在宅事件で黙秘権を行使することは、逮捕を誘発するかという相談(刑事弁護)
2021年10月14日刑事弁護
一般論としては、黙秘権を行使することは、完全自白の場合と比較して、「罪証隠滅」の意図を推測させるといわれます(なお、住所氏名まで黙秘することは、逃亡のおそれも推認させます)。ただし、それだけで罪証隠滅のおそれがあると言われるわけではなく、他の事情から罪証隠滅のおそれがあると認められることが必要です。そのため、黙秘権の行使は逮捕の可能性を高めるとはいえ、それだけで逮捕状が出せるようなものではない、というのが質問に対する回答になります。これは、そもそも出頭しない場合との大きな違いです。そもそも出頭しない場合は、「逃亡のおそれ」が肯定されて逮捕に直結します。良くある質問ですが、きちんと書いた捜査官向け文献は少ないように思います。もっとも、逮捕状の請求を事実上誘発する可能性は否定できません。
勾留要件についての記載ですが、こういった文献はあります。
髙森高徳著・澁谷博之補訂『Q&A実例逮捕・勾留の実際〔第2版補訂〕』(立花書房,2022年5月)
【71黙秘と罪証隠滅のおそれ
被疑者が、「黙秘権を行使します。」と言って取調べに応ぜず、犯罪事実についての供述を拒否している場合、罪証隠滅のおそれがあるということができるか。】
157頁
【不利益推認禁止の趣旨を強調すれば、被疑者が黙秘することをもって罪証隠滅のおそれありとして勾留することは、黙秘権保障の趣旨に反するとの見解もあり得る。しかし、自白して犯罪事実を素直に供述している場合には、罪に服そうとする姿勢が明らかで罪証隠滅の意図は少ないのが通常であるのに対し、被疑者が黙秘している場合には、素直に罪に服する気持ちがなく、罪証隠滅の意図を有するのが普通であろう。したがって、自白している者との対比において、黙秘する者は罪証隠滅を図る可能性は高いといえる。罪証隠滅のおそれの判断には、当該事件に関係するあらゆる事情を考慮しなければならないのであるから、被疑若の供述態度(詳細に供述しているか否か、曖昧か否か、黙秘しているか否か、変遷しているか否か等) も当然考慮しなければならない。そして、黙秘が罪証隠滅の意図を推測させることになる以上罪証隠滅のおそれの有無を判断するための資料とすることは許されよう。
しかし、被疑者の黙秘は、罪証隠滅のおそれの有無を判断するための一資料であり、他の客観的事情抜きに、これのみをもって直ちに罪証隠滅のおそれありとすることはできないて、あろう。判例上、被疑者が黙秘したことをもって罪証隠滅のおそれを認めた裁判例は、多くが、共犯事件であったり、関係者が多かったりして、これらの者との通謀による罪証隠滅が想定され得る事案であったものである。もっとも、単独犯の暴行事件で犯行の一部始終がビデオ撮影されていたような場合でも、犯行動機に関する口裏合わせや示談の強要等の罪証隠滅のおそれは否定できず、罪証隠滅のおそれを推測させる他の客観的事情が全くないという事態はあまり考えられない。ただし、被害者や目撃者による立証が可能で.あり、これらの者が、被疑者からの働きかけが通常考えられない警察官であるような場合には、罪証隠滅のおそれがないとされることもあり得る(東京地決昭34. 4 . 1 下集1 . 4 ・1143等)。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3773
田中康郎監修『令状実務詳解〔補訂版〕』(立花書房,2023年4月)323-327頁
浅香竜太「56 黙秘権の行使と勾留の理由.必要性」
【2 黙秘権等行使との関係
黙秘権等の行使との関係で最も問題となるのは、④罪証隠滅の主観的可能性である。なぜなら、この要素については被疑者等の供述態度が重要な意味を持つからである。そして、黙秘等したことそれ自体を根拠に不利益に取り扱うことは許されないという立場に立ったとしても、被疑者等が率直に自白している場合には罪証隠滅の意図を否定する根拠となり得ることと対比すると、被疑者等が黙秘等している場合には罪証隠滅の意図を否定する根拠を見出すことができなくなるから、そのような意味で、被疑者等が黙秘等しているという供述態度を、罪証隠滅の主観的可能性を肯定する事情として用いることは許容されよう(注4)。
このほか、③罪証隠滅の余地との関係においても、率直な自白があれば、捜査も早期に進みやすく、裏付けとなる証拠の収集がされることで罪証隠滅の余地がなくなっていく(注5) こととの対比で、黙秘等しているときには、裏付けとなる証拠の収集が遅れ、その分罪証隠滅の余地が残されることになる。黙秘等したことそれ自体を不利益に取り扱うことはしないとしても、捜査の進捗に影響する結果として、そのような供述態度を罪証隠滅の余地を肯定する資料として用いることはやはり許容されよう。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3843
福嶋一訓「勾留要件に関する諸問題一勾留の必要性を中心に-」警察学論集74巻8号(2021年8月号)
82頁
【黙秘している場合にも、自白という供述態度が罪証隠滅の意図を否定する方向の事情として考慮され得ることと比較すれば、少なくとも、そのような事情がないという意味では、黙秘していることが被疑者に不利に作用するのはやむを得ないと解される。逆にいえば、黙秘していて罪証隠滅のおそれが認められるとの判断が実際にされる場合とは、黙秘しているかどうかが直接判断に影響しているわけではなく、その点を除いたほかの事情から罪証隠滅のおそれを肯定できる場合であると考えられる。】
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