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薬院法律事務所

刑事弁護

軽犯罪法違反事件の弁護要領・第9回 軽犯罪法1条8号(軽犯罪法、刑事弁護)


2024年12月22日刑事弁護

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私は動画制作者です。先日、街を歩いていると飲食店で喧嘩があったようで、警察官が店の外にも多数集まって店の中から怒号が聞こえてきました。「これはバズる」と思って警察官から止められましたが「取材」といってスマホを持って中に入って暴れている男性を、こちら側の顔が見えない位置から撮影しました。すると、警察官から羽交い締めにされて、店の外に出されたのですが、不当逮捕ではないでしょうか。

 

A、ご相談者の行動については、軽犯罪法1条8号の変事非協力の罪が成立すると思われます。逮捕ではなく、警察官職務執行法5条に基づく制止でしょう。違法ではないと考えます。

 

 

【解説】

本日は、軽犯罪法第1条第8号「風水害、地震、火事、交通事故、犯罪の発生その他の変事に際し、正当な理由がなく、現場に出入するについて公務員若しくはこれを援助する者の指示に従うことを拒み、又は公務員から援助を求められたのにかかわらずこれに応じなかつた者」について解説します。

この条文は、災害や事故、犯罪などの緊急事態(変事)が発生した際において、公務員(警察官や消防吏員など)やその援助者の指示に従わない者、または援助要請を拒む者を処罰対象としています。

その趣旨は、【本号に掲げられた風水害その他の変事の場合には、あるいはその災害の防止のため、あるいはその被害者の救出、救護のため、あるいは犯人検挙のために公務員の迅速かつ適確な活動が特に要請される。かような際に、公務員の活動を積極的に妨害することの非なるは勿論、よしんば悪意はなくともみだりに現場の秩序を乱すことは結果において公務員の活動を鈍らせ妨げることになるし、同時にかかる無秩序を利用して描事を働く者をも生じ易いから、これを取り締る必要がある。のみならす、一般の平常時と異つてかような非常の際には公務員として他の援助を求めなければその目的を達成できぬことも多いであろう。この場合状況によつて適宜の援助を輿える義務が一般人にもあるといわねばならぬ。その義務違反をも含めて、本号は災害の際における公務員の活動を、保障し、ひいては災害に対する適切な処置を全うせんとするもの】(野木新一・中野次雄・植松正『註釈軽犯罪法』(良書普及会,1949年2月)43頁)とされているところです。

本件の場合は、立入禁止の場所に入りこんだことから軽犯罪法1条8号違反となり、警察官が警察官職務執行法5条に基づき強制的に制止したものと考えられます。逮捕ではなく、違法とはいえないでしょう。

 

軽犯罪法

https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039/

第一条左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
八 風水害、地震、火事、交通事故、犯罪の発生その他の変事に際し、正当な理由がなく、現場に出入するについて公務員若しくはこれを援助する者の指示に従うことを拒み、又は公務員から援助を求められたのにかかわらずこれに応じなかつた者

 

警察官職務執行法

https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000136

(犯罪の予防及び制止)
第五条 警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。

 

【参考文献】

 

伊藤榮樹原著・勝丸允啓改訂『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房,2013年9月)108頁

【(1) 「従うことを拒み」
指示に「従うことを拒み」とは,単に「従わない」というのとは異なり,指示に従わない意息を積極的に表示し,あるいは,指示に反する行動をすることによって,指示に従わない意思を外部的に明らかにすることをいう。もとより,本号は,過失犯を罰するものではないから,立入り禁止の指示があった場合を例にとると,単にその場所へ立ち入る意思で立ち入ったというだけでは,直ちには,本号の罪は成立せず,立入り禁止の指示に反して立ち人る意思があることを要することはいうまでもない。このように,単に「従わない」というのとは異なるから,「従うことを拒む」罪は,不作為犯ではなく(大塚107頁は,不作為犯とする。),作為犯である。】

https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/3110

 

警察実務研究会「青年警察官の執行力向上を目指して 交番勤務立花巡査の一日(第90回)軽犯罪法(その13)変事非協力の罪」警察公論2018年11月号30-34頁

31頁

【事件発生後、すぐに臨場し、現場で立入禁止のロープを張って警戒していたんですが、野次馬の男が警戒線の中に立ち入ってしまったんです。警笛を鳴らしつつ、手振りで立ち入らないように指示したんですが、これを無視して立入禁止場所に立ち入ってしまって……。すぐに無線で各警戒員に不審な男が立ち入ったことを連絡しました。しばらくして、事件の状況を動画撮影していたその男を確保し、署に同行しましたが、結局、始末書を提出させるだけで処分を終了してしまいました。所長、事件として送致することはできなかったのでしょうか?】

https://cir.nii.ac.jp/crid/1523388079778687104

 

東京高判平成18年10月11日判タ1242号147頁

【3 争点に対する判断
(1) 警察官が行った鎮圧,制止行為の違法性の有無
ア 被控訴人は,警察官らが被控訴人を本件駐車場から藤沢北署に連行したことは,警職法5条の制止の限界を超えるものであり,また,実質的に令状なくして逮捕したものであって,違法であると主張するので,検討する。
イ 警察法は,警察の責務について,「個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とする。」(警察法2条1項)と定めており,また,これを受けて,警職法は,「警察官が警察法に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために」行使し得る「必要な手段」を規定している(警職法1条1項)。そして,警職法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があって,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と定めている。
もっとも,犯罪が実行される段階に至った場合については,警職法に明確な定めが置かれていないが,この段階に至れば,現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているのであるから,警察法2条1項,警職法5条に照らして,公共の安全と秩序の維持に当たる警察の責務として,当該犯罪を鎮圧し,終息させることによって,犯罪の続行,拡大を防ぐため,警職法5条に定めるのと同様の「制止」の手段,方法を執ることが当然許されるというべきであり,かつ,この場合の「制止」は,警職法5条の「その行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞がある」場合に限定されずに行い得ると解するのが相当である。
ところで,犯罪が現に実行されている場合の「制止」は,当該犯罪を鎮圧し,終息させることによって,犯罪の続行・拡大を防ぐために,その行為を実力で阻止することを意味するが,犯罪の態様,犯罪現場の状況等は多様であり,警察官の制止は,事態に応じて現場で臨機応変に行わなければならない性質のものといえるので,制止の手段・方法についても多様なものが考えられるのであり,事態によっては,犯罪の現場から強制的に他の場所に移動させ,犯罪現場から隔離する方法(例えば暴徒をトラックに乗せて現場から離れた場所に移動させる。)を執ることも許されるということができる。
もっとも,この制止は,犯罪を鎮圧し,終息させるために,必要かつ最小限度のものにとどめるべきであり,濫用にわたることが許されないことは当然である(警職法1条2項参照)。特に,令状主義の原則に照らして,継続的に自由を拘束するようなことは許されないのであって,強制的に場所を移動させて犯罪現場から隔離するというような方法を執る場合でも,それはあくまで暫定的一時的なものに限られ,犯罪行為が一応終息をみたときは速やかに制止を終わらせる必要があるといえる。また,制止に当たって執られる実力の内容・程度も,具体的な事態に応じて,社会通念上妥当なものに限られるべきである。】

軽犯罪法違反事件の弁護要領・第1回 総論(軽犯罪法、刑事弁護)