大学での懲戒処分を審議する委員会の会議で、秘密録音をすることは問題ないか(労働問題)
2018年07月20日労働事件(企業法務)
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、大学内での懲戒処分について審議する委員会の委員です。会議では録音禁止とされているのですが、処分対象者に対して乱暴な発言をする委員がいるので、後日に問題にできるように録音しています。また、この録音データを処分対象者に渡して問題ないでしょうか。
A、録音が禁止されているのであれば、違法性が高いと思います。データを渡すことも違法となる可能性が高いでしょう。
【解説】
参考記事の裁判例に着想を得て作成した相談事例です。秘密録音については、個人情報流出の危険性もありますし、やるべきではないでしょう。さらに、会議では自由闊達な意見交換が求められるところ、そこで無断で録音されて、後から責任を問われるようでは、会議の目的を遂げられなくなります。
【参考記事】
「無許可録音」のデータは裁判で証拠として認められるか…パワハラ訴訟を事例に検証
https://www.bengo4.com/c_5/n_4698/
【参考裁判例】
平成12年7月12日刑集第54巻6号513頁
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51220
【なお、所論にかんがみ、職権で判断すると、【要旨】本件で証拠として取り調べられた録音テープは、被告人から詐欺の被害を受けたと考えた者が、被告人の説明内容に不審を抱き、後日の証拠とするため、被告人との会話を録音したものであるところ、このような場合に、一方の当事者が相手方との会話を録音することは、たとえそれが相手方の同意を得ないで行われたものであっても、違法ではなく、右録音テープの証拠能力を争う所論は、理由がない。】
最高裁判所判例解説刑事篇(平成12年度)168-170頁
「本件秘密録音は、無限定合法説、留保付合法説に立った場合はもとより、利益衡量説に立ったとしても、被告人の詐欺行為により被害を受けた被害者が、被告人の説明に不審の念を抱き、後日の証拠とする目的で秘密録音を行ったもので、正当防衛行為とはいえないものの、広い意味での自衛行為と評価できること、偽計その他不当な手段を用いて違法な発言や真意に反する発言を引き出した事実もないこと、録音されないことについての期待が強く認められる場合ではないことからすると、適法であり、証拠能力に問題はないと思われる(その対象が財産的な取引の事後処理に関する会話で、プライバシーという側面が少ないことからすると、正当化事由を極めて限定する考え方に立たない限り、民事法上の学説からも適法であり、証拠能力も肯定できると思われる。)。
また、秘密録音されたテープを刑事裁判において証拠として取り調べることは、録音内容の外部流出の一態様であり、話者のプライバシーを損なう面があることは否定しがたいが、これについては、証拠調べの必要性・相当性の判断に際し、話者の受ける不利益を考慮することにより解決すべき問題であり、本件録音テープの証拠としての重要性からすれば、これを証拠として取り調べることが、必要性・相当性を欠くとは思われない。
側このように、本決定は、前掲最高裁決定(判例②)と同様、原則違法説に立つものではないと思われるが、これ以外のどの立場に立つものかは明らかでない。
しかし、対話当事者の秘密録音に関するこれまでの同最高裁判例が特殊な事案のものであり、その後も下級審においてこの問題に関する判断を求められる事例が少なくなかったのに対し、本件の事案は、この問題に関する典型的な事例であって、これについて判断を示した本決定が今後の実務に与える影響は、小さくないものと思われる
(注一一)確かに、会話の相手方が聴いて記憶にとどめるのと録音するのでは、プライバシー侵害の脅威の程度や自由な表現を制約する程度が異なる面は否定しがたい。しかし、秘密に録音された結果が悪用されたり対外的に流出した場合には、具体的なプライバシー侵害といえるであろうが、対話の当事者が私的に録音し保持している限りにおいては、プライバシー侵害は未だ潜在的なもの、表現の自由に対する制約も抽象的なものであって、具体的な権利侵害として違法とまではいえないように思われる。つまり、この問題については、基本的に録音自体の問題と録音された会話内容の外部流出や悪用の問題とを区別して考え、会話の内容を聴くことを許されている対話当事者が録音する限り、録音自体は適法であり、これが外部に流出したり悪用された場合に、その態様によって違法の問題が生じると考えるのが相当ではないだろうか(もちろん、河上検事や下級審裁判例の一部が指摘するとおり、秘密録音に際して偽計等を用いて違法な発言や真意に反する発言を相手方から引き出した場合には、その行為自体の違法性を検討すべきであろう。)。この点、利益衡量説は、具体的なプライバシーの侵害ということよりも、「録音されないことに対する期待」に広く法的保護の対象としての価値を認めようとするものと思われる。しかし、このような期待に一般的に高い保護を与え、プライバシ-の侵害が未だ潜在的な段階にとどまる秘密録音自体を原則的に違法とすることには、疑問がある。」
損害賠償請求控訴事件
東京高判平成28年5月19日D1-Law.com判例体系〔28241751〕
3 事実認定の補足説明
以下のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」(5)の本文部分(原判決20頁4行目から21頁16行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決20頁4行目冒頭に「(1)」を加え、同頁8行目の「といった発言を」を「という本件発言〈1〉ないし〈5〉を」と、同行から9行目にかけての「録音テープ(甲9)(以下「本件テープ」という。)」を「本件録音体の反訳書(甲9)」とそれぞれ改め、同行末尾の後に「これに対し、被控訴人は、同証拠は違法収集証拠であるから、証拠から排除されるべきであると主張する。」を加え、同頁11行目の「委員会は非公開」を「委員会の審議は非公開」と、同頁12行目の「本件テープ」を「本件録音体」と、同頁13行目の「不法」を「違法」とそれぞれ改め、同頁13行目の末尾で改行し、同頁14行目から21頁13行目までを以下のとおり改める。
「 そこで、検討するに、民事訴訟法は、自由心証主義を採用し(247条)、一般的に証拠能力を制限する規定を設けていないことからすれば、違法収集証拠であっても、それだけで直ちに証拠能力が否定されることはないというべきである。しかしながら、いかなる違法収集証拠もその証拠能力を否定されることはないとすると、私人による違法行為を助長し、法秩序の維持を目的とする裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであり、民事訴訟における公正性の要請、当事者の信義誠実義務に照らすと、当該証拠の収集の方法及び態様、違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するといえる場合には、例外として、当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。
控訴人によれば、本件録音体は、平成21年7月7日に行われた委員会の審議内容が録音されたものであり、本件録音体であるCD―ROM2枚の入った差出人の記載の無い封筒が、平成25年1月31日、学内便により、控訴人に届けられたというものであるところ(甲28の13頁、控訴人本人16頁)、そうであるとすると、本件録音体は、非公開の手続であり、録音をしない運用がされている委員会の審議の内容を無断で録音したものであり、前記2(認定事実)で引用する原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」(ただし、補正後のもの。以下、単に「認定事実」という。)の(2)オの事実に照らすと、録音がされた委員会の審議は第一次申立てに係るものであることになる。しかして、第一次申立てについては、平成21年12月7日、委員長から控訴人に対し、同年6月22日付けで控訴人に通知された第一次決定をもって委員会の最終的な結論とする旨が伝えられている(前記第2の3(前提事実)で引用する原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等」(ただし、補正後のもの。以下、単に「前提事実」という。)の(3)イ及び認定事実(2)キ)のであるから、控訴人が本件録音体を取得したのは、録音時から約3年半後で、第一次申立てが最終的に終局してからでも約3年2か月後を経過した時点であることになり、このことについても、また、差出人不明者から本件録音体が送付されたというのも、いかにも唐突で不自然である。以上の点に鑑みると、控訴人が本件録音体を取得した経緯に関する控訴人の供述はにわかに採用することができない。なお、控訴人が、本件録音体の無断録音が行われたという同年7月7日からわずか8日後の同月15日に行われた委員長らと控訴人との面談内容を無断録音していたこと(認定事実(2)オ(イ))、控訴人が本件録音体及び上記面談内容を無断で録音した録音体を所持し、それぞれの反訳書を証拠として提出していることに鑑みると、本件録音体の無断録音についても控訴人の関与が疑われるところである。
次に、委員会は、ハラスメントの調査及びそれに基づくハラスメント認定という職務を担い、その際にハラスメントに関係する者のセンシティブな情報や事実関係を扱うものであるところ、このような職務を行う委員会の認定判断の客観性、信頼性を確保するには、審議において自由に発言し、討議できることが保障されている必要がある一方、その扱う事項や情報等の点において、ハラスメントの申立人及び被申立人並びに関係者のプライバシーや人格権の保護も重要課題の一つであり、そのためには各委員の守秘義務、審議の秘密は欠くことのできないものというべきである。委員会が、その審議を非公開で行い、録音しない運用とし、防止規程13条が各委員の守秘義務を定めているのも、かかる趣旨によるものと解される。そうすると、委員会における審議の秘密は、委員会制度の根幹に関わるものであり、秘匿されるべき必要性が特に高いものといわなければならない。
他方、委員会の審議の結果は、ハラスメント申立てに対する回答としてその申立人に伝えられ、委員会は審議の結果に対して責任を持つものであり、審議中の具体的討議の内容はその過程にすぎないものであるから、結論に至る過程の議論にすぎない本件録音体の内容は、争点(1)の控訴人の主張ア及びウに係る第一次申立ての事案の解明において、その証拠としての価値は乏しいものである。控訴人は、争点(1)に係る控訴人の主張イとの関係で、被控訴人の委員会の委員が本件発言〈1〉ないし〈5〉を発言したことを裏付ける直接証拠として本件録音体を提出するところ、本件録音体が平成21年7月7日に行われた委員会の審議を録音したものであることについては、同審議に係る2009年度第4回ハラスメント防止委員会記録(乙10)からはにわかに認めることはできず、他にこれを認め得る的確な証拠はないから、その証拠価値を認めることができないものである。
以上によれば、委員会の審議内容の秘密は、委員会制度の根幹に関わるものであって、特に保護の必要性の高いものであり、委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は極めて高いものといえること、本件事案においては、本件録音体の証拠価値は乏しいものといえることに鑑みると、本件録音体の取得自体に控訴人が関与している場合は言うまでもなく、また、関与していない場合であっても、控訴人が本件録音体を証拠として提出することは、訴訟法上の信義則に反し許されないというべきであり、証拠から排除するのが相当である。」
判例評釈 水町勇一郎・ジュリスト2016年8月号(1496号)4-5頁
5頁
【本判決は,その民事訴訟での証拠能力自体を否定したものであり,自由な討議とプライバシーが尊重されるべきハラスメント関係委員会の審議の秘密(その無断録音の反社会性)を重視する立場を示したものといえる。無断録音テープが訴訟f証拠として提出されることが少なくないなかで,その証拠能力が否定された事例としても意味のある判決である。】