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薬院法律事務所

刑事弁護

冤罪は「善意」から起こるという仮説


2023年09月18日刑事弁護

昨年某高校に出前授業に行き、刑事事件についての講演をしました。

おかげ様で生徒の評判は良く、翌年に担当された弁護士さんから聞いた話では「去年の刑事をしてくれた先生、大好評だったんですよ!あの授業うけて検察官になる!って言ってる子も」いたそうです。

なんで、弁護士でなくて検察官なのかなあと思ったのですが、私が生徒からの「冤罪ってなんで起きるんですか」という質問に対する回答が影響しているのかなと思います。当時、アドリブで答えていますが、だいたいこんな感じの回答をしています。
「それはとてもいい質問ですね。まあ、冤罪の原因は個別にみるといろいろあるのですが…ひとつ大事なこととして、えん罪は善意から起こる、ということを伝えたいと思います。マスコミは悪い警察官、検察官、裁判官が冤罪をつくるといった構図を作りがちですが、実態は違います。
警察はどう動くか、まず被害者から被害申告があります。そうすると、犯人を捕まえて償わせてやりましょう、となります。殺人事件などの重大事件であれば、犯人がまだそこらにいるかもしれない、これは捕まえないとみんなが安心して眠れない、となります。で、手がかりから犯行可能なものを絞り込んだり、付近の暴力的前科を持つ人を絞り込んだりして、こいつがやったんじゃないか?とあたりをつけます。で、警察署に連れてきて、どうなんだ?と聞くわけです。この時、まだ嫌疑が十分でない場合、本当は慎重になるべきなのですが…警察は取り調べを強気にするように指導を受けています。というのが、否認する容疑者の中には警察の顔色を見て、どこまで証拠を固められているかを推測し、嘘をつく人もいるんですよね。なので【もうネタはあがっているんだ】という顔をする。ところが、この手法の問題点は、無実の人でも知的障害があったり、気が弱かったりすると、相手に迎合して虚偽の自白をしてしまったりするということがあります。なんでそんな虚偽の自白をしちゃうのかと皆さん思うでしょうが、これ、虚偽だからしちゃうのですね。知識があれば一度でも虚偽自白をしたらそこで犯人と疑われ続けるし、裁判官が有罪と思いこんでしまうかもしれないと思うのですが、そうでなければ目の前の怖い人からの苦痛を逃れるために相手が喜ぶ行動をしてしまうわけです。だって虚偽なんだからいずれわかることだと。まあわからないまま有罪判決になるのですが。これ、逮捕されている場合には余計に起こりやすいことです。さらに、警察が何らかの理由で、容疑者が犯人だと確信していると、目の前の容疑者がやっていないと言うと、「こいつは反省していない」と解釈し、あるいは黙秘すると「犯人だからぼろがでないように黙秘している」と解釈するわけです。まあその解釈が正しいこともありますが、間違っていることもあります。それで余計に取り調べが厳しくなる、ということです。こういう自分の結論に沿う方向で事実を認識してしまうのを確証バイアスといいます。そんなの昔のことだろうと思うかもしれませんが、「PC遠隔操作事件」で検索してみてください。最近でもまったくの無実の人が虚偽自白に追いやられていることがわかります。
さらに、そうなると裏付け捜査も有罪方向の証拠ばかり集めてしまうわけです。無実を裏付ける証拠は軽視してしまうか、あるいはそもそも証拠として残さない。無駄なノイズですから。ここまで、すべて「善意」です。さらに、ここで弁護士が来たら、容疑者が急に否認してきたとなると、実際は弁護士は本当のことをちゃんと言えと言っているにも関わらず、警察は「弁護士が嘘をいえと吹き込んだ」と思いがちです。そんなことをする弁護士はほとんどいないんですけどね。弁護士倫理違反ですし、容疑者に弱みを握られるので。そうして、「自白したのに嘘をつくのは何事だ」となる、と。で警察は捜査をしたら記録を検察官に送って、検察官が公平な立場で起訴・不起訴を判断するということになっているのですが、警察はすべての証拠を送らなかったりするんですよ。彼らはもう容疑者が犯人だと確信しているので、無罪を示すような証拠を送って検察官が「誤解」してしまっては良くない、とですね。被害者の手前とか、あれだけ容疑者を追い詰めたのに今更無実となっては困るという思いもあるでしょう。で、検察官は起訴したら、同じように「裁判官が誤解しないように」出す証拠を絞ったりするわけです。で、裁判官は「悪い奴は処罰しないといけない」と有罪判決を出す。これらの動きには「保身」の感情もあり、無罪がでると検察官の評価が落ちるとか、裁判官が高裁で検察官に徹底的に攻撃されるとかあるのですが…まあそういう複合的な原因ですが、「善意」が冤罪を作る、ということがポイントです。
それを防ぐために、警察や検察は取り調べ技術の向上や客観的証拠の収集を強化したり、弁護側は捜査段階で容疑者を励まして虚偽の自白がされないようにしたり、裁判では証拠開示を求めて無実の証拠を探したりするわけですが…まだまだ道半ばですね。」

 

今も、私の冤罪に対する基本的な考え方は変わっていません。なので、捜査官の確証バイアスをどう打破するか、無実の証拠をどう集めてもらうか、といったことを考えています。こういう考え方は現在の刑事弁護人ではあまり一般的ではないと思いますが…私はこの方針を突き詰めていきたいと考えています。