軽犯罪法違反事件の弁護要領・第6回 軽犯罪法1条5号(軽犯罪法、刑事弁護)
2024年12月21日刑事弁護
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は40代の男性です。今日、とある人気のラーメン屋で、朝から行列に並んでいたところ、途中から来た若い女性が、列に割り込んで入ってきました。行列に並んでいた男性の連れだったようです。私は、「みんなが並んでいるのに割り込んだら駄目だろ」と注意したのですが、逆にスマートフォンを向けられて「おっさん何言ってんだ」と言ってきました。私はカッと来て「ふざけんじゃねえ。喧嘩売ってんのか。後ろに並べ。」といったところ、「脅された」といって警察に通報されました。警察では私の行為が脅迫罪だとか、軽犯罪法1条5号違反になると言われたのですが、全く納得がいきません。確かに私はジムで鍛えていますし、威圧感はあると思いますが、それだからといって私が犯罪者とされるのはおかしいです。
A、まず、行列に並んでいる状況であれば、まだ店の中にはいないので「入場者に対して」の要件が欠け、軽犯罪法1条5号違反にはならないと考えられます。脅迫罪については、四囲の状況から判断されますが、相手方の言動からすれば、脅迫罪は成立しないと考えられます。
【解説】
本日は、軽犯罪法第1条第5号「五 公共の会堂、劇場、飲食店、ダンスホールその他公共の娯楽場において、入場者に対して、又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、飛行機その他公共の乗物の中で乗客に対して著しく粗野又は乱暴な言動で迷惑をかけた者」について解説します。
この条文は、公共の場や公共の交通機関内で、他の人に対して著しく粗野または乱暴な言動を取ることを禁止しています。
その趣旨は、【公共的施設においては、公衆が一定の目的のために集まっているのであるから、その妨害になるようなことをしないということが、日常生活における卑近な社会道徳である。本号は、このような公衆道徳の維持をはかるため設けられたものである。】(野木新一・中野次雄・植松正『註釈軽犯罪法』(良書普及会,1949年2月)38頁)とされているところです。もっとも、現在この条項が使われることはほぼありません。事実上、脅迫罪や、迷惑行為防止条例によりカバーされています。理屈上は、程度が軽いものは軽犯罪法違反のみが成立するということもあり得るのですが、実例は知りません。「著しく粗野又は乱暴な言動」の判断は社会通念によりなされますので、ハラスメントに対する意識が向上した現代では、軽犯罪法のみが成立するということは少なくなっていると思います。とはいえ、グレーゾーンもありますので、内容によっては犯罪が成立しない、あるいは軽犯罪法違反のみが成立するということもあるでしょう。
軽犯罪法
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039/
第一条左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
五 公共の会堂、劇場、飲食店、ダンスホールその他公共の娯楽場において、入場者に対して、又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、飛行機その他公共の乗物の中で乗客に対して著しく粗野又は乱暴な言動で迷惑をかけた者
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
(昭和37年10月11日東京都条例第103号)
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第5条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
2 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、多数でうろつき、又はたむろして、通行人、入場者、乗客等の公衆に対し、いいがかりをつけ、すごみ、暴力団(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成3年法律第77号)第2条第2号の暴力団をいう。)の威力を示す等不安を覚えさせるような言動をしてはならない。
(押売行為等の禁止)
第6条 何人も、住居その他人の現在する建造物を訪れて、物品の販売若しくは買受け若しくは物品の加工若しくは修理、害虫の駆除、遊芸その他の役務の提供(以下この条において「販売等」という。)又は広告若しくは寄附の勧誘(以下この項において「広告等の勧誘」という。)を行うに当たり、次に掲げる行為をしてはならない。
(不当な客引行為等の禁止)
第7条 何人も、公共の場所において、不特定の者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
刑法
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045#Mp-Pa_2-Ch_32
(脅迫)
第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
【参考文献】
伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房,2013年9月)80頁
【(1) 「入場者」
「入場者」とは、公共の会堂、劇場、飲食店、ダンスホールその他公共の娯楽場の施設内に,これを利用する目的で現に入っている者をいう。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3110
平野龍一ほか「座談会 ぐれん隊防止条例」ジュリスト261号10-35頁(1962年11月)
12頁
【平野龍一(東京大学教授) ちょっとその前に先ほど上村さんから御説明がありました中で、この条例のねらいが一つは暴力団の資金源を断つということ、これは暴力団対策として非常に重要なことだと思いますけれども、そういうねらいと、もう一つは特にオリンピックを目の前にして町の中を清潔にするという、多少違ったねらいがあるのじゃないかと思うのですけれども、どちらの方に重点があるわけですか。
上村貞一(警視庁防犯課長) 重点はやはりあくまでも都民の日常生活に迷惑をかける行為をとらえていこうとするものでございます。従いまして初めはこれに「街頭における」とつけておったのですが、街頭行為を中心に考えておるわけでございます。資金源そのものについてはまたそれぞれの法がございまして、やりようがありますが、この街頭行為だけは、軽犯罪法中心だけでは取締りが不十分であり、迷惑行為の排除に重点を置いて立法措置を考えたわけでございます。】
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3110
井坂博『実務のための軽犯罪法解説』(東京法令出版,2018年3月)72-73頁
【本号の罪といわゆる迷惑防止条例違反罪との関係も, 1個の行為が両罪に該当する場合には,同様に観念的競合であると解する(伊藤.勝丸85 頁以下参照)。例えば,大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭37 • 12 • 24 条例第44 号)は,第5条第1項において「何人も,公共の場所又は公共の乗物において,多数でうろつき又はたむろして,通行人,入場者,乗客等の公衆に対し,いいがかりをつけ,すごむ等不安を覚えさせるような言動をしてはならない。」と規定しているが,本号とは行為態様が若干異なっている。
もっとも, この種の比較的軽い犯罪については,観念的競合の関係にある両罪のうち,より重い罪で処罰すれば足り,また,法定刑が同じであれば,立証の難易度等を考慮し,いずれかの罪で処罰すれば足りるので,あえて両罪を立件・起訴するまでもないと考えるのが,実務の実情である。】
https://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?12869
法務総合研究所編『研修教材 刑法各論(その1)-個人的法益を害する罪- 三訂版』(法務総合研究所,2018年3月)
54頁
【害悪の告知は,一般に人を畏怖させるに足りる程度のものでなければならない(最判昭35.3.18最刑集14・4・416)。したがって,単なる警告,嫌がらせ,威迫は,ここにいう害悪の告知がないから,脅迫に当たらない。本罪は表示犯の性格を有するから,人を畏怖させるに足りる程度の害悪の告知といえるかどうかは,告知の内容を四囲の状況に照らし判断すべきである(最判昭29 6 8最刑集8.6846)】