文献紹介 城祐一郎「誌上講義(第38回)起訴猶予の弾力的運用 : その功罪も含めて」捜査研究2022年11月号59頁
2024年02月02日刑事弁護
「不起訴(起訴猶予)になるか」。これは相談者の多くが切実に悩んでいる問題です。
以前も記事を書きましたが、起訴猶予の考慮要素は、量刑判断の考慮要素と被るところがありますが、必ずしも一致はしません。どういう事案かが大事なので一概にはいえないのですが、一般的な考慮要素としてこういった説明をしています。検察官は,被疑事実が明白な場合にも,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときに起訴猶予処分が出来ます(刑事訴訟法248条)。
※刑事訴訟法
第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131
起訴猶予か否かの決定にあたっては,「要は,刑罰を科さないことが,犯人の社会復帰を著しく容易にするかどうか,また,刑罰を科さなくても,社会秩序の維持を図ることができるかどうか,に重点をおき,刑事政策的配慮の下に決すべきである」とされているところです(司法修習所検察教官室編『検察講義案(令和3年度版)』102頁)。
https://hosokai-books.com/?pid=182858044
考慮要素については,以下のように説明されています(『大コンメンタール刑事訴訟法[第2版]第5巻〔第247条~第281条の6〕』62頁)。
「「性格」とは,生来の素質を基礎としつつ,環境との接触による体験によって影響され,形成される人格であり,各個人に特有の,ある程度持続的な行動の様式をいう。具体的には,性質,素行,遺伝,習慣,学歴,知識程度,経歴,前科前歴の有無,常習性の有無などがこの範疇に入る。性格に関してみると,性格的に犯罪性の強い者が弱い者に比して訴追の必要性が大きくなると一般的にいえるであろう。
「年齢」とは生まれてから現在までの経過期間を年月日によって数えたものであるが,具体的には,若年(可塑性に富む)であるか,老年(体力等から刑を科するのが不適当な場合も多い)であるか,学生であるかなどが特に考慮の対象になるであろう。
「境遇」とは,本人の置かれた身上をいうが,具体的には,家庭状況,居住環境,生活環境,職業,職場環境,交友関係などがこれに含まれる。特に,この関係では,両親その他監督保護者がいるかどうか,定まった住居があるかどうか,定職に就いているかどうか,家族の生活状態はどうかなどが重要となろう。
「犯罪の軽重」とは,犯罪行為を客観的に評価した場合における犯罪自体の価値の大小を意味し,具体的には,法定刑の軽重法律上の刑の加重減刑事由の有無犯罪行為の個数,被害の程度,被害の個数などが含まれる。
「犯罪の情状」とは,犯罪行為を主観的に評価した場合における情状であり,具体的には,犯罪の動機・原因・方法・手口,計画性・主導性の有無,犯人の利得の有無,被害者との関係,被害者の落度の有無,犯罪に対する社会の関心,社会に与えた影響,模倣性などが含まれる。
「犯罪後の情況に関する事項」この事項については,犯人に関しては,犯人の反省の有無,謝罪や被害回復のための努力の有無,逃亡や証拠隠滅等の行動の有無,身柄引受人その他将来の監督者・保護者の有無等環境調整の可能性の有無などが含まれる。被害者に関しては,被害弁償の有無・程度,示談の成否,被害者の宥恕の有無,被害感情の強弱などが含まれる。その他のものに関しては,社会情勢の変化,犯行の時間的経過,法令の改廃刑の変更,恩赦などが含まれる。
https://www.seirin.co.jp/book/01586.html
この記事は、城祐一郎先生が検察実務家の立場で、現場警察官に対して統計資料と経験を踏まえて起訴猶予の実情を語った論文であり、刑事弁護実務においても参照価値の高いものです。例えば、起訴猶予をしたものについての緊急保護については、令和2年では、起訴猶予の対象となった者781人に対して、食事給与(58名)、衣料給与(193名)、旅費給与(76名)、更生保護施設等への宿泊と伴う保護の委託(734名) がなされているそうです。
興味深いのはDV事件に対する起訴猶予で【一旦は、起訴猶予としても、その後の被疑者の行業を経過観察することにより、例えば1年間、被害者から毎月の電話連絡によりその家庭内の状況について報告を受けることで、その行動状況を把握しておくこととするのです(もっとも、その期間が過ぎたからといって被害者からの電話を受けないということにはなりませんから、この期間にさほど意味があるわけではありませんが。)。もちろん、そのような被害者からの報告を受けることを被疑者にも話し、被疑者も被害者がそのような連絡を取り続けることを了解した上で起訴猶予処分とするわけです9)。
そして、もし、その期間内に被疑者が被害者に暴行を加えたなどという連絡があれば、新たな暴行を立件するのはもちろんのこと、既に、起訴猶予としたものについても再起し併せて起訴するという処理の流れになるということであります。】という提言がなされていることです。一種の執行猶予であり、検討に値する提言だと思いました。