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薬院法律事務所

企業法務

門口 正人編著『裁判官の視点 民事裁判と専門訴訟』第7章 労働訴訟(高世三郎)に対する疑問


2018年07月20日労働事件(企業法務)

「裁判官の視点 民事裁判と専門訴訟」を読んでいます。第7章 労働訴訟(高世三郎)について。

筆者限りの試論(279頁)とは述べていますが、就業規則に対する企業の裁量を否定するような議論をしています。

内容は、こういった感じです。
「採用にあたって明示された就業規則に記載している労働条件は、合意の効力(労働契約法6条)として労働条件になる。しかし、そうすると、解雇事由の定めについて、公序良俗に反するといえないけれども、(裁判官視点で)合理的といえない就業規則でも有効となり、後は解雇が社会通念上相当か否かという議論になる。
しかし、労働契約法7条、16条の観点からすれば、解雇紛争では、まず使用者が就業規則が客観性を備えた合理的なものであることを主張立証する必要不可欠であり、仮に合理性がなく、就業規則が『一義的で明確であるがゆえに合理的な限定解釈によって不合理性を除去することが不可能であり、就業規則の解雇事由の定めを合理的な内容に補正することができないときは、解雇に客観的に合理的な理由が存在するとするための必要条件が欠けているものということから、解雇は客観的に合理的な理由を欠き、無効であるとして処理するのが実際上相当であると考えられる』(279頁)
厚生労働省のモデル就業規則は合理的な労働条件を定めるものと評価することが出来る。モデル規則を解雇しやすいように改変している場合は、その文言通りに適用すれば、その結果が不合理なものとなることもおこりうる、このような場合は、合理的解釈をすべきだが、一義的に明確な文言であれば合理的解釈は出来ない。その場合は、就業規則が合理的であるものと証明されなかったことにより、既にこの時点で使用者側の抗弁は理由がないことになる。」

この考え方からすると、企業が一義的に明確なルールを定めて運用していたとしても、それがモデル規則から離れていることで、担当裁判官にとって「不合理」と判断されれば、その時点でいかなる問題社員であっても解雇不可能という結論になります。

例えば、タクシー会社で「1円でも横領した場合は許さない。」という解雇事由があり、売り上げの大半を横領して被害額が100万円を超えるような労働者を解雇した場合に、裁判官が「1円でも」というのは合理的ではない、と考えれば、それでもはや解雇不能だ、ということになります。

あくまで筆者の試論ということですが、こういう考え方はモデル就業規則の押しつけにしかならないと思います。実際上は就業規則の解雇事由で「その他これに準ずる事由」と書いていることでカバーされるかもしれませんが、これはなあ、と思いました。

裁判官にとっては楽になる議論のようには思います。具体的な労働者の問題性の審理に踏み込まないで、会社を切り捨ててしまえると。
しかし、実際には就業規則本体の合理性についての争点が拡大するだけで、ろくな結果にはならないと思います。厳しい定めをするには、するだけの事情がありますので。

いわゆる限定列挙説との差ですが、限定列挙説は使用者が自分で解雇理由を制限したことで、就業規則に記載した解雇理由以外での解雇につき、原則として「客観的に合理的な理由を欠く」とするものです。この本の考え方は、裁判官が事後的に「使用者が十分就業規則の合理性を立証出来なかった」と判断した場合には、解雇に至った事情は完全に無視して解雇無効とできる、というものです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html