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薬院法律事務所

一般民事

喧嘩闘争と正当防衛の成否に関する民事裁判例


2024年02月16日読書メモ

民法上、「正当防衛」行為については不法行為責任が成立しないとされています。

第720条
他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

https://ja.wikibooks.org/wiki/%E6%B0%91%E6%B3%95%E7%AC%AC720%E6%9D%A1#:~:text=%E6%9D%A1%E6%96%87,-%EF%BC%88%E6%AD%A3%E5%BD%93%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%8F%8A%E3%81%B3&text=%E4%BB%96%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%B8%8D%E6%B3%95%E8%A1%8C%E7%82%BA%E3%81%AB,%E3%81%97%E3%81%9F%E5%A0%B4%E5%90%88%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E6%BA%96%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82

※参考文献

①藤岡康宏『民法講義Ⅴ不法行為法』(信山社,2013年3月)
「第3節違法性阻却事由のある場合」

【第3に,加害行為は「やむを得ず」行われたものでなければならない.
同旨の表現は刑法36条(正当防衛)および37条(緊急避難)にもあるが, 36条にある「急迫不正の侵害」にあたる要件は民法には存在しない. しかし,やむを得ない行為の判断基準については,民法上も急迫性が必要であるとされ,これを含む3つの基準,急迫性,補充性および法益均衡性があげられている.
すなわち,-
①危険の発生源に急迫性があったこと,すなわち,他人の違法行為を原因
とする緊急状態の発生に急迫性があったこと(急迫性の原則).
②他人(または第三者)に対する権利侵害(または法律上保護される利益の侵害)が行われる以外にほかに適切な手段がなかったこと(補充性の原則).
③防衛利益(720条) と被侵害利益(709条) との間の均衡がいちじるしく失われていないこと(法益均衡の原則).
正当防衛が認められている以上,法益均衡は対等である必要はないが,権利防衛手段としての均衡, その意味での合理的均衡が保たれていることが必要である(13.
なお,法益均衡が失われると,過剰防衛となり,権利侵害の違法性は阻却されない.加害者は損害賠償の責任を負う(ただし,過失相殺による減額は可能である).】(149~150頁)

②平野裕之『民法総合6 不法行為法〔第3版〕』(信山社,2013年6月)

「不法行為責任の成立を阻却する事由」

【(b) 「やむを得ず加害行為をした」こと正当防衛が認められるためには, 「やむを得ず加害行為をした」ことが必要であり, この意味は,①加害行為をする以外に適切な方法がなく,かつ,②防衛される法益と侵害される法益との間に,社会通念上の合理的な均衡が保たれていること(防衛行為の相当性),を必要とすると考えられている(②を超えると過剰防衛)362。例えば,暴力団関係者に絡まれたが,逃げる可能性が十分あったのに,腕に覚えがあったので,いい稽古とばかりに殴って重症を負わせた場合には,正当防衛にはならない(①欠如)。また,正当防衛が許される場合にも,防衛のための加害行為の程度は必要な限度に止まるべきであり,殴りかかられてこれを避けるために蹴りを入れてかわしたが,そのまま逃げればよいのに,蹴りを何発か入れて重症を負わせるというのは,過剰防衛であり責任は否定されない(②欠如)。但し,いずれの場合も,相手が原因を作っているので,大幅に過失相殺がされるべきである。なお,防衛意思も違法性阻却のためには必要になる。】(211頁)

 

もっとも「喧嘩闘争」とされてしまうと、刑法と同様に基本的に正当防衛が認められないと解釈されているところです。ただ、上掲の平野先生の教科書にあるように、大幅に過失相殺がなされることもありますし、双方の不法行為の成立を否定する裁判例⑧及び⑩もあります。あまり論じられていないところですので、参考としていくつか裁判例を紹介いたします。

 

① 東京高判昭和53年7月31日判例時報903号45頁〔27423115〕(正当防衛成立)
【被控訴人が一郎に対して傘を突出した行為は、右行為が、逃避することもできない前認定のような状況下において、しかも防衛上奪い取った傘をもって、興奮、狼狽の余り咄嗟に殺意もなく、なされたものである以上は、これをもって自己の生命、身体に対する危険を防衛するために不必要、不相当なものであったということはできず、社会通念上も已むを得ないものとして是認せざるを得ないものと考える。もとより、人一人を死に致らしめた結果は重大であるけれども、本件においては遺憾ながらこれも不測の結果というよりほかなく、右結果と比較考量してみても、前示判断は動かし難いものであるといわなければならない。
そうとすれば、被控訴人の行為は、民法第七二〇条所定の正当防衛行為にあたり、違法性を欠くものであって、被控訴人には損害賠償の義務がないというべきである。】

② 名古屋地判昭和57年7月19日判例時報1055号111頁〔27423905〕(正当防衛成立)
【原告が本件電車内で被告の胸元を掴み、座席に押し倒したことは認められるが、原告の右行為は被告から先に殴打され、被告や丙川から更に攻撃を加えられるのではないかと感じてやむを得ずなした正当防衛行為であると認められるから、損害についての被告の主張を判断するまでもなく、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。】

③ 東京高判平成10年7月17日判例タイムズ1027号205頁〔28051475〕(過剰防衛85%減額)
【(判例タイムズ掲載コメント)三 本件の最大の争点は、Y2の行為が、やむを得ずにした正当防衛といえるか、防衛の程度を越えた過剰防衛といえるかということである。
刑法三六条一項の「やむを得ずにした行為」の解釈について、一般に、防衛行為の必要性と相当性という概念によって説明され、より具体的には、(一)防衛行為の内容、程度に関し、侵害行為の急迫性の緩急、攻撃の強度や執拗性など、防衛者側の事情として、反撃行為の態様や強さ、他に取り得る手段の有無やその程度など、(二)防衛しようとした法益と防衛行為によって侵害した法益との権衡などの諸事情を総合考慮して判断すべきであるとされている(川口・平元最判解説三四五頁参照)。
本判決も、相当性の判断基準に関する右のような学説を踏まえたうえで、具体的事案について判断したものであるが、民事事件で正当防衛や過剰防衛の成否が争われる事例が乏しいので、実務上の参考として紹介する(最近の刑事事件としては、福岡高判平10・7・13本誌九八六号二九九頁、大阪高判平9・6・25本誌九八五号二九六頁、東京地判平9・12・12本誌九七六号二五〇頁などがある)。】

④ 東京簡判平成16年12月17日裁判所ウェブサイト掲載判例〔28100792〕(正当防衛成立)
【前記認定の事実によれば、原告の横腹に組み付き原告をその場に倒して押さえ込むなどして、原告に全治1週間の上口唇左側の裂傷等の傷害を負わせた被告の行為は、原告が被告に対しいきなり足蹴りをし、引き続いて殴りかかろうとした行為に対し、自分の身体を守るために、防衛の意思に基づいて行ったものと認められ、また、加害行為の態様及び原告の受傷の程度等に照らし、正当防衛として許容される防衛の程度を超えたものとまではいえないから、正当防衛行為であると認めるのが相当である。したがって、被告は、前記加害行為によって原告に生じた損害について賠償責任を負わない。】

⑤ 東京地判平成26年12月2日判例時報2249号65頁〔28231453〕(正当防衛成立)
【以上のとおり、原告は、本件店舗に被告の了解なく立ち入り、本件店舗から押し出された後は、路上において、突然被告の顔面を殴打するという一方的な加害行為を行ったものであり、被告に挑発行為があったということはできず、本件店舗から押し出した行為は不法侵入者に対する対応としては相当であったというべきであるから、これを被告の加害行為とみることはできない。
また、被告を殴打した後、原告が被告に対する加害行為を止めており、そのことが客観的に明らかであったことを認めるに足りる証拠はなく、その後も、原告を制止するために押さえていなければならない状態であったと推認されることは上記のとおりであるから、原被告の体格差を考慮しても、被告が、原告の両肩を掴んで押さえ、押し倒して路上に押さえつけた行為が、原告に対する積極的な加害行為であると評価することもできず、他にこれに代わる適切な制止行為があったことも窺われない。
したがって、本件事件は、全体としてみても、原被告の喧嘩闘争であったということはできないから、原告の主張はその前提を欠いている。
そして、原告が、本件店舗に被告の了解なく立ち入り、更に被告を殴打したことを考慮すれば、原告を制止するために被告が取った上記行動は、これ以上の本件店舗への立入ないし被告への暴行を避けるためにやむを得ず行われた行為であるといえ、原告の加害行為に対比して、行為態様において相当性を欠くものともいえないから、これにより原告が原告傷害を負ったものであるとしても、被告は正当防衛として損害賠償責任を負わない。
エ 以上のとおりであるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。】

⑥ 東京地判平成27年9月4日D1-Law.com判例体系〔29013990〕(正当行為成立)
【原告は、その頭部を被告の腰部に押し付け、被告の背後のガードパイプをつかんでその移動を困難にしたことが認められるが、このような原告の行為は、警察官が到着するまでの間に被告が現場を離れることを防ぐことを目的として行われたものであり、その理由として、被告から原告車両を蹴られ、無断で車内に進入されて乗務員証や携帯電話を取り上げられた上、殴打されるという被害を受けたという事情があり、被告の生命・身体に対する危険性は低く、被告の拘束時間が短時間にとどまったことを考慮すると、原告の行為は、社会通念上、相当と認められるから、正当行為に当たり、違法性が阻却されるというべきである。
したがって、原告の行為の違法性が阻却されることをいう原告の主張は理由があり、被告の原告に対する民法709条に基づく反訴請求は理由がない。】

⑦ 東京地判平成28年9月13日D1-Law.com判例体系〔29020426〕(正当防衛成立)
【(1) 前記認定事実1(2)及び(3)のとおり、被告は、倒れた状態の原告の左頸部付近を右足で踏みつける加害行為により、原告に頸部の打撲挫傷及び擦過傷の傷害を負わせている。
(2) しかしながら、他人に対する加害行為であっても、それが〈1〉他人の不法行為に対して、〈2〉自己または第三者の権利を防衛するためになされたものであり、〈3〉防衛のための加害行為がやむを得ないものであったときは、正当防衛として不法行為責任が否定されるところ、被告による上記加害行為は、原告が被告の左足首付近にしがみつくのを引き離すためになされたものである。そして、被告は、原告による当該行為により左足関節捻挫の傷害を負っており、原告の同行為は被告に対する不法行為に該当すること(〈1〉)、被告の上記踏みつけ行為は、自己の左足首にしがみつく原告から自らを防衛するためになされたものであること(〈2〉)、左足首にしがみつかれて、その自由を奪われていた被告としては、右足を使って抵抗することもやむを得ず、原告が負った傷害【通院加療10日間程度を要する頸部の打撲挫傷及び擦過傷(ただし、本件胸部等の傷害と併せて)】も被告が負った傷害(治療約1週間を要する左足関節捻挫)に比して重くはなく、行為の必要性及び相当性も認められること(〈3〉)に照らすと、被告の上記加害行為については正当防衛が成立すると解するのが相当である。
したがって、被告は、上記踏みつけ行為につき、正当防衛の成立によって不法行為責任を負わないものと認められる。】

⑧ 東京地判平成30年3月30日D1-Law.com判例体系〔29049610〕(双方不法行為を否定)
【こういった要素に鑑みると、本件事件はいわば「どっちもどっち」といえる喧嘩闘争と評価するのがふさわしいものであり、本件事件における原告及び被告Yの行為を細分化して検討し、個別に不法行為の成否を検討するのは実態にそぐわないとも解される。喧嘩両成敗との言葉にあるように、喧嘩闘争における双方の行為はいずれを侵害行為とし、いずれを防衛行為となすかは困難であるだけでなく、必ずしもすべての場合に双方の行為を不法行為として断ずべきものではない、行為が比較的軽微であり、かつ諸般の事情からこれを法律をもって厳重に律するほどの違法性に乏しいと認められるときは、いわゆる喧嘩両成敗として両者の責任を否定することも許されるものと解されるとの見解も存するところ、本件事件は、上記のとおり双方の行為は軽微とは言い難い暴行を含んではいるものの、双方の行為に対する非難可能性は大差ないと解される(実際に負傷しているという結果については原告のほうが被害が大きいともいえるが、他方で挑発や恫喝等の誘引行為の多さも原告が圧倒的に多く、結局のところどちらかが一方的に非難されるべきとは言い難い。)。この場合にどちらか一方のみについて不法行為が成立するとし、あるいは双方の行為に個別に不法行為が成立するとした場合、結果的に生ずる損害の金銭的評価の面も含めて、不公平が生ずる可能性がある。
とすれば、本件事件においては、端的に、原告と被告Yいずれについても、不法行為は成立しないと解するのが相当である。】

⑨ 東京地判平成30年7月25日D1-Law.com判例体系〔29055009〕(正当防衛成立)
【被告Yは、原告のいる場所まで赴き、原告の作業態度について注意したところ、C及び原告において被告Yの髪をつかむなどの暴行を加えてきたため、原告の髪の毛をつかみ返したにすぎず、その後、他の従業員らがやってきて、原告と被告Yを引き離すまでの間、被告Yは、原告に対し、それ以上の暴行には及んでいないものと認められる。
そうすると、被告Yの原告に対する暴行は、C及び原告が髪をつかむなどの暴行を加えてきたのに対し、自身の身を守るために原告の髪をつかみ返したにとどまっており、民法720条1項の正当防衛に当たるものと認められる。このような正当防衛行為について、被告Yは不法行為責任を負うものではないし、被告会社の使用者責任ないし安全配慮義務違反を問う余地もない】

⑩ 東京地判平成30年11月2日D1-Law.com判例体系〔29052924〕(双方不法行為を否定)
【喧嘩の際における双方の行為は、原則としていずれも不法行為となると解されるものの、行為態様、それによって生じた結果の内容、喧嘩に至る経緯等の諸般の事情に照らして、不法行為に基づく損害賠償請求権が発生するほどの違法性を有するものとは認められない場合には、不法行為の成立が否定されると解するのが相当である。】

⑪ 東京地判令和2年12月21日D1-Law.com判例体系〔29063242〕(違法性を否定)
【(1) 本件各行為は、いずれも、原告の身体に対する有形力の行使であって、何らの事情もないのに、これらの行為を被告が一方的に行ったのであれば、原告の身体の安全を害するものとして当然に違法性を有し不法行為が成立するものというべきである。
(2) しかしながら、既に説示したとおり、本件会計後、原告は、被告に対し、本件個室の料金全額を支払うよう求め、被告に対して先に暴行を加えたものである。このような状況において、原告を制止しようとして本件各行為をしたという経緯につき、被告に責められるべき点は特にない。また、本件各行為が暴行として強度なものとまではいい難く、被告に積極的な加害意思があったとも認められないこと、本件傷害が本件各行為によって生じたと認めるに足りず、本件各行為によって生じた結果が重大であるともいい難いことからすれば、本件各行為の違法性は低いものというべきである。
(3) そうすると、原告に、金銭による賠償を受けなければならい程度の精神的苦痛が生じたとは認めるに足りず、本件各行為について、原告に対する不法行為は成立しないものというべきである。】

⑫ 東京地判令和3年3月26日D1-Law.com判例体系〔29063499〕(正当防衛成立)
【被告Y1が腹部を原告の腹部に当てて、原告を押したという部分については、原告と被告Y1との間において最初の身体接触であったことは否定できない。もっとも、被告Y1がそのような行為に及んだのは、原告が興奮のあまり被告Y1の名を連呼したり門扉をガタガタと揺すったりしていて(被告Y1本人・2頁)、被告を自宅敷地内から退かせるには口頭でのやりとりでは相当困難だったからであると認められる。また、被告Y1の態様は直ちに相手方に打撲傷や擦過傷といった傷害を負わせるようなものではない。原告からすると、被告Y1から先制された、あるいは挑発されたと受け止めたとしても、その後に被告Y1が原告を殴打した事実が認め難いことからすれば、客観的には、原告への反撃の機会を誘発するためにあえて及んだとまではみることができない(この点、被告Y1が、妻のことを「くそばばあ」と罵倒されて立腹していたことは否定できないが、これをもって原告を挑発したとまではいえない。)。そうすると、被告Y1による行為は、急迫不正の侵害を自招したものではなく、正当防衛として許容される防衛の程度にとどまるものと評価するのが相当である(なお、原告の左第5趾基節骨骨折については、その発生機序は先に認定したとおりであり、同骨折をもって正当防衛としての程度を逸脱したものとみることはできない。)。
したがって、被告Y1の原告に対する行為については、正当防衛として違法性が阻却されるものと認められる。】