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薬院法律事務所

刑事弁護

未成年者との性行為はなぜ処罰されるのか(青少年健全育成条例・淫行)


2024年02月12日刑事弁護

以前、17歳の高校生と性行為をした青少年健全育成条例違反の依頼者と話をしていて、「なんで、相手も喜んでいたのに処罰されるのか。17歳と18歳のどこが違うのか。」といったことを言われまして「なるほど。」ということであれこれ考えたことがあります。

 

そもそも、未成年者、成人問わず「相手の人格と人生に対する配慮(思いやり)を欠いた性行為」は相手を深く傷つける可能性が高いのです。

 

そのような行為のうち、類型的に「相手の人格と人生に対する思いやりを欠いた性行為」といえるものを取り出して処罰しているのが青少年健全育成条例だと考えています。18歳になれば傷つかなくなるというわけではなく、条例としての都合上、処罰対象外となっているだけです。後記の最高裁判例の判示を、わかりやすくいうとそういうことだと思います。だからこそ、いわゆる「婚約中その他の真摯な交際」が処罰対象外になり、実務上、「淫行」にあたるかは、両者の年齢差(年齢差が大きいほど「淫行」にあたるとされやすくなる)、性交に至る経緯(当事者の出会いから初めて性交渉をもつまでの期間、その間の交際状況)、両者間の交際の態様(保護者が両者の交際を承認していたか、性関係後も交際していたか等)が考慮されています。

 

私は、その本質が忘れられて「性行為の相手が未成年者か否か」に注目していると、「相手の人格と人生に対する配慮を欠いた性行為」か否かが、加害行為になるか否かの分水嶺であることが忘れられていくのではないかと危惧しています。ホストクラブ問題で女性を「自己責任」と切り捨てるような議論は、こういう「年齢」で線引きする発想の弊害でしょう。18歳になったからといって「自己責任」と割り切れるものばかりではないです。

 

そういったことを考えていくと、単純に「未成年者と性行為をしてはいけない」というよりも、「相手の人格と人生に対して配慮しなければいけない(思いやりを持たないといけない)」ということを言っていくべきではないかと考えています。これは、未成年者同士での加害と被害を抑制するという観点からも重要なことですこの点、「そもそも未成年者に欲情するのが異常者なんだ」という意見もあるでしょうが、人間の体は未成年者か否かという法律の都合に合わせて作られていませんので、無理があります。人間の体は、17歳と18歳とを区別できるようにはできていません。むしろ、「相手の人格と人生に対する思いやりがある成人は、未成年者と性行為をすることはない」と言っていくべきだろうと、私は考えています。

 

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50269

事件番号
 昭和57(あ)621
事件名
 福岡県青少年保護育成条例違反
裁判年月日
 昭和60年10月23日
法廷名
 最高裁判所大法廷
裁判種別
 判決
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
 刑集 第39巻6号413頁
原審裁判所名
 福岡高等裁判所
原審事件番号
原審裁判年月日
 昭和57年3月29日
判示事項
 一 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項、一六条一項の規定と憲法三一条
二 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」の意義
裁判要旨
 一 一八歳未満の青少年に対する「淫行」を禁止処罰する福岡県青少年保護育成条例一〇条一項、一六条一項の規定は、憲法三一条に違反しない。
二 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解すべきである。
参照法条
 福岡県青少年保護育成条例10条1項、16条1項,憲法31条

本条例一〇条一項、一六条一項の規定(以下、両者を併せて「本件各規定」という。)の趣旨は、一般に青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から、精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によつて精神的な痛手を受け易く、また、その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることが明らかであつて、右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴すると、本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。

 

 

【参考文献】

 

少年非行問題研究会編『4訂版 わかりやすい少年警察活動』(東京法令出版,2023年5月)143-144頁

【判例(最判昭和60年10月23日)では、青少年保護育成条例の淫行について、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、
0 第一類型として「青少年を誘惑し、威迫し、欺岡し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為」
0 第二類型として「青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として取り扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為」
とし、限定的に解すべきとしている。
第一類型は「青少年を誘惑し、威迫し、欺岡し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段」であることから、その判断は比較的容易であろう。しかし、第二類型の「単に自己の性的欲望を満足させるための対象として取り扱っているとしか認められないようなもの」については、判断が難しいところであるが、それまで面識がないにもかかわらず、会ったその日あるいは短時間のうちに青少年と性行為をしたというような場合は、これに当てはまるといえよう。
「淫行」であることを立証するためには、「青少年の年齢の知情性」や「性行為の存在」はもちろんのこと、「被疑者の年齢や生活事情」、「被害少年の年齢や生活事情」、「両者の出会いのきっかけと交際の状況」、「性行為に至った経緯や性交渉の状況」、「性や男女の交際に対する価値観」等を明らかにする必要があろう。被疑者が妻子ある男性であっても、青少年との恋愛関係を主張して結局無罪になった例もあるので注意が必要である。】

https://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?8694

 

金井翔「青少年保護育成条例違反事件について,みだらな性行為(淫行)の該当性が問題となった事例」捜査研究2018年11月号(816号)31-39頁

36頁
【不道徳,非常識であることと,真剣な交際関係にあったこととが,必ずしも両立しない関係にあるわけではない。また,そもそも,男女関係に関する価値観が多様化した現代において,婚姻を前提としないことが直ちに真剣な交際でないことを意味するものとも言い難い。
そして,本件の場合,Aが共通の勤務先でVと知り合い,相談相手になるなどしていくうちに親しくなって交際を開始したこと,交際開始後約1か月の期間を経てから初めて性行為に及び,その後,本件性行為に及んだことといった経緯や, Vが本件性行為後約2か月で18歳に達する年齢であったことが, 前記判決において消極要素として大きく評価された。
これが,例えば, Aがいわゆる出会い系サイトを通じてVと知り合ってから,間もなくして性行為に及んだ場合であったり, Vの年齢が低い場合等であれば,判断が異なっていた可能性もあったと思われる。
同種事犯の捜査公判の遂行に当たっては,被疑者と青少年の年齢差,青少年の年齢や心身の発育状態,被疑者と青少年が知り合ってから性行為に至るまでの期間や経緯そして,性行為時の状況等を多角的に検討することが重要であるが,本件を通じて,改めて多角的な検討の重要性を認識した。】

https://www.tokyo-horei.co.jp/magazine/sousakenkyu/201811/

※現在、私は、児童が性被害を受けた事案は、少年事件、盗撮事件を除き対応しておりません。児童買春事件、青少年健全育成条例違反事件については、お問い合わせを頂いても対応いたしかねます。ご了承ください。

 

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※2025/2/26 chatGPT o1 proに検証してもらいました。

以下では、ご提示の文章(以下、「本件文章」といいます)について、主に昭和60年10月23日最高裁判所大法廷判決(以下、「最判昭和60年判決」または「福岡県青少年保護育成条例事件」といいます)や、青少年保護の法的趣旨・立法目的に照らしつつ、法学的・若年層保護の観点から、その真偽・妥当性を検証します。なお、文量の指定(5,000字以上)に応じ、相応に詳解します。


第1 総論:本件文章の概要と問題意識

本件文章は、青少年健全育成条例(以下、「条例」と総称します)が未成年者との性的行為(いわゆる淫行)を処罰する理由や、その解釈の背景にある最高裁判例(最判昭和60年10月23日)などを参照しながら、「未成年者だから一律に禁止される」という単純な捉え方だけでなく、「相手の人格と人生に対する配慮(思いやり)」の欠如が法の射程にあるのではないか、という趣旨を論じています。また、「淫行」とされるためには、行為者と被保護少年との年齢や出会いから性交渉に至る経緯等、多角的に考慮されることを指摘し、本質的には「相手の人格と人生への配慮がない性的行為」こそが処罰される理由であるとの見解を示しています。

もっとも、条例の文言(典型例として「淫行」や「みだらな性行為」という概念)は抽象的であり、その具体的適用範囲が問題となることから、最判昭和60年判決が示した「淫行」の限定解釈──すなわち「不当な手段を用いた場合」または「単に自己の性的欲望を満たすためだけに相手方青少年を扱った場合」──に触れながら、「処罰範囲が不当に広がらないように裁判所が絞り込んでいる」という理解を示しています。

こうした視点は、実務でも重要とされ、「処罰をすべき行為の本質は、心身が未成熟な青少年に悪影響を及ぼす恐れの高い性的行為であって、社会通念上非難されるべきもの」である、というのが条例全体の目的・趣旨です。そのうえで、本件文章では「18歳になったからといって傷つかなくなるわけではない」という論点や、「相手の人格・人生を思いやる気持ちがあれば(成人であれば)未成年者と性行為はしないはずだ」という趣旨も展開されており、単なる年齢線引きではなく、本質的な“配慮”や“思いやり”を促すべきと提言しています。

以下、本件文章の主張に即して、法学・最高裁判例・青少年保護の観点から検証します。


第2 青少年保護育成条例の意義と「淫行」概念

1 条例の立法目的・保護法益

(1) 青少年保護育成条例の基本的性格

各都道府県が定める青少年健全育成条例(名称は自治体により様々)は、憲法94条に基づく地方公共団体の条例制定権により制定されています。目的は、青少年の健全な育成を図ること(多くの条例で1条に規定)であり、その方法として、青少年に対する有害図書や有害情報の規制、深夜外出の制限、深夜業の制限、また本件のように青少年との性的行為(わいせつ・淫行等)の禁止処罰などが置かれています。

(2) 「淫行」処罰規定の保護法益

児童福祉法や刑法強姦罪・強制わいせつ罪の規定がカバーし切れない部分(合意がある場合や暴行脅迫がない場合)であっても、なお「心身の未成熟な青少年」に性行為を行うことは、有害であり社会的に重大な問題であるとみなす趣旨で、条例による補充的・地域的な規制が設けられています。

他方、本件文章にもある通り、ただ単純に「18歳未満(条例によっては19歳未満)」だから処罰する、というわけではなく、「青少年の心身の未成熟性」に着目し、それを利して「社会通念上非難される性行為」を行った場合に処罰の対象となるのが趣旨です。最判昭和60年判決も、「青少年が精神的に未だ十分に安定していないため、性行為によって精神的な痛手を受けやすい」ことを指摘し、「その痛手からの回復が困難となりがちである」ことを立法理由としています。

2 最判昭和60年10月23日の判示

(1) 事案の概要

同判決は、福岡県の青少年保護育成条例(当時)に基づき、18歳未満の少女との間で任意に性行為を行った被告人が処罰された事案です。被告人側は「処罰範囲が広すぎる」「条例の規定が曖昧(不明確)であり、憲法31条に違反する」「婚約など真摯な交際も一律に処罰するのか」と主張しました。

(2) 多数意見の結論(合憲性)

最高裁大法廷は、以下のように判示して条例の合憲性を認め、被告人の上告を棄却しました。

  1. 規定の目的・趣旨
    • 青少年の健全な育成を目的とする補充的立法である以上、法令に反しない範囲で、地方自治体が18歳未満の青少年を保護対象とすることは合理的。
  2. 「淫行」の意義についての限定解釈
    • 「淫行」を広く「青少年に対する性行為一般を指す」と解すると、社会通念上処罰に値しない性行為(真摯な交際、婚約中等)まで含まれ、また「不純」「みだら」というだけでは不明確になりかねない。
    • よって「淫行」とは、

      (a) 青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し、または困惑させる等、その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行われる性交または性交類似行為
      (b) 青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱うとしか認められないような性交または性交類似行為
      に限定される。

    • これによって「処罰範囲が不当に広がる」という批判や「不明確である」という批判は回避される。
  3. 判例への補足意見・反対意見
    • 大法廷判決は多数意見と複数の補足意見・反対意見に分かれました。伊藤正己裁判官をはじめ数名は「条例が不明確で憲法31条違反だ」「一方で、いわゆる単なる合意による性行為まで処罰対象とされると広すぎる」との反対意見を述べています。しかし多数意見は、そのように運用されないよう前述の限定解釈を施したうえで合憲と判断しました。

(3) 本判決における重要なポイント

  • 「広義の性行為の全て」が処罰されるわけではない
    単なる「淫らな性行為」というだけでは不明確・広範すぎるため、最判昭和60年判決は、(a) か (b) の類型に絞って処罰する、と述べています。
  • 条例それ自体の目的・趣旨である「未成年者の健全な育成を阻害する恐れのある行為」を禁止するという合目的的解釈
    法が想定する違法行為の質的レベル(「不当な手段」や「自己の性的欲望の対象としてのみ扱う」など)に達したとき、初めて処罰要件が満たされる。

これらは本件文章にもある解釈と一致する部分が多く、「一定期間の真摯な交際などが証明されるときは処罰対象から外れる傾向にある」というのも、実務上まさに同判例に基づく運用と言えます。


第3 本件文章の主張と判例・実務との整合性

1 本件文章の中心的論点

本件文章の主張は大きく以下の点に要約できます。

  1. そもそも「人格と人生を大事にしない(思いやりを欠く)性行為」は深い傷を与える可能性が高い
    • これは未成年者に限らないが、特に未成年者は心身未発達ゆえに傷つき回復が困難になりやすい。
    • よって、立法上ラインを18歳と区切っているが、そこには「青少年保護」の観点が大きい。
  2. 「未成年者と性行為をしてはいけない」とだけ説くと、単に年齢だけが重視され、アフターケアや相手への思いやりが軽視されかねない
    • 18歳の誕生日を境に傷つかなくなるわけではない。
    • だからこそ、「相手の人格と人生に対して配慮を欠く性行為」をやめる、という本質を踏まえるべきだ。
  3. ただし、現在の条例立法や運用上、「未成年かどうか」で線を引くのもやむを得ない
    • なぜなら法制度上、時間的・画一的な基準を定めなければ運用しにくいから。
    • しかし「絵に描いた線」ではなく、「心身未成熟」の状態に付け込むことが問題なのであり、その体現が条文でいう「淫行」処罰である(=最判昭和60年判決参照)。
  4. したがって、「相手の人格と人生に配慮した真摯な関係性」が立証される状況下では、淫行と判断されないこともある
    • 本件文章では、最判昭和60年判決の「婚約中やこれに準ずる真摯な交際関係にある場合は社会通念上処罰に値しない」との指摘を念頭に、「恋愛感情や継続的交際」があれば免責される可能性を示唆している。
    • 実務上も年齢差や出会いから性行為に至る経緯を丁寧に調べ、「不純な動機のみか否か」「青少年の判断力に付け込んだか否か」などを考慮し、公判等でも争点となる。

以上を踏まえると、本件文章の大枠の論理は、最判昭和60年判決の限定解釈の趣旨や、条例の実務運用とも整合的と言えます。とりわけ、「真摯な交際」や「単なる自己の性的欲望だけを満たそうとする行為」の線引きは、判例・実務において最も重要な論点であり、本件文章でも繰り返し述べられるところです。

2 「18歳になれば傷つかないわけではない」点の評価

本件文章では、18歳を迎えたら急に「自己責任」とされる風潮を批判し、社会的には18歳以上でも経済的・心理的弱者はいるし、性的な傷を負いやすい立場の人もいるから、年齢のみで切り捨てるのは問題だ、と言及しています。これは立法論・社会政策論としては十分考慮されるべき指摘です。

ただし、実定法上は、各都道府県条例で「18歳未満」を青少年と定義し、法的に処罰対象とする行為を画一的に区切っています。これは、刑法や児童福祉法なども「18歳未満」を児童・少年として保護対象とみなす(国際条約等の影響もあり)方向と合致しており、「発達過程にある人間」のおおまかな境として便宜的に18歳が採用されていると言えます。
よって、「18歳になったから傷つかない」というのは明らかに誤りですが、法体系上ある程度単純化・画一化せざるを得ない。その点を本件文章も「条例としての都合上」と言及しているのは妥当です。

3 「そもそも未成年者に欲情するのが異常者」という批判への反論

本件文章では、「人間の身体は17歳と18歳を分別するようにはできていない」「そもそも身体の成熟は個人差もある」という事実上の問題を指摘し、かつ「だからこそ、相手が成年か未成年かで線を引くだけだと、配慮すべき本質を見失う」という議論を展開しています。
これも立法論ないし社会思想としては理解しやすい主張です。法規範は実務上必要な線引きをしますが、生物学的・個人的事情は一律ではない。このようなずれを補うためにも、最判昭和60年判決が示したような「単なる性欲の対象としての扱い」「不当な手段の利用」などの要件を加えることで、条例の適用がやや“絞り”の形になっているわけです。

4 「思いやりを欠く性行為」の強調に対する法的評価

本件文章の最後では、「未成年者と性行為を禁止する」よりも「相手の人格と人生に対して思いやりをもつことが大切だ」というメッセージが強調されています。これは道徳的・倫理的見地からの説示ですが、法的には「一律に18歳未満との性行為は禁止・処罰される(条例により例外を一部容認する運用あり)」が現実です。
他方、条例の趣旨も「青少年保護」という公共的利益を守るための規制であり、そこには「脆弱で影響を受けやすい若年者に負荷をかけない」配慮が法的根拠となっています。本件文章のいう「配慮や思いやり」という言葉は、判決文では「社会通念上非難されるかどうか」の要素や「自己の性的欲望を満たすだけの対象としているか」などによって法的評価されており、道徳的言い回しを法的に言い換えれば「保護対象者の心身未成熟性に乗じた不当な行為」ということに対応すると考えられます。
したがって、「法的にもこのような思いやりの欠如があれば処罰されるリスクが高い」というのが条例解釈・運用の実態であり、本件文章が言うところの「配慮欠如=加害性」が重視されている点は、判例の趣旨ともおおむね合致します。


第4 最高裁判例および実務運用との照合

1 最判昭和60年判決との合致度

本件文章は、最判昭和60年判決が「淫行」処罰対象を(1)「不当な手段」の場合と(2)「単なる欲望対象としか認められない場合」と限定したことを受け、「思いやりに欠ける性行為=相手の人格・人生を顧みない行為」が処罰の本質である、という形で“解釈的に整理”しています。
こうした整理は、単なる条文文言だけの説明よりも分かりやすく、かつ本判決の趣旨(特に多数意見が立法目的・保護法益を説明した部分)をそのまま踏まえた内容と評価できます。
また、「未成年と性行為をすると即違法なのか」という素朴な疑問に対し、「実務上も(1)(2)のいずれかに該当しなければ処罰されない」という限定解釈の重要性を強調している点、さらには「婚約などの真摯な交際」「両者の出会いから性交渉に至るまでの時間」「保護者の承諾の有無」などが考慮要素とされる旨も、判決内容や捜査実務の文献とも整合的です。

2 未成年者同士の性行為をどう扱うか

本件文章後段で触れられている「未成年者同士での加害・被害」や、「ホストクラブ問題等で18歳以上でも弱者が生じるのではないか」という論点は、条例レベルだけでなく、少年法や民法の年齢制限など複合的な視点が必要です。
本来、青少年健全育成条例の多くは、行為者が青少年の場合には「罰則は適用しない」という旨を定めるものも多く、あるいは逆に定めない条例もあります。最判昭和60年判決でも「違反者が青少年であるときは罰則を適用しない」旨(福岡県条例では当時の17条)に触れています。これは犯罪として処罰するよりも、少年法上の「非行」として保護的介入を図る方が適切、という思想が背後にあります。
よって、未成年者同士での性行為(相互同意)の場合も、家庭裁判所が少年審判手続等で保護処分を検討するのが通常であり、刑事処罰の対象からは外している例が多いわけです。本件文章がいう「未成年者同士での加害や被害を抑制する観点でも、配慮や思いやりの大切さを説くことは重要」というのは、あくまでも教育的・道徳的主張であり、条例の刑罰規定と直結するわけではありません。ただし「そもそも法を大上段に振りかざす前に、教育や倫理の面で周知を図る必要がある」というのは妥当な指摘でしょう。


第5 本件文章の真偽・妥当性の検証

以上の分析を踏まえて、本件文章が指摘している事柄を、(1) 法学的に誤りがあるか否か、(2) 若年層保護の観点から妥当か否か、という二つの軸で検証します。

1 法学的観点からの検証

(1) 最判昭和60年判決の引用・趣旨の説明
本件文章は、福岡県青少年保護育成条例事件における最高裁判所大法廷判決を正しく引用し、かつ同判決が示した「淫行」の二類型(不当な手段の利用または自己の欲望だけを満たそうとする行為)を基盤としています。また、判例文を抜粋して、実務上は「婚約中その他真摯な交際」が処罰対象から外れること、年齢差や交際経緯を個別に検討することなどがある旨も、実際の運用状況と整合します。
結論として、判例の要旨や解釈に大きな誤りはなく、概ね適切な理解が示されている と言えます。

(2) 条文の趣旨や処罰範囲についての説明
本件文章では、「18歳と17歳の区別をしたところで、本質的には『人格と人生に対する思いやりを欠いた行為』であるかどうかが問題」という趣旨を繰り返し述べています。この点、条例の法技術的には実際に年齢線で処罰の有無を決めているわけですから、厳密には「17歳だから処罰し18歳だから処罰しない」ことを否定するものではありません。ただし実務では、「未成年者との性行為はすべて違法」ではなく、前記(1)(2)類型に当たらない場合(社会通念上容認されうる事情が認められる場合)には立件されない・無罪となる可能性があることを説明しており、これは判例に合致します。
総じて、条文の運用に関する説明も概ね妥当 です。

(3) 憲法上の論点の扱い
憲法31条(罪刑法定主義・処罰規定の明確性)違反か否かは、最判昭和60年判決でも争われ、反対意見が付されていますが、多数意見が合憲と判断し、その後の実務運用でも広く受け入れられています。本件文章もその判例通説を踏まえているため、憲法上違憲との主張は行っていません。
最高裁多数意見を前提とした論述であり、特段の誤りは認められない といえます。

2 若年層保護の観点からの検証

(1) 「未成年者の心身未発達ゆえのリスク」への着目
本件文章は、「未成年者が成人よりも性的行為による心理的ダメージを受けやすい」という条例・判例が前提とする事実を踏まえ、かつ「ただ18歳の線で切るだけではなく、未成年者に配慮を欠く行為こそが問題」という論を張っています。これは若年層保護の立法趣旨と重なり、より本質的な道徳・教育的メッセージにもなっています。
若年層保護の観点からも適切な問題提起 と評価できます。

(2) 年齢外の弱者保護への視点
本件文章が懸念するように、「18歳であっても環境的・経済的に弱者として扱われる人がいる。そこに『自己責任』という切り捨てが入り込むと、実質保護に欠ける場合があり得る」というのは、社会政策的にも考慮の余地が大きい論点です。実際、ホストクラブや風俗産業における搾取問題などでは、18歳以上であっても脆弱性が高い人への搾取が問題化しています。しかし、現行条例があくまでも「18歳未満」の保護を目的としていることを踏まえると、法的には別の制度や一般刑法・民法上の救済などで対応することになるでしょう。
本件文章の提言は若年者保護をより広く捉える視点であり、趣旨としては有益だが、条例運用を超えた立法論・政策論 といえます。


第6 結論・総合評価

  1. 本件文章の内容は、最判昭和60年判決の趣旨──すなわち「青少年の心身の未成熟に乗じた不当な手段」または「単なる性欲充足の対象として扱う行為」を淫行として処罰する──という法理を正確に踏まえたものです。
  2. 処罰根拠についても、「なぜ18歳未満だけ性行為が違法となるのか?」という素朴な疑問に対し、単なる年齢線引きではなく、若年者の被害リスクと社会的・立法的必要性が背景にあることを十分に説明しています。
  3. 同時に、年齢だけで切り捨てられない「人格・人生への配慮の重要性」を説いており、これ自体は条文上直接明記されているわけではないものの、最判昭和60年判決の限定解釈(心身未成熟に乗じることの不当性・社会通念上非難に値する行為であること)と論理的に一致します。
  4. したがって、本件文章に記載された見解は、法学上・実務上おおむね妥当であり、最高裁判例にも沿う正確な理解が示されている と評価できます。
  5. ただし、本件文章で論じる「思いやり」や「配慮」という道徳的・倫理的文脈は、条例・判例上の要件(いわゆる「淫行」該当性)の言い回しとは異なるため、やや抽象度が高い部分はあります。しかし、実際に「青少年を単なる性欲の対象として扱っているか」「婚約など真摯な交際かどうか」といった社会通念的評価の背後には、まさしく『相手の人格・人生への配慮があるか』が問われる面があり、それを分かりやすく言い直したものと見れば、法的にも含意を十分に汲み取りうる内容です。

以上のとおり、本件文章は、(a) なぜ条例が未成年者との性行為を禁止・処罰するのか、(b) どのような態様が現に処罰されるか、といった核心に関し、最判昭和60年判決の趣旨を踏まえた上で論じており、法学的にも若年保護の観点からも大きな誤りや不正確さはなく、むしろ丁寧に判例理論を踏まえた解説となっています。


付言:本件文章の実務・教育的含意

  • 「相手の人格と人生に配慮をする性行為か否か」という視点は、現行法(条例)の処罰要件を説明するうえでも有益 です。なぜなら、条例はあくまで「18歳未満との性行為」のうち、社会的に看過しがたい行為を処罰しているのであって、「単に年齢を理由に処罰しているわけではない」という立法趣旨を理解できるからです。
  • 一方で、法的には立証上、「婚約や真摯な交際関係の有無」「年齢差や知り合った経緯」「性行為に至る事情」など多角的に検証される ため、「思いやりを欠く」という感覚的・道徳的観点を、法的評価に落とし込むには一定の事実・証拠が必要です。この点も本件文章では、判例・捜査実務の文献を根拠として繰り返し言及しています。

以上より、本件文章の示す見解は、大筋で妥当 と言えます。


〈総括〉

本件文章は、「未成年者との性行為はなぜ処罰されるのか」という問いに対し、(a) 青少年が心身ともに未成熟であること、(b) その未成熟性に乗じる形での性的行為は深い精神的打撃をもたらし、将来的な人格形成を阻害し得ること、(c) そこで、条例および判例は「社会通念上非難すべき類型」だけを処罰範囲としていること、をコンパクトにまとめたものです。さらに「相手の人格や人生への配慮」こそが本質である、という道徳的メッセージを添えている点は、法的議論を一般向けに噛み砕いて説明するうえで有意義です。

最高裁の判例(最判昭和60年判決)の判断枠組みとも食い違いはなく、また他の捜査実務文献が説く「恋愛関係の有無、年齢差、性交に至る期間・経緯」などの考慮要素との調和もとれています。結論として、本件文章の論述は真偽や妥当性に関しておおむね正確であり、法学的にも若年層保護の観点からも十分首肯できる内容といえます。