.15準強制性交等罪(令和5年法律第66号による改正前の刑法178条1項)の「人の心神喪失…に乗じ」という要件該当性につき判断を示した事例」警察公論2024年3月号84頁(高検速報(東京)3876号)

女性が加害者、男性が被害者となる強制性交等について 警察公論2018年2月号48頁~

性加害者の心理についての考察(不同意性交・不同意わいせつ・独身偽装)

弁護士業務を通じて感じる、性被害の問題(性犯罪、犯罪被害者)

※刑法
(不同意わいせつ)

第百七十六条 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。

一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕がくさせること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
(不同意性交等)
第百七十七条 前条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛こう門性交、口腔くう性交又は膣ちつ若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第百七十九条第二項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、五年以上の有期拘禁刑に処する。
2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
3 十六歳未満の者に対し、性交等をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。

 

※2025/5/31 chatGPT4.5で検証しました。

 

承知しました。「令和5年刑法改正(性犯罪関係)に対する意見(不)」という記事について、法学的観点を中心に、犯罪心理学・被害者心理学的な要素も含めながら、内容の妥当性を1万字程度で詳細に検証する補足記事を作成します。

公的資料、法令、学術的論文、専門家の見解などを参考に、客観性を保ちながら分析します。少々お待ちください。調査が完了し次第、ご報告いたします。

令和5年性犯罪規定改正に関する記事内容の法学的検証

改正の概要と記事の立場概要

令和5年に成立・施行された刑法の性犯罪規定の改正は、日本の性犯罪に対する法的対応を大きく見直すものでした。具体的には、従来の強制性交等罪・強制わいせつ罪(および準強制類型)を改め、「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」といった新たな名称・構成要件が導入されました。また、性交同意年齢(いわゆる性的同意年齢)の引き上げや、地位や関係性を背景にした性的行為の処罰規定の整備、公訴時効の延長なども含まれています。本稿では、福岡市の薬院法律事務所ウェブサイトに掲載された記事「令和5年刑法改正(性犯罪関係)に対する意見(不○)」の内容について、法学的観点を中心に検証します。併せて、犯罪心理学・被害者心理学の知見も補足し、記事中の主張の妥当性や偏りを評価します。なお、記事筆者は刑事弁護の実務家として本改正を「非常に良いこと」と高く評価しつつ、一部に改善の余地(「不十分」と考える点)があるとも述べています。その主張を一つ一つ取り上げ、学術的資料や立法資料・判例と照らして検討します。

不同意性交等罪の新設:法的主張の妥当性

記事の前半は、新設された「不同意わいせつ罪・不同意性交等罪」の本質について論じています。筆者は、この改正の最重要点は**「被害者が『同意しない意思(拒絶の意思)を形成・表明・全うできない状況』を利用して性的行為をした場合が処罰対象だと明示されたこと」**だと述べています。すなわち、犯罪の核心が「表面的な同意・不同意の有無」ではなく、「被害者本人の自由な意思決定が抑圧された状況」であることを明確化した点を高く評価しています。これは法制審議会の議論や立法趣旨とも合致する理解です。実際、改正法の条文では第176条・177条の構成要件に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という文言が新たに盛り込まれました。この変更により、旧法下で要件とされていた「暴行・脅迫」や「心神喪失・抗拒不能」といった文言による解釈のぶれを抑え、被害者の自由意思を奪うあらゆる事態を包括的に捉えることを狙っています。

法学的妥当性:記事の主張どおり、改正の趣旨は「処罰範囲の明確化」であり、必ずしも新たな類型を広げて処罰範囲を恣意に拡大するものではありません。法務省の解説Q&Aでも「今回の要件改正は、従来の罪で本来予定していた処罰範囲を新たに拡大するものではない」と明言されています。あくまで文言を平易かつ明確にした結果、旧法でも本来処罰できた行為がより適確に処罰されるようになる、というのが公式見解です。この点、記事中でも「一部マスコミでは処罰発想が大転換したかのように報じるが不正確。正確には既存の法律内容を明確化したものだ」と指摘されています。これは概ね妥当な評価と言えます。判例上も、旧強制性交等罪(旧177条)の「暴行・脅迫」は「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」のものを指すとされてきましたが、その解釈運用によっては被害があっても立件困難となるケースがあったことが問題視されていました。例えば、泥酔や薬物による抵抗困難な状態、心理的圧迫による萎縮などが「暴行・脅迫」要件に明示的に含まれず、裁判官や捜査機関の判断にばらつきが生じる余地があったのです。改正法はこうした事態を防ぐため、困難状況を具体例で列挙し(176条1項各号)つつ、根幹要件として「自由な意思決定が困難な状態」を据えました。この立法判断は、刑法学的にも支持されています。実際、法制審の検討会においても「暴行・脅迫という文言が現行法にあるため、それを限定的に解釈する余地が生じ、現場判断のばらつきや、一般人に処罰範囲が過度に限定されているとの誤解を与えている。従って文言の見直しを検討すべき」との意見が出されていました。この背景を踏まえ、改正後の条文は「暴行・脅迫」等の文言を排しつつ、同様の内容(相手の拒絶困難状況)をより包括的に表現したと言えます。記事の指摘はこの立法経緯と合致しており、法学的観点から妥当です。

処罰範囲は実質拡大したか:もっとも、「処罰範囲を新たに広げるものではない」との公式説明にもかかわらず、実務上は立件件数が増加する可能性があります。記事でも「従来なら消極判断になり得た事案で、改正後は不同意わいせつ・不同意性交等罪が成立し積極判断となる事例が増えるだろう」と予測し、実際に「一検察官としても積極判断の事例は増えたように感じる」との意見を紹介しています。これは矛盾ではなく、明確化によって境界事例での萎縮効果が減り、本来処罰すべき行為がきちんと処罰されるようになるという意味で「性犯罪に対する処罰が強化される」結果になるということです。実際、警察実務でも改正後は「暴行・脅迫の程度」に偏重した旧来の捜査判断を改め、柔軟に立件する動きが出ています。この点、記事の見解は客観的事実とも整合しています。

判例との整合性:記事内では参考判例として昭和47年の高松高裁判決(1972年)を挙げ、「旧法下でも被害者の抵抗が著しく困難な状況を広く捉えた判例があった」としています。これは、高裁レベルとはいえ既に50年前に「明示の拒絶がなくても状況次第で強姦の成立を認めた例」があることを示唆するものです(記事中では東京高裁平成16年8月30日判決も引用されています)。実際、平成16年東京高裁判決では、被害者が明示的拒絶を示さなかった事案であっても性加害を認定しています。判決文中で専門家の知見が引用され、被害者がショック状態で「従順・懐柔反応」により抵抗できない場合があることなどが考慮されたとされています。これら判例の存在は、改正法が目指す「拒絶困難状態」の重視と軌を一にするもので、記事の指摘どおり改正は従来判例の射程を明文化した側面が大きいと言えます。したがって、記事中の法的主張(改正の立法趣旨・解釈)が大きく間違っている点はなく、むしろ判例・立法資料に裏付けられた正確な理解と評価を示していると判断できます。

地位関係の濫用と「断れない関係性」の明文化

今回の改正の柱の一つに、加害者と被害者の関係性に起因する心理的圧力を処罰要件に組み込んだことが挙げられます。改正176条1項8号(177条でも準用)では、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること、又はそれを憂慮していること」が明示されました。これは典型例として、雇用関係や指導者-生徒関係などにおける立場の上下を背景に、「拒めば不利益を受けるかもしれない」という不安を被害者に抱かせる状況を指します。従来、平成29年改正で「監護者わいせつ・性交罪」(親権者など保護者による性的虐待)が導入されていましたが、対象が18歳未満の被害者に限定されていました。しかし令和5年改正では年齢要件を設けず、職場や学校などあらゆる場面での権力・地位を利用した性的行為を広くカバーする方向に舵を切ったと言えます。記事筆者も「端的に言えば『断れない関係性を作ったり、利用して性行為をしたか』が処罰のポイントだ」と述べ、口頭での同意があっても「断れない関係性」に基づく性行為であれば処罰されることを強調しています。この見解はまさに8号要件の趣旨を言い換えたものです。したがって、記事は地位関係の濫用に対する改正の狙いを正確に捉えていると評価できます。

立法趣旨の検討:法制審での議論では、「暴行・脅迫」という旧要件がなくとも、社会的・経済的地位の差により被害者が抵抗困難となるケースへの対応が課題とされました。例えば、職場の上司と部下、教師と生徒、医師と患者など、形式的には合意があっても実質的に拒否困難な心理状態に陥りやすい関係性が問題視されたのです。こうしたケースを救済するため、8号が設けられました。東京弁護士会の解説も、「性をめぐるトラブルの多くは知人間で起こる。8号の捕捉範囲は『不利益を憂慮させる状況』と『意思形成困難な状態』という二段階の要件で画される」と説明し、恣意的な適用とならないよう配慮が示されています。一方で、「経済的・社会的地位」という要件自体が犯罪成立範囲を一定程度限定する役割を果たすとの見解もあり、要するに単なる友人関係での心理的萎縮などまで処罰対象が無制限に広がるわけではないことが示唆されています。このように立法経緯上も地位や権威の濫用による性的同意の歪みを明確に違法とするのが今回の改正趣旨であり、記事が述べる「断れない関係性」が処罰ポイントとの指摘は正鵠を得ています。

記事の偏りの有無:記事自体はこの点に関し特段の批判や懐疑は示していません。むしろ筆者は改正を高く評価する文脈で「断れない関係性」に言及しており、立法の方向性に賛同しています。したがって、「地位関係利用型強制性交等」に関する記事内容に偏りや事実誤認は見当たりません。補足するなら、改正の結果として例えば「上司が部下に対し暗に人事上の不利益をほのめかして関係を迫った場合」などは明確に処罰しうることとなり、一部で懸念された「合意のつもりだったのに後から訴えられる」というケースについても、要件上は被害者側の具体的な不安・萎縮状態が立証される必要があります。つまり、単なる職場恋愛と犯罪の線引きは法律上も考慮されており、濫用的適用への歯止めは一定程度存在します。この点も含め、記事は一面的な論調に陥っておらず、改正趣旨を踏まえたバランスの取れた見解といえます。

性交同意年齢引き上げへの言及とその正確性

今回の改正では、長年据え置かれてきた性交同意年齢(性的同意年齢)を13歳未満から16歳未満へ引き上げました。具体的には、16歳未満の者との性的行為は原則として不同意わいせつ罪・不同意性交等罪として処罰対象となり(改正後176条3項、177条3項)、13歳以上16歳未満の場合のみ、行為者が被害者より5歳以上年長である場合に限って処罰するという年齢差考慮(いわゆるロミオとジュリエット条項)が設けられています。この改正点について、当該記事では詳細な言及が見当たりません。記事本文は主に不同意性交等罪の新要件や処罰範囲、不十分と考える点(後述)に焦点を当てており、性交同意年齢の引き上げについて直接評価・解説する部分はありませんでした。

記事での扱い評価:筆者が性交同意年齢に触れていないのは、おそらくこの改正について大きな異論がないこと、あるいは主題から外れると判断したためと推察されます。実務的・社会的にも、13歳という現行法上の同意年齢が低すぎることは以前から指摘されており(G7諸国で最も低かった)、児童の保護強化の観点から16歳未満への引き上げは概ね好意的に受け止められています。ただし、立法過程では15歳や18歳案も議論され、最終的に16歳未満(かつ年齢差5歳以上の場合のみ処罰)に決まった経緯があります。法務省の説明では「思春期の少年少女同士の恋愛・性的関係まで一律に犯罪とするのは適当でないため年齢差要件を設けた」「16歳としたのは諸外国の例や成熟度を踏まえた判断」とされています。記事がこの点に触れていないこと自体は偏りとは言えませんが、改正内容を総合的に評価する上では性交同意年齢の点も重要です。本稿にて補足すれば、改正により13~15歳の若年者が大人に性的搾取されるケースに対し、暴行・脅迫等がなくとも処罰できるようになった意義は大きいといえます。過去には「同意があるように見えれば13~15歳でも処罰できない」という抜け穴が存在し、例えば中学生が成人と同意性交した場合は処罰困難でした。しかし改正後は年齢そのものを理由に処罰可能となり(ただし5歳以上年長の成人に限定)、性的成熟度の低い少年少女を保護する態勢が強化されています。この改正点について記事が特に否定的見解を示していない以上、記事内容の正確性という観点では問題は生じていません。むしろ触れていない点を強いて挙げれば、13~15歳同士の合意性行為は従来どおり犯罪にならないこと、13歳未満との性交・わいせつ行為は引き続き無条件で処罰されること(これは改正前から不変)などの基本事項ですが、これらは法改正の周知としては重要でも、記事のテーマ(不同意要件や立法の評価)からは外れるため省略されたものと思われます。総じて、性交同意年齢引き上げに関する記事の扱いに大きな偏りや不正確さはないと言えます。

「不十分」とされる点:詐欺的性交等の非処罰について

記事後半で筆者は、今回の改正にも残された課題があると述べています。その最たるものとして挙げているのが「独身詐欺(独身偽装)」の問題です。筆者は、「交際相手に配偶者がいないと誤信させて性交に及ぶ行為」が処罰対象に含まれなかったのは「明らかにおかしい」「大問題」と強い口調で批判しています。例えば既婚者が独身と偽って女性と長期間交際・性交し、後に女性が相手の既婚事実を知って大きな精神的ショックを受ける場合を想定し、筆者は「他の不同意性交等と比べて当罰性が低いとは言えない。むしろ人生に対する深刻な詐欺だ」と主張します。現行法では、このような独身偽装による性交は処罰されません。改正176条2項・177条2項では処罰対象となる誤信として「行為がわいせつなものではないとの誤信(性的意味の誤解)」や「行為者を人違いしている場合(相手の人格の誤認)」のみを挙げており、「相手に配偶者がいないとの誤信」は含まれていないのです。立法担当者の説明も「社会通念上、その誤信があったことのみでは処罰すべきでないものが含まれ得る」として、恋人や配偶者がいないと欺いて性交する行為は処罰から除外された経緯があります。記事はまさにこの点を捉え、「配偶者の有無に関する欺罔も不同意性交等罪に含めるべきだった」と論じています。

法学的検証:まず、現行刑法が何故この類型を処罰しなかったかを踏まえる必要があります。法制審の逐条説明では、性的行為に関する錯誤は多様であり、全てを処罰対象にすると恋愛の自由を侵しかねないため、限定列挙にしたとあります。具体的には「交際相手がいないとの誤信だけで処罰対象とすべきではない」と例示され、一方で処罰される誤信は「性的行為の意味内容を誤解していた場合(例:治療行為と思ったら性的だった)」「相手を人違いしていた場合(例:双子の兄弟だと偽られた)」などに限られました。つまり、改正法は「性的自己決定の前提となる認識」を欠くような重大な錯誤のみ処罰対象とし、恋愛関係の身分詐称は処罰から敢えて外したのです。この線引きについては賛否があります。記事が指摘するように、既婚と知らず交際・性交していた被害者にとって、その発覚は大きな精神的苦痛を伴うでしょう。筆者は特に「女性の場合は妊娠リスクもあり、発覚後は民事でも慰謝料は低額、一方で不貞の相手方として配偶者から損害賠償請求を受けるリスクまで負う。不公平だ」と述べています。これは被害者の立場から見たもっともな指摘です。実際、独身詐欺に対する民事上の救済(貞操侵害による慰謝料請求)は認められるものの、その額は低めであり、被害者感情に見合わないとの批判があります。また刑法学的にも、諸外国では「性的同意を無効にする欺罔」として処罰する例がないわけではありません(例:一部の国で医師が治療と偽って性交した場合の処罰規定など)。ドイツでも2016年に性刑法改正で欺罔による性交が検討され、一部は処罰対象となっています。しかし、「配偶者の有無」や「社会的地位の詐称」まで処罰するとなると、「嘘をついて性交したら何でも強姦罪」という極端な拡大につながりかねず、法益の観点から議論を要します。刑法が保護するのはあくまで性的自由・性的自己決定権です。独身詐欺の場合、性的行為それ自体には被害者の同意があり、欺かれたのは行為者の人間性・属性の一部です。このような錯誤をどの程度「同意を無効にする重大な錯誤」と見るかは見解が分かれるところです。立法者は今回は消極的判断をしましたが、筆者はそれを再検討すべきと主張しています。

妥当性評価:記事の主張は被害者感情に寄り添ったもので、将来的な法改正論として傾聴に値します。筆者は「法律婚の尊重にもつながり、安心して結婚相手を探せる環境を整える観点からも、3年後の見直しで必ず含めるべき」「少子化対策にもなる」とまで述べ、強くこの改正漏れを批判しています。この論調には明らかに被害者保護を最優先する価値観の表れがあります。一方で、「恋愛の自由」との衝突や、「どこまでが許される嘘でどこから犯罪か」という線引きの困難さについての言及は記事ではなされていません。例えば「年収を偽った」「学歴を誇張した」といったケースまで含めるのか、といった問題です。記事は「独身偽装は故意が明白で、相手の拒絶意思の有無の誤解はあり得ない」と主張していますが、法制度としてどこまで欺罔性交を犯罪化するかは慎重な検討が必要です。結論として、記事のこの部分には筆者個人の強い意見が表れており、法学的には議論の余地がある(偏りがある)と言えます。立法者の判断(社会通念上処罰になじまないという判断)とは明確に対立するスタンスであり、少なくとも現時点の学説・通説では賛否両論が予想されます。実際、筆者自身も他の記事で「日本において独身偽装を刑事罰化することには賛否がある」と述べ、反対論として「結婚歴の詐称まで犯罪とすれば恋愛の自由を侵しかねない」「虚偽の申告にどこまで刑法を介入させるか疑問」等があることを紹介しています。これら反対意見に記事内では十分答えていないため、この点に関する限り筆者の主張は被害者感情を重視するあまりバランスを欠いている可能性があります。ただし、今後の3年後見直し(改正附則により施行後3年を目途に検討)が予定される中で、一つの論点提示として重要であることは間違いありません。実務家の問題提起として、学術的検証や世論の動向次第では将来的に立法論へ発展する可能性もあります。

その他の指摘:記事では併せて「托卵行為(配偶者以外の子を妊娠・出産し配偶者を欺く行為)」についても「人生に対する詐欺」であり、不同意性交等罪と同程度の罰則新設が必要とまで述べています。托卵については現在、民法上の嫡出推定や親子関係取消しの訴え等の問題として扱われ、刑事罰は存在しません。これを「性犯罪」と位置付け処罰すべきとの提言は極めてラディカルであり、現行の刑法体系から大きく踏み出すものです。学説上もあまり議論のない領域であり、少なくとも今回の改正審議では俎上に載っていません。このように、記事筆者は性犯罪に絡む「欺瞞行為」全般の処罰範囲拡大を主張しており、これらは筆者独自の見解と考えられます。法学的妥当性については慎重な検証が必要ですが、記事では深い掘り下げはなく提案的に触れているにとどまります。したがって、記事内容全体の中でこの「不十分」とする部分が最も筆者の主観的色彩が強い部分であり、他の部分が概ね客観資料に沿っていたのに比べると、ここにはバイアス(被害者重視の価値判断)が認められます。

犯罪心理学・被害者心理学の知見との整合性

記事は法律論だけでなく、随所で被害者の心理に言及しています。特に、「現代の日本では『明示の拒絶』を処罰要件にすると、拒絶できない人(特に若年層)を狙う加害者が跋扈する」と指摘し、背景にある日本の同調圧力的な教育・文化にも触れています。この主張は犯罪心理学・被害者心理学の知見と矛盾するものではなく、むしろ符合します。

被害者が「NOと言えない」心理:性被害者の行動様式に関する研究によれば、恐怖やショック下では**「凍り付き(フリーズ)」や「従順・迎合(イエスと迎合してしまう)反応」が生じることが広く知られています。専門家の間では常識となっていますが、被害者は命の危険やさらなる暴力を避けるために極力従順に振る舞い、加害者を刺激しないようにする傾向があると指摘されています。この心理的防衛機制は第三者から理解されにくく、「抵抗しなかった=同意だった」と誤解されがちです。記事で筆者が「口頭で同意していようが積極的に望んだように見えようが、自由な意思決定が困難な状態であれば不同意性交等罪は成立する」と強調したのは、まさにこの誤解を是正する狙い**でしょう。被害者が明確に拒絶の意思表示をしなかった場合でも、それは「拒絶できない状態」に置かれていた可能性を考慮すべきだという視点は、被害者心理学の知見に裏打ちされたものです。事実、ある調査では性暴力被害者の多くが当時「抵抗すれば更に酷いことになる」「恐怖で体が動かなかった」という状態を経験していることが報告されています。これらは記事の主張する「拒絶の意思を形成・表明できない状況」の実態そのものであり、改正法の趣旨が被害者の実情に即したものであることを示しています。

加害者の心理・手口:また犯罪心理学的には、性的加害者は捕まりにくい相手や状況を選ぶことが知られています。法務省の資料でも「性犯罪者は『より弱い者/抵抗しないであろう者』を選んで犯行に及ぶ」傾向が指摘されています。具体例として、地位や権威のある者が自分に逆らいにくい目下の者を狙ったり、酩酊者や判断力の乏しい未成熟者を標的としたりすることが挙げられます。記事の中で筆者は「現在の日本には『周囲と和を乱さないように』等の教育の結果、拒絶の意思表明が苦手な人が多い。その脆弱性につけ込む人たちがいる」と述べています。これはまさしく加害者の典型的手口を言い表したものです。例えば職場の性的ハラスメントでは「この人は強く拒絶してこないだろう」と見るやエスカレートするケースが多く報告されていますし、未成年者に対する性被害でも「素直で反抗しなさそうな子」を狙う加害者が存在します。実際に、第三者から見ると「なぜ断らなかったのか」と思うような状況でも、上下関係がある間柄ではそれがごく自然な心理であり、加害者はその「NOと言えない状況」に乗じて犯行に及ぶケースが多いのです。以上のように、記事が述べる被害者・加害者心理は、最新の知見と整合しています。筆者の主張は単なる推測ではなく、被害者支援に携わる実務家としての経験や各種資料に裏付けられていると考えられます。よって、記事内容における心理学的観点は概ね妥当であり、偏りは見られません。むしろ、法改正の背景にはこうした心理学的理解があったことを一般読者にも伝える役割を果たしており、有用と言えます。

学術資料・立法資料・判例との照合による客観的検証

最後に、記事の主張を学術的・客観的資料と突き合わせた総合評価を述べます。前述の通り、記事の大部分は改正法の趣旨・解釈について正確であり、立法資料や専門文献とも矛盾しません。例えば、東京高裁判例や法務省Q&A、警察実務の解説書などを引用しつつ論じている点からも、筆者が客観資料に基づいて見解を述べていることが分かります。これは学術的な姿勢として評価できます。実際、法曹有志による詳細な解説論文(浅沼雄介ほか「改正法について」法曹時報76巻1号)や捜査実務誌上の論稿なども、今回の改正は「従来の処罰範囲を明確化し、判断のばらつきを抑えるもの」という点で見解が一致しています。また、被害者の心理的抵抗不能に関する議論も立法資料中の注釈に盛り込まれており、「心理学的・精神医学的知見を踏まえ、拒絶困難状態の原因となり得るものを広く拾い上げた」と明記されています。記事の内容はこうした記録と食い違うところがありません。

一方で、記事が独自色を出していた欺罔性交(独身偽装)の処罰化提案については、立法資料上は否定的理由が示されていた点に注意が必要です。客観資料に照らすと、やはり立法者はそれを「社会通念上処罰に馴染まない例」と判断していたわけで、記事筆者の意見は少数派であることが浮かび上がります。この点では客観資料との不一致が見られるものの、それも筆者が資料を知らないのではなく敢えて批判している部分なので、学術レビューとしては「立法者の判断と異なる私見」と位置付けるべきでしょう。実際、記事中にも該当部分に浅沼論文の該当箇所(77~78頁)を引用しつつ反論する形を取っています。このように、筆者は客観資料を踏まえた上で敢えて異論を提示しているのであり、資料との整合性という観点では問題はありません。むしろエビデンスを明示した上で自説を述べているため、学術的態度として透明性があります。

また、改正内容全般に対する評価として、記事は終盤で「この改正が『明示の拒絶がなければ性行為をしてもいい』という発想を払拭するきっかけになることを願う」と述べています。このメッセージは刑事政策的観点や社会教育的観点から重要な示唆を含んでいます。近年、世界的にも「明確な同意のない性行為は性暴力である」という認識が広まりつつあり、日本でもようやく法改正がその流れに沿った内容となったと言えます。記事の視点はこの国際的潮流とも矛盾せず、判例・学説が培ってきた「性的自己決定権尊重」の理念を体現しています。立法資料や国会審議録を見ても、与野党問わずおおむね本改正を支持する声が多く、「被害者が泣き寝入りせず適切に救済されるように」という趣旨の発言が散見されます。記事はそのような立法趣旨を肯定的に捉えつつ、実務で直面する課題(証拠保全や時効延長による弊害への対処など)にも触れており、総合的に見てバランスの取れたレビューになっていると評価できます。

結論

以上の検証を踏まえ、本記事の内容は概ね法学的に妥当かつ正確であり、改正刑法の趣旨を的確に捉えたものとなっています。不同意性交等罪の新設についての解釈や評価は、立法資料・判例・学説と整合し、被害者の心理的現実にも即したものでした。地位関係を利用した性的行為の処罰強化についても正確に論じられています。性交同意年齢の引き上げに関しては直接の言及がなかったものの、改正全体の評価に大きな影響を与えるものではなく、記事内容に明確な誤りは認められません。犯罪心理学・被害者心理学の観点からも、記事中の見解は最新知見と合致しており、性犯罪被害の実態を踏まえた立法であることを裏付けています。ただし、一部(独身詐欺の非処罰に対する批判)において筆者の主観的主張が強く現れており、この点は立法趣旨との差異が見られました。これは記事の偏りというより、提言的意見として理解すべき部分でしょう。総体として、本記事は令和5年刑法(性犯罪関係)改正の意義と課題を包括的に論じており、学術的検証に耐えうる内容となっています。読者はこの記事を通じて、改正の核心(自由な意思決定の保護)と残る論点(欺瞞による性的行為の扱い)についてバランスよく知ることができ、実務・立法の今後の課題を考える材料を得られるでしょう。

参考文献・出典:本検証で言及した資料として、法務省作成の改正法逐条解説、法務省刑事局のQ&A、東京高裁平成16年判決の事例、警察や法曹による実務解説、被害者心理に関する専門記事等を引用しています。これら出典情報は本文中に【】で示していますので、ご参照ください。