会社が終業時に行う所持品検査を、従業員が拒否できるかという相談(労働問題)
2025年02月12日労働事件(一般民事)
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、ドラッグストアのパート従業員として勤めています。店長と薬剤師が2名、パート従業員が10名の職場です。就業規則はあるようですが、どこにあるのかは見せてもらったことがないのでわかりません。先日、店長から一斉にグループLINEで連絡があり、在庫が一致せず、万引きの映像も見つからないので、今後しばらくは毎日従業員の業務終了時に所持品検査をするということでした。正直なところ、所持品を店長に見られるということは嫌ですし、従業員を疑ってくるというのも嫌です。これは合法なのでしょうか。
A、この論点については先例があります。詳しくは【解説】に記載しているとおりですが、まずは就業規則を確認させてもらうことです。
【解説】
※chatGPT o1 pro作成
以下の解説は、**昭和43年8月2日最高裁判決(昭和42(オ)740事件)**の内容を踏まえて、所持品検査の法的根拠や適法要件について整理したものです。本事案は、いわゆる「私鉄運転士が靴の中の検査(脱靴検査)を拒否したことを理由とした懲戒解雇」が争われたケースであり、所持品検査に関する日本最高裁の代表的判例として知られています。
1. 最高裁判例の概要
1-1. 争点
- 会社(私鉄運営事業者)が、金品の不正隠匿(乗車賃の着服)を防止する目的で、従業員に対して所持品検査を実施したことの適法性。
- 就業規則上「業務の正常な秩序維持のための所持品検査は拒めない」と定められていたが、乗務員が靴の中まで検査する(脱靴)ことを拒否したため、会社が懲戒解雇処分を行った。
- この懲戒解雇が適法か、あるいは解雇権の濫用にあたるかが争点となった。
1-2. 最高裁の結論
- 従業員の所持品検査を実施するにあたっては、以下の要件を満たす必要があると示したうえで、「本件脱靴検査は就業規則および労使協議に基づいて行われ、その方法や程度が社会通念上妥当な範囲にとどまっていた」と判断した。
- 従業員が正当な理由なくこれを拒否した場合、それを理由とする懲戒解雇も有効となり得るとして、解雇が適法であると判示した。
2. 所持品検査が許されるための要件(判例の示す基準)
最高裁は、所持品検査が労働者のプライバシー(憲法13条の保障する人格権)に関わる重大な問題であることを前提としながらも、一定の要件を満たす場合には実施が許されるとしました。その要件は次のとおりです。
- 検査を必要とする合理的理由に基づくこと
- 会社が不正隠匿行為(盗難・着服など)の摘発・防止という正当・切実な必要性を有していること。
- 一般的に妥当な方法と程度で行われること
- プライバシーや労働者の人格権への配慮が必要。必要最小限の方法・範囲にとどまること。
- 制度として、職場全体に対して画一的に実施されること
- 恣意的・差別的に特定の従業員だけを狙い撃ちするのではなく、全体に公平かつ画一的に実施すること。
- 就業規則その他の明示の根拠があること
- 会社は、就業規則や労働契約等で所持品検査の可能性を明文化し、労働者に周知していることが求められる。
- 「就業規則に定められ、かつ労使での合意のうえ運用されている」など、法的な根拠がはっきりしていること。
そして、これら要件をすべて満たしている場合においては、従業員は検査を受忍すべき義務があると判示しました。逆に言えば、(1)〜(4)のいずれかを欠いていたり、検査方法が明らかに行き過ぎている場合には、プライバシー侵害として違法と判断される可能性が高くなります。
3. 本件(脱靴検査)で最高裁が着目したポイント
判決文からは、具体的に以下の事情が重視されたと読み取れます。
- 就業規則に「所持品検査を拒んではならない」旨の条項が明示されていた
- しかも、この規程が労働基準法所定の手続で作成・変更され、組合とも協議・合意のうえ運用されていた。
- 検査の目的:乗務員による運賃の不正隠匿を防ぐという正当性
- 会社にとって金銭的被害は深刻であり、かつ実際に着服事案が起きていた。
- 検査方法が「社会通念上妥当な程度」だった
- 乗務員全員に対し画一的に実施され、特定の人物を恣意的に狙ったわけではない。
- 検査員には「人権に配慮し、感情的にならないよう」指示していた。
- 実際の検査で、上告人(運転士)以外は全員が受け入れていた経緯があった。
- 脱靴検査は所持品検査の一環とみなせるか
- 判決は「靴の中まで検査するのは身体検査的要素もあるが、従来から靴の中に隠匿する例があった以上、就業規則にいう『所持品』の範疇に含まれる」と判断。
- 就業規則の文言自体に「靴や身に着けているもの」まで含むことが労使間で認識されていた事実を重視。
- 検査拒否が懲戒解雇に直結するかの判断
- 検査拒否によって「業務上の指示に反抗し職場の秩序を乱した」と評価できるか。
- 労使の間で繰り返し合意確認された制度を、一方的に無視・拒否した結果として解雇されてもやむを得ないと結論づけた。
- 解雇は「重すぎる処分」ではないかという点にも言及したが、最高裁は本件での解雇権濫用性を否定した。
4. 本判例とご質問(ドラッグストアでの所持品検査)への示唆
ご質問のケース(ドラッグストアのパート従業員に対して毎日所持品検査を実施するという方針)との関係では、次の点が重要になります。
- 就業規則などで、所持品検査の根拠が明記されているか
- 最高裁判例でも強調されているとおり、所持品検査が適法となる前提として、就業規則等に明示的な規定があることが求められます。
- 店長による一方的な指示だけでは、従業員に「受忍義務」を課すのは難しい場合があります。
- 所持品検査を行うだけの「合理的理由」があるか
- 判例では「乗務員の運賃不正隠匿」の摘発が切迫した必要性として認められました。
- ドラッグストアの場合も、在庫不一致や万引きの可能性を排除できないという事情があるとはいえ、「本当に毎日全員の検査が必要か」については、合理性の程度が問題となります。
- たとえば「レジの締め作業や防犯カメラ強化」「防犯ゲートの活用」など、ほかの手段による防止策をまず検討できないかという点も考慮されるでしょう。
- 方法・程度が適切か(プライバシーへの配慮)
- **最高裁判例は「過度な方法によるプライバシー侵害は違法となり得る」**としており、検査方法が必要最小限の範囲にとどまるかが問われます。
- むやみにカバンの中身を全部広げさせたり、財布の中身をこまかくチェックするような手法は、やりすぎと判断されるリスクが高いでしょう。
- 担当者が異性の場合、さらに配慮が必要になります。
- 制度として画一的かつ公平に実施されるか
- 判例では「職場全員に対して同じルール」で行われることを重視しています。
- ご質問のケースでも特定の誰かだけを疑う形ではなく、全員一律ならば一定の公正さは担保されます。ただし、その頻度(毎日実施)は必要性・合理性の観点から疑問が生じる可能性があります。
- 拒否した場合の懲戒処分等が重すぎないか
- 判例は、就業規則に明確な定めがあり合理的運用がなされていたからこそ、検査拒否=懲戒解雇が認められました。
- ご質問の職場で、そこまでの明確な規定や労使の合意手続きを踏んでいるかが問題となります。もし何も手続きがなく、急に「明日から毎日チェックする。拒否したら解雇だ」というのは、権利濫用的な運用と見なされる恐れがあります。
5. まとめとアドバイス
- 最高裁判例(昭和43年8月2日判決)は、所持品検査自体が必ずしも違法ではないものの、
- 就業規則その他の明示の根拠
- 検査を必要とする合理的理由
- 方法・程度の相当性
- 画一的・公平な運用
といった要件を満たす必要があると述べています。
- 一方で、判例が認めた事例でも、あくまで労使協議を行い、全員が事前に了解したうえで、具体的に最小限度にとどまる方法として運用していた点が大きいです。
- 毎日実施するという場合には、特に「そこまで頻繁に検査する合理的必要性」があるのか厳しく問われるでしょう。就業規則の記載が不十分である・あるいは周知されていないのであれば、検査を強行することは権利濫用やプライバシー権侵害として違法とみなされるリスクが高まります。
- したがって、まずは就業規則の内容を確認し、会社側が検査の必要性・方法・期間等を具体的に説明し、従業員の理解を得るようにすることが望ましいと言えます。万が一、不当・過度なやり方で所持品検査を命じられた場合は、労働基準監督署や弁護士などの専門機関への相談を検討することが必要です。
【最終的なポイント】
- 昭和43年8月2日最高裁判決は「所持品検査の要件」と「従業員の受忍義務」を示した最も典型的な判例である。
- 条件を満たせば所持品検査は合法となる可能性があるが、過度で不合理なやり方は違法となり得る。
- 毎日の検査を一方的に課すことが認められるかどうかは、就業規則の規定や検査の必要性・方法の相当性によって結論が変わってくる。
本解説は一般的な法的情報の提供を目的としており、個別のケースでの最終的な法的判断を示すものではありません。具体的な状況に応じた対応を検討する場合は、弁護士など専門家への相談をおすすめいたします。
最判昭和43年8月2日 (民集第22巻8号1603頁)
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54095
- 判示事項
- 一、従業員の金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なわれる所持品検査が許されるための要件と従業員の検査の受忍義務
二、私鉄の電車運転士が脱靴を伴う靴の中の検査を拒否したことを理由とする懲戒解雇が違法でないとされた事例
- 裁判要旨
- 一、使用者がその従業員に対して金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なう所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならず、このようなものとしての所持品検査が就業規則その他明示の根拠に基づいて行なわれるときは、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務がある。
二、私鉄の使用者が、「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」との就業規則の条項に基づき、組合と協議のうえ、電車運転士ら乗務員一同に対し、脱靴が自然に行なわれるよう配慮して、靴の中の検査を実施しようとした等判示事実関係のもとにおいては、当該乗務員は右検査に応ずる義務があり、この場合、被検査者の一人が脱靴を拒否したことを理由とする懲戒解雇は違法ではない。