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薬院法律事務所

刑事弁護

痴漢(迷惑行為防止条例)と不同意わいせつ罪の分水嶺


2024年08月07日読書メモ

例 電車内で、男性が女性の臀部を手で撫で回した。

 

こういった事例で、迷惑行為防止条例違反として立件される場合と、不同意わいせつ罪で立件される場合があります。ただ、この分水嶺がどこにあるのかはあまり知られていないようです。そこで、この記事を書きました。重要なことは、「法改正、社会通念の変化により、不同意わいせつと擬律されることが増加傾向にあると考えられること」です。

 

まず、法改正により、第5号(同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと)の類型が追加され、暴行・脅迫の程度が問題視されないことが明示されましたので、これまで暴行・脅迫の程度を理由として強制わいせつではないとされていた事案については、現在は不同意わいせつ罪とされると考えられます。また、何が不同意わいせつの「わいせつな行為」とされるかは、その時代の「社会通念」で決まりますが、これも最高裁の判例を踏まえて「被害者目線」で判断されるようになっています。例えば、私は、2012年時点における、警視庁の痴漢事犯におけるわいせつ行為の擬律判断の基準(「強制わいせつ罪(当時)」に問擬するか否かの基準)を把握していますが、これが現在でも通用するとは限りません。

 

刑事弁護人の立場でも、犯罪被害者代理人の立場でも十分に実務傾向を把握しておく必要があるでしょう。

 

①令和5年度刑法改正の影響

強制わいせつが不同意わいせつと改正されたことで、第5号(同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと)の類型が追加され、暴行・脅迫の程度が問題視されないことが明示されたことは重要なポイントです。この点は、暴行自体がわいせつな行為である場合は、改正前から暴行・脅迫の程度について問題としない解釈もありましたが、その解釈が採用されたといっていいと思います。すなわち、以前は暴行・脅迫の程度を問題にしていた警察実務においても、単純に「わいせつな行為」に該当するか否かが検討されるようになった、ということです。

浅沼雄介ほか「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻1号(2024年1月号)

72頁

【オ第5号(同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと)
「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」
は、
〇被害者において、わいせつな行為がなされようとしていることを認識してからわいせつな行為がなされるまでの間に、そのわいせつな行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないこと
を意味するものであり、例えば、
〇すれ違いざまに、いきなり胸を触られる場合
〇サウナで日を閉じて横になっているときに、いきなりキスをされる場合(注18)
などを想定したものである。】

 

※本記事脱稿後、橋爪隆「性犯罪に対する処罰規定の改正等について(1)」警察学論集77巻8号1頁~に接しました。同記事も同様の理解のようです。

14頁

【なお、電車の社内等における痴漢事案については、接触した身体の部位や行為態様、執拗さなどの具体的事情に基づいて、(改正前の)強制わいせつ罪と迷惑防止条例違反の罪を区別するのが従来の実務的な対応であったと思われる。今回の改正もこのような実務的運用に変更を迫るものではないが、改正法は、改正前の強制わいせつ罪のように暴行・脅迫要件を要求するものではなく、「いとまがない」を要件とするものであるから、改正法においては、不同意わいせつ罪の成立を否定する根拠として、暴行要件の不充足を援用することができない点には注意が必要である(理論的には、「わいせつ行為」の有無以外に問題となる要件は存在しない)。】

 

「わいせつ行為」に対する解釈の変化

次に「わいせつ行為」の該当性についても判断しないといけません。「わいせつ行為」該当性については、最重要の最高裁判例が存在します。

【元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。

…イ そして,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号)は,性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため,強制わいせつ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上げ,強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるなどし,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は,性的な被害に係る犯罪の実情等に鑑み,事案の実態に即した対処を可能とするため,それまで強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為と併せ,男女いずれもが,その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性交等罪を新設するとともに,その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか,監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。これらの法改正が,性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映したものであることは明らかである。
ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。
(5) もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。

最高裁平成29年11月29日刑集第71巻9号467頁

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87256

この最高裁判例を担当した最高裁調査官は、次のとおり解説しています。

向井香津子「最高裁判所判例解説刑事編 最判平29・11 ・29刑集71・9・467」」最高裁判所判例解説刑事篇(平成29年度)162頁

202-203頁

【したがって,ある行為が「わいせつな行為」に該当するというためには,
①性的な意味があるか否か
②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達し
ているか否か
を判断しなければならないと考えられるが, これらをどのような基準で判断すべきなのかが,更に問題となる。
これらの判断について, 当該被害者が実際に当罰性の高い性的意味を感じたか否かによるべきでないことは当然であり,他方で,昭和45年判例の解釈を採用しない以上,行為渦・自身の性欲等を基準にすべきものでないことも明らかといえる。結局,その判断は,社会通念に照らして客観的に判断される(注13)べきと考えられる。
また,性的な被害に係る犯罪に対する社会の受け止め方は,前述のとおり時代によって変わり得るものであることからすれば,社会通念に照らして判断する際には,その時代の社会の受け止め方をも考慮しておく必要がある。
もっとも,犯罪規定の解釈においては,法的安定性が求められることも当然であるから,社会の受け止め方の変化を考慮する際には,慎重な姿勢も必要(注14)であり,従前の判例・裁判例の積み重ねを十分斟酌する必要があろう。
本判決が, 「いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる」と判示しているのは, このようなことを明らかにしたものと思われる。

(注13) 樋口亮介「性犯罪の主要事実確定基準としての刑法解釈」法律時報88巻11号89頁[2016年〕は,性的という評価は社会の価値観に依存する以上,量刑の数値化同様事例判断を積み重ねて平均的判断を形成していく他ない問題である,と指摘する。】

 

弁護士としては、この最高裁判例を十分に意識して、「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて」判断していく必要があるでしょう。その際には、社会通念を表すものとして文献の調査をすることはもちろん、従前の判例・裁判例を十分に調査する必要があると思います。

 

③「痴漢」と不同意わいせつについての実務上の取扱

改正前の文献を含め、いくつか文献を紹介します。弁護人、犯罪被害者代理人としては、依頼者から聴取した内容を基に、その時点の社会通念に照らして「不同意わいせつ罪」にあたるか否かを論じていくことになるでしょう。これらの文献を見ると、「下着の上から」の接触については、従来は迷惑行為防止条例違反とされていたものが、不同意わいせつ罪とされる傾向に変わりつつあるといえると思います。

 

a)渡辺咲子『現代型犯罪と擬律判断(補訂版)』(立花書房,2009年11月)3-4頁

【現場の実務としては,ちかん行為に及んだ者が,相手女性の下着の中に手指を差し入れるに至ったときは,「強制わいせつ」,着衣あるいは,スカートの中に手を差し入れても下着の上から身体に触ったに止まる場合は「ちかん」として処理する傾向にあるようである。一般に,女性の意思に反してその着用している下着の中に手を差し入れる行為は,身体に対する不法な有形力の行使であるといえるであろう。暴行・脅迫が「抵抗を著しく困難にする程度」のものであったかどうかは,暴行に用いられた有形力の大きさや脅迫の際に告知された害悪の大きさのみによるものではない。周囲の状況や,被害者の性別・年齢等を総合して判断されるべきものである。混雑して身動きもできない電車内で,若い女性を相手に下着の中にまで手を入れる行為は,「抵抗が著しく困難である」暴行,あるいは,行動による脅迫と評価できる場合が多いであろう。】

 

b)田中嘉寿子『性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック』(立花書房,2014年1月)114-115頁

【(1) 迷惑防止条例違反(痴漢)
一般的に,着衣の上から触っただけなら条例違反,下着の中に手を人れれば本罪と認定されることが多い。
ただし,陰部・臀部を覆う着衣に触れるという程度に留まらず,着衣の上から陰部・臀部を弄んだといえる程度の行為であれば,本罪に当たる(大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法[第2版]第9巻』〔青林書院,平成12 年〕62 頁〔亀山継夫〕)。着衣の上から臀部を手の平でなで回した行為を本罪とした事例もある(名古屋高判平15 • 6 • 2判時1834 号161 頁東京高判平13 • 9 • 18 東時52 巻1= 12 号54 頁)。】

 

c)田川靖紘「49 兵庫県迷惑防止条例にいう「卑わいな言動」該当性 大阪高判平成30年1月31 日LEX/DB 25549755」

松原芳博・杉本一敏編『判例特別刑法[第4集]』(日本評論社,2022年7月)498-506頁

505-506頁

【もっとも、卑わい行為の中には、わいせつ行為も含まれるため(21) 、強制わいせつ罪と迷惑防止条例における卑わい行為との区別が問題となる。一般的に被害者の性的部位を「着衣の上から」触る行為は迷惑防止条例における卑わい行為と分類される(22)。ただし、撫で回すなど態様が「執よう」な場合には強制わいせつ罪に分類される(23)。また、強制わいせつ罪は、暴行・
脅迫要件が条文上規定されており、これが「被害者の抗拒を著しく困難ならしめる程度」にまで達していたような場合は強制わいせつ罪に分類される(24)。そうすると、本件行為者はAの胸部をいきなりつかんでいるので、「抗拒は著しく困難」であったともいえるが、「着衣の上から」右手でつかんだのみで、「執よう」な接触とはいえない。

(21) 會田・前掲注( 6)366 頁。

(22) 嘉門・前掲注(14)163頁。
(23) 川端博ほか編「裁判例コンメンタール刑法第2巻』(2006年) 294頁〔池本壽美子〕。
(24) 嘉門優「強制わいせつと痴漢行為との区別について」刑弁93号(2018年) 148頁。】

 

d)嘉門優「強制わいせつと痴漢行為の区別について」季刊刑事弁護93号(2018年春号)147-151頁

148頁

【①犯行場所と周囲の状況について、被害者が多少身動きしたり、場所を移動して犯行を避けえた状況であれば、痴漢行為として処理される傾向にある’5.次に、②態様が執ようなものではない場合にも、痴漢とされる傾向にある。たとえば、片手のみを用いた痴漢行為や’6、痴漢行為が一時的に中止されたが、その後も断続的に続けられた事案では’7,被害者が抵抗する可能性があったと考えられ、痴漢行為として処理されている。また、被害者が「やめて」などと実際に行為者に抗議した場合’8、被害者が被告人を睨みつけて、陰部に手指を挿入されないよう脚を固く閉じ合わせるなどして防衛行為をとっていた場合も’9、痴漢行為として処理される傾向にある。さらに、痴漢が肯定されている、ほぼすべての事案が、③行為者と被害者が初対面、ないしは面識がない場合である。これは、強制わいせつ事案に見られるような、行為者の地位利用による、被害者の心理的な抵抗困難状況がないことを示すものだといえる。

5東京地判平19.5.28LEX/DB28145205.
6最大判平29・11 ・29裁判所ウェブサイト。
7佐藤陽子「強制わいせつにおけるわいせつ概念について」法時88巻ll号63頁以下参照。
8和田俊憲「鉄道における強姦罪と公然性」慶應法学31号(2015年)272頁、佐伯仁志「刑法における自由の保護」曹時67巻9号(2015年)23頁以下、亀山=河村・前掲注2論文66頁。なお、大審院判例に、他人の住居に侵入し、寝ている女性の肩を抱き、左手をその陰部に触れた行為の判断に際して、本罪の暴行とは、「正当の理由なく他人の意思に反してその身体髪膚に力を加えること」だと、その力の大小強弱を問うべきではないとした判断がある(大判大13. lO.22刑集3巻749頁)。しかし、この判例は、迷惑防止条例制定以前のものであり、両罪の適用範囲の区別を意識したものではないため、この基準をそのまま採用すべきではない。
9佐伯・前掲注8論文29頁。】

149頁

【強制わいせつ罪のわいせつ行為は、接触部位、接触行為の性的意味合い、態様の執よう性といった観点から、「性欲を刺激、興奮又は満足させる行為」と評価しうるかどうかが判断されてい
る。したがって、そのような行為ではないと認められ、かつ、公然性が肯定されれば、原則的には、痴漢行為処罰規定の適用対象となる。その典型例は、被害者の身体を「着衣の上から」触る類型である。前述の強制わいせつ罪の実務から、①性的部位を着衣の上から触ったが、態様が執ようでない場合は、強制わいせつ罪ではなく、条例上の痴漢行為として処罰されることになる31.また、②着衣の上から執ように撫で回したとしても、触ったのが「非性的部位」である場合は、基本的には条例上の痴漢行為とされてきた(ただし、前述の唇への接吻行為を無理やり強要
した場合は強制わいせつ罪となりうる)32。なお、③非性的部位を着衣の上から触ったが、態様が執ようではなかった場合には、痴漢行為ともならず、無罪とされた事例がある33.本事案では、着衣の上から数秒間、腰部を触ったという事案であり、この場合、「卑わいな言動」にすら当たらないとされた。】

 

e)粟田知穂『事案処理に向けた実体法の解釈 条文あてはめ刑法』(立花書房,2019年8月)

142頁

【具体的に問題となるのは,着衣の上から身体に触れる態様ですが,陰部や乳房を下着の上から撫でるような態様についてはわいせつな行為と言い得る7)一方,それに至らない態様のものについては,痴漢行為として条例違反により処理されることが多いようです

7) 東京高判平成13 • 9 • 18 東時52 • I =12 • 54等】

 

f)金澤真理「強制わいせつ罪における行為の性的な意味について_ 平成29年11月29日最高裁大法廷判決を手がかりに一」

山口厚ほか編『高橋則夫先生古稀祝賀論文集[下巻]』(成文堂,2022年3月)267-281頁

272頁

【13 衣服の上からの接触についても、性に関する特定の部位に触れる場合には、わいせつ行為を肯定する例が散見されるが(東京高判平成13• 9 • 18東高刑時報52巻l~12号54頁、名古屋高判平成15• 6 • 2判時1834号161頁、仙台高判平成25• 9 • 19高刑速(平25) 号250頁、函館地判平成27 • 5 • 18LEX/DB25447301、高松地判平成26• 3 • 17LEX/DB25503841)、その際、特定部位に狙いを定め執拗に攻める態様が痴漢行為との境界となると解される。他方、幼女の臀部から背面にかけてを撫で回す場合には、わいせつ性が否定された例がある(名古屋地判昭和48・9・28判時736号110頁)。双方の性的部位がいずれも衣服等に覆われている場合もわいせつな行為となりうる。日常生活における自然な姿勢と距離を保ったまま、手指を用いることなく相互に陰部同士を接近させることは人体の構造上難しく、そのためには相手に不自然で不快な体位をとらせざるを得ないことを考え合わせると、かかる行為には迷惑防止条例違反にとどまらず、性的自由の侵害を認めることに理由があろう。被害者を開脚させた上で覆い被さり着衣の上から性行為を模した行為を行い、相手の陰部付近に性器を押しつける行為をした場合にわいせつな行為と認めた例がある(最決令和元・7• 18LEX/DB25564059)。
必ずしも衣服に覆われている部位ではないが、接吻につきわいせつ性を肯定した事例がある(最決昭和50• 6 • 19集刑196号653頁、東京地判昭和56・4・30判時1028号145頁、高松高判令和3 • 2 • 18LEX/DB25569324)。これらの事例では、通常のコミュニケーションの域を超え、性的欲望の発露であることが明らかである点に加え、相手方の意思に反している点が重視されている。】

 

g)前田雅英ほか編『条解刑法〔第4版補訂版〕』(弘文堂,2023年3月)524頁
【これに対し,単なる抱擁は, わいせつ行為とはいえない。女性の臂部を撫でる行為については,厚手の着衣の上から撫でてもわいせつといえないが(痴漢行為として条例違反となり得ることにつき。本条注8(キ)参照) , 下着の上から撫でたような場合にはわいせつ性を肯定し得るであろう(東京高判平13・9・18束時52-1=1254, 名古屋高判平15.6.2判時1834161)。】

 

h)岡本貴幸『図表で明快!擬律判断 ここが境界-実務刑法・特別刑法-【第2版】』(東京法令出版,2024年4月)

184-185頁

【不同意わいせつ罪と条例違反の法定刑の違いや、条例違反が不同意わいせつに至らない程度の迷惑行為を処罰対象にしていることからすれば、その区別は、相手方の性的自由を侵害する程度に至っているか否か、つまり、その対象となる部位や態様の執勘さや程度によって判断することとなる。
したがって、相手方の陰部に触れる行為は、一般的に、不同意わいせつに該当することとなるが(ただし、厚手の着衣の上から触るにとどまる場合は、条例違反を適用する場合が多い)、相手方の臂部に触れる行為は、その態様の執勘さや程度によることとなる。
そして、①厚手の着衣の上から臂部をなでる行為は、一般的に、その接触の程度などからわいせつ行為には至っておらず、条例違反となる傾向があるが、②下着の上から、又は、直接、臂部をなでる行為は、一般的に、その接触の程度などからわいせつ行為となる傾向がある。
エモデルケースの理由・解答
本件において、①については、Aは、そのスカートの上から、その臂部をなでており、わいせつの程度には至っておらず、Aは、条例違反の罪責を負う。
他方、②については、Aは、そのスカートの上から、その臂部をなでたところ、乙が抵抗しなかったことから、さらに、そのスカートの中に手を差し入れ、下着越しにその臂部全体をなで回しており、Aは、不同意わいせつ罪の罪責を負う。】

 

i)志賀文子「不同意わいせつ事件において、わいせつな行為該当性が問題となった事例」捜査研究2024年5月号(884号)9-19頁

16-18頁

【抱きつく行為と同様に、実務上頻繁にわいせつ行為性が問題となる事案として、着衣の上から臀部を触る行為があるため、関連する問題として検討することとしたい。
本職が新法施行前に取り扱った事案について簡単に紹介する。
事案は、被疑者が、春頃の日中の時間帯、街中で、B子(女性、高校生)を発見し、B子を、電車を乗り継ぐなどして追従し、B方玄関前まで来たときに、いきなり背後から、スカートの上から臀部を手でつかんでもんだ事案である。
被害者は、犯行後その場から逃走したが、B子は、被害直後110 番通報した。
警察官が、犯行現場周辺やB子の最寄り駅からの帰宅経路上等の防犯カメラの捜査等を行ったことにより、被疑者がB子をB子方まで追従している状況等が明らかとなり、犯行から約1か月後通常逮捕され、検察庁に送致された。
問題の所在は、被疑者のB子に対する接触行為は、B子方前における、スカートの上から臀部を1回手でつかんでもんだ行為のみであるため、わいせつ行為といえるかである。

2 裁判例
着衣の上から臀部を触る行為については判断が分かれているが、近時の裁判例は積極に判断されていると思料される。

(略)

いずれの裁判例も、その部位や態様からわいせつ性の有無を判断していると思料され、十分にわいせつ性を其備していた事案であると思料され、否定例の裁判例の判断には疑問がある。現在と社会通念が異なることも原因と考えられる。

もっとも、肯定例の裁判例でも、ある程度の時間、臀部をなで回すといった執拗な態様がわいせつ性を肯定するために必要であるようにも思われ、接触時間が僅かな時間で、態様が「わしづかむ」などの強度の態様だった場合にわいせつ性が肯定されるのか否かについては明らかではない。
3 実務上の処理状況及び本件の処分
もっとも、実務上、性的部位を「もてあそんだ」「わしづかみにした」「押しなでた」といえる程度の比較的強度の強い態様である場合には、その部位が臀部であっても、強制・不同意わいせつ罪に問擬する扱いとなっていると理解している。

本職が取り扱った前記事案では、所要の捜査を行い、東京地方裁判所に公判請求をした。】

 

※福岡県迷惑行為防止条例

(卑わいな行為等の禁止)
第六条 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、正当な理由がないのに、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で次に掲げる行為をしてはならない。
一 他人の身体に直接触れ、又は衣服その他の身に着ける物(以下この条において「衣服等」という。)の上から触れること。

(罰則)
第十一条 第六条又は第八条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

第十二条 常習として前条第一項の違反行為をした者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金
に処する。

https://www.police.pref.fukuoka.jp/data/open/cnt/3/4139/1/meibo.pdf?20190620183453

※刑法

(不同意わいせつ)
第百七十六条次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、六月以上十年以下の拘禁刑に処する。
一暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕がくさせること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
2行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
3十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。

https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045