新入社員を励まそうと背中を叩いたら、パワハラで傷害罪と言われたという相談(傷害、刑事弁護)
2023年02月10日労働事件(企業法務)
※相談事例はすべて架空のものです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
【相談】
Q、私は、福岡市内に住む40代のサラリーマンです。先日、職場の飲み会で、新入社員に覇気がなかったので励ますつもりで背中を叩いたところ、会社に「パワハラだ」と申告されました。正直ショックだったのですが、こういう時代なのでしょうがないと納得して、反省文を書きました。ところが、後日になって、警察が自宅にきて、私が背中を叩いたことでむち打ちになったと被害届が出されていると言われました。さすがにそれはどうかと思うのですが、私は処罰されるのでしょうか。
A、早急に弁護人を就けて意見書を出すべきだと思います。「暴行罪」にあたらないこと、仮に「暴行罪」にあたるとしても、「傷害罪」にあたらないことを主張していく必要があるでしょう。
【解説】
暴行罪の暴行とは、人に対して、不法に有形力を行使することと解釈されています。ここで、「不法に」という限定がされているのは,有形力の行使は社会生活上是認すべき場合があるからです。この「不法性」は、行為の目的、行為当時の状況、行為の態様、被害者に与えられた苦痛の有無・程度等を総合して判断されます(前田雅英ほか編『条解刑法〔第4版補訂版〕』(弘文堂,2023年3月)頁。本件の場合は、「暴行」にあたらないと考える余地があります。
さらに、仮に「暴行」と認められても、「傷害」にあたるかは別の問題です。むち打ちなどの自訴しか証拠がない場合には、そのことを指摘することで「傷害」についての証拠がないとされることもあります。交通事故において、打撲・頸椎捻挫を否定した事例として、大阪地判昭和55年10月30日判例時報1005号180頁等があります(村上尚文編『捜査実務重要裁判例集・交通編』(立花書房,1988年8月)109頁)。
第二十七章 傷害の罪
(傷害)
第二百四条人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(暴行)
第二百八条暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
(傷害)
第二百四条人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(暴行)
第二百八条暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
【参考文献】
橋爪隆「判例講座・刑法各論(第2回)暴行罪・傷害罪をめぐる問題」(警察学論集72巻11月号,2019年11月号)201-224頁
209頁
【法益侵害がきわめて軽微な物理力の行使については、可罰的違法性が欠けるとして、暴行罪の構成要件該当性を否定することが可能である。たとえば肩を軽く叩く行為などは、可罰的違法性が乏しく、暴行罪における「暴行」に該当しないと解すべきであろう。】
岸洋介「正当防衛に関する近時の判例の動向及び捜査実務上の留意点」捜査研究2015年7月号(773号)2頁~
13頁
【傷害の診断書は, 受診者の愁訴のみに基づいて作成されていることがあるので,注意が必要です。この場合,診断書の記載を鵜呑みにして傷害の事実や内容を認定してしまうと,後に公判で争われたときに立証に窮することになってしまいます。そのため,比較的軽微な暴行事件で被害者から後日診断書が提出された場合には,それだけで傷害事件として立件するのではなく,捜査官自身が受傷部位を見て受傷の有無を確認し,その時点で受傷の事実を目視確認できなかった場合には,診断書を作成した医師に対し,診察時に発赤,腫脹などの他覚的所見が認められたか否かを確認することが必要です。頸椎捻挫(いわゆるむち打ち症)のように他覚的所見が認め難い傷害もあるので一概には言えませんが,診断書には打撲傷と記載されているのに,診察時にも診断書提出時にも発赤内出血腫脹といった他覚的所見が認められないのであれば, 当該診断書は受診者の愁訴のみに基づいて作成された可能性が高いので,傷害罪として立件するのは差し控えるべきと考えます。
他方で,事件当時は発赤や腫脹などの他党的所見が認められたのに,起訴時には傷が癒えてなくなっていることも少なくありません。比較的軽微な暴行・傷害事件は在宅送致されることも多く, この場合は,送致された時点では傷が完治していることがほとんどです。そのため,事件直後に被害者に発赤や腫脹などの他覚的所見が認められた場合には, これを鮮明に写真撮影し,証拠化しておくことが重要です。また,打撲傷の場合,受傷直後よりも,数日経過した後の方が,受傷部位付近に内出血が広がり,痛々しい状態になっていることがあります。そのため,被害者の受傷状態をより正確に証拠化するためには,受傷当初の状態を写真撮影するだけではなく,その後も,事情聴取などで被害者と接した際に傷の状態を確認し悪化している様子が見受けられた場合には.その状態も写真撮影して証拠化しておくことが必要です。】