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薬院法律事務所

刑事弁護

捜査段階での黙秘と、スマートフォンのロック解除拒否を量刑上マイナスに考慮した事例


2022年09月24日読書メモ

こういった裁判例がありました。

捜査段階での黙秘や、スマートフォンのロック解除に応じなかったことを量刑上マイナスにとっている裁判例です。

最高裁はその判断を是認していますので、弁護人が黙秘やスマートフォンのロック解除拒否をアドバイスする時には、リスクについても教示しておく必要がありそうです。

【■28254432
長野地方裁判所
平成28年(わ)第107号
平成28年08月09日
本籍 (省略)
住居 愛知県(以下略)
職業 塗装作業員
被告人 Y
平成8年(以下略)生
被告人に対する詐欺未遂被告事件について、当裁判所は、検察官野村優介、国選弁護人中嶋慎治各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
主文
被告人を懲役2年4月に処する。
未決勾留日数中10日をその刑に算入する。
・・・

(量刑の事情)
本件は、被告人が、氏名不詳者らと共謀の上、いわゆるオレオレ詐欺の被害を受けた被害者に電話をかけ、警察官を装い、預金は全部下ろした方がいい、被害金を取り戻すので協力してほしいなどと言ってだまし、現金の交付を受けようとしたが、被害者宅付近で、警察官を装って現金を受け取ろうとしていた被告人が警察官の職務質問を受け逮捕されたため未遂に終わったという、いわゆる特殊詐欺の詐欺未遂1件の事案である。
被告人らは、被害者の甥を装い、現金が至急必要になったなどと言ってだます役や現金を受け取る役等に役割分担をした上、被害者に電話をかけて現金をだまし取った上、さらに、警察官を装って電話をかけ、被害者が詐欺の被害に遭ったことを告げた上、詐欺の犯人から現金を取り戻すなどと言って現金をだまし取ろうとしていたもので、犯行態様は、組織的かつ計画的で、甚だ巧妙で執拗であるとともに、警察に対する信頼を逆手に取り、警察を信頼して被害を回復しようとする気持ちにつけ込んだ甚だ卑劣なものであって、悪質である。被告人は、氏名不詳者に紹介され、いわゆるオレオレ詐欺の犯行に加担すると知りながら、高額な報酬を得る約束で、本件犯行に加担したというのであるから、その動機及び経緯に酌むべきものはなく、警察官役を果たそうとしたなど、規範意識の乏しさにも著しいものがある。
オレオレ詐欺をはじめとして、高齢者に電話をかけて多額の現金をだまし取る特殊詐欺と呼ばれる犯罪の横行が大きな社会問題となっている上、長野県内でも連日のように被害が報道され、地域に不安を与えていることに照らすと、本件に対しても厳しい態度で臨む必要があるところ、被告人は、詐欺グループの中では主導的立場の者の指示を受ける従属的立場にあったとはいえ、報酬目当てに犯行に加わり、被害者のもとに赴き、現金を受け取る重要な役割を果たそうとしたものであるから、その責任は相当に重く、本件は刑の執行を猶予するのが相当な事案とは認め難いといわざるを得ない。
加えて、被告人は、本件起訴に至るまで事実関係について黙秘し、起訴後、事実関係を認めるとともに、被害者を不安にさせた点や黙秘して捜査に無駄な手間をかけた点について反省しているなどとする反省文は作成したものの、捜査機関からスマートフォンのロックの解除を求められても必要がないなどとして協力しないなどの態度もみられ、真摯な反省はうかがわれない。
そうすると、被告人の刑事責任を軽くみることはできず、前記のとおり、本件が刑の執行を猶予するのが相当な事案とは認められないが、被告人が、前記のとおり事実を認めて反省文を作成するなどしていること、本件が未遂にとどまっていること、現在20歳の若年で、当然ながら前科のないこと、勤務先の社長が、雇用の継続と更生への助力を約束していることなど、被告人のために酌むことのできる事情も認められ、これらの事情を併せ考慮すると、被告人を主文の刑に処するのが相当である。
(求刑-懲役3年)

刑事部

(裁判官 伊東顕)】

 

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87586

事件番号
平成29(あ)322

事件名
詐欺未遂被告事件

裁判年月日
平成30年3月22日

法廷名
最高裁判所第一小法廷

裁判種別
判決

結果
破棄自判

判例集等巻・号・頁
刑集 第72巻1号82頁

原審裁判所名
東京高等裁判所

原審事件番号
平成28(う)1622

原審裁判年月日
平成29年2月2日

判示事項
詐欺罪につき実行の着手があるとされた事例

裁判要旨
現金を被害者宅に移動させた上で,警察官を装った被告人に現金を交付させる計画の一環として述べられた嘘について,その嘘の内容が,現金を交付するか否かを被害者が判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであり,被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれ,被害者にその嘘を真実と誤信させることが,被害者において被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるといえるなどの本件事実関係(判文参照)の下においては,当該嘘を一連のものとして被害者に述べた段階で,被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても,詐欺罪の実行の着手があったと認められる。
(補足意見がある。)

参照法条
刑法43条,刑法246条,刑法250条

【よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,なお,訴訟記録に基づいて検討すると,第1審判決は,被告人に対し懲役2年4月に処した量刑判断を含め,これを維持するのが相当であり,被告人の控訴は理由がないこととなるから,同法413条ただし書,414条,396条によりこれを棄却し,原審における未決勾留日数の算入につき刑法21条,当審及び原審における訴訟費用につき刑訴法181条1項ただし書を適用することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。】

 

※参考

警察学論集72巻12号
特殊詐欺の受け子の罪責に関する諸問題
一特殊詐欺の現状と近時の最高裁判例を踏まえて-(下)
江見健一
【(1)において上告審が第一審の量刑判断の妥当性を明示した点は注目する必要がある。筆者の感覚としては、前述のとおりの特殊詐欺の悪質性を考えれば、(1)について、実刑はやむを得ないと思われるが、初犯であって、特殊詐欺に関わってさして間がないと認めるほかない被告人による1件の詐欺未遂で懲役2年4月の刑を言い渡すには躊躇がないわけではない。】

※2022101追記

前掲の最高裁判所の判例前の文献ですが、黙秘権の行使を不利益に考慮するのはダメ、ないし慎重にすべきという見解が一般的だと思われます。

大阪刑事実務研究会編著『量刑実務大系第3巻 一般情状等に関する諸問題』(判例タイムズ社,2011年11月)194頁

被告人の反省態度等と量刑
川合昌幸
【(工)黙秘については,黙秘したこと自体を量刑上不利益な事情とみることも,否認と同様に反省心がないことの徴表とみることも,憲法上許されないものというべきである。 しかし,黙秘したため,通常は自白の中にあらわれるような量刑上有利な事情(例えば,深い悔悟の念や特に斜酌すべき犯行動機)が訴訟にあらわれないことはありうるのであって, このような場合,裁判所としては,量刑に当たって, そのような量刑要素の存在を前提とすることはできず,結果的に, 自白した者に比して不利益な量刑判断がなされることがありうる。これは,要するに,量刑もまた訴訟上認定できる事実を基礎として行われるという当然の事理のあらわれに過ぎないのであって,黙秘権の侵害にはならないものと解される6】

原田國男『量刑判断の実際〔第3版〕』(立花書房,2008年11月)17頁
【黙秘の場合については,黙秘権の行使を量刑上被告人に不利益に考慮することが直ちに黙秘権を侵害するものとはいえないけれども(77),憲法上の権利であることを十分配慮すべきである。黙秘をしたから,刑を重くすると考えるべきではなく,黙秘に現れたその背後の被告人の人となりや態度を評価の対象として,他の事情を総合して,反省していないとなれば, その点が前述のように,被告人の刑を重くする事情となるのである。】

★大阪刑事実務研究会編著『量刑実務大系第3巻 一般情状等に関する諸問題』(判例タイムズ社,2011年11月)365頁

被告人の真実解明への積極的協力と量刑
長瀬敬昭

(5) 被告人が捜査協力を拒絶した場合,被告人に不利な情状として扱ってよいだろうか。単に協力を拒絶したにとどまらず,罪証隠滅工作を行うなど捜査妨害を行ったような場合については,量刑上不利に扱われる場合があることを認めてもよいように思われる42)。他方で, 一般的に被告人に対して捜査への協力義務が課せられるわけではないので,捜査官からの捜査協力依頼を単に拒絶した場合あるいは他の者の犯行について供述しなかったというだけでは, そのことをことさら取り上げて,被告人に不利に勘酌することは困難ではなかろうか43)。ただし,捜査協力を行ったという有利な事情がないという意味では,捜査協力を行った者に比べて相対的に重い量刑判断に至ることはあり得るところであり,被告人の犯した犯罪行為の内容や捜査協力の内容にもよるが,上記の反省・悔悟の必要性の点も加味して, あえて序列を付けるとすると,報告者としては,①反省・悔悟を伴う捜査協力,②反省・悔悟を伴わない捜査協力,③捜査協力の拒絶④捜査妨害という順序になるのではないかと考えているが,②と③の差はそれほど大きなものではない場合が多いと思われる44) 45) 。】
370頁
【43)ただし,具体的事例にもよるが,共犯者の犯行状況を被告人が熟知しており, 反省している被告人なら当然供述してしかるべき共犯者の犯行態様等を供述しないという態度が,反省・悔悟を欠いているとして不利に扱われることはあり得る。
44) この点,先述の連邦量刑ガイドライン5Kl.2条によれば,被告人の協力拒絶について, 「他の者についての捜査において被告人が当局に協力することを拒んだということを,刑の加重事由として考慮してはならない。」 と規定されているところ,連邦控訴審裁判例によれば, 「協力拒絶」を理由に上方向離脱を行うことを禁じたものに過ぎず, ガイドライン・レンジ内で宣告刑を決定するにあたり訴追協力を拒否したという事実を被告人に不利益な方向で考慮することを妨げるものではないと解されているようである (小川・前掲注9)捜査研究626号76頁注25))。
45)研究会の席上では,①と④の序列に異論はなかったが,③の場合としては, 反省はしているものの.諸処の事情から協力できない場合もあり得, また,②の場合もさまざまなケースが考えられるので, 一概に②,③という序列にならないのではないかとの意見が述べられた。】