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薬院法律事務所

企業法務

元従業員が機密情報の詰まったパソコンを持ち出したので、至急取り返したいという相談(東京地方裁判所の場合)


2026年01月18日労働事件(企業法務)

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

Q、私は、東京都で会社を経営しているものです。従業員数は50名を越えています。先日、幹部職員が社外で会社の機密情報を用いて副業をしていることがわかり、解雇を言い渡しました。解雇を言い渡したところ、幹部職員は承諾をしたのですが、会社から貸与していたノートパソコンを返却せずに持ち帰ってしまいました。弁護士を通じて本人に返却を求めたのですが、返事をしません。ノートパソコンには会社の機密情報が入っているので取り返したいのですが、仮に裁判を起こして取り返してもバックアップデータを取られてしまうかもしれません。どうすればいいでしょうか。

A、「占有移転禁止の仮処分(執行官保管型)」「動産引渡しの断行の仮処分」により、元従業員の手元からノートパソコンを取り返すことができる可能性があります。通常は、債務者審尋といって債務者である元幹部職員を呼び出して言い分を聴く手続が入りますが、情報流出の危険性がある場合には予告なく元幹部職員の自宅に執行官が出向いてノートパソコンを回収できる可能性があります。

 

【解説】

元従業員が、機密情報の入ったパソコン等を持ち出したという相談があることがあります。機密情報については「営業秘密」として不正競争防止法で保護されることもあり、刑事告訴を含めた総合的な対応が必要になります。もっとも、刑事事件として進めるためには一定の時間がかかるものですし、「営業秘密」にあたるか十分な証拠がない場合には、刑事事件として進めることが困難なことがあります。事業者としては、機密情報が入っている電磁的記録媒体自体を早急に押さえたいところです。

弁護士は、個別の事案に応じて取るべき手段を考えるのですが、会社の資産をそのまま持ち出した事例については、動産引渡し断行の仮処分ないし占有移転禁止の仮処分(執行官保管型)により回収できることもあります。例外的な手法ですので、十分な準備が必要になるでしょう。

 

※民事保全法

(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/401AC0000000091#Mp-Ch_2-Se_2-Ss_3

 

【参考文献】

榎木智浩「実務解説 相手方のパソコン等を調査するための法的手続-占有移転禁止の仮処分(債務者使用型)の転用可能性」ビジネス法務2021年2月号94-97頁

97頁

【相手方のパソコン等の閲覧との関係で, 占有移転禁止の仮処分の類型および動産引渡しの仮処分を当てはめると,次のとおりである。
①占有移転禁止の仮処分(債務者使用型)
相手方がパソコン等を引き続き使用することができるため,データを改ざん,処分されるおそれが生じて意味がない。
②占有移転禁止の仮処分(執行官単純保管型)
データを改ざん,処分されるおそれを防止することができるが,本訴を提起しなければ使用することができないので,迅速性に欠ける。
③④占有移転禁止の仮処分(債権者使用型),動産引渡しの仮処分
データを改ざん,処分されるおそれを防止することができるうえに,迅速に相手方の情報を収集することができるので,効果的である。
この点については,裁判例もある。占有移転禁止の仮処分(債権者使用型)でパソコンを保全した事例のほか(令和2年(ヨ)第1360号判例集未登載。保全異議は,取り下げられているものの令和2年(モ)第51658号判例集未登載),動産引渡しの仮処分でパソコンを保全した事例もある。】

【占有移転禁止の仮処分は本来的には証拠収集の制度ではなく , また,被保全権利が必要であるため, これを活用することができる場面は相当限定される。 もっとも,利用することができる場面では,非常に強力な証拠収集手段となる。たとえば,会社の役職員が会社のパソコン等を使用して不正行為を行った場合において会社の役職員がそれを持ち出したために会社が所有権に基づいて引渡しを請求することができる場合,不正行為をした役職員が証拠隠滅のために使用した会社のパソコン等を第三者に讓渡したもののそれが法的に無効と取り扱えるために会社が所有権に基づいて引渡しを請求する場合などで,転用の可能性があると考えられる。】

https://www.biz-book.jp/isbn/402102

 

朝倉佳秀・佐野義孝編著『民事保全の実務〔第4版増補版〕(上)』(金融財政事情研究会,2025年7月)18-19頁

【(3)仮の地位を定める仮処分申立事件であっても,債務者審尋等の期日を経ることによって申立ての目的を達することができない事情があるときは。債務者審尋を経ずに仮処分命令を発することが認められている(法23Ⅳただし書)。どのような場合がこれに当たるかについては,個々の事案に応じて,密行性.迅速性等の要請と手続的保障の要請を個別具体的に検討するほかないが,広い意味では執行妨害のおそれが高い場合(救済の必要性が高い場合)であるといえる(瀬木・前掲40頁参照)。例えば,自動車の引渡断行の仮処分のように,債務者審尋を行うことにより対象物の占有が移転されてしまうと,仮処分申立ての目的を達し得なくなるような類型がこれに当たる。とはいえ,手続的保障という規定の趣旨からすれば,この例外は個別事案ごとに限定的に解されるべきである(また,被保全権利についての疎明の程度も一般的に高度のものを要すると解すべきである。)。】

https://store.kinzai.jp/public/item/book/B/14546/