労働者の故意の不法行為に対して、使用者からの賠償請求が制限されることはあるか?
2020年02月10日労働事件(企業法務)
一般論としては全額の請求が可能です。
菅野和夫『労働法 第12版』(弘文堂,2019年11月)163頁
【具体的には、労働者に業務遂行上の注意義務違反はあるものの重大な過失までは認められないケースでは、その他の事情(使用者によるリスク管理の不十分さ等を考慮して使用者による賠償請求や求償請求を棄却している。また、重大な過失が認められるケースでも、宥恕すべき事情や会社側の非を考慮して責任を4分の1や2分の1に軽減している。他方、背任などの悪質な不正行為や、社会通念上相当の範囲を超える引抜き等の場合は、責任制限は格別考慮されない。】
ただ、責任を制限した事例もあるようです。
細谷越史『労働者の損害賠償責任』(成文堂,2014年1月)194頁
【なお,労働者の責任範囲を決定する際には,責任制限法理のみならず,使用者の過失相殺の適用の有無が問題となるが(責任制限法理と過失相殺法理の関係については,後述4参照),使用者の過失相殺については,労働者に故意が認められるようなケースにおいても適用の可能性は排除されていない48。】
【たとえば,山形食品事件・浦和地判昭57.6・30判時1056号218頁は,労働者が販売会議の議決を得ずに注文した商品の大部分を転売しながらその代金を入金しておらず,労働者の故意の不正行為が推認されるようなケースで,使用者にも損害の増大を防止すべき注意義務を欠いた過失があるとして損害の約33%について過失相殺を認めた。労働者の業務命令違反のケースで過失相殺が適用された事例として, ワールド証券事件・東京地判平4.3.23労判618号42頁も参照。
また,幾代通著・徳本伸一補訂「不法行為法」 (1993年,有斐閣)322頁は,不法行為が加害者の故意により生じた場合についても被害者の過失相殺は問題となりうると説く。裁判例は,加害者の故意が被害者の不注意を取り込んでいる詐欺的取引のケースや故意の暴力行為のケースにおいても,被害者の過失相殺を必ずしも排除していないとの分析(窪田充見『過失相殺の法理』 (1994年,有斐閣)217頁以下および245頁以下) も参考になる。】