書類送検の際の、警察の「厳重処分」意見を回避できないかという質問(刑事弁護)
2024年11月23日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は週刊漫画雑誌で連載をしている漫画家ですが、私生活でトラブルを起こしてしまい、相手方から刑事告訴されました。相手方が週刊誌にリークして、報道されています。弁護士さんをつけて相手方代理人と交渉しているのですが、弁護士さんからは、示談がまとまらずに検察に書類送検されると聞いています。ニュースを見ていると、有名人が書類送検をされた時には、「警察が【厳重処分】の意見を付けた」とか「警察が【相当処分】の意見をつけた」といった報道がされることがあります。インターネットを見ると、「相当処分」というのは不起訴になることが多いなどと書かれているのですが、弁護士さんが何かすることで「相当処分」の意見にすることはできるのでしょうか。
A、報道でいわれる「警察の意見」とは、司法警察職員捜査書類基本書式例様式第53号送致(付)書、第54号追送致(付)書、第55号少年事件送致(付)書の「犯罪事実及び犯罪の情状等に関する意見」に記載されているものです。簡易書式例にも存在します。検察官は、警察の情状意見には拘束されませんので、ただちに起訴・不起訴の判断に直結するものではありません。ただし、事件配分の参考にされることはあるようです。また、「警察の見立て」を示すものとしては意味があります。弁護人の活動次第で、意見の内容が変わることはあり得ます。
【解説】
警察は、捜査の過程で多数の書類を作成します。その内容については最高検が定めた「司法警察職員捜査書類基本書式例」という書式に従って作成されています。報道で良く聞く「警察の意見」とは、この様式第53号送致(付)書、第54号追送致(付)書、第55号少年事件送致(付)書の「犯罪事実及び犯罪の情状等に関する意見」を指します。一般的には、起訴相当事件は「厳重処分」という意見が付されており、起訴か不起訴か判断が困難なものは「相当処分」が付されているようですが、明確な基準があるわけではありません。
そして、この「情状意見」に対して、弁護人の活動次第で変わり得るのかといえば、私は「変わり得る」と回答します。情状意見には、下記参考文献に記載があるように、明確な考慮要素があるからです。
一般論としては、検察官は情状意見の内容に拘束されませんので、弁護人も十分に意識していないことが多いと思います。終局処分は検察官が決めるため、検察官宛に意見書を出せば良いと考えている弁護人も多いでしょう。もっとも、有名人が起こした犯罪など、マスコミ報道がある可能性のある事件であれば、レピュテーションリスクを意識して、情状意見に対しても十分に配慮した弁護活動が必要になります。具体的にいえば、犯罪が成立しない、あるいは嫌疑不十分ということであれば、積極的にその旨を意見書で主張するなどの弁護活動が必要になるでしょうし、犯罪が成立する案件であっても、警察官が重視する「情状」を意識して、漏れなくフォローしておくといった対応が必要になると考えられます。
さらにいえば、これらの弁護活動は、「報道発表」そのものを抑制する効果も期待できると考えられます。一般論として、在宅事件は送検時に報道発表がなされることとなっており、公益上の必要性と、個人のプライバシーなどの公表による不利益を個別判断して行われますので、送検前に、発表する公益上の必要性を減少させたり、あるいは個人のプライバシー保護の要請を高めることで(口外禁止条項付の示談成立といったことが考えられます)、報道発表の可能性を減少させることが期待できます。
犯罪捜査規範
(一般的指示)
第46条 警察官は、司法警察職員捜査書類基本書式例その他の刑訴法第193条第1項の規定に基づき検察官から示された一般的指示があるときは、これに従つて捜査を行わなければならない。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50400000002
○「司法警察職員捜査書類基本書式例」の全部改正について
【参考文献】
金子仁洋『捜査規範の話』(立花書房,1973年3月)11-12頁
【現在、最高検から与えられている指示には、(1)司法警察職員捜査書類基本書式例、(2)微罪処分処理に関する指示、(3)司法警察職員捜査書類簡易書式例、(4)道路交通法違反事件迅速処理のための共用書式、(5)反則金納付事件処理に閃する指示、などがある。その外、検事正指示によるものもある。この指示を行なうには、警察と検察官とがあらかじめ緊密に運絡し、相互に協力することが建前とされている。この建前をとる以上、これはすでに実質的意味での指示とは言えない。指示という名の協議決定であると言うことができる。】
増井清彦「第101問送致(付)書の犯罪の情状等に関する意見の記載要領はどうか。」『犯罪捜査101問(補訂第6版)』(立花書房,2010年7月)216-217頁
216頁
【送致(付)書に記載する情状事実は、厳格な証明を要するか、自由な証明で足りるかという観点から、1 犯罪事実の内容をなすものと、2 犯罪事実そのものに含まれない純粋の情状に関する事実、に分けられる。前者に属する事実には、①犯罪の軽重、②犯罪の動機・手段・方法・手口の悪質性、③被害の大小などがある。後者の情状に関する事実としては、④被疑者の性格・素行・年齢・経歴・教育程度、家庭の状況・家族関係•生活状態・資産状態、交遊関係など、被疑者の資質·環境に関する事実、⑤被疑者の前歴・前科、犯行に対する改心の程度など、犯罪性に関する事実、⑥被害の回復の状況、示談の有無、被害者等の処罰意見など、被害感情に関する事実、⑦犯罪の社会一般に及ぽした影響など、社会感情に関する事実等が挙げられるが、多種多様であり、類型化は困難である。】
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010913403
刑事法令研究会『新版 記載要領 捜査書類基本書式例[改訂第3版]』(立花書房,2012年11月)261頁
【(イ) 処分に関する意見
犯罪が成立し,その嫌疑も十分で,訴訟事件,処罰条件も備わっているときは,情状に関する意見を述べて,結論として処分に関する意見を記載する。
例えば起訴猶予相当事件と目されるものについては,「寛大な処分を願いたい。」,起訴猶予相当と起訴相当の限界事例と思料されるものについては,「相当処分願いたい。」,起訴相当事件と思料されるものについては,「厳重な処分を願いたい。」などの記載が行われているが,情状に関する意見に則した意見でなければならないことは当然である。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3036
五十嵐大輔(警察庁刑事局刑事企画課)「捜査書類の合理化について」捜査研究2013年11月号(752号)2-12頁
4-5頁
【犯罪の情状等に関する意見は、通常は一連の文章で記載していますが、既に一部の警察では、対応する検察庁と協議を行った上で、前科・前歴や共犯者の有無等、犯罪の情状等に関する意見に通常盛り込むべきと考えられる事項につき、あらかじめ選択式の項目を設けるなど、必要事項を簡易に記載できるように工夫した様式を独自に定めて、これを別紙として送致(付) 書に付することにより,捜査書類の合理化を図っています。…(中略)…警察庁では,都道府県警察から寄せられた意見・要望や関係機関との協議等を踏まえた上で,捜査書類の合理化を図るため,送致(付)書における犯罪の情状等に関する意見に係る定型様式化を図ることとし,本通達により当該施策の推進が指示されました。】
https://www.tokyo-horei.co.jp/magazine/sousakenkyu/201311/
井筒雅章「刑事事件情状意見記載の手引き~「検察官もナットクの情状意見とは?~」警察公論2017年8月号44-52頁
【ある時,刑事課の捜査主任官の方から, 「検察官。先日,別の検察官から情状意見の書きぶりで駄目出しされたんですよ。捜杳捜査官として自信を持って書き上げたんですが,納得がいかなかったみたいです。どうすれば,検察官が納得するような送致書の情状意見を書けるんでしょうか?」という質問を受けたことがありました。】
https://www.fujisan.co.jp/product/646/b/1519818/
波田野正典「地域警察官のための捜査書類作成ガイド : 検察官はここを見る(第18回)簡易書式例(その3)」警察公論2018年9月号41-48頁
41頁
【というのも,最近になって, この「情状意見」の重要性を再認識し始めたからです。
確かに, この「情状意見」については,犯罪を立証するための証拠そのものではなく,単なる意見にすぎないとの認識から,その存在が軽視されがちな面もあります。
しかし, これからお話しするように, この「情状意見」は,その記載内容によっては,起訴・不起訴等の事件処分を判断する捜査担当検察官にとって,重要な参考資料の一つとなります。】
https://cir.nii.ac.jp/crid/1524232505639748224
三枝玄太郎『三度の飯より事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』(東洋経済新報社,2024年5月)28頁
【このとき報道各社はほぼもれなく「『相当処分』の意見を付けて書類送検した」と報じています。通常は逮捕される重罪である強制性交容疑事件であるにもかかわらず、警視庁が○○(※原著では実名)を逮捕しなかったことから「これはおそらく起訴されないのではないか」と考えたのでしょう。そこで、不起訴を”匂わせ”する形で、意見書についても報道したのだと思います。】