検察官請求の伝聞証拠を、原則として全部不同意にすべきかという問題(刑事弁護)
2025年02月17日刑事弁護
先日、Xを眺めていたところ、友人の弁護士が「検察官請求の伝聞証拠は全部不同意を原則とすべき」という趣旨の投稿をされていました。
この辺り、弁護人によってスタンスが微妙に異なるかなあと思いました。
弁護人が、法廷弁護技術を駆使して裁判官の認知・判断をコントロールするという観点からは、検察官から裁判所への証拠提出をなるべく防ぐ「全部不同意」は間違いなく正しい態度です。
とはいえ、不同意にした場合、裁判が長期化する可能性があることと、証人尋問で予測外の出来事が起こる可能性もあるので…私は「全部不同意」を原則にすべきとまでは考えていないです。私は、「全部同意」も「一部不同意」も「全部不同意」も選択肢のひとつとして、それ自体で軽重をつけていません。
特に、被害者の尋問をするか否かについては、弁護人が悩むところです。反対尋問で、犯行態様の細部をいくらか真偽不明に持ち込めたとしても、そのことで被害者を大きく傷つけて、示談不可となってしまう可能性もあります。私はわりと「一部不同意」を活用することが多いです。
検察官請求証拠を見て、公訴事実を証明するために十分な証拠が提出されているか否か、捜査の中でどういうプロセスでこの証拠が作成されたと考えられるか、捜査の常道からみて、あるべき証拠・あるべき記載が欠落していないか、時系列に不自然な点はないか(例えば、いわゆる「疑取情報」が捜査の端緒の場合、捜査書類には記載されないことになっています)、被告人の認識との関係で証拠のどの部分が事実と異なるか、といったことを考えます。
それらを踏まえて、証拠を全部同意するか、一部同意するか、全部不同意にするか、それによってどういう展開になり得るか(裁判が長引くという点は重大な不利益です)、公判前整理手続に付すべきと上申するか否か、整理手続に付すことなく類型証拠開示請求に準じた証拠開示請求書を送るか、といった流れになります。
最終的な結論はあまり変わらないかもしれませんが、弁護人がどういうスタンスなのかということは、依頼する前に確認してもいいかもしれません。
※2025/2/17 chatGPT o1 proで検証してもらいました。
以下では、まず「検察官請求の伝聞証拠を原則として全部不同意にすべき」という立場(以下「全部不同意原則論」)と、それに対して「必ずしも全部不同意にこだわらず、ケースバイケースで判断すべき」という立場を整理し、それぞれの主張のメリット・デメリット、そして弁護士としての実務的妥当性を検討します。
1 「全部不同意原則論」の背景とメリット
(1) 防御の最大化
- 相手方(検察官)の立証手段を制限することで、裁判官が有罪・重い量刑を判断するための証拠をできるだけ絞り込もうとする狙いがあります。
- とくに伝聞証拠の場合、証拠能力の要件が厳しく(刑訴法320条以下)、形式・内容に少しでもほころびがあれば、**採用排除(証拠能力否定)**や内容の一部削除が期待できます。
(2) 証拠の吟味を徹底させる
- 「全部不同意」=徹底的に異議を申し立てることで、検察官は証拠能力を立証するために多くの手間をかけざるを得なくなります。
- 裁判官も、「なぜこの証拠が証拠能力を満たすのか」「手続に瑕疵はないか」を詳細に審査しなければならず、結果的に裁判所のチェックが強化されます。
(3) 弁護戦術上の「コントロール」
- 弁護人の立場から見ると、裁判官の認知・印象形成をコントロールするために、「検察官が提出する証拠は何でも素通りさせない」という姿勢自体が重要だ、という考え方があります。
- 弁護側が主導権を握り、被告人に有利な証拠構造・法廷の空気を作り出す、という理論的メリットがあります。
2 「全部不同意原則論」のデメリット・リスク
(1) 公判の長期化
- 検察官が提出する多くの書証・証人申請に「不同意」を貫けば、証人尋問が増加する、書面の証拠能力を審議するための手続が増えるなどして、公判が長期化しやすくなります。
- 長期化は被告人自身にとって心理的・経済的な負担となり、保釈条件が厳しいまま長期間拘束される可能性もある(あるいは保釈保証金の負担・社会的活動の制限が続く)という弊害があります。
(2) 予測外の不利事実が飛び出す可能性
- とくに「伝聞証拠」が採用されない場合、検察官は直接証人尋問で立証を図るケースがあります。
- 反対尋問で有利に攻めるつもりが、証人が新たな不利供述や詳細を暴露するリスクもあり、かえって不利な事実が掘り起こされる危険があります。
(3) 示談・被害者感情との衝突
- 性的被害や暴力被害の事案などでは、被害者を証人尋問で再度呼び出すことが被害者の負担を大きくし、感情をさらに悪化させてしまう場合があります。
- 結果として「示談が難しくなり、量刑上の減軽が得られにくくなる」「被告人に不利な世間の印象が強まる」などの弊害が出る場合があります。
(4) 裁判官の心証形成への影響
- 不必要とも見える異議を乱発していると、裁判官に「時間稼ぎ」「誠実性がない」と判断され、かえって心証を悪くする恐れが指摘されることもあります。
- 日本の裁判官は、アメリカ型の陪審裁判ほど“派手な法廷駆け引き”を当たり前とみなす風土ではないため、攻撃的な姿勢がマイナスに作用しかねない、という懸念があります。
3 弁護士が示す「ケースバイケース」方針の合理性
ご質問文に示された弁護士見解では、「一概に全部不同意原則をとるのではなく、事件内容や被告人の意向・被害者感情・公判全体の見通しなどを踏まえて個別に判断する」というスタンスが述べられています。以下、その妥当性を整理します。
(1) 事件の性質・争点の明確化
- 例えば、被告人の全面否認事件で争点がシンプル(アリバイの有無など)ならば、検察官側証拠に対して積極的に不同意して争う方が有効な場合があります。
- 一方、被告人が大筋で事実を認め、量刑上の情状や示談が重要となる事件では、必要以上に被害者・目撃者を法廷に呼ぶことはデメリットの方が大きい場合があります。
(2) 被告人・被害者双方の心理的負担
- 冒頭の弁護士のコメントにもあるように、被害者の尋問を行うかどうかは非常に悩ましいポイントです。
- 被告人にとっても、公判が長引くことや、被害者との関係がより悪化するリスクはデメリットとなる場合があります。
(3) 裁判所・検察官との関係性や手続の流れ
- 日本の刑事裁判実務では、公判前整理手続(いわゆる「公判前の証拠整理と争点整理」を行う制度)を活用して、事前にどの証拠を採用するかや証人尋問の範囲を協議し、合理的に絞り込むことが行われます。
- 弁護士が意図的に「全部不同意」を掲げて公判前整理を長引かせれば、裁判官・検察官との関係が悪くなる恐れもあり、結果として被告人に不利益が及ぶ可能性を否定できません。
(4) 最終的な弁護活動へのプラス・マイナスの総合判断
- 結局、**「全部同意」「全部不同意」「一部不同意」**のいずれも選択肢となり得ますが、重要なのは「被告人にとって最善の結果は何か」を軸に、事案ごとにメリット・デメリットを冷静に検討することです。
- ご質問文の弁護士が述べるように、**「それ自体(同意 or 不同意)で軽重をつけず、戦術の一つとして判断する」**という姿勢は、実務上きわめて合理的といえます。
4 総合的評価
- 「全部不同意原則論」の長所
- 弁護人が最大限に被告人を守るため、検察官の立証を常に厳しくチェック・妨げるという姿勢には一定の理があり、無用な(あるいは違法・不当な)伝聞証拠を排除する意義は大きい。
- とくに争点が明確で、検察側立証に大きなほころびを見込める場合には、有効な戦術となり得る。
- 「全部不同意原則論」の課題
- 公判の長期化や、被告人・被害者の負担増大、反対尋問による不利事実の噴出、示談の破談等、さまざまなリスクがある。
- 裁判官の印象を悪化させる恐れがあり、必ずしも被告人にとって有利になるとは限らない。
- 弁護士の「ケースバイケース」方針の妥当性
- 実務の現場では、事件や当事者の状況、被告人の態度・意向、被害者の感情など多くの要素を考慮して、証拠に対する同意・不同意を選択するのが通常の姿勢である。
- 公判前整理手続や、示談の可能性、証人尋問の負担などを総合的にみながら、弁護士が柔軟に判断することが、最終的に被告人の利益につながる。
5 結論
- 結論として、「伝聞証拠を原則全部不同意にすべき」という一律の主張は、弁護戦術のひとつとして一定の意義がある反面、具体的な事件ではデメリット・リスクも無視できません。
- 一方、ご質問文で紹介されている弁護士のように、**「すべての可能性(全部同意・一部不同意・全部不同意)を視野に入れつつ、事件特性・依頼者の意向・被害者の状況などを踏まえて使い分ける」**という方針は、刑事弁護実務の観点から非常に合理的です。
- 結果的に、「全部不同意原則」か「ケースバイケース」かは、弁護士ごとに若干のスタンスの違いがあり得るため、依頼者が方針を事前に確認して納得し、依頼先を決めることは有用といえます。
- したがって、上記弁護士の見解(全部不同意を原則とはせず、柔軟に判断する)は、被告人の利益をトータルに考慮するうえで十分に妥当な見解と評価できます。