性的姿態等撮影罪(未遂)と、迷惑行為防止条例違反(卑わいな言動)、軽犯罪法違反(つきまとい)の分水嶺
2024年08月06日刑事弁護
例 駅のホームで下着を盗撮しようと思い、スカート内にスマートフォンのカメラを向けようとしたが、撮影前に発覚して現行犯逮捕された。
こういった事例の場合、①性的姿態等撮影罪の未遂罪になるのか、それとも、②迷惑行為防止条例違反の「差向け」行為、あるいは卑わいな言動にとどまるのか、あるいは③軽犯罪法違反(つきまとい)のみ成立する、④犯罪は成立しない、のかが問題になります。
①性的姿態等撮影罪の未遂罪になるのか
①について、性的姿態等撮影罪の法定刑は「三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金」ですが、例えば福岡県迷惑行為防止条例違反(卑わいな言動)の法定刑は「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」、常習の場合で「二年以下の懲役又は百万円以下の罰金」です。そのため、まずは性的姿態等撮影罪の未遂犯が成立するかを検討することになります。
法務省「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律案」逐条説明(2023年2月)
6頁
【本項は、結果として撮影に至らなかった行為の中には、例えば、撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、露光不足で撮影に失敗した場合など、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、性的姿態等撮影罪の未遂犯を処罰することとするものである。】
浅沼雄介ほか「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律について(1)」法曹時報76巻2号(2024年2月号)23頁
58-59頁
【3 第2項
本項は、本条第1項各号に掲げる撮影行為をしようとしたものの、結果として撮影に至らなかった行為の中には、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、未遂犯を処罰するものである。
どの時点で実行の着手が認められるかについては、個別の事案ごとに、具体的な事実関係に碁づいて判断されるべき事柄であるが、例えば、
〇スカートで隠された下着を撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、たまたまの露光不足で性的姿態の影像として記録されなかった場合
など、対象性的姿態等(同項第4号については性的姿態等)の影像が記録される現実的危険性を有する行為が開始されたときは、実行の着手と認められ、未遂罪が成立し得ると考えられる。
具体的な事実関係によっては、
〇スカートで隠された下着を撮影する目的で、スカートの下に撮影機器を差し入れた時点
で、実行の着手が認められる場合もあり得ると考えられる。】
具体的な事実関係を踏まえて「対象性的姿態等(同項第4号については性的姿態等)の影像が記録される現実的危険性を有する行為が開始された」といえるかですが、ここはまだ解釈が固まっていません。弁護人としては、実行の着手に関する議論、迷惑行為防止条例の存在も踏まえて主張していくべきでしょう。
②迷惑行為防止条例違反の「差向け」行為、あるいは卑わいな言動にとどまるのか
②差向け行為については、「撮影される現実的可能性」が必要か否かについて裁判例が分かれています。
(否定例)
福岡地裁平成30年9月7日
そうすると,被告人の行為は,福岡県迷惑行為防止条例6条2項2号に該当せず(なお,仮に,被告人があわよくばAの下着や衣類の中を撮影しようと考えていたとしても,これまで述べたように,Aの下着や衣類の中が映り込む現実的可能性のある態様で本件携帯電話のカメラレンズを向けたとまでは認め難く,結局,同条例に反する行為は認めることはできない。),本件公訴事実については犯罪の証明がないものとして,刑訴法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88036
(肯定例)
島本元気「新判例解説(東京高等裁判所令和4年5月12日判決(上告取下げ・確定)」研修899号(2023年5月号)19頁
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)の「人の通常衣服で隠されて いる下着又は身体を…撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け」る行為の該当性の判断基準を示すとともに、当該行為に該当するためには、写真機その他の機器が下着等を撮影可能な位置にまで到達していることを要しないと判示した事例
弁護人としては、これらの裁判例の存在を踏まえて「差向け」に該当しないことを主張していくことになるでしょう。また、部内資料ですので内容には触れませんが、福岡県迷惑行為防止条例逐条解説(2019年5月)も参考になります。
さらに、「差向け」とはいえなくても、「卑わいな言動」にあたることがあります。この点については近時の最高裁判例及びその原審の判決が参考になります。
③迷惑行為防止条例違反すら成立しない
これらすべてを検討した結果、性的姿態撮影罪も迷惑行為防止条例違反にもならない場合があります。そうなると、あとは軽犯罪法のつきまとい行為にあたるか否かです。代表的な書籍の記載を2件引用します。
伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房,2013年9月)193-194頁
【「つきまとう」とは, しつこく人の行動に追随することであるが,立ち塞がるほど相手方に接近する必要はない。尾行がその典型的な例である。通行人が不要だと言って断っているのに, しつこく追随して, わいせつ写真等を売りつけようとしたり,客引きをしたりする行為は, 「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとう」の適例であろう (判例集に掲載されたものとしては,道路上で,通行中の人に対し「実演と映画を見ませんかと言いながら追随したケースを本号に当たるとしたものがある-東京高判昭36.8.3高刑集14巻6号387頁。)。歩行者や自転車に乗って行く者を自転車に乗って, あるいは,それらの者や自動車に乗って走行する者を自動車に乗って「つきまとう」ことも可能である。警察官や興信所の者が,職務上の必要から人を尾行するような行為も,本号の構成要件を充足する。
(中略)
これに対して,深夜たまたま帰宅方向が一緒であったため,先を歩く女性の背後を一定の距離をおいて歩くこととなり,結果的に当該女性に不安を覚えさせる結果になったとしても,それは,そもそも「つきまとった」とはいえないであろうから, ここでいう「不安を覚えさせるような仕方」にも当たらないであろう (101問175頁)。】
須賀正行『擬律判断・軽犯罪法【第二版】』(東京法令出版,2022年11月)106頁
【「つきまとう」とは,執勘に人に追随することをいい, 「立ちふさがる」又は「群がる」行為の場合ほど相手の身体に接近する必要はないが,時間的にはこれらの行為よりも継続することが必要であるとされる。
一定の目的をもって人を尾行する場合は本号の典型であるが,深夜一人歩きの女性の後方から同じ速度で歩き,相手が歩を速めれば速め,歩を緩めれば緩めるなどして一定の間隔で追随するような場合もこれに当たる。
追随の仕方が「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方」であるかどうかは,個々の事案ごとに, その時刻,場所,追随した時間,行為者の態度,服装,体格,相手方の性別・年齢等の具体的状況を基に社会通念によって判断することとなる】
107頁
【「つきまとった」に該当すると考えられる事例
③午後10時頃,通行中の18歳の女性に対し,約30メートルの間, 同女と歩調を合わせ,無言で追随してつきまとった。】
④犯罪は成立しない
これらの検討の結果、いずれの犯罪も成立しないという場合もあり得ます。弁護人としては十分な吟味をして、警察官、検察官との間で擬律判断、終局処分につき意見書を出すべきでしょう。
※性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律
(性的姿態等撮影)
第二条次の各号のいずれかに掲げる行為をした者は、三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する。
一正当な理由がないのに、ひそかに、次に掲げる姿態等(以下「性的姿態等」という。)のうち、人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れることを認識しながら自ら露出し又はとっているものを除いたもの(以下「対象性的姿態等」という。)を撮影する行為
イ人の性的な部位(性器若しくは肛こう門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下このイにおいて同じ。)又は人が身に着けている下着(通常衣服で覆われており、かつ、性的な部位を覆うのに用いられるものに限る。)のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分
ロイに掲げるもののほか、わいせつな行為又は性交等(刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十七条第一項に規定する性交等をいう。)がされている間における人の姿態
二刑法第百七十六条第一項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、人の対象性的姿態等を撮影する行為
三行為の性質が性的なものではないとの誤信をさせ、若しくは特定の者以外の者が閲覧しないとの誤信をさせ、又はそれらの誤信をしていることに乗じて、人の対象性的姿態等を撮影する行為
四正当な理由がないのに、十三歳未満の者を対象として、その性的姿態等を撮影し、又は十三歳以上十六歳未満の者を対象として、当該者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者が、その性的姿態等を撮影する行為
2前項の罪の未遂は、罰する。
3前二項の規定は、刑法第百七十六条及び第百七十九条第一項の規定の適用を妨げない。
https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC0000000067#Mp-Ch_2
※福岡県迷惑行為防止条例
(卑わいな行為等の禁止)
第六条 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由がないのに、人を著しく羞恥
させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で次に掲げる行為をしてはならない。
一 他人の身体に直接触れ、又は衣服その他の身に着ける物(以下この条において「衣服等」
という。)の上から触れること。
二 前号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。
2 何人も、公共の場所、公共の乗物その他の公衆の目に触れるような場所において、正当な理
由がないのに、前項に規定する方法で次に掲げる行為をしてはならない。
一 通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着をのぞき見し、又は写真
機、ビデオカメラその他これらに類する機器(以下この条において「写真機等」という。)
を用いて撮影すること。
二 衣服等を透かして見ることができる機能を有する写真機等の当該機能を用いて、衣服等で
隠されている他人の身体又は他人が着用している下着の映像を見、又は撮影をすること。
三 前二号に掲げる行為をする目的で写真機等を設置し、又は他人の身体に向けること。
(罰則)
第十一条 第六条又は第八条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処
する。
第十二条 常習として前条第一項の違反行為をした者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金
に処する。
https://www.police.pref.fukuoka.jp/data/open/cnt/3/4139/1/meibo.pdf?20190620183453
※軽犯罪法
第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十八 他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039/20150801_000000000000000
タイムリーな論文を発見しましたので紹介いたします。
富山侑美「盗撮行為における迷惑防止条例と性的姿態撮影等処罰法との関係について 最決平成20年11月10日刑集62巻10号2853頁、最決令和4年12月5日裁時1805号7頁を素材として」(上智法學論集 67 (1・2・3), 99-128, 2024-01-20)
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050580914958254592
※私は、全国各地の刑事事件の相談・受任をしております。本記事が、弁護士選びの参考になれば幸いです。