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薬院法律事務所

一般民事

遺留分として渡す現金が不足している状態で、娘に自宅を継がせたいという相談(一般民事、相続)


2025年02月10日一般民事

※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

 

【相談】

 

Q、私には、結婚して家を出た兄と妹がいます。私は結婚せずに80代の母と同居していますが、要介護1の認定を受けており、少し物忘れが出てきたみたいです。先日、母が亡くなった後についての話になり、母は、父から相続した自宅不動産(土地含めて4000万円)と、年金を節約して貯めた預金(500万円)について、私だけに遺したいといっています。遺留分というのがあると聞いたことがあるので、公正証書遺言を作って、後日私が確実に自宅を相続したいのですが、どのように進めれば良いでしょうか。私自身の預金は300万円しかなく、母の資産とあわせても1500万円分の遺留分を用意できないこと、母が認知症だといって後から遺言が無効といって争われることを怖れています。

 

A、完璧な解決方法はない事案ですが、率直に状況を話した上で、公正証書遺言を作成することが考えられます。

 

【解説】

※以下は架空の事例に基づく一般的な法的解説であり、個別具体的な事案についての最終的な判断は、必ず弁護士などの専門家に直接ご相談ください。


1.公正証書遺言作成のすすめ方

  1. 公証役場への事前相談
    遺言者(お母様)が公正証書遺言を作成したい旨を公証人に伝え、事前に必要書類や証人の手配などの相談をします。

    • 必要書類の例:戸籍謄本、固定資産税評価証明書、預金残高証明書、遺言者の本人確認書類(運転免許証など)
    • 証人2名(利害関係のない第三者)
    • 公証役場によっては事前予約が必要な場合が多いため、早めに問い合わせるとスムーズです。
  2. お母様の意思能力の確認
    遺言が有効となるためには、遺言作成時にお母様に「遺言能力」(判断能力)があることが求められます。要介護1で物忘れがあるとのことですが、それだけで遺言能力が否定されるわけではありません。

    • 医師の診断書や鑑定書の取得
      例えば、かかりつけ医または精神科医から「意思能力がある」という趣旨の診断書(または意見書)を発行してもらうことが望ましいです。これにより、後日ご兄弟が「認知症で遺言が無効だ」と主張した場合でも、反証の材料となります。
    • 公証人の面前での確認
      公証人も遺言作成時に遺言者と面談し、本人がしっかり遺言の内容を理解しているかを確認します。公証人が「意思能力に問題なし」と認めた上で作成される公正証書遺言は、形式面で最も信用性が高く、無効とされにくいのが特徴です。
  3. 遺言の内容(自宅不動産と預金を特定して遺贈する)
    遺言書では、お母様がお持ちの自宅不動産(土地建物)と預金(500万円)を「誰にどのように相続(または遺贈)させるか」を特定して記載します。

    • 例えば、「○○銀行 普通預金口座番号○○の全額を長女○○に相続させる」「不動産の表示は登記簿謄本に従う」など、具体的に記載しておくと後のトラブルを減らせます。
    • お母様のご意向としては「全てを同居している子に遺す」ということであれば、その旨をはっきり明記します。
  4. 遺言作成当日の流れ
    • 公証役場に遺言者・証人2名(もしくは公証役場で手配してもらえる場合もあり)・あなた(同行が必要であれば)などが行きます。
    • 公証人が遺言者に対して内容や意思能力を確認し、問題がなければ遺言内容を読み上げ・署名押印して完了。
    • 公証人が正本・謄本を作成し、正本は遺言者が受け取り、原本は公証役場で保管します。

2.遺留分への対処

  1. 遺留分の基本
    兄弟姉妹(子)が相続人となる場合、子全員の遺留分の合計は「遺産の2分の1」です。今回のケースでは法定相続人が「長男、あなた、妹」の3人であるとすると、

    • 遺産総額:自宅不動産 4,000万円+預金 500万円=4,500万円
    • 遺留分全体:4,500万円の1/2=2,250万円
    • 子3人の法定相続分は等分(1/3ずつ)なので、各人の遺留分は2,250万円 × 1/3=750万円
    • あなたを含めた3人それぞれ750万円ずつが「遺留分額」となります。
    • もっとも、あなたも相続人なので、あなた自身がもらう財産からはすでに遺留分を充足できる面があります。しかし、兄と妹は各750万円ずつを請求できる可能性がある、というのがポイントです。
  2. 遺留分をめぐるリスク
    • お母様が「全てをあなたに遺す」という遺言を残しても、兄・妹が「遺留分減殺請求」(現在は「遺留分侵害額請求」と呼ばれます)をすれば、その請求を金銭などで応じる必要が生じる可能性があります。
    • 不動産を維持したまま兄・妹に金銭で渡すには、**合計1,500万円(兄750万円+妹750万円)**が必要になるおそれがあります。
    • 現状、預金500万円+あなた自身の預金300万円=800万円しか手元にないということですので、差額700万円については、請求された場合にどう工面するかという問題が発生します。
  3. 回避・対策の方法
    • (A) 他の相続人との話し合い・遺留分放棄
      生前に、兄・妹が「遺留分を放棄しても良い」と納得し、かつ家庭裁判所の許可を得られれば、遺留分そのものがなくなります。ただし実際には、放棄する見返りとして金銭を支払うなどの示談が必要になることが多く、また家庭裁判所の許可も簡単には下りません。
    • (B) あなたがローンを組むなどして遺留分を金銭で支払う
      遺言通りに不動産を相続し、兄・妹からの遺留分請求があった場合には、銀行等からの借入れを検討し、金銭を支払うことで不動産を確保する方法です。将来のご自身の返済能力等との兼ね合いが課題になります。
    • (C) 寄与分の主張
      あなたが長年同居し、介護や生活費負担などでお母様の財産維持または増加に貢献していた場合、「寄与分」を主張できる可能性があります。寄与分が認められると、遺産総額から寄与分相当額を控除した上で相続分を計算するため、兄・妹が取得できる遺留分が相対的に減る場合があります。ただし、寄与分がどこまで認められるかは事実関係や証拠が重要となり、主張立証に手間がかかります。
    • (D) 生前贈与・死因贈与
      生前に不動産を贈与する、あるいは死因贈与契約を結ぶ方法も考えられますが、兄・妹から見れば「特別受益」として遺留分計算時に持ち戻しの対象となる可能性が高く、最終的に遺留分請求を回避できるわけではありません。

3.争いを最小限に抑えるためのポイント

  1. お母様が意思能力を十分に有しているうちに公正証書遺言を作成する
    • 医師の診断書の取得や公証人の面前での確認をしっかり行う。
    • 遺言内容や経緯について日記やメモなどを残しておくと、後に「本人の真意だった」と立証しやすくなります。
  2. ご兄弟と事前にできる限り話し合う
    • お母様の介護や生活支援にあなたが大きく貢献している事情を伝え、兄・妹に理解してもらう。
    • 最終的にどうしても対立する場合には、相続発生後に遺留分請求を受けるリスクを踏まえて、あなたが準備できる資金やローンの選択肢を検討する。
  3. 相続開始後の手続きについて事前に情報を整理しておく
    • 遺言があっても、不動産の名義変更(相続登記)は遺言内容を踏まえて手続きを行います。
    • 預金の名義変更や解約手続きも同様に行い、兄・妹から遺留分請求がなされた場合は、交渉もしくは調停・審判に進む可能性があります。

4.まとめ

  • 確実にあなたが自宅不動産を相続したいのであれば、まずはお母様がしっかりと意思能力を有しているうちに、公正証書遺言を作成することが最優先です。
  • 作成にあたっては、医師の診断書等でお母様の判断能力を証明できるよう準備し、公証人にも丁寧に説明してもらいましょう。
  • 遺留分については、長男・妹が行使するかどうかは蓋を開けてみないと分かりませんが、いざ請求された場合にどのように対応するかをあらかじめ想定し、資金面や寄与分の主張など、複数のシナリオを用意しておく必要があります。
  • 兄・妹と事前に十分な話し合いができるなら、遺留分を請求しない合意を得た上で家庭裁判所で「遺留分放棄の許可」を取る方法も検討されますが、合意のハードルは低くはありません。
  • あなた自身の将来的な生活設計とも深く関わりますので、専門家(弁護士・司法書士・税理士など)に相談しながら進めるのが望ましいでしょう。

以上が一般的な流れと留意点の概要です。相続や遺留分問題は事案によって証拠や事実関係が大きく異なります。実際には弁護士にご依頼のうえ、詳細に事情を伝えて個別具体的なアドバイスを受けてください。

 

日本公証人連合会

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