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薬院法律事務所

刑事弁護

実刑の危険性がある交通事故事件(過失運転致死)で執行猶予付判決を得たいという相談


2025年11月09日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

Q、私の息子が死亡事故を起こしてしまいました。飲酒運転ではなくて、スマホに気を取られていて横断歩道上にいる人を撥ねてしまったようです。息子に前科はありませんが、被害者は非常に憤っていて示談はできないそうです。弁護人の方からは「執行猶予付判決になるか否かはわからない」といわれています。どうすれば執行猶予付判決を得られるでしょうか。

A、情状弁護については、総合的な対応が必要になります。スマートフォンのわき見運転での死亡事故については、実刑の可能性が高い類型になりますので、十分な弁護活動が必要になります。示談についても諦めないことが大事です。

 

【解説】

刑事弁護をしていると、実刑と執行猶予のボーダーラインという事例は良く見かけます。こういった事案の場合には、弁護人の情状弁護活動の内容次第で、執行猶予が付くか、付かないかが分かれるということもあります。

私が情状弁護をする場合は、まず、証拠を吟味して、間違ったものはないか、公訴事実の存在を裏付ける証拠は十分に存在するかという、否認事件の場合と同じ作業をします。これは抜けがちなことなのですが、証拠を依頼者と突き詰めて見ていくと、実際の事実よりも悪質な話とされていることはしばしばあります。特に「事実が欠落している」パターンは、弁護人が単純に依頼者に証拠を見せて「間違っている部分はないですか」と聞くだけだと見落としがちです。例えば、スマートフォンのながら運転での死亡事故でも、ゲームをしての事故と、幼い子どもが発熱したということで自宅に帰る途中に、急に電話がかかってきたので出てしまったといった事故では、当然後者の方が、偶発的なものとして軽く判断されることになります。。検察官に対する証拠開示請求も積極的に行います。

この作業を終えると、弁論に向けての情状事実の吟味をします。

弁論では、犯情(犯罪そのものの情状)について、その類型が公訴事実の犯罪類型のなかでは軽微な部類にあたること(少なくとも悪質な部類ではないこと)を述べるとともに、一般情状についても可能な限り有利な事情を指摘いたします。一般情状については弁護活動を通して作ることができるので、ここは弁護人の創意工夫が問われるところです。この時は、菅原直美・山田恵太ほか編『情状弁護Advance』(現代人文社,2019年10月)が参考になります。ご相談のような性犯罪の場合は、被害者の真意に基づく「示談」が成立するか否かが重要になりますので、本人の反省を深めて謝罪文を送付するといった弁護活動をすることも重要になります。

執行猶予に関する代表的論文は、植野聡「刑種の選択と執行猶予に関する諸問題」大阪刑事実務研究会編著『量刑実務大系第4巻 刑の選択・量刑手続』になります。その他にも、田村政喜「33 執行猶予の判断基準」池田修・杉田宗久編『新実例刑法[総論]』(青林書院,2014年12月)も参考になります。この2つの文献は、必ず参照します。

そして、量刑相場については、判例データベースなどで可能な範囲の裁判例を調査し、不公平な判断がなされないようにするとともに、同種事案で執行猶予が付されたものがあれば引用します。さらに、令和4年6月13日、通常国会において「刑法等の一部を改正する法律」が成立したことも重要です。同改正では、再度の執行猶予の範囲が拡大されています。これは、改善更生・再犯防止を図る観点からは、必ず実刑とするのではなく、社会内処遇を続けさせる方が適当な場合もあるとの観点からなされたものです。この点は必要に応じて指摘します。

これらの作業については、依頼者や依頼者家族と協議しながら進めていきます。私は、協同しながら作業することによって、依頼者や依頼者家族の理解も深まり、再犯防止にもつながると考えています。

刑法等の一部を改正する法律案(法律案要綱) 

https://www.moj.go.jp/houan1/keiji14_00021.html

【二 刑の執行猶予制度の拡充
1 再度の刑の全部の執行猶予を言い渡すことのできる要件の緩和
前に拘禁刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が二年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときは、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができるものとし、ただし、この1本文の規定により刑の全部の執行を猶予されて、第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでないものとすること。(第二十五条第二項関係)】

刑法

https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045

(刑の全部の執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
(刑の全部の執行猶予中の保護観察)
第二十五条の二 前条第一項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第二項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する。
2前項の規定により付せられた保護観察は、行政官庁の処分によって仮に解除することができる。
3前項の規定により保護観察を仮に解除されたときは、前条第二項ただし書及び第二十六条の二第二号の規定の適用については、その処分を取り消されるまでの間は、保護観察に付せられなかったものとみなす。

 

【参考文献】

野村充「裁判官からみた交通捜査について」警察学論集68巻1号(2015年1月号)41-55頁

54頁
【交通事故・事件の場合の最刑判断においては、「過失の態様(被告人の注意義務についてはどうだったのか等)」、「運転行為の態様(いわゆる無謀運転の類だったのかどうか。危険運転致死傷事案では、危険運転行為の態様はどうだったのか等)」、「被害者の数(被害状況等)」などを中心的な事情として量刑の大勢を決した上で、調整的に考慮すべき要素として、「被告人の反省状況」、「被告人の更生環境」、「被害者への示談成立の状況」等を考慮していく、ということになる。】

 

橋爪隆「自由刑に関する法改正」法学教室2022年12月号(507号)44-48頁

47頁
【刑の執行猶予制度には, 自由刑の弊害を回避しつつ,執行猶予取消しによる施設収容の可能性に基づく威嚇効果によって,社会内で犯罪者の自発的な改善更生・再犯防止を図る点において重要な刑事政策的意義が認められる)。改善更生のために適切な指導監督・補導援護を要する者については,保護観察を付することもできる(保護観察付執行猶予)。
今回の改正は,執行猶予の要件を緩和することによって,社会内処遇に相応しい事例について執行猶予が活用できる範囲を拡張するとともに,執行猶予による再犯防止効果をさらに実効化するために,執行猶予の取消しが可能な範囲を拡充するものといえる。】

 

中野浩一ほか「刑法等の一部を改正する法律及び刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律について」法曹時報77巻8号(2025年8月号)39-178頁

94頁

【改正前の本項本文においては、再度の刑の全部の執行猶予を言い渡すことができる刑期の上限は1年とされていた。
しかし、猶予の期間内に更に罪を犯した者について、1年を超える刑を言い渡す場合であっても、改善更生・再犯防止を図る観点からは、必ずしも実刑とするのではなく、社会内処遇を続けさせる方が適(注1)当な場合もあり得る。そこで、裁判所の処分の選択肢の輻を広げてより適切な処遇を可能とするため、再度の刑の全部の執行猶予を言い渡すことができる刑期の上限を引き上げることとされた。】

96頁

【(注1) 令和4年4月27日衆議院法務委員会における川原隆司法務省刑事局長の答弁
「まず、再度の刑の全部の執行猶予を言い渡すことができる宣告刑の上限の引上げについて申し上げますと、現行法上、その上限は1年とされているところでございますが、執行猶予の期間内に再犯に及んだ者について、1年を超える刑期とする場合でありましても、改善更生、再犯防止を図る観点から、実刑に処するよりも再度の保護観察付執行猶予を言い渡して社会内処遇を続けさせる方が適当な場合もあることなどから、その刑期の上限を2年に引き上げるものでございます。
これによりまして、新たに再度の刑の全部の執行猶予を言い渡されることとなる事案といたしましてどのようなものが想定されるかにつきましては、個別具体的な事実関係によるために一概に申し上げることは困難でありますが、例えば、窃盗を犯して執行猶予中の者が再犯に及ぶことなく真面目に生活していたところ、過失により交通死亡事故を起こしたものの、示談が成立し、遺族も寛大な処分を望んでいるような事案などにおきましては、1年を超える刑期を言い渡しつつも、再度の刑の全部の執行猶予を言い渡されることがあり得ると考えられるところでございます。】