痴漢をしたということで逮捕された夫を、早急に釈放して欲しいという相談(痴漢、刑事弁護)
2024年10月19日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、福岡市で30代の夫と二人暮らしをしている専業主婦です。先ほど夕食の準備をしていると、警察から連絡があり、夫が帰り道の電車内で痴漢をしたということで捕まったと聞きました。本人と会えないし、今後どうすれば良いのかわかりません。ネットで調べて行ってもらった当番弁護士さんからは、本人は「やっていない」といっているそうですが、このまま捕まったままでは会社にもいられなくなりますし、困っています。被疑者援助制度というものがあるそうですが、夫は貯金が300万円あるから利用できないということでした。当番弁護士さんは、多忙で引き受けられないということで、国選弁護人がつけられるように手配してくれたそうですが、勾留後にならないと国選弁護人がつかないともいわれ、困っています。早く釈放して欲しいですが、どういう弁護士さんを選べばいいのかわかりません。
A、早急な対応を求めるのであれば、私選弁護人を依頼して、検察官と交渉して勾留請求をさせない、あるいは裁判官と交渉して勾留請求を却下させるという方向で進めるのが良いでしょう。下記記事にある程度のことは理解している弁護士を選ぶことが大事だと思います。
【解説】
刑事訴訟法では、被疑者が定まった住居を有しない時、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき、に被疑者を勾留できると定めています。ご相談の事例では、後の二者が問題になります。この要件を満たすか否かについては、弁護人がどういった弁護活動をするかによって変わりますので、弁護人選びが重要になります。
刑事訴訟法
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131
第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一被告人が定まつた住居を有しないとき。
二被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
第二百七条前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
梶山太郎「勾留・保釈の運用-裁判の立場から-」(刑事法ジャーナル52号)21-29頁が現在の刑事裁判の勾留実務について詳しく書いていますので、参考としてご紹介します。弁護人がこういったことを理解して対応してくれる弁護士かどうか見極めると良いでしょう。
「10年単位で考えると勾留請求に対する裁判官の司法審査が厳しくなってきたことは指摘できる。個人的な感想としては、弁護人の種々の弁子活動の成果(身柄引受人の確保及び疎明資料の提出など)により、勾留するか否かの判断が変わった事例が増えているように感じている。
罪証隠滅の目的は、その後の検察官や裁判体の判断を誤らせることにあるのであるから、その判断の誤りに関わる事実は何かを確認するのが検討の出発点となる。当該犯罪の成否に関する事実 (構成要件該当事実、違法性・責任阻却自事由に該当する事実)はもちろん、起訴・不起訴あるいは略式命令請求か公判請求かの判断や、刑の量定に影響を及ぼす重要な情状事実も含まれるほか、これらの事実を推認させる間接事実や、これらの事実を証明する証拠の信用性に関する事実(補助事実)も含まれると解される。」
→ありとあらゆる事実が罪証隠滅の対象事実と捉えうるということです。
「重要なのは、検察官の立証構造である。被疑者に前科前歴がなく、関係者も少ない単純軽微な事案で、重くとも略式命令による罰金刑しか見込まれないときには、検察官が立証すべき情状事実の範囲や証拠の範囲も相対的に小さくなるが、殺人など公判請求が見込まれ、その経緯等の情状事実によって刑の量定が大きく異なってくるような事案の場合には、罪証隠滅の対象事実の範囲も相対的に大きくなることが多い。
また、検察官は、被疑者の弁解内容や供述態度を踏まえて公判における争点を想定することから、被疑者の供述内容・態度は、その事案の立証構造の検討において重要な意味をもつ。薬物事案の故意否認であれば、被疑者の弁解内容の信憑性の捜査や故意を推認させる間接事実の捜査がより多く必要になるが、電車内での痴漢事件で、被疑者が電車内で相手のすぐ近くにいたことは認めるが、痴漢行為のみ否認しているというのであれば、自白事件と比べてさほど捜査の内容は変わらず、罪証隠滅の範囲もさほど広がらないといえる場合が多い。このように、具体的な供述内容を基に裁判官は検討するのであって、単純に否認か自白かという形で被疑者の供述を捉えていない。」
→否認事件で勾留を争うときに特に注意すべき点だと思います。この視点からすると、完全黙秘については、軽微事案でも証拠隠滅の対象は広くなると判断される危険があると思います。
「罪証隠滅の方法・態様について、口裏合わせをするなどして新たな証拠を作り出す手法について、罪証隠滅という言葉から単純にイメージされる「既にあるものの滅失」ではないからか、弁護人からの提出書面では、この点を検討した形跡が見受けられないことも少なくない」
→この点は、経験に乏しいと見落としがちです。
「罪証隠滅の余地について、捜査機関に押収されている証拠の隠滅は事実上不可能であるし、防犯カメラやLINE、SNSでのやり取り等に明らかに反する口裏合わせも、想定できなくはないが、実効性に乏しい。公務執行妨害での警察官に働きかける可能性や実効性はかなり低いと言って良いし、被疑者と被害者に面識がない飲食店の喧嘩や電車内の痴漢では、働きかけの可能性は否定されないが、現実的可能性は高くないといえる」
→この指摘は大事です。
「罪証隠滅の意図(主観的可能性)について、重くても略式命令しか予想されない自白事件では、被疑者があえて罪証隠滅行為に出る可能性は低いといえる場合もあろう。しかし、DV事件やストーカー事件などは主観的可能性が高いとされることもあり得る。経緯も含めて全て自白している場合であれば罪証隠滅の主観的可能性は低いといえる場合が少なくない。示談も成立していればなおさらである。否認している場合も、具体的な供述内容を他の証拠と対照しつつ検討し、それが罪証隠滅の意図に結びつくのか裁判官は慎重に判断している」
「勾留の必要性について、実務上勾留請求却下は勾留の必要性がないことを理由とするものが最も多い。示談の状況や被疑者の生活状況については、捜査機関が把握していない場合もあることから、弁護人がその事情を記載した意見書を提出し、疎明資料も添付すると有用なことがある。被疑者の誓約書や家族の身柄引受書の提出が重要な判断資料となることもある」
→誓約書や身柄引受書は当然添付するものですが、重要とされています。身柄引受書については、私は以前から免許証などを必ず添付していましたが、実際効果的なようです。弁護人がきちんと本人と面談したことも示せますし、有用でしょう。あと、「~したと聞きました」ときちんと事件内容を知っていることも書かせています。
【参考リンク】
裁判手続 刑事事件Q&A
https://www.courts.go.jp/saiban/qa/qa_keizi/index.html
Q、勾留とは何ですか。
A、勾留は、身柄を拘束する処分ですが、捜査段階での被疑者の勾留と、起訴後の被告人の勾留とがあります。
(1) 被疑者の勾留
検察官が、逮捕に引き続き、捜査を進める上で被疑者の身柄の拘束が必要であると判断した場合には、裁判官に勾留請求をします。裁判官は、被疑者が罪を犯したことが疑われ、かつ、証拠を隠滅したり、逃亡したりするおそれがあり、勾留の必要性があるときには、勾留状を発付します。
なお,最近10年間の勾留請求事件の処理状況については,こちらをご参照ください(PDF:72KB)。
被疑者の勾留期間は10日間ですが、やむを得ない事情がある場合は、検察官の請求により、裁判官が更に10日間以内で勾留期間の延長を認めることもあります。